30回をむかえられたのも、ひとえに、主催者さま、参加くださったみなさまのお力。
…ふつう、このフレーズは、ある程度は美辞麗句なのですが、たら本の場合、文字通りぴっちりと尻尾までアンコの詰まった状態で、みなさまのおかげですから(;・∀・)
わたしゃ言いだしっぺというだけで、以降何ひとつせず、参加させてもらってるだけ。
ほんとうに、ありがとうございます。ラクですヽ(´ー`)ノ
そして、たら本DBを作成していただいてるIzumiさま。たいへんありがとうございます。この場を借りて、大感謝の思い、お伝えしたいと思います(うぃずらヴ。

たら本、第30回。お題は、
「フシギとあやし」
人類がコトバによって伝えてきたもの…古来よりその多くが、フシギとあやし。ギリシャ神話、老荘、古事記、アラビアンナイト。
ニンゲンって生き物は、不思議なこと、怪異なことが大好き。
巷で語られる小さな奇談を採集することも、大昔から世界中でおこなわれてきた。それがそもそも「小説」と呼ばれるものの起源らしい。
王さまの説く「大説」に対し、無名の民草が巷(ちまた)でうわさする言葉。そこに姿をあらわす妖異。不思議のこと。名もなき小さな神々のささやき。
それは、私たちひとりひとり、日々思いなす、コトバにつながっています。
もともとコトバとは、神の口から出るもの。小説も大説も元はそこから流れ出す。それだけが語り伝え、文字に記すに値する…と考えられた。
そして現在。
長らく「語るべき=読むべき言葉」の座にあった近代文学は古紙回収にまわされ、読書子は新たなコトバを探しています。
一方で世界的なファンタジー復興もあって、あらゆるジャンルや境界を越えて、「フシギとあやし」が息づいている。
古典や「近代」作品も、読まれなくなったというより、以前とは別な聞き耳を立てて、「語るべき=読むべき言葉」が再編成されはじめているというべき。
さらには現実に起こる事件でさえ、「フシギとあやし」の影が見え隠れする昨今。
たら本30。
フシギな話、幻想怪異譚、オバケ妖怪、奇妙な出来事など…古今東西老若南北を問わず、「フシギとあやし」にまつわる本をご紹介くださいませ。なお、味噌じゃなくてもかまいません(;・∀・)
妖怪談義 (講談社学術文庫 135)
柳田 國男
¥ 882 / 講談社
( 1977-04 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
「フシギとあやし」とくれば、まず柳田国男。
妖怪マンガの多くは柳田を元ネタにしてますが、あれだけたくさんのマンガで描いても、ぜんぜん汲みつくせない「フシギとあやし」の巨大な海、柳田民俗学。
柳田作品のいいところは、どこからでも読めること。どの一行から入っても面白い。
そして、読み終える必要もない。また、読みきることが不可能なほど、膨大な著作。
民俗学のテーマは、考えてみるとどれも、ほんとはどーでもいいような話ばかりなんですが、なぜか人を夢中にさせる、懐かしい謎をはらんでいる。柳田翁も各所で、どうでもよいことかもしれないが、と断わりながら、しかしどうしても調べずにおれないと告白しています。日常とは別な次元で何か大切なことがある。
民俗学が「学」として成立していく黎明なので、学者じゃなく一般向けに説かれた文章も多く、読みやすいのも特徴。
文章は日本語の極致のひとつ…といわれます。かぎりなく旨く、とらわれるところのない知性の躍動が伝わる。後進の学者がなかなか柳田を過去のものに葬れないのは、この文体の運動神経と懐かしさに勝てないからかもしれません。
「妖怪談義」では、はじめのあたりにある「かはたれ時」が心ふるえるすごい名文。
嗤う伊右衛門
京極 夏彦
