おとら狐のはなしは、どなたもご存じでせう。おとら狐にも、いろいろあったのでせうか、私の知ってゐるのは、「とっこべ、とら子。」といふのです。
――宮澤賢治「とっこべとら子」
どなたもご存知でしょう…と言われても、そんなにご存知でないかもしれませんが、どうやら昔は有名だったらしい、おとら狐。
とり憑く狐…といえば、おとら狐だったそうな。
愛知県界隈の伝承。
憑かれた人は、長篠の戦の情景を語りだしたといいます。関が原の場合もあったりしたらしい。
日本史のテストのとき、とり憑いてもらうと、高得点が望めそう(;・∀・)v
柳田國男に「おとら狐の話」という著作があります。早川孝太郎との共著。(賢治もこれを想定してるのでしょうか。)
おとら狐、犬神、クダ狐など、とり憑いたり、使い魔なったりするものを、非常に幅広く、手際よくまとめたもの。
柳田の情報収集能力、整理力の高さを感じさせる小著。
最後のほうで、おとら狐の背中に、こんな印が付いてると書いてありました。

背中の菱形。
マジカルな力のしるし。
柳田は、行者のくれる護符(九字というらしい)や、安倍晴明の星型(ドーマンセーマン)なども、これと関係があり、もっと複雑になったものかもしれぬ、と推測しています。

Mlle Cさんが、とちぎ蔵の街美術館で開催中の「布が伝える 和のこころ展」の記事を書いておられます。古い着物や布の展覧会です。
子供の祝着を見ていたら、ちょうど背縫いに当たる所を絹糸で数針ざくざくと縫って端を垂らしてある。しつけではないしなんだろうと思っていたら解説がついていて、どうやら魔除けの意味合いがあるらしい。
本来、背縫いが魔よけの役割を果たすと考えられているのだが、子供用の着物は一つ身で背縫いがないからだ。
ただの縫い目やバッテンだけでなく、飾り刺繍や紋をつけることもあるそうで、なるほど展示されている着物の中にも菱形の図案を縫い取りしたものがあった。
Le Journal de La Princesse frivole | 布が伝える 和のこころ展
背縫いや、背中の十字・菱形は、魔よけ…「背守り」というそうです。Mlle.Cさんに教えてもらいましたヽ(´ー`)ノ
「背守り」については、以下のページに。
◆きもの呉盟会―背守よもやまばなし
◆カナガワ株式会社 手づくり広場 ゆびぬき
形が似てますよね…おとらさんの背中の菱形や、九字、セーマンドーマンと、背守り。
連休中、千本えんま堂狂言を見に行きました。
その中の「ニセ地蔵」って演目。
道化が地蔵に化けて、善男善女から金品を巻き上げる話( ・∀・)q
地蔵に化ける時、柿色の服を後ろ前に着て、地蔵菩薩の仮面を頭の後ろにつけます。
後ろ向きに立って、地蔵の正面になる。
この動作がめちゃめちゃおかしくて、観客はお子さんも含めて大爆笑の劇ヽ(´ー`)ノ
お地蔵さんの着物は、背中で閉じる。
お地蔵さんってよだれ掛けをつけてるけど、あれも首の後ろで結んで閉じる。
「背中で閉じる服」から由来するのかも知れません。
「背中で閉じる服」の文化…というようなものがあるのか。どうか。
路傍のお地蔵さんは、たぶんもとは太古からある石の道しるべの風習で、それが仏教化したものだ、と妄信してる私。
仏教が伝来し、地蔵菩薩というのが六道の辻に立って、死出の道すがら人々を極楽に導く、ということから、道のチマタの石標・石神・石積の代わりに、お地蔵さんを並べるようになったんじゃないかなと。
「道の民」とでも呼ぶべきような人たちのこと。
もとは狩猟採集民のはず。サカイにおける市が発達し、やがて各地に都市ができてくるにつれ、「所有、商品、マネー」が発生。その中で、定住するもの、遊行のもの、山に住むもの…などと、分かれていく。われらが先祖。
もとは、定住より移動を主な生活の形とした。ために、道とチマタ、サカイというものに独特の思考を持つ。
いろんな場所にいろんな形で、「道の民」の風習が残存してて、それが民俗学の興味となるのかなと考えています。
背中閉じの服もその名残りのひとつなのか…とふと思ったりしますが、どうなのか。わかんないや(;・∀・)
十字や菱形、星型あるいはジグザグ模様。
魔よけ(あるいは逆に魔力寄せw)として、世界中で見られます。
ケルトもブードゥーも、アイヌもネイティブ・アメリカン(インディアン)も、あの手の形が大好き(ほかには、円と渦も。下の図は、ブードゥーの道の神、パパ・レグバ)。
能や歌舞伎の着物なんかも、この類の模様はたくさんありそう。
そして、おとら狐の背中にも。

