「花よ、散るな」と、やすらい祭のあった昨日、4月8日。
この日はまた、仏陀の生まれたとされる、誕生会。降誕会。
「たんじょうかい」、ではなく、「ごーたんえ」。
でも、お誕生日会のように、仏陀を祝うパーティの日。
仏陀のお誕生日が花まつりのこの日とされたのは、
キリストの誕生日が冬至の頃となされたのと、
同じような理由かもしれません。
いちばん貧しい人が、いちばんおなかのすく日。
いちばん弱い人が、いちばん病気になる日。
狩猟民にとっても農耕民にとっても、じつは春の始まりのこの時期が、獲物も作物もいちばん枯渇する時期。
新しい生命が始まる周期の開始だけど、同時にストックがなくなってしまう時期でもあるのです。
そして、食べ物がなくて弱ってるとこに、虫や蛇や疫病が目覚める時期だったりもする。
やすらへ、花。
やすらへ。
この列島に住んだ初めの人々は、この時節を、特別な「死と再生」の祭りの時(=サカイ)と思っていたようです。
日本の仏教は(少なくとも中世以降は)、いちばん弱い人、いちばん貧しい人を救うことに命をかけてきました。
そもそも多くの仏教者自身、弱い立場を出自としていたのでしょう。
ブッダは、この日、生まれねばならなかった。
キリストが、冬のひどく寒いヨーロッパで、冬の極まりに生まれ立ち、クリスマスとなったように。
民間信仰のいちばん切実な場所に寄り添う。
4月8日、この列島で、春の始まるこの日。
仏陀のお生まれになった日。切実な祈り。
そう。
嘘ですよ。うそに決まってる。
だけど、つかずに、いられないうそ。信じずに、いられない嘘。
いや。
嘘だろうか。
この日から、肉となる獣・魚は目覚め、植物は花を咲かせ、実をつける始まり。
腹をすかせた彼らもまた、この時期に歌垣をおこない、「明日」を作った。
「死と再生」のこの日。
嘘はマコトとなることを、繰り返した日。
あの人(高き雲)がお生まれになり、衆生済度(かすみにとけて)の再度際土の開始の日。
高き雲 かすみにとけて 花曇り 黄漠遊
こんにちはです。
4月8日に降誕会をするのは、日本ではもう千年以上の歴史があるみたいですね。桜にあわせたようなこの日程、いかにも日本で、なんかわくわくいたします。
ああ、信じずにはいられない嘘って、深みに入りそうですね(笑)
昔、本山で「お釈迦さまにだまされてようこそ」と挨拶されたお師家さんがおられて、「うまいこと言うなぁ」と思ってました。
たしかに今となっては、私もお釈迦さまにだまされて来て、だまされてもなんの後悔もありませぬ。
お久しぶりです。
降誕会(ごうたんえ)、懐かしい響きです。
短大のとき5月に親鸞聖人の誕生を祝うそれだけで意味もわからず参加してたりしました(笑)
★shosenさん。
桜の開花を新聞やテレビで報道するのが、海外の人には珍しく映るそうですが(笑)、
この列島に住む人にとっては、この季節が、ごくごく初期の段階から重要なものだったようです。
縄文の頃も、この時期にお祭りしていたらしいです。
本地垂迹説的には、縄文のはじめから、日本人は仏教徒だったのかもしれません☆