中央公論新社
¥ 580
by AMAZ君
たら本では常連さんの京極夏彦。でも「嗤う伊右衛門」がなかなか取り上げられないので、今回どうしてもこれを上げたかった。
お岩さんの四谷怪談の京極版です。泉鏡花賞。この作品があるかないかで、京極夏彦への評価はずいぶん変わるか知れない。
この作品にはさほど妖異が出てくるわけではない。しかし、「フシギとあやし」の風は吹き荒れている。どこに。それはお岩ではなく、伊右衛門という湖のような男の底に。その妖異の名は、愛。
鶴屋南北「東海道四谷怪談」は驚くべき傑作歌舞伎なのですが、それとはまったくちがう伊右衛門像を創造した京極夏彦。
徳川時代後期。武士は零落し、身分は株として売買され、下級武士は貧民の生活を強いられた時代。悪と徳はその区別を見失った。そんな場所でいったい、人がどうやって人として生きるのか。
京極の擬似江戸風の文体が静かに打ち続くドラムのように催眠効果すらさそうよう。
京極堂シリーズよりもずっと短いこの作品、説き尽くさない分、ニュアンスが広がり、「読みの深み」へ開かれています。読者の深層の顔がうつる、鏡のような作品。この世で本当に美しいのは誰。ぜひ。
(今回のバナー、この作品にちなんだもの。お岩さんは、お岩稲荷として祀られています。怖い方は(笑)、前の記事の2.0風バナーもお試しくださいませ。)
このところ、マイ・ヒーローは郡司正勝。
知らない方も多いと思われます。肩書き的には、歌舞伎の発生を研究した学者さん。故人。
文字資料じゃなく、絵巻・屏風絵などの図像から歴史を再構成する手法の先駆者としても知られます。初期歌舞伎は、文字があまり残ってなくて、そういうものしか手づるがなかったらしい。
でも、そのせいで、彼だけが見出すこととなった、不思議な日本の深層=真相。
「風流の図像誌」は、ヤマを追った作品。祭りの山車の「ヤマ」、ご飯を山盛りの「ヤマ」、蓬莱山須弥山アララト山の「ヤマ」。ホーリーマウンテン。
セザンヌがサント・ヴィクトワール山を描き続け、富岡鉄斎が富士山を描くように、翁を生きた人は「ヤマ」に憑かれる。
人の心の深層にそびえる謎の山。語りえぬもの。
文字よりも絵のほうが多いこの本。杉浦康平+赤崎正一の決死の装丁。誰も見たことのない不思議な図像満載です。
手にするとこの本、霊力呪力を感じる…こんなの、読んでもいいのかなあと怖くなるくらい(;・∀・)
お祭りとか年中行事とか、今では形骸化して、意味不明になってるものの「正体」が、知的という以上に、感覚的身体的にせまってくる本。
郡司正勝「風流の図像誌(イコノグラフィー)」…は現在絶版中。正勝翁の著作としては「和数考」と「童子考」もあわせてリコメンド。
漢字の世界〈1〉中国文化の原点 (平凡社ライブラリー)
白川 静
¥ 1,260 / 平凡社
( 2003-06 )
通常3~5週間以内に発送
by AMAZ君(改)
昨年秋亡くなった、漢字研究の泰斗、白川静。
漢字が象形文字で、一画一画に意味があることは、誰もが知っている。
しかし、白川静が現われるまで、漢字起源の通説とされていたのは、かなり恣意的なものだった。白川静はそれに疑いを抱き、近年発掘された甲骨文字や金文を手がかりに、漢字のもともとの形と意味を探っていく。
ノートに膨大な数の甲骨文字をうねうねと書き取り、正気の人間のさまとは思えない(笑)、地道な手作業を何十年も繰り返した。
そして出現した、妖異にみちた古代の呪術世界。イケニエとか切るとか殺すとかばっかりですから(;・∀・)
おどろおどろしい漢字の血祭り世界。ブードゥーの呪物としての、漢字。カミの依り代としての、漢字。
例えば、「道」とは、切り取った生首をかかげて、路傍の魔を払いつつ進んだ様をいう。「道教」とは、そんなブードゥーの秘術のこと((;゚Д゚)
