というわけで、やってきました、たら本31回。
今回は、「時々、読書感想文。」の菊花さん主催。たらい、受けとめてくださり、アリガト!(´▽`)ございます☆
お題は、「積読の山も誇りと本の虫」
歌は前の記事で詠唱済み(→こちら)。
「積読となんか似とるねツンデレは 積んだら出れんよ本の迷宮」
さて、積読。
漬物石…と、どこか字面が似てなくもない、積読本。
本の価値は目方で量られるのだ。
うちの自慢の漬物石は、レヴィ=ストロース「生のものと火を通したもの」。
ぶ厚い、でかい、重い、と三拍子そろってます。しかも、「料理の本」。
寝転がって読むと上腕二頭筋が鍛えられ、さらに催眠効果も実証済み。
生のものと火を通したもの (神話論理 1)
クロード・レヴィ=ストロース
¥ 8,400 / みすず書房
( 2006-04-14 )
在庫あり。
by AMAZ君(改)
「積読」以外に、どんな読み方が可能なの、この本。構造人類学の大著。めちゃめちゃ難しい学術書です( ;∀;)
けどじつのところ、学術書の古典って、「積読」こそが案外、正統な読書法だったりするかもしれません。
小説みたいに「すじ」があるわけじゃないから、読み通すことには意義はない。とりあえず、コンセプトをまず理解しないと。
学術書はコンセプト(理論)とデータから成り立つんだとか。
でも、コンセプトだけ知りたいなら、原著にあたるよりか、「構造主義入門」とか「レヴィ=ストロースはこう読め」みたいなアンチョコ本を読んだほうが手っ取り早い。
原著・原液の味わいは、香りや薄めたカクテルとはまた、別なもの(原著といいつつ翻訳だが…汗)。
コンセプトの言いだしっぺの人って、コンセプトを端的に説明することには、何の興味もないらしいのです。
「わかりやすく」「説明責任を果たす」ことに、なんの興味もない。
むしろ、コンセプトをさまざまなデータの中でこねくりまわし、つついたり、ふくらませたり、破裂させたりしながら、得体の知れないものに育成錬成していくのが、彼ら彼女らの愉しみ。
わかりにくくすることが愉しみ…とさえ言えなくもない。
当人だって手のひらに乗せてるコンセプトの正体が何か、わからないでいるんだと思う。
ただ、その重みと、生きてる感触はたしかにある。そのもぞもぞ、蠢(うごめ)きが彼らをおののかす楽しみ。
レヴィ=ストロースにとって、神話がどんな感触を持つものなのか。
ダーウィンにとって進化が、フロイトにとって欲望が、ケインズにとって価値が、どんなふうに手の平に乗せられ、モソモソしてたか。
積読というアプローチでしか、感得できないこの感触。
これが「古典」の魅力の秘密。いちど開いたら二度と閉じられなくなる書物。
読んでも読んでも読みきるということはなく、ボルヘスの「砂の本」のように、ひも解くたび、新しいページが出現するかのよう。
本はページの順番に配列されてるだけじゃなく、離れ離れのページが思わぬ関連を持って、新しい読み方が見つかったり。
はじめのページは始まりじゃなく、終わりのページはどこかに続いている。
積読だけが、唯一の読書法であり、積読された本はバベルの塔のように天を目指すか、あるいは無数の言葉と意味に散り散りばらばら。
批判や否定さえ、「本」の一部として取り込まれていくよう。
「種の起源」を読んだら、読む前より進化論について、わけわかんなったりするようですが、
読むと、読む前よりも、かえってわからなくなるのも、古典(;・∀・)
噂やあらすじや通説として流布してるものと、ホンモノは大きくちがう。
なぜって、たとえばダーウィンは、わからないから書いてるんだもの、わかってるなら、本は書かない。資格試験問題用の答えは示せない。説明責任も果たせない。
でも、それが知への愛ってこと。「わからない」という言葉は、ソクラテスに由来している。
積読は、わかるために読むんじゃなくて、この「わからない」に付き合ってみることなんだと思います。脳の片隅の、もぞもぞゾワゾワ。ダイモンズ・ボイス。ゴーストのささやき。
