柳田国男に「妹の力」という名著があるけど、今昔物語集でこんなお話を見つけました。
今は昔。
甲斐の国に、大井光遠という、それはそれは強い相撲取りがいました。
怪力無双のアンコ型で、顔も人柄もたいそうよかった。
この人には妹がいました。
年のころは27、8。
兄とはうって変わって、ほっそりとした、気立てのいい美人です。ある日。
光遠の家に強盗が押し入り、妹を人質に立てこもりました。
「妹さんが、強盗の人質に!」
と慌てて人が兄の光遠に告げると、彼は平然として、
「あの子を人質にとるなんて、伝説の横綱・氏長でもなきゃ、無理さ(笑)」実際、物影から様子をのぞいてみると…。
大男の強盗が、妹にナイフを突き立て、後から彼女を抱えた格好。
妹は片手で強盗の腕を持ち、片手ははずかしそうに口をおおっています。
やがて、隙を見てその手で、そばにあった矢の束を30本ほどをつかむと、
それを板敷きに押し付け、バリバリバリッと折ってしまいました。
竹でできた矢が、朽木のようにやすやすと折れてしまったのです。
兄の光遠でさえ、ハンマーを使って、やっと折れるかどうかというシロモノです。それを見た強盗はふるえあがり、
逃げ出したところを、兄たちに取り押さえられて御用。
ふるえる強盗に、光遠は嗤いながら、
「あの子をナイフで突こうなんて、なんと無謀なことを。
もし突いてたら、腕をとられてねじり上げられ、
骨がよじれて肩から飛び出し、
腕は引っこ抜かれてしまってたよ。
妹はオレの2倍以上の怪力の持ち主なんだから。
太い鹿の角をあの細い腕で、
枯れ木を折るように、ポキポキ折っちゃう人なんだ」―今昔物語集 巻二十三
「相撲人大井光遠の妹、強力の語、第二十四」より
天下に名を知られた相撲取りの光遠より、はるかに強い妹の馬鹿力があった。
「かの御許の力は、光遠二人ばかり合せたる力にておはするものを」
今昔物語集 本朝部〈中〉 (岩波文庫)
¥ 903 / 岩波書店
( 2001-07 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
今昔物語集の巻23は、相撲取りや怪力の話が続きます。
なかでも目を引くのは、怪力女たち。
怪力女譚というのは、じつは説話の伝統であるらしく、いろんな説話集に現われます。
例えば、上のお話でもちらっと出てきた、伝説の最強相撲レスラー、氏長。
しかし、彼をはるかにしのぐ、怪力女がいた。
氏長があるとき、近江の国高島の石橋にさしかかると、
向こうから、頭に桶を載せた美しい女がやって来る。
心惹かれた氏長は、女の腕をとった。その気があるのか、女も桶を降ろして、
氏長の腕を脇の下にはさみ、歩いていく。
しかし、その脇がだんだんと締められていく。
氏長が逃れようとしても、まったくビクともしない。女の家まで連れて行かれた氏長。
自分は相撲のチャンピオンだと告白すると、
女はそんな弱っちいことではダメだと言う。
こうして、女の特訓が始まる。特訓といっても、女が握った握り飯を食べるだけ。
しかし、これが、怪力で握られているので、
硬くてまるで歯が立たない。
七日かけて少しずつ噛み砕き、
さらに七日かけてようやく食べきった。
こうして、氏長はようやく、女に許されて、
京の相撲の節会に出発することができた、と。―古今著聞集 巻十 相撲強力
第十五 「佐伯氏長、強力の女高島の大井子に遭ふ事、
並びに大井子、水論にて初めて大力を顕はす事」より
この怪力女の名は、大井子。
古今著聞集や本朝語園に出てくるお話。
北斎や国芳が嬉しそうに、絵を描いています。
大井子は他にも、田に水を引く引かないで村人と争いになり、巨石を投げて水を止め、「わしの田にも、水、流さんかい、ボケがッ!」と強要した事件も。
*1
この石は、水口石と呼ばれ、滋賀県高島のかつての石橋村にあるそうです。
◆水口石/力石(滋賀県高島市安曇川町)
小夜の中山(夜泣き石)とか、大石内蔵之介の腰掛石とかと同じような、江戸の歌舞伎・浮世絵につながる匂いがあるなあ。
となりにある石が、神代文字岩なのが、またわけがわかりませぬ(笑)
もう一例。
同じく今昔・巻23から。
今は昔。
聖武天皇の御世、美濃の国、片県の郡、小川の市に、美濃の狐という名の大女がいた。
往来の商人から金品を巻き上げることを日課にしていた( ;´Д`)一方、尾張の国、愛知の郡、片輪の里に、小女がいた。
美濃の狐の噂を聞いた小女は、
舟にハマグリ50石と、熊葛で作ったムチ20本を積んで、
小川の市へ向かった。ほどなく美濃の狐がやって来て、ハマグリを取り上げ売りさばく。