白川静の到達した結論が正しいのかどうか。それは白川静にしかわからない。しかし、あの呪われたノートを見れば、それはもう、ひれ伏すしかない。あやがみさま。
もとより漢字は恣意的なもの。「由来」はその時代その場で、依りつくカミによって恣意的に説明されることを繰り返したはず。白川静はその内奥へ踊りこむ。ミイラ取りは果たしてミイラとなったか、あるいはミイラだけがミイラの真実を語れるのか。方法論の懐疑に、身を挺して答えていく。
最近は、アニメで、静編集「字通」に準拠した漢字が、妖異をたおす武器として使用されています(白川静許諾済み)。たいへん正しい使い方といわねばならない。散歩途中にイナバウワーを踊っていたという、最晩年の静翁。背中をそらせて合掌。
静入門としては、別冊太陽のこちらもおすすめ。
白川静の世界―漢字のものがたり (別冊太陽)
¥ 2,625 / 平凡社
( 2001-11 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
バートン版 千夜一夜物語 第1巻 シャーラザットの初夜 (ちくま文庫)
¥ 1,470 / 筑摩書房
( 2003-10-13 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
アラビアンナイト。この本については、以前少し書いたことがあります。それからもいろいろ調べてはいるのですが、わかったことがひとつ。
この本は、世界の中にあるのではなく、じつは世界がこの本の中にあるということ。
千夜一夜物語は、この世界より大きく広い。
われわれがこの本を読むのではなく、この本の中にわれわれの生が書きこまれている。
これからうちのブログでは、アラビアンナイトの記事も書いていこうと思ってるので、その予告もかねて、取り上げてみました。アラーは天にいまし、世はすべてインシャラー☆
アラビアン・ナイト (1) (東洋文庫 (71))
前嶋 信次
¥ 2,415 / 平凡社
( 1966-07 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
さて、次回のたら本・第31回。
主催者さまには、「時々、読書感想文。」の菊花さんにお願いしたいと思っております。なにとぞよろしくお願いいたします。
「マルコメX」に大爆笑いたしました。
やっぱ味噌解放運動の指導者なんでしょうか。やっぱ攻撃的な指導者なんでしょうか。味噌が解放されたら世界はどうなってしまうのだろうと、一人で想像してみたり。
「伊右衛門」は良いですよね。
京極さんってきっと、従来の「東海道四谷怪談」の定石を深く勉強したうえで、「なんでそんなにの縛られなきゃいけないんだ?」と言っているように思えます。
あくまで僕的感想ですが、「東海道四谷怪談」を「純愛」で読み解くとこうなるのかな。と思います。
岩様の凛とした知性に萌え……もとい、感服したしましたよ。
このたびは30回目誠におめでとうございます!
いつもながらのoverQさんの博識ぶりには感服ばかりでとてもついていっていませんが、楽しい文章に刺激を受けております。
さいきん子どもが「鬼太郎」好きで、妖怪に縁があります。小遣い(親の)はたいて70年代シリーズのDVDBOXを買い、1日1話ペースで鑑賞しています。
「鬼太郎」なんかだと、日常にふらっと当たり前のように妖怪が登場するのがなんだか思わせぶりな感じを受けています。
「アラビアンナイト」はいつか読みたいですね。
私も数日のうちに参加させていただけたらと思っています。
overQさん、こんにちは!