積読力こそ、真の読書力なのかもしれない…(;・∀・)v
カフカはもうずいぶん長いこと読んでるんですが、これも開いたら閉じられぬ、永遠の積読本。
終わりというものがない。ひとつの長編も完成できなかったカフカ。
そもそも、カフカ自身が、積読ならぬ「積書き」している。
池内訳の全集は、カフカの膨大なノートを翻訳・再現したもの。
読むと、どれもこれも中絶。完結した作品にはめったに出会わない(笑)
ちょっと書き出してはやめ、また書き出しては途中で止まる。興が乗れば、イッキに書き続け、それも最後に至らず、中絶してしまうこともしばしば。
ちょうど、積読本に手を出して、数行、数ページ読んでは投げ出し、たまに没入できるとずうっと読み続けるみたい。
万里の長城ほか (カフカ小説全集)
フランツ カフカ
¥ 3,990 / 白水社
( 2001-10 )
一時的に在庫切れですが、商品が入荷次第配送します。配送予定日がわかり次第Eメールにてお知らせします。商品の代金は発送時に請求いたします。
by AMAZ君(改)
長編でさえ、カフカは、途中の部分をそこここに書き散らした。
「万里の長城」という幻の長編小説を書こうとしていた気配があり、その断片がノートの各所に散らばっています。
実物の万里の長城が、途切れ途切れに作られ、ついには完成しなかったように、長編小説のどの部分に当たるのかもわからない断片が、あちこち放置されている。
ちょうど、積読で、パラパラとページを眺めることを繰り返し、やがて閉じてしまうように。
そういうわけで、カフカ全集も、永遠の積読本として、枕元にそびえ立っています。
どこからでも読めるし、そんなふうに読むのがいい本。カフカは命がけでツン書きを敢行した。手の平の上に乗せられた真理に当惑しながら。
ベンヤミン「パサージュ論」とごちゃ混ぜに、iPodで音楽聴く時みたいにシャッフルして読むのも、おいしい積読。
*1
すべての書物が積読である…と感じられるようになった時、読書という体験は完成するのかもしれません。。
このたびはご参加ありがとうございます。
>学術書の古典って、「積読」こそが案外、正統な読書法だったりするかもしれません。
マキャベリ『君主論』は社会人なりたての頃に半年がかりくらいで読了しましたが、わかんなかった。世界史等の授業で「マキャベリが××について××と述べた」なんて習ったけど、そんな分かりやすいこと書いてなかったぞ!みたいな。そもそも「××」について言及すらしていないようないるような、でも結論がないようなあるような?と、読めば読むほどこんがらがったのですが・・・。そうか!それはそーゆーものなんですかね。あれは積んでおけば良かったのか。ふーむ。積読って奥深いですね。
ああ・・・もうoverQさんの文章を読んでいると惑乱させられっぱなし。私の価値観はどうなっちゃうの(笑)
>噂やあらすじや通説として流布してるものと、ホンモノは大きくちがう。
あ、これすごく腑に落ちます。だから理解できなくても原典に触れるって大切なんだと思えます。
せめてそのホンモノ(原典)の手触りを感じた上で入門書を読むのと入門書だけで済ましてしまうのでは、なんか違うような気がします。
って、曖昧なこと書いて済みません(汗)
レヴィ=ストロースよりもカフカよりも
overQさんの文の方が迷宮ですって(笑)
読んでいるうちに、このままどこかに連れていかれて
帰ってこれなくなるんじゃないかと不安になります。
>読むと、読む前よりも、かえってわからなくなるのも、古典
いやあ、これ、名言ですね。
最近の小説がつまらないなのは
コンセプトが明確すぎるからかもしれません。
マーケティング脳の編集者が、
3行くらいのキャッチコピーでまとめられるような
本作りをしている。
それに比べて、古典がおもしろいのは、
作者が読者を煙に巻いているからなのですね!
