AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 壬生狂言「節分」

壬生狂言「節分」

written by overQ
February 4, 2007

壬生寺の節分会

昨日、壬生狂言の「節分」を見てきました。
壬生寺の節分会で奉納される狂言です(そのままだな(^・^)ミブー

壬生狂言、最近は撮影禁止なので写真は撮れませんでしたが、ここでちょこっと動画が見れます。

節分ガイド2007:京都新聞

壬生狂言は、鉦・太鼓・笛の囃子にあわせ、仮面をつけて舞います。
無言劇なのが特徴。
鉦・太鼓の音からでしょうか、「壬生のカンデンデン」とも。
重要無形民俗文化財に指定されてます(祇園祭より早く)。

「節分」は、40〜50分くらいの出し物で、2月2日と3日、午後1時から午後8時まで、同じ演目を八回連発で無料公演。
たぶん交替でやってるんだと思うけど、なかなか過酷なスケジュールです。

鑑賞のポイントは…カイロ持参のこと(;・∀・)
とにかく、寒い! 吹きさらしの桟敷席なので、まず寒さ対策が重要です。雪が降ってても決行しますから。

壬生狂言は節分会のほか、春と秋にもやってます。
そちらは有料で、30ほどの劇を数日に分けておこないます。壬生寺の手作り感あふれるホームページに情報があります。

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演じるのは、近所の人たち

壬生狂言の特徴は、演じるのが一般人だということ。
ふだんは会社員とかお店やってるとか、演劇や伝統芸能のプロじゃない、近所の人たちによって演じられます。
小学生から80代まで。しかし、おそらくそうとう練習をしておられるにちがいなくて、非常に気合の入ったものになっています。人生賭けてると思う。

私が見た回では、太鼓は小学三年生くらいの男の子が叩き、鉦は男子中学生。笛は難しいのか、ずっと年かさのおじさんでした。あと、片付け係というか、黒子の役の人がいます。出番がない時は、板間に座りきりなので、じつに寒そうです。

「節分」では、後家さん、厄払い、鬼の三者が出てきます。
みな仮面で無言なんで、どんな人が中の人なのかよくわかりません。
後家さんも男性が演じてるんだと思いますが、腕は色白。日焼けしないようふだんからUV対策されてそうです。

「節分」

壬生狂言には、綱渡りとか、くも糸を観客席に飛ばすとか、高々と積み上げた素焼きの皿を落として割る(炮烙割り)とか、ど派手なパフォーマンスのものも多いのですが、「節分」はわりと地味なほう。

でも、室町期に作られたとも言われる「節分」の劇、お話はとても面白いです。

節分の用意をしてる後家のところに、鬼がやって来る。
鬼は腹が減ってたのか、後家がお供えしたイワシの頭を食べ、そのとき後家を見初め、恋におちる。
覆面をして後家のもとに近づき、打出の小槌で着物を出して気をひこうとがんばります。
あげく酒を飲まされ泥酔、寝てるうちに後家に小槌を取られ、身包みはがれて、豆で追い払われ、めでたしめでたし( ;∀;)…という、後家最強伝説。
鬼さんがじつに気の毒になる内容です。

鬼が出てくる前に、「厄払い」というものが現われます。
むかしは節分の時期になると、そんな呪術師が家々を訪問した。厄を落としてくれる代わり、家人は煎豆と小銭を包んで渡す…そんな風習があったと言います。
厄払いはその豆の一部を川に流し、残りを河原で売って儲けた。

「節分」での厄払いの演技は、鳥になり地下をくぐり魚を釣る…というような、陸海空そろったものでした。何を意味するのかは、謎。
厄払いがなぜ最初に現われ、そのあとの鬼とどんな関係があるのか。これはたいへん興味深いこと。

サンタクロースと鬼

節分は、その名のとおり、季節を分ける日であり、豆を歳の数だけいただいて、年をひとつ重ねる。
新旧の境界の日であり、つまり「サカイの日

その日、どこからともなく現われる「厄払い」や鬼という客神(マレビト)は、サイの神といってもいい。
壬生狂言はパントマイムだけど、プロの狂言師のほうにも「節分」はあって、こちらは音声つき。こんな感じ。

節分の夜にもなりぬれば、節分の夜にもなりぬれば、
いざ豆拾うて噛もうよ、噛もうよ。
これは蓬莱島の鬼です。
今宵、日本では節分と申して、家々に豆を囃し、年を取ると申すによって、
某も日本に渡り、豆を拾うて噛まばや、と存じ候。

鬼はキモノをもたらし、「厄払い」は釣った魚を後家に与えるようです。サカイの日にあらわれる、福の神。
福をもたらす一方で、最後には追い払われる神でもあって、たぶん「厄落とし」に豆(と小銭)を与えるのと、鬼に豆を投げつけるのは、本来は同じ意味なのでしょう。

サンタクロースとちょっと似ています。

年のサカイに現われて、富(珍しい商品)をもたらすもの。
サンタさんも定住することなく帰っていくし、じつはよく調べてみると、最後に火あぶりという伝説がほのかに見出せる。
神はどこかからやってきて、福をもたらしたのち、追われ、あるいは生贄にされる。
キリスト教の場合は、そもそもキリスト自体が、そういう過程をもつ伝説の生贄なのですが。