主催者さん、お疲れ様です〜。
私もマルコメXには笑いましたよ。
あのマルコメくんが…?! 状態です。(笑)
そして今回のお題ですが、最初見た時は
これは好きな分野だし、きっと困るぐらい
いっぱい思い浮かぶだろうと思ったんですが
いざエントリしようとすると
自分が実は全然詳しくないのに気づいてびっくり。
案外難しかったです☆
でもそれだけに皆さんの回答が楽しみ♪
柳田国男は「おー、来たな!」でしたが
「嗤う伊右衛門」には意表をつかれました。
もうすっかり妖怪話ではなくなっているのに
ろぷさんが書いてらっしゃるように、
純愛物語だとばかり思っていたのに…
でも記事を読んで納得です。
そうか、そういうことなのですね。
★ろぶさん。
「マルコメX」は物語りにすると面白そうです。
「味噌もクソも」解放運動とか、「あわせ味噌はどこまでゆるされるか」とか、「ダシ入りとはどうしたものか」など、高度に政治的問題が目白押し(;・∀・)
四谷怪談は、もともとは実話なんだそうで、お岩も伊右衛門も実在するし、子孫も生きているだそうですね。
子孫がいる時点で、すでに矛盾があるのですが(笑)、現実と幻想が入り混じって、複雑な謎があるようです。
京極さんは、本気でこれを解こうとしてるし、非常に魂の神(新・深・芯)に訴える答えを示しえたと思います。
お岩さんも、この作品は好きなんじゃないでしょうか。
京極さんが70歳くらいになったら、もう1回リメイクしてみてほしい…なんて希望もあります☆
★shosenさん。
たら本もついに30回をむかえました。これも文字通り、shosenさまはじめ、みなさまのおかげです。アリガト!(´▽`)ございます。
「鬼太郎」の古いテレビシリーズ、いいですねぇ。
鬼太郎が牛鬼になっちゃったり、カマボコになっちゃたり(しかも黄黒のちゃんちゃんこ模様)、むぼうにヘンゲするところも、子供心を打つ何かがあるのかもw
お子様たち、この年齢でアニメを見られたなら、もう何年か後には、水木しげるの原作も好きになられたりするかもしれず、楽しみです☆
Posted by:★四季さん。
今回のお題の裏ワザは、いっけん不思議でも妖しでもないみたいな作品を、「フシギとあやし」として読んでみる、ということなのかも。
ドストエフスキーなんかは意外と「フシギとあやし」な読み方をすると、ハッとするような発見がある。
さらには、このジャンルからかけ離れてるかに見える「科学的」な人たち。アインシュタインでもカントでも、思いのほか、フシギとあやしだったり。
結局、ヒトはここから逃れられないようです。
お題については、「フシギとあやし」にするか、「First Love Again」という、第1回と同じ愛の文学にするか迷ってて、ひそかにsa-kiさんに相談したりしたのですが、
「伊右衛門」はどちらにせよ、取り上げてみたかった作品。
愛と妖(あやし)から、ヒトの言葉は離れられないようです☆
お題を見たとたん、「うはー、こりゃあ完全にoverQワールドだわ」と思いましたよ。私なんぞは、いろんな本を自分勝手に「怪しく」「不思議に」読んでいるだけですけど、overQさんは考察しちゃうんですもの。さすがでございます。
ああっっ、そして、次回は私に「たらい」が・・・。どきどきどきどき・・・。
★菊花さん。
今回は、うちらしく、フシギとあやしにしてみました。
考えてみると、これまでうちで紹介してきた本はどれも、「フシギとあやし」みたいなもんでした(笑)
そして、次回主催者さま、お回ししてしまいました。
お引き受けくださって、感謝感謝。
どんなお題になるか、楽しみにして待ってます☆
改めまして、はじめまして!天藍と申します。僭越ながら参戦させていただきました。
overQさん、第30回おめでとうございます、&主催者ありがとうございます。
マルコメX…(笑)
赤味噌と白味噌とどっちが美味しいかなんて、大変問題になりそうです(笑)
柳田国男キター!ですね!