ああ、もっともっと煙に巻かれたい(←変態)
あああ、私もoverQさんに惑乱ですー。
レヴィストロス…料理の本なのですか!?(・△・;)
仰るとおり、確かに、コンセプトだけなら解説本のほうがわかりやすいですよね。
「こういうことを言ってる本」だと頭に叩き込んでから読まないと、この手の本はさっぱり…
シーツ被せて羽交い絞めにした、何か暴れまくっているモノを色んな角度から見ようとしているような。そんな印象。積読でしかそれは感じることができない、とのお言葉、蓋し名言ですー。。
★菊花さん。
古典は、読めば読むほど、むしろわからなくなるようなところがあり、
一方、本からすっかり離れて、人生しているとき、ふいに意味がわかったりすることがある、謎の書物(笑)
でも、まあ、親の言葉とか、友だちの言葉でも、そんなことってありますよね。
たぶん、人生とか、世界とかいう本があって、それが究極の積読本になってるんだと思われます。
★kyokyomさん。
コンセプトとデータからなる、というのがタテマエだけど、
ほんとは文章のよどみやためらい具合、そこに現われる「人柄」みたいなものが、
論文の真価なのかもしれない、と思うことがあります。
読み切って、それで終わり…この本はこう書いてあった…と情報処理してしまうと、見えなくなってしまうもの。
積読には、それを保持する力があるように思えます☆
★LINさん。
情報化時代といわれ、ビジネスで役立つ小ネタを脳のメモリにロードしようと、本を読む人も多いのですが、
古典は全然、その手の読み方ができないです(笑)
レヴィ=ストロースは、ルソーが好きで、また本を書く前には、マルクスの文章を読んで、気合を入れるんだそうです。
ルソーもマルクスも、リクツ的にはたぶん正しくない(;・∀・)
でも、とにかく、得体の知れないコンセプトを持ってて、それにとりつかれ、のたうってる。
そのリアリティが、ほとんど体臭のように、文体に現われてて、
理論じゃなく、書いた当人の存在感が圧倒的に迫ってきます。
レヴィ=ストロースもそうだけど、そこに読むことの醍醐味が感じられて、
科学書なんだからリクツを把握しないとダメなのに、何かそれとは別な感動があります☆
★天藍さん。
レヴィ=ストロースは、じつはミネストローネを初めて作った人(大嘘
「生のものと火を通したもの」は、このヘンな題名からもわかるように、料理と人類の関係について述べた本。
「生まものvs火にかけたもの」というお料理のふたつの手法が、
じつは「神vs人」「天vs地」「死vs生」というような、神話に現われる対立関係と同じものだと論じる本です。
かなり大雑把な解説ですが(;・∀・)
登山家が絶壁をよじ登るような読書です(笑)
とりつく島なし。
むりやりクサビを打ち込んで、なんとか手がかりを確保しようとしながら、
むしろそんなことをするがゆえに、本そのものから遠ざかっていくような気がします( ;∀;)
おはようございます!
昨日、お伺いしてTBだけして満足していました。
overQさんの文章って、読めば満足して、また読めば読むほどひきずりこまれるので、気合をいれないと大変。
LINさんがおっしゃるように、ほんと、overQさんが迷宮!(笑)
古典を読むと、自分という器の小ささに改めてきづきうちのめされます。
うっかりすると、そこに流れるたゆたうリズムというか波にのまれて溺れてしまう。
溺れるのもまた楽し。。。
生ものと火を通したものが神話論理ですか!?
このタイトルだけで、すでに迷宮。
でも、おもしろそう・・・ああ、溺れたいです。
今、上映中の香りに溺れた人殺しの話「パフューム」という映画。
今週あたりにみにいく予定なのですが、全然違うのに、感覚的に同じ匂いを感じます。
非常に危険な香りがします。
こんばんは
先日読んだ雑誌「芸術新潮」にレヴィ=ストロースの写真が出ていました。
新しくオープンしたケ・ブランリー美術館の開幕式典の様子でしたが、
1908年生まれで、しっかり御存命とは。
風格が漂っていました。
十中八九、神話の時代から生きているのでしょう。
だからあんな研究ができるのですね。だって実体験で知っているのですから(?)
レヴィ=ストロースはよく知らないので、お料理本から入ってみようかな。
初めから積読化してしまうかもしれませんが。おいしそうなレシピを求めて。
こんばんはoverQさん
>噂やあらすじや通説として流布してるものと、ホンモノは大きくちがう。
とは、いわゆる仏教書なんか読んでいてもそう感じることありますね。
それは、本が間違っているという意味ではなく、書かれていることを体現しないとホンモノではないゾ・・という反省であります。
>積読力こそ、真の読書力
も、なんか勇気づけられます(笑)
ちゃんと読みもしない『国訳大蔵経』の新訳とか買ったりしますが、これは後生に至るまでうちに残すべき文化なのだから・・と言い聞かせてます。
カフカはぐるぐる系の巨匠ですね。
『城』を読みながら居眠りしたら、夢の中でも『城』が続いていました(笑)。
ある意味恐怖の体験。
そしてnyuさんのコメントを読んでびっくり。
レヴィ=ストロースってまだ生きてたんですか!(失礼)
てっきりもう……かと…。
来年で百歳ですかー。ほえー。
★picoさん。
「生のものと火を通したもの」は、題名もヘンテコですが、それぞれの章の題もフシギ。
行儀作法についてのソナタ
短いシンフォニー
五感のフーガ
オポッサムのカンタータ
平均律天文学
三楽章からなる田舎風の交響曲
というような、マカ不思議な音楽的標題が並びます。
非常に美しい本ですが、ここまで来ると、かなりワル乗りしてるようにも見えます(笑)
とてつもなく難しい本なんで、たぶん読み解ける日は、私には訪れないと思います(;・∀・)
Posted by:★nyuさん。
生のものと火を通したもの…まず、とにかく難しいです。
読んでると、あまりのわからなさに腹が立ってきますが、腹を立てようと寝かそうと、わからんものはわからん( ;∀;)
みすず書房は、神話論理刊行に際して、ガイドブック「レヴィ=ストロース『神話論理』の森へ」を出しています。
わらにもすがるような思いで(笑)、これを読んでみたりしてます。
レヴィ=ストロースがこんなに長生きするというのは、予想外なことなのかもしれません。
思えば、構造主義以降のフランスの思想の担い手は、変死とさえいえるような形で次々亡くなっていったので。
でも、レヴィさんは生活はすごくちゃんとしてそう。好き嫌いもなさそうですw
★shosenさん。
古典は、正しい読み方だけじゃなく、読者の歴史が長いので、その人その人の生の瞬間瞬間で、切実に読まれることを繰り返してきました。
宗教経典は、とくにそんな読まれ方を長くしてきたにちがいなく、文字として書かれていること以上の読みがあるものなんでしょうね。
しつこく何年も読んでると、だんだんフレーズや語り口をおぼえてくるので、
本を離れてる時でも、読んでるみたいになりますよね。
本に限らず、親が言った言葉なんかでもそうですが、思わぬときによみがえって、ほんとの意味がわかったりします。
「正しい意味」というより、自分にとって生きていく上で必要な「読み」なんだと思います☆
★Mlle Cさん。
レヴィ=ストロース、めちゃめちゃ長生きですよね。
私も時々、新聞の訃報を読み忘れただけなんじゃないかと思って、レヴィ=ストロースで検索します。
「1908年11月28日〜 」となってるのを見つけると、ああまだご存命なんだと妙に感心しますw
環境問題関連の本で、エッセイを寄せてるのを、7、8年くらい前でしょうか、読みました。
ここ百年くらいで、人口がどのように増えてきたかということから、環境問題を論じて、やっぱりこの人は数学的に語るのが得意なんだと思いました。
でも、考えてみれば、「ここ百年」って、自分で生きてきた時間なんですよね。
すごいです。
ご無沙汰しております。
当方、買ったまま手付かずの本も多いですが、ちょっと読んでみてそのまま放置してある類が山のようです。
あたかも、かじりかけのお菓子や食いかけのラーメンが部屋中に散乱しているごときです。
現在も、棚の上から『世界魔法大全』と三一書房版『戦後詩大系』がこちらをにらみつけています。
★多摩のいずみさん。
積読といっても、まるきり読んでない本は少ないもの。
ちょっとパラパラ遊んで、読み通そうとは思いつつ、お留守にしたままになりがちですよね。
でも、パラパラ読みは、意外とポイントをつくことがあって、
あとで全部読み通したときより、最初にパラパラと読んだ時の印象のほうが、刻銘に残ったりもするから、不思議です。
最近、全集やシリーズ物は、置くところがなくて、買えなくなっちゃいました(涙
Posted by:こんばんは。遅れてお邪魔させてもらってます。(ぺこり)
overQさんが何を積読されているのか、興味津々&謎でしたが、挙げておられる本だけではたぶん無いのでしょうね。
迷宮に住まわれているようなそんなイメージがありますもの。
>8000円な〜りのレヴィ=ストロース
の本。
漬物石以外では、押し花にも使えそうですね。(笑)
子供の頃、TVコマーシャルで、「レヴィ=ストロースなど読んでみたいですね。」
って言ってるの無かったですか?
超超難解なイメージがあります。
神話の時代のお料理本なんでしょうか。いつか読まれたら、overQさんの不思議解説楽しみにさせてもらいます。
★ワルツさん。
押し花づくり、たいへんよさそうです。
レヴィさんの有名な本に「野生の思考」というのがって、その原題La Pansee Sauvageというのは、三色スミレという意味もあるそうです。
(この人、なぜか題名には、非常に凝った名前をつけるんです。)
レヴィさんは、一冊の本を書くのに、5000冊くらいの本や論文を読破したとかいうことで、
それだけ読み込むと、情報量が増えて、本もぶ厚くなります。
すごいパワーです。長生きするはずだ☆
本の内容はすごく難しくて、なぜか高度な数学を用いたりするのですが、
結局この本を読むためには、レヴィさんの以前の著作を、順にたどっていかねばならないと気づきました。
長大な読書になります(;・∀・)
そうそう。
四日ほど前に書いた記事で、mitakaというソフトのことを書きました。
宇宙を旅できるソフトです。
ワルツさんに超おすすめです★★★