サンタさんと鬼がもうひとつ似てるかも、と思ったのは、鹿。

鬼のアイテムは、ドラえもんのポケットのような、何でも出せる「打出の小槌」と、「隠れ蓑」。
「隠れ蓑」は、鹿の毛でできてるらしい蓑笠で、これをかぶると、人間からは見えなくなる。
鬼は後家に姿を見せるため、はじめのほうでこれを脱ぐ。たぶん、これも後家さんに奪われてるんです(哀

サンタの場合は、なんでもだせる背負い袋と、トナカイ(鹿)のソリ。
物を差し出す用と、移動(旅)にかかわる用。

商品を売って歩く行商のものの影があります。

壬生という場所

壬生寺は、西国から京へ入る「口」の場所にあって、寺として正式にまつられてるのはお地蔵さん。1000体の石仏で建立した塔もあり、そこらじゅう地蔵だらけ。道祖神=サイの神の気配が濃厚で、民間信仰の匂いが強い場所。

壬生の狼、すなわち新撰組が駐屯した場所としても知られるミヴ。
彼らもまた、西国からの侵入者に対して、京を守る位置に置かれたのか知れません。
おそらく壬生寺境内は、遠い昔から、西国からの商品がもたらされ、市が立つ場所だったはず。
今もまわりには古くから続く商店街があって、昨年秋から調べてきた「サイの神」周辺事態に完璧に合致する状況になっています。 *1

市では、人を集め、物を買う気分にさせるため、世界中どこでも、「演劇」がおこなわれた。

壬生狂言もこのひとつだと思われます。
「節分」でも鬼が小槌で出した豪華な着物が、舞台のいちばん前に掲げられます。
物のありがたさ、物欲をさそうような仕掛けになってる。
鬼がもたらすのが、農作物なんかじゃなく、着物なのも興味深いです。
それは、職能の民の技が作るもの。農民からすれば、彼らは工芸品で食べ物を乞う「乞食」。芸能の民は、芸で食を乞う河原乞食とされ、商才となるとさらに卑しくみられた(士農工商)のですが、江戸後期にはこの立場は事実上は大きく逆転してしまう。

「能」というのは、中世の終わり、職・芸・商の才能が集合して結んだ焦点、と言ってもいいかもしれません。江戸時代はこの流れを発展させ、現在もまだその続きにある。

とんど―神を焼く

とんど
冬の極まった時期、いろいろ燃やす、あのお祭り。左義長と書く。
お正月の飾りつけを燃やし、割った鏡餅をその火で食べたり、ぜんざいを焚いたり。

このお祭りで「炎上する」のは、榊や柊、幣や塔、あるいは餅など。
じつはどれも「ネ申を降ろした」もの。 *2
つまりは、神を火あぶりにする生贄の風習が、どこかただよっています。
たぶん、石器時代には燃やしてたんじゃないでしょうか…その、なんというか、動物とか…あるいは人間。
年をあらため、新しい春を呼ぶためには、そういう行為が必要だと思いこんでいたし、生贄はたいへんな英雄の名誉でもあったのでは、と。

そして、人類にとって、神を降ろし、それを焼くのは、普遍的な風習で、本能といってもいいのかもしれません。
だって、「祭り」「炎上」「ネ申」ってネットのような最新の場においても、その手の用語。
記号論的な異物(=マレビト)の「しるし」のある「伺か」を見つけ、これは「ネ申」であり、「祭り」そして「炎上」する。
メディアで「ニュース」として取り上げられるものも、いつもこの形をしています。今だと「不二家」とか「産む機械」とか。もちろん「いじめ」も。

私が追っている「サイの神」は、けっして過去のものではなく、ジャック・バウワーが追う事件のように、リアルタイムで進行しているのだ。


*1 : 壬生から少し西に行くと、西院。西院の「サイ」は、サイの神の「サイ」。佐井通りという道もここにあります。ここが西国と京の境。市の立つ場所。また、賽の河原の「サイ」でもある。
*2 : 常緑樹は、キリストが磔の際かぶせられる荊(イバラ)のように、神を呼び寄せると同時、その鬼の力を弱らせる。だから、節分の鬼は、門松や柊に弱い。


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コメント

私も見たことあります→壬生狂言の節分
「トンカントンカン」BGMに乗って、不気味でしかもなんか笑ってしまうような装束のものがゆっくり動いている・・といった印象でした。
もう10年以上前でしょうか。その日も寒かったです。観客席と舞台の間を雪がちらついてましたね。

Posted by: shosen : February 4, 2007 9:59 PM

見てまいりました、壬生狂言。
寒かったです、泣きそうでしたw

仮面がものすごく不思議なもので、はじめてみると不気味ですよね。
鬼が出てきたとき、泣き出した女の子がいて、みんなに面白がられていました。

無言劇なので、あらすじを知っておかないと、わからないところもあるかなと思いました。
特に「厄払い」は、今はもう存在しない風習なので、解説してもらわないとわからないです。
ほら貝もった山伏の人は、今でもお店の前に来ますけど。
あの人たちも、鹿の皮を腰に巻いて、鹿の角でできた杖を持ってるんで、鬼や厄払いと同じ源流から出ているようにも思えます。
(なんか、このジャンルに、すっかり詳しくなってしまいましたw)

Posted by: Site icon overQ : February 5, 2007 10:04 AM
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