仰るとおり、民俗学は優しい柔らかな深い海、懐かしい場所。だと思います。
郡司氏の「ヤマ」も魅力的な闇ですねー。名もなき神々のいます場所って、なんと素敵な。
ああ、「伊右衛門」。そういうことだったのですね…!静かな静かな。底の見えない湖。
「アラビアンナイト」、拝読しに伺います(^ ^)
Posted by:第30回おめでとうございます
はじめまして 今まで たまあ〜に参加させていただいてましたが 今回もよろしくお願いします
「嗤う伊右衛門」良いですね
この作品が挙がってたので やられた〜って勝手に思っちゃいました
あの伊右衛門だったら お岩さんも浮かばれますよね
「アラビアンナイト」大好きです
楽しみにしております
★天藍さん。
いつの間にか30回まで来た、たら本。ご参加アリガト!(´▽`)ございます。
柳田国男は、去年の秋くらいからよく読むようになりました。
京都のことを調べる途中で、柳田に出会うことになったせいもあって、
読めば読むほど、日常の風景もちがってみえるようになりました☆
「嗤う伊右衛門」の伊右衛門像は、やっぱりすごい。
お岩・伊右衛門はどうやら実在するらしいのですが、
なかば伝説化してしまった史料から、真実を推理するうち、
京極夏彦はあの伊右衛門像にたどり着いたようです!
★慧の本箱さん。
たら本も30回をむかえました。これも文字通りみなさまのおかげ。感謝感謝です☆
「嗤う伊右衛門」はいいですよねぇ。
歌舞伎の伊右衛門は、武士でありながら極悪人、しかも主人公として魅力があるという、画期的な人物像を描いたのですが、
京極夏彦はさらに伊右衛門の「かやの中」に踏み込んだ。
悪と見えるものの底にたゆたう、より不可思議で微妙な綾=妖を見出したと思います。
こんにちは。30回おめでとうございます。
白川静さんが監修された、中学生向けの「神さまがくれた漢字たち」という本を読みましたが、それまで習ってきた象形文字などの成り立ちと全然違っていて、びっくりしました。
「妖怪談義」はうちの高校生の娘が好きそうです。小学校時代「地獄先生ぬ〜べ〜」を何回も読み直していた人なので。
主催者お疲れ様です。
こっちのお題にしていただいてありがとうございました(^^)
「フシギとあやし」とくれば、やっぱり民俗学ですよね。
柳田国男が真っ先にきてるのは納得。
ちなみに、私の民俗学の師匠は
吉野裕子、小松和彦の両氏です。
マニアックすぎるかなと思って
今回は挙げてないんですが(^^ゞ
ここで、「漢字の世界」が出てきたのは驚きでした。
説明を読むと、なるほど!これはア・ヤ・シ・イ。
言霊って口から発せられた言葉のイメージですけど、
漢字に込められた言霊のほうが力有りそうですね。
★小葉さん。
たら本も30回を迎えました。ご参加アリガト!(´▽`)ございます。
白川静はやっぱりすごい。そしてフシギ!
