AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 賊猿幻行・夜 「サイタマのサイは、サイの神のサイ?!」

賊猿幻行・夜 「サイタマのサイは、サイの神のサイ?!」

written by overQ
March 14, 2007

今日も全国のお友だちから、サイの神情報をお寄せいただきました!
アリガト!(´▽`)ございます。

まず、美結さんが教えてくれた、千葉の「関宿(せきやど)」。千葉・埼玉、群馬、茨城、栃木が交錯する、思いっきりサカイの地。
大きい地図

ここはすごいです。
利根川の手前で、渡った向こう側には、境市。その東は逆木山で、榊山古墳群がある。
セキシュク(ヤドと読むのだが)、サカイサカキと、S+Kが連発
さらに、すぐ西隣は、埼玉の北葛飾郡(かつシカ=S+K)。
葛飾という地名は、やはりサカイを示すものだという確信が、じょじょに深まっていく。

そして、「猿島(サシマ)」「幸手(サッテ)」という珍しい地名が、川を挟んで展開。
このS音への固執は気になるところ。
猿田彦の「サルタ」は、サダル(先導する)という沖縄の言葉から来ているという説があり、
佐多神社、あるいは佐多半島というようなものも、じつは縁をなしているらしい
…そのことを少し思いました。論証はできないですが。

幸手(サッテ)は、あるいはサイテかサキテで、これがサイタマと縁語なんじゃないんでしょうか。
つまり、サイタマのサイは、サイの神のサイだと(何でもかんでも、そう思えてきたよ…汗)。

埼玉県 - 地名由来辞典…サイタマは、万葉の表記ではサキタマ。つまり、S+K。江戸を、東北方面から守護する、サイの神としてのサイタマ、というのは、さだめ…らしいです。

  +

さらに、四季さんが報告してくれた、国道171号線ぞいの地域。
大きい地図

宿久庄」があり、さらにその南に「道祖本」!
宿久庄には、須久久神社というフシギな名前の神社があり、道祖本には当然、道祖神社があります。
「宿久庄」はシュクノショウと読んでるようですが、須久久(スクク=S+K)神社があることから、スククショウと読むのがたぶん正しいのではと思うんです。(ネットで調べてるだけなので、読み方、ちょっと頼りないんですがw)

じつは、四季さんに教えてもらったのは、この西にある「西宿」という地名。
グーグルマップで調べてるうち、「スクク」と「道祖本」を発見しました。ここに対して、西にあるので、「西宿」ですね。

旧西国街道をゆくー茨木

ここもまちがいなく、サイの神ゾーン。
171号線のひとつ北の道が旧街道。神社とお寺がいっぱい。
須久久神社、為那都比古神社、五字神社、五宇神社など、フシギな名前の神社。
正丸稲荷は、古墳でもあるらしい。
オモイカネノカミをまつる、珍しい神社もあります。思いかね神は、イザナキが黄泉から逃げ帰る時、脱ぎ捨てたものから出現する神のひとつで、たぶん道祖神を現わしている。
思えば、吹田市のスイも、サイの神のサイのようなことを思いかねてますが…(;・∀・)

saisearch.jpg

…それにしても、どんどん見つかる、サイの神。
予想してたこととはいえ、やはり驚きは大きいです。
AZ::Blogでは、みなさまからのサイの神情報をお待ちしています。



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コメント

埼玉にサイの神!
埼玉の栄えた場所といえば、川越。
地図を探ったけど、収穫はありませんでした。

巣鴨には、サイの神さまで賑わっているようです。4の日は、ばあさま達が遠方から訪れてきます。一応「S」で中山道沿い、猿田彦大社もあります。
今巣鴨と呼ばれている場所と、当初の巣鴨とは、ズレがあります。

巣鴨
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A3%E9%B4%A8

庚申塚駅
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%9A%E7%94%B3%E5%A1%9A%E9%A7%85

秋田の村境の守り神さまは、他の場所とは、違うようです。国立歴史民族博物館で大きなわら人形見たときは驚きました。http://www.h2.dion.ne.jp/~go-y/a3-murasakai.htm

Posted by: 美結 : March 15, 2007 8:29 PM

まさか吹田までサイですか?!

