「私は今日まで生きてみました」
という印象的なフレーズで始まる、吉田拓郎の「今日までそして明日から」。
去年のつま恋コンサートでも、拓郎は最後にこの曲を歌っていました。
1970年、24歳の時に作った曲だそう。それからこのシンガーにも観客にも、36年の月日が流れた。
そして、大病も経て今はじめて、若い頃に作った歌の、ほんとの意味にめぐり合えたかのように、繰り返し繰り返し歌い続ける姿が、世代のちがう私にも、感動的でした。
この曲は「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」にも使われていましたが、じつはもっと以前に、映画の主題歌として用いられたことがあります。 *1
その映画は、「旅の重さ」。
映画史に残るべき、ロードムービーの傑作中の傑作です。
旅の重さ
監督: 斎藤耕一 原作: 素九鬼子 脚本: 石森史郎 撮影: 坂本典隆 音楽: よしだたくろう
出演: 高橋洋子, 岸田今日子, 富山真沙子, 三國連太郎, 三谷昇, 高橋悦史
1972年, 松竹
DVD価格:¥ 3,990
1972年の作品。斎藤耕一監督、高橋洋子主演。
この作品、一言でいうなら、フーテンの寅さんの少女版。人はいかにして風に誘われ、路上の人となるか。
真夏の四国の緑色の風景が、この世のものならぬ美しさ。

家出物なんですが、少女は都会に迷い込むのではないのです。田舎の道をたどる。
旅の道連れは、お遍路さんだったり、ドサ周りの旅の一座だったり。麦わら帽、草の匂い、体操服、汗の酸っぱさ、杖、野宿、蝉の鳴き声、ヒッチハイク、橋のたもとで行き倒れ、風の鳴る音。
マリー・アントワネットとは対極にある女性映画かもしれません。
年長の映画マニアには有名な作品ですが、一般的にはあまり知られてないみたい。私も7、8年前、はじめて名前を知って、去年ようやくDVDで見ました(DVDは2005年に発売)。

高橋洋子のデビュー作…といっても、若い人は高橋洋子を知らないにちがいない。エヴァンゲリオンの歌を歌ってる人じゃあないのです。
今はもうメディアに登場することが全然なくなってしまった。昔はいろんな形で話題になる女性だったのですが。
でも、この映画を見れば、高橋洋子がいかに鮮烈なキャラクターかがよくわかる。このデビュー作が、彼女の人生を決定してしまったと言えるか知れない。
見ると、彼女の汗のにおいを嗅ぎたくなります(;・∀・)

家の中で影になっている母に岸田今日子、
男気と優柔不断さあふれる旅芸人の座長に三國連太郎、
そしてこちらもデビューなんでしょうか秋吉久美子がほんの少し、でも非常に印象に残る役で登場します。
ロードムービーは、寅さんがそうであるように、「おもい人」を探しあぐねるのが隠された主題。家出は、a House Is Not a Home、本当のホームを求めて、路上をさまようこと。
「旅を住処とする」というのは、一方では、どこにも住むべきホームがない、いとおしむべき人がいない、ということでもある。路上で出会う人はみな、旅の途上にある、さみしい人たち。

「私は今日まで生きてみました」
人生の流れる月日もまた、旅。たしかに、古来より、そう言い習わされてきた。
布団の上に寝ないで、大地の上に寝るってことが、どんなに素晴らしいか。
私は今まで、ロウソクの炎が美しいってことは知ってたわ、でも、あの炎を吹き消したあとの、匂いも素晴らしいってことを、初めて知ったの。
ママ。おやすみなさい。
この映画には、同名の原作小説があります。映画はこの小説のきわめて忠実な再現。
しかし、この小説がまた、奇怪な出自を持つ作品。単行本の最後に付された、出版社編集部のメモによると、
作家由紀しげ子さんが、昭和四十四年末なくなられたとき、机辺にひと山の原稿が積みあげられていた。由紀さんに私淑する人たちが閲読を乞うために送りつけて来た小説や随筆の類とみられた。
…文芸誌『作品』編集長八木岡英治氏が整理に当たられたが、その中に一篇、強く心を捉えて放さぬ作品があった。
それが「旅の重さ」。
ノートに書かれた作者名は、素九鬼子。しかし所在がわからず、連絡も取れない。ふつうならあきらめるところですが、筑摩書房は出版に踏み切る。
新聞広告その他で呼びかけたが、われわれは、いまだ素九鬼子さんにお会いできない。1日も早くこの未見の作者にお会いできることを念じている。
この2年半後、横浜で結婚生活をしていた素九鬼子と連絡が取れる。その後、彼女は六冊の本を出版しますが、今はまた行方不明のようです。まさにフーテンの人、作家という家にも安住できる方ではないのかもしれません。
◆fragments_12 素九鬼子さんへ…こちらに安否をたずねる(?)記事があります。
「旅の重さ」は、文字通り、風変わりな作品。娘から母親(ママ)への手紙の形式で、旅の模様がつづられる。
読むとずうっと心に残ります。この作品に強くひかれてしまうタイプの人は、いるにちがいない。古来よりの、旅を住処とする風狂の魂に、すっかり通じてしまった作品だから。彼女は、枯野の夢を見る病んだ俳人のように、地霊の声をきくことができる。
夜の音があるなんて、わたしはこれまでに一度だって考えてみたことはなかったわ。夜汽車の汽笛や、夜鳴く鳥や虫の声なんかではないのよ。山や海や地が夜になるとそれぞれ音をだすの。本当にその声がきこえるの。嘘ではないの。起きだして、くずれた壁の穴に目をあてて、蒼白い夜の野をじいっと眺め渡していると、ひとつの唸りのようなそれらの音がきこえてくるの。更に耳を澄ましてじいっとしていると、それらのひとつひとつの異った音というものがわかってくるの。けれどその音をここで説明することは非常にむずかしいわ。その音色の識別には、魂の冴えと、神経の刃が必要です。だからわたしは毎晩その山や海や地の音を別々に聞くわけではないの。大抵の晩は、ひとつの唸りのようなそれら自然の音をきくだけだわ。そしてその音はこちらの体にこだまして、ぶるんぶるんと響くほどです。その響きを超越して、もうすこしで自然の音のひとつひとつを嗅ぎ分けるという一歩手前で、いつもぐったりしてしまうの。
素九鬼子の六冊の本はすべて絶版ですが、「旅の重さ」はよく売れた本で、図書館にはわりとあるようです(私が借りたのは、74年で第15刷)。 *2
はじめまして。素九鬼子は私も大好きです。鳥女も良かったです。旅の重さの映画では今は亡き、高橋悦史さんも素敵でしたね。
Posted by:ファンシーさん、こんにちは。
「旅の重さ」はほんとに大好きな作品になりました。
この記事を書いてからも、何度も何度も見ています。
素九鬼子さんの作品、作者が行方不明なので、著作権がらみで再版できないのか、入手が難しいです。
映画版のDVDもそうならなければいいのですが。。
wikipediaによると、高橋悦史さんって、お父さんが大工さんだそうです。なるほどなあ…と妙に納得してしまいました(* ^ー゚)