ほんとかなぁ…と思いつつ読むのですが(笑)、もしほんとだったら、漢字というのはとんでもないシロモノ。
こうやって書いてる字にも、カミサマが降りまくってることに(;・∀・)
けっこう怖い神様ばかりで、イケニエとか大好きですから。
すごいことになっています☆
★sa-kiさん。
お題のご相談にものっていただき、たいへんアリガト!(´▽`)ございます。
吉野裕子さんもすごいですよねぇ。
ものすごく説明の整合性がとれてて、それがいつもフシギです。
あんなに何でもかんでも陰陽五行説で説明できてしまっていいのかと思いつつも、異様な説得力があって反論できない(笑)
民俗学って、たぶんやってるうちに、何がほんとで何が嘘なのか、自分でもよくわからなくなってくるジャンルなんだと思われます。
ミイラ取りはみなミイラになって、ミイラの口からだけ真実が吐露される(;・∀・)
白川静翁もまさにその手のタイプで、読むといつも「ほんとかなぁ」と思うのですが、ほんとであってほしいとも思ってしまう。
たいへん呪術めいているんですが、
その一方で、外から客観的に研究手法を検証するようなこともできる大学者で、
そのせいでますますほんとか嘘かわからなくなります☆
overQさん、こんにちは。
たら本30回、おめでとうございます。
こんなに続いたのも、やっぱり元締めoverQさんのお陰だと思うのです。
私はいつも楽しませてもらって、感謝感謝でございます。
ふしぎとあやし・・・といわれて、真っ先に思いついたのが、『overQさま』!・・・貴方自身でございます。
実は、私の記事は、貴方様をエントリーしたかったです。
いえ、それが、大変失礼ならば、
overQさんの書かれた『九十九夜』を。
田村幸子さん、叔父さん、穴、道。。。もうホント妖しさの世界、どっぷりです。
裏エントリーって事で、ヨロシクお願い致します。
柳田国雄は、日本のふしぎあやしを探求された方でから、外せませんね。
京極夏彦の『嗤う伊右衛門』は、彼の作品の中では、実は一番気に入っていたりします。いいですねー。
★ワルツさん。
たら本も三十路を迎えました。いつもありがとうございます!
フシギとあやしというと、秋からはじめた京都路地裏探検。
京都関連の記事をためて、別ブログでも立てようかと思ってたんですが、
まったく予想しなかった異様な京都に遭遇するはめになりました(笑)
ぜんぜん「京都ブログ」に使えなくて、自分だけが「別な京都」にいるんじゃないかと思い始めています(;・∀・)
(じつはあのシリーズは間もなく続篇が始まります☆)
「嗤う伊右衛門」はマスターピース。
鶴屋南北の原作もすごい作品です。今年は歌舞伎も見に行きたいなと思ってます(しかしチケットはベラボーに高いですが…コネがいるのかなぁ)。
overQさん、こんにちは!
やっと参戦できました。今回のお題、なかなか手ごわかったです。いつも強引な解釈で参加してばっかりで、もーしわけないです。えへへ。
「千夜一夜物語」・・・バートン版。
というのは、かなり編集が入ったものなのでしょうか。確か岩波に完訳があったような。
しかし、何度か目にするので、この編集はとても意義深いものを含んでいるのかなあ。
本と世界、あるいは世界は一冊の書物である、とは読書人なら空想せずにいられないものだと二階堂奥歯という人が書いていたので、とても気になります。overQさんも彼女と同じ感受性を持つ人なのかなあ・・・。
あ、僕の記事はぐだぐだですので、今回はどうかコメントは控えて下さいませ(笑)つか、コメントのしようがないと思います^^
★kyokyomさん。
ご参加アリガト!(´▽`)ございます。
バートンをはじめ、千夜一夜の翻訳者たちは、みなさん山師(笑) なんとも言えず、胡散臭くておもろいです。
アラビアンナイトは当時のヨーロッパが求めていた「オリエント」幻想に、ど真ん中ストレートでヒットしたらしく、ものすごく読まれた。
山師たちは、ひともうけできると思ったのですが、海賊版が出まくるので、たいして儲からなかったみたいですw
影響もすさまじくて、近代小説の語り口の半分は、アラビアンナイトから来てるかもしれません。
kotaさんのあげておられたアーサー・マッケンも、バートンの強い影響下にあり、これがラブクラフトに転移するという系譜になってるようです。
ボルヘスの東洋の知識も、バートンの訳注に多くを負っているんです。
アラビアンナイトにかかわると、みんな、本の一部になって、内部に閉じ込められてしまうようです☆
Posted by:わ〜今日は、数字がみえます〜涙
先日は、何度やってもコードがみえなくて・・・涙涙。
そうそう、ワルツさんのおっしゃるとおり。
一番にoverQさんの九十九夜をあげるべきでした。
アラビアンナイト、再読しようと思います。
アラビアンナイトで検索したらすごくたくさんでてきました。
まずは、こちらにあげられているものがおすすめなのですね。楽しみです。
アラビアンナイト博物館という本も興味深いです。
あやしい・・・笑
★picoさん。
数字の出るやつ(キャプチャとかいうらしいです)、お手数おかけしています。
九十九夜、三月になったら、別ブログを立てて、「また一から」(笑)開始したいと思っています☆
アラビアンナイトは、訳者がとにかくうさんくさくて、すばらしいです。
あれは、アラビアンナイトがそうさせてしまうので、そのメカニズムもわかってきましたヽ(´ー`)ノ
ヨーロッパの近代小説は、じつはアラビアンナイト(の翻訳)から生じてるんです。
バートン訳(訳注)はとくに面白いです。
英語の原文、読み通すのはさすがにしんどいけど、数ページでも読んでおくと、
日本語訳を読むときの味わいがぐっと深まります!
