AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 津原泰水「ピカルディの薔薇」

津原泰水「ピカルディの薔薇」

written by overQ
February 3, 2007

原泰水という作家は、どこかしらみにくいアヒルの子を思わせるものがあって、自分が白鳥であることに気づいてないのか知らんとはらはら余計な心配をさせるあやうさが魅力といえば魅力の、手を差し伸べてみたくなる「私のやすみん☆」だったのだけれど、そんなことはすでに要らぬお世話になったようだ…白鳥は羽ばたいた。This bird has flown.
「ピカルディの薔薇」である。

ピカルディの薔薇ピカルディの薔薇
津原 泰水
¥ 1,785 / 集英社
( 2006-11 )
通常24時間以内に発送

by AMAZ君(改)

渡と伯爵を登場人物とする短篇連作、シリーズとしては「蘆屋家の崩壊」に続く第2作といえるが、この二冊の本の隔たりはあたかもビートルズのRubber SoulRevolverのように、後者は前者から必然的に生み出されながら決定的なちがいをもつ。

死物。あえてジャンルというならコレラ連作をそう呼んでみてよいか。一話限り登場しその奇妙で美しい死によって記憶される奇人変人の輩出。審美的というより、いたって物理的な意味で彼らはマテリアルとしての死、つまり死体であることにとり憑かれている。
「do」を拒絶してひたすら「be」たらんとするのであり、おそらく初めから人間というよりは例えば料理の素材(マテリアル)に酷似し、この連作の隠し味はまた美食(谷崎の「美食倶楽部」でいうのと同じ意味での)であることも連作の主題と連動、読者脳内で化学作用して旨味を生みだす。
…この点では「蘆屋家」と「ピカルディ」はたしかに同じ列に伍した。問題はその段差、隔絶。

なのか冒頭作「夕化粧」の主人公。それが猿渡・伯爵の二人組にとってどういう時系列に置かれるのかもさだかでなくて…だがそれは祖父の物語という最終話「新京異聞」もまたそうだ、それは祖父というよりむしろ同じ猿渡・伯爵の、しかし別な時間と空間に存在する別なキャラクターと読む興味が深い。
…冒頭と終わりで、本が輪郭を消失している、フェイディン・フェイダウト、Tomorrow never knowsの如き魅惑の。

屋家では全篇にわたってそこはかとなく、猿渡の結婚相手探し…言うなら旅する独身者物語「男はつらいよ」のごとき…がたゆたっていたはずなのに、「ピカルディ」では一話目から(その主人公を猿渡の分身の如きものとでも読めば)、「蘆屋家」から継承されるべきはずの結婚の隠し主題がにわかに破壊される。これが何らかの決定的な宣言宣告として作用してくる。
猿渡はもはやフーテンの独身者ではなく、地を這うようにしかし絶えず進む作家なのだ。津原泰水と猿渡をどんな読者もどこかで連絡させながら文字を追うであろうが、それを徹底するなら、これは「赤い竪琴」をすでに物した男の作品。幼年期はとうに終わっている。

というテーマもいくつかの篇に散見される。情報のブロードバンド化に呼応したかのように動植物等にかかわる薀蓄は「蘆屋家」の頃の豆腐のそれに比べて格段に精密かつ軽妙化、この作家のインフラが整備されて、自在の域に達し始めたことに気づく。
レンガを一つ一つ積み上げてきた成果はいまや機能的な城砦をそびえさせているのであって、ペーパバックライター「津原やすみ」時代からを思えばその道のり遥かさは感動的であり、いささかのめまいを催させる程。
今では津原泰水の九つの尻尾の一つをつかめばライターズ・ライター、つまり作家仲間から敬愛撫される黄金の毛並みを誇る。

石「夢十夜」を模した題を持つ「夢三十夜」は、稲生物怪録の津原版。さざ波のように繰り返すリズムが心地よいが、それに続く「甘い風」がなんと言っても傑作だろう。緻密に作られながら華奢じゃない、墨太に流れ漲る力動を感じさせるこの作品、彼はイケニエ(be)とされることを拒絶し、その宿命に対して限りなく「do」たらんとする、その絶望を「生きる」と見出す勇の人となった。読者は津原泰水の作家宣言のようにさえ響く次の一節を見逃さない。

れは、餓えてないと南國洞はいった。今のおれを満たしているもの、ハナの老人を倦ませたもの、そして南國洞が得られなかったもの…彼はけっきょく気づかなかった。小手先の知恵ではない。運や風向きでも、またなにかを捧げて手に入るものでもない。血と泥にまみれながらの道程そのものなのだ、表現とは。

カルディ連作と並行して「ブラバン」を物にした作家でもある津原には、すでによりあまねく読者をくるみえるほどの大きく豊かな尻尾があって、そいつはゆるやかに巻かれもするならたおやかに広げられもする自在。
もうジャンル不明でもバラバラな作風でもない。文体がもたらす一貫性が流れ出して一つの河となる。すべての大作家がそうであるように宿命的なある唯一の主題の追跡と脱走の過程を見出すことも可能だ。目もくらむばかりの巧みな変奏に右往左往させられつつも、その軌道には焦点がある。ここがそれだと指さしえない謎海へつながる一点であるにせよ。
この無冠の作家はなんら意図して奇をてらう必要もなくおのずと誰ともちがう津原泰水という明確なジャンルを形成し、新作繰り出すそのたび津原泰水賞という賞を一人毎回獲得し続けるはず。

きている作家を読み続けその変貌に沿うて歩むことの愉しみを、津原泰水はどの作家よりも豊かに与えてくれる。これまではいささか危ういサーフィンであったか知れぬが、これより先は大海へと滔々つうじる大河、身を任せその渦に呑まれてもなお水は泰然と流れる。

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時刻: February 13, 2007 2:55 PM
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