そして、小女に「お前、どこから来たんだ?」と尋ねるが、小女は答えない。
四度にわたって訊ねても答えず、
小女、「はあぁ? どこから来たかわからんねぇ」と。無礼千万な答えに怒った美濃の狐が、小女にとってかかる。
しかし、小女はその拳を平然と受けとめ、葛のムチで美濃の狐を打つ。
強力でうちすえるので、「打つ鞭に肉つく」。
こうして、美濃の狐は降参し、小女から、「二度とこの市に来るな、来たらぶち殺す。」
(今より已後は、此の市に在ること得じ。若し、強いて住まば、終に打ち殺さむ。)と言われ、逃げていく。
―今昔物語集 巻二十三
「尾張の国の女、美濃狐を伏する語、第十七」より
今昔物語のこの話、元ネタは日本霊異記(中巻・第4)らしい。
そこでは、「美濃(三野)の狐」は雌狐の子孫で、「小女」のほうは、怪力で有名な道場法師(霊異記・上巻・三話)の子孫となっています。
さらに霊異記の、「力ある女の強力を示しし縁」(中巻・第27)。
そこに出てくる五百人力の女「久玖利(ククリ)の妻」は、上の「小女」と同じく、愛知の片輪の里の出身で、道場法師(雷神の子)の子孫。
日本霊異記 中 (2) (講談社学術文庫 336)
¥ 1,008 / 講談社
( 1979-04 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
こうして見てみると、怪力女の系譜には、地域的な偏りがある。
中部地方、山梨・岐阜から愛知・滋賀にわたる一帯。富士山から琵琶湖まで、といったらわかりやすいでしょうか。
また、血脈があって、遺伝するものらしい。
ちょっと前、オトラ狐というもののことを書きました。
人にとり憑く狐の代表的なものは、戦前くらいまではオトラ狐だったらしい。
このオトラ狐は、「虎御前」と関係があるといわれます。
虎御前とは、曽我物語をカタり歩いた(琵琶法師が平家物語をカタるように)、盲目の巫女や瞽女(ごぜ)たち。虎女とも。
柳田國男は、虎という強そうな名前を持つのは不思議だといい、「虎(トラ)」は「足る(タル)」から来ているのではないかと憶測しています。
「ナガタラシ」などの形で、神様の名前にも出てくる、あの「タル、タラシ」。神の霊威を示すらしい。
しかし、怪力こそ、女の神性のあかし。
やっぱり、トラじゃないと、強そうじゃない。(熊野権現を広めて歩く、熊王御前という女たちもいるんです。)
虎御前もじつは相模(さがみ…あれぇ、スモウとよく似ている字)あたりに元があるようで、おとら狐から豊川稲荷へと、つながるのかもしれないです。
巨石を投げ、大舟を素手で陸に引き上げ、横綱をもてあそぶ、怪力女の系譜(とりわけ愛知)。
この記事はおおむね、益田勝実「大力女譚の源流」という文章を元ネタに書いてるんですが、この中で益田さんは、怪力女たちが実在した証拠を示しています。
続日本記、天平7年5月の条。
諸国所貢力婦、自今以後、准仕丁例免其房傜、並給田二町以宛養物。
つまり、日本中から怪力女を中央に集め、彼女らの税を免除し、郷里では養育費として田んぼを与える、というもの。
そうした田を、「膂力婦女田」と呼んだこともわかっています。
おお、
益田勝実の仕事〈1〉説話文学と絵巻・炭焼き翁と学童・民俗の思想ほか (ちくま学芸文庫)
益田 勝実
¥ 1,575 / 筑摩書房
( 2006-05 )
通常5~7日以内に発送
by AMAZ君(改)
古代以前には、神の子だったんでしょうね。今は失われてしまった、怪力の女神の伝説。
「大井子(オオイコ)」という名前には、スクナヒコと対応する何かを思ったりもします。
神→巫女→遊行女→キツネというような、いつもの零落パターンが垣間見えるのが、少し物悲しい。
今も愛知あたりでは、怪力女が多いのでしょうか(;・∀・)
道の民は石の民でもあり、道を敷いたり橋をかけたり河川を改修したり。先史時代以来、土木に強いのは、世界中の謎の巨石文化を見ても明らか。
佐伯の空海から、橋・道路整備を請け負う勧進聖へ、つながっていく。
*2
太古、富士山から琵琶湖にかけての地域で、女性が中心となって土木工事にいそしんでいたのかもしれません。
富士山はじつは怪力女が築いたもので、その時に土をさらった穴が琵琶湖になったと言われています。
■国宝・今昔物語集(京都大学附属図書館)…実物の写真とフォントを、フラッシュを使って見事に組み合わせた、傑作サイトです☆
ひぃ〜。
タイトルをみて、自分のことかと思いとんできたら、
やはり愛知と書いてあるではありませんか。。
