御蔭祭は、葵祭の先駆けとなるお祭り。
冬の間、八瀬・御蔭神社の山に帰っていた神さま。
その新生(ミアレ・アラタマ)を下鴨神社に連れ戻す、という行事です。
非常に古い起源をもつものと言われています。
八瀬の御蔭神社。
八瀬はホビット庄みたいな、感じのいい田舎。今の季節、山や田の新緑が目に心地よいです。
このアオが、「神が山からくだってくる」ことの、目に見えるあらわれでしょうか。
八瀬は、平安京よりはるか以前、穴居する狩猟採集民の時代からつづく痕跡がある地。
京都市北部をテリトリーにした先住民が、新緑と一緒に狩場(ニワ)に下りてくる。
その道々を聖化しながら巡行してきて、高野川・加茂川の交わるあたりで宿営し、春夏を過ごしした…そんなことの名残りなのかもしれません。
今年から山のふもとが分譲され、このような場所から神さまが降りてこられます!
赤いのぼりはお祭りのじゃなく、「好評分譲中」(;・∀・)
来年は家が建ってるはずなので、クルマをどこに停めるのか…と私が気にすることもないか。(ただ、「馬復活! 馬復活!」コールが脳内でにわかに木霊するw)
神さまをお迎えするため、下鴨神社から、バス何台もに分乗してやってきた、平安風コスプレ軍団。
山の細道を、御幣とか弓とか、かかげる寿物も手いっぱいで、トレッキング。靴も平安靴で、歩きにくそう。笙、篳篥の雅楽ブラバン隊も演奏しながら巡行。
めちゃめちゃ大変です。これを下鴨まで歩いて続けてたら、すごいことになりそうです。
ともあれ、そもそもの巡行は道を聖化すること。
たぶんクルマでサクッと行ってしまうのは、よくないといえばよくないのですが、15日には葵祭もひかえてることを思うと、クルマにして良かった鴨(;・∀・)
神とは分割でき、しかも分割しても減らないものらしい…折口信夫が指摘してますが(どこだったっけ)、その意味がわかりました。最新物理学で出てくる真空エネルギーみたいです。
こうやって道々、聖別していくんですね。
そして、下鴨神社へ。
下鴨の境内では、ちゃんと昔どおり馬に乗って、巡行します。
電池切れで写真ないですが、ネットで動画を見つけたので、見てみてください。
山から下りてくる神さまは、世界中そうなのですが、足を引きずりながら(あるいは杖や片足で)降りてくる。
このことはずいぶん不思議で、なぜなのか、人類学者を悩ませる…とレヴィ=ストロースも書いています。
「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し」と、山にかかる枕詞の「あしひき」も、山の神の登場と関係してる…という説あり。
その理由がわかりました。
それは…しんどいから( ;´Д`)
八瀬から下鴨まで歩いてたら、やっぱりしんどいよ。神さま、冬眠明けだし。
そのことがわかった、お祭り見学でした。みなさん、ご苦労さまでした。クルマになってよかった☆
…ほんとは、神さまが足をひきずり、地団駄(タタラ、ダイダラ)踏んで、歌舞音曲=シャリヴァリとともに、道を聖別しながらやって来た様子が、「あしひきの」と思います。ケンケンパ。欠如は媒介となって、世界をより満ち足りた(道・長・タラシた)ものに転換する契機、とレヴィさん。
そして、15日の葵祭(路頭の儀)が待っているのであったヽ(´ー`)ノ