こんばんはです。
overQさんのこのエントリを拝読しまして俄かに興味を覚えまして。
行ってきました!地元県立図書館の静部屋
…もとい白川文字学の室(というらしいです)。
白川翁がひとつひとつトレースした甲骨図やら祭器のレプリカやら、大変あやしいオーラを発しておりました。
あ、「風流の図像誌」も無事ゲッツしてまいりました!(>_<)bありがたく拝読しますー。
Posted by: 天藍 : February 3, 2007 8:55 PM★天藍さん。
おお、白川文字学の部屋!!
そんなのができてるんですね。
白川翁、ここ数年でにわかに一般に浸透してきた気がします。マンガやアニメにも影響を与え始めてるし。
ネットで調べてみると、レプリカがすごいです!
禍々しいヽ(´ー`)ノ
でも、ちょっと欲しいです☆
「風流の図像誌」
ふと気づいたのですが、暴走族のバイクで、フロントやテールに長い鼻みたいなのをつける風習が、
「風流」にじつは起源を持っているんではないかという、あやしいことを思っています(;・∀・)
始めまして。
mayuxxmayuと申します。
いつも四季さんのところで、たら本企画を見ていて気になっていました。
今回、勇気をもって参加させていただくことにしました。
どうか、よろしくお願いしますm(__)m
★mayuxxmayuさん。
はじめまして!
ご参加アリガト!(´▽`)ございます。
新しい方のご参加は、たいへん嬉しいです☆
たら本も長期企画となり、仲の良い常連さんがたくさんできた一方、
新しい方にも参加しやすいようにできるといいなと思っています。
ジョナサン・キャロル、いいですよねぇ。「パニックの手」は読んだことなかったので、さっき図書館で借りてきました!
読み終えたら、そちらにもお邪魔しますね(* ^ー゚)ノ
overQさん、こんばんは〜〜
すみません、あれなんですけど、記事書いちゃったんです。
なので、こっそりTB送らせていただきました。
でも、相当、あれですね。ごめんなさいー。
フシギであやしい、というお題、考え出すと切りがないので最近読んだ本で記事を書きました。
おとぎ話、昔話、童話、民話あたりでいろいろ思う事はあったんですけれど。
去年、京極デビューを果たした私ですが、「嗤う」はまだなんです。
映画もまだ。どちらも、きっといつか、と思ってる作品なんですが。
(ココロの積み本、ここにあり(*^ - ^*))
★きみ駒さん。
ご参加アリガト!(´▽`)ございます〜☆
フシギとあやし、このお題は、意外と難しかったようで、悩まれた方も多かったみたいです。
カンタンだと感じられた方もいらっしゃるので、
ひとくちに「本」といっても、
人それぞれ、まったく別な何かとして捉えられているものなのかもしれない
…と、そんなことを思いました。
「嗤う伊右衛門」は、京極作品の中でも、ちょいと異色なもの。
なにより短いです(嗤
文体もかなりちがっていて、催眠効果のあるようなフシギなものになっています。
映画はじつはもひとつでしたが(笑)