狐といえば、以前、豊臣秀吉がお稲荷さんを恫喝する話を書きました。
豪姫に狐がとり憑いたことに激怒した秀吉が、伏見稲荷に恫喝の手紙を出す。
キツネは結局、前田利家が名刀をもって落としました。
剣でキツネを落とす。
これは、能の「小鍛治」と何らかの関係があります。あらすじは、こう。
三条小鍛治宗近は、帝より、天下守護の剣を打つよう命じられる。
しかし、それだけの名刀を打つとなると、相槌をうつ助手が必要だ。悩む宗近のもとに童子が現われ、ヤマトタケルの草薙の剣の物語を述べた後、壇をしつらえて待てと言い残し去る。
やがて稲荷の明神が現われ、相槌の役をつとめ、宗近と二人で名刀「小狐丸」を打つ。
刀の表には三条宗近、裏には小狐の銘を残し、雲に乗って稲荷山へ去る。
とり憑く狐には、その裏に狐使いがいて、飼い馴らしている、といいます。
悪さをするキツネは、使い手に悪意があるか、あるいは飼い主を失ってさまようキツネらしい。
「小鍛治」では、キツネは神格の高い稲荷で、小鍛治宗近よりずっと上位にある。
とはいえ、相槌という助手をつとめるところは、ちょっと「使い魔」的な、使役される要素もあります。
お稲荷さんは、最初は童子の姿であらわれ、次に相槌役の時には、赤いざんばら髪の姿。
→こちらで写真が見れます。
この姿は、今宮神社のやすらい祭で見た、あの「鬼」そっくり。
小鍛治に対して、「大鍛治」というものもあるらしいです。
大鍛治は山で火を焚いて鉄を産出する者たち、小鍛治はその鉄から刀や鎌や釜を作る。(鎌と釜が同音であることに留意。カミと通じることも。)
鬼は山から来るもの。
宗近の前に現われた相槌稲荷、じつは「大鍛治=山人=鬼」だったか、と憶測してみる。
ざんばら髪で、童子とも呼ばれるもの。
童子とは…鬼。
酒呑童子、茨木童子。
曲げを結わず、子供のようなざんばら髪であることから。
うちの近所の八瀬の人々も、八瀬童子と呼ばれ、かつては洞穴に棲んだともいい、鬼の子孫を名乗っていました。
*1
先住民。ネイティブ・ジャパニーズ。
じつは、千本えんま堂狂言の最後の演目「千人切り」でも、赤髪の鬼さん、出てきたんです。
演者が最後にこの姿で現われ、一人ずつ順番に、ぴょんぴょんぴょんと三度跳ねたあと、源為朝(えんま様の化身?)に刀(金剛杖)で切られて、すってんころりんする、というもの。
為朝は、このあたりにいた「盗賊」を退治した人。
そういえば、源頼光が従者の渡辺綱・平井保昌とともに鬼を退治する狂言「土蜘蛛」もありますが、あの土蜘蛛の塚はえんま堂のすぐ近所(上品蓮台寺)。
頼光は征夷大将軍(とカタられる)。エビスを征服するもの。
エビスや土蜘蛛、あるいは鬼とも童子とも呼ばれた先住民が、このあたりに多く住んでいたものでしょうか。
頼光のもとに服して、キツネのように「使い魔」となった。
狂言にはその「契約」が反映しているように思えます。
安倍晴明の使い魔である「式神」も、たぶんそう。シキ。S+Kの名で呼ばれるもの。
星型の晴明紋は、「使い魔」をコントロールするしるし。あるいは、「使い魔」自身が用いていたマークなんでしょう。
ここで、おとら狐の背中の菱形とつながりそうです。
ケルトにもブードゥーにもインディアンにも見られるのは、同じ起源かもしれない。
狩猟採集で旅をすみかとした、人類の古い時代の生活スタイル。
刺青で、菱形などを刻んだりもしたのかなあ。刻みやすい模様だし。
Wikipediaの「セーマンドーマン」の項目には、あの★印を三重の海女さんがつけていたと書いてあります。
まさに狩猟採集漁労の民の、海幸山幸な魔よけ。
セーマン・ドーマンとは、晴明・道満で、安倍晴明と蘆屋道満という二人のライバル陰陽師の名を連ねたものとされます。
道満は、播磨北部の出身とも、晴明に負けて播磨に追放されたとも言われます。
このあたりは、佐伯という先住民、風土記で土蜘蛛とも呼ばれ、穴居していたと言われる人々が置かれた土地。
柳田國男のふるさとでもあります。
晴明も道満も、先住民をまつろわせていたか、自身が深く先住民と関わっていて、「使い魔」として使役できたということらしい。
先住民としての、晴明・道満の「式神」。
*2
あの星印は古い人々の使ったマジカルなマークだったはず…そう推論できます☆
オマケ。
三条の小鍛治宗近のことをしらべてるうち、こんな刀を発見。
三条は鍛冶屋町といって、鍛治師が住んだとこ。この刀は江戸末期に「吉永」という鍛治師が打ったものらしいです。
これに「菱形」模様がつけてある。
刃を固定するためのものかとも思ったけど、検索してほかの刀を見ても、こんな模様はあまりないみたい。
マジカルマークでしょうか??
おとら狐……恥ずかしながら知りませんでした(汗)
楽しそうなお狐さんですな。
長篠の合戦の話を聞きたいです。
管狐は、川上弘美の初期の小説『消える』に出てきました。
管狐を持つのが流行して、みんな通販で購入するという(笑)。
確かに持ち運びに便利そうだし、マンション住まいにも向いてそう…管狐。
★Mlle Cさん
ありがとうございます。
なんかコメント強要のようになってしまって(汗
クダ狐のクダは、「くだる」つまり神降ろしのクダらしいです。
クダ=管に通じて、めちゃめちゃミニサイズでポータブルな呪いのアイテムになっていったらしいです。
iPodみたいなものでしょうか…小さいけど、ギガ単位の呪いを運べる(;・∀・)
それ以前、犬神の頃は、イチコと呼ばれる呪術師が、ちゃんと髑髏を袋に入れて運んでたんです(ウォークマン時代)。
もとは、ネイティブ・ジャパニーズの神降ろしで、神聖なものだったのが、
だんだん零落して、江戸時代にはすっかり呪いになってしまったようです。
弾圧とか一族皆殺しにまでなってますから( ;∀;)