ほんと、いっぱい面白い名前の神社がありますね。
茨木市って実はあまりよく知らないんです。
実は意外と面白い場所だったのかー。
面白いお祭りがあるのかとかは全然分からないのですが
(ちらっと検索しても、内容までは出てこなかったし)
何か面白そうな情報が入ったら報告しますね〜。

Posted by: Site icon 四季 : March 16, 2007 5:55 PM

★美結さん。

埼玉=サイの神説。
記事を書いた時点では、思いつきでしたが、考えてみると、可能性はかなりあるような気がしてきました。

東北が豊かな土地で、その富が流入している。
万葉や古今集では、東国は異国情緒あふれるところとして、よく歌われます。
歌枕もたくさんあり、「東国風」な方言めいた言い回しが、かっこいいと思われていたふしがあります。
東国に旅するのが、西国の貴族たちのブーム。

でも、西から来た人たちは、埼玉・千葉くらいから「むこう」には、よう行かないんです。
このあたりが、やっぱりサカイみたい。

巣鴨=サカイは、大きい発見かも。
巣鴨をもしもともとスカモと呼んでいたら、まちがいなくS+Kの地です。
美結さんは、サイの神ハンターとして、師範クラスヽ(´ー`)ノ

「曽谷」「葛飾」「巣鴨」
サカイがだんだんと西に寄ってきてるように見えますねえ。
S+Kの地が、川の手前なのか、内側なのかが知りたいと思ってたのですが、この問題はこれで解けた気がします。
時代が下るにつれ、中に入ってくる。

巣鴨の猿田彦はたいへん興味深いです。
この話は、このシリーズでいずれ書くことになると思います☆

秋田のサイの神、すごいですね!
知らずに見たら、かなり恐いです。
ワラでサイの神を作る(そして、あとの祭りで燃やす)風習は、かなり深い意味を秘めていて、この件についても、このシリーズで中心的なテーマとなる予定です。

Posted by: Site icon overQ : March 16, 2007 8:35 PM

★四季さん。

この地域は、熱いです。
「サイの神」度はきわめて高くて、萌え上がっています。サイ萌え(笑)
調べてるうち、ちょっと行きたくなってしまいました。

171号で大阪に行くときに何度も通ったことがあるはずだけど、よく思い出せません(;・∀・)
やっぱり歩かないとわからないみたい。

歩く時は、神社だけではなく、一般の民家でも、古い家とか、ヘンな苗字の表札とかを見ていくと、面白いです。
「石」にかかわる名前とか、歌舞伎や能・狂言とかかわりのある名前とか、出てくることがあるんです。

それはやっぱりそういう人たちが、広めていってたことを示してるんでしょうね。
文字を持たず、文献に残らず、歴史に残ってないけど、かなり強力に富の流通の中心をになってた人たち。
まさに、寅さんの先祖のような人たちがいた。
それが本当に不思議でならないです。

Posted by: Site icon overQ : March 16, 2007 8:54 PM

こんにちはー。
境の神、サイの神!!大変興味深く拝読しておりますー。

>171号線沿い
おお、「宿」の隣に「道祖本(さいのもと!)」
吹田・箕面・茨木の境のすぐ近くなんですよね。
どうも山と田んぼと住宅地ばかりなイメージがあるのですが(^ ^;)
あ、吹田市に「佐井寺」という町名が♪
少し地図を眺めてみたのですが、本当に、神社とか「サイ」地名が多いですねー。
茨木市内の171号沿いに「天照御魂神社」と「八阪神社(…スサノオ…?)」が2つづつあるようなのですが、何か神様が密集してません?「春日神社」も妙にたくさんありますし。(春日神て猿田彦と同一視されるんですね!知りませんでした)
あの周辺て、何の境だったのでしょう…
今、都市再開発地域らしいのですが、そのニュータウンの愛称が「彩都(さいと)」というのは偶然でしょうか(^ ^;)

長文失礼致しました。

Posted by: Site icon 天藍 : March 21, 2007 4:58 PM

ほんとだ、吹田のど真ん中に「佐井寺」がありますね!
やっぱり吹田のスイは、サイの神のサイにちがいないです。
可能性はかなり高まりましたヽ(´ー`)ノ

171号の北の旧道は、西国街道。
京が都であるうちは、非常に重要なルートだったようです。
街道を遊行するのは、行商の民、職能・芸能の民。
木地師や漆、石や金属の職人、人形つかいやアクロバット・奇術、歌舞音曲各種の使い手。
それぞれの職能・芸能に、それぞれの神様をもっていて、
おそらく彼らが街道沿いに、どんどん社寺を祭っていくんだと思います。
実際、そこに滞在して、お祭り=興行=市を開催する。

江戸後期になると、国学の研究をやってる民間人が現われてきます。
この人たちが、どうやら、猿田彦を広めたらしいです。

国学は、本居宣長や平田篤胤が有名ですが、
彼らを頂点にネズミ講式に(といったら怒られますがw)、弟子その弟子そのまた弟子…と広がるネットワークだったようです。

彼らの基本的な気分は、「反徳川」。
反体制のサヨクだったんです。今ではウヨクですがw
地下活動のように、記紀にしるされた神々を広めていく。
維新にいたる倒幕の流れの中で、目立たないけど、けっこう重要な地下水脈なのかもしれません。

Posted by: Site icon overQ : March 21, 2007 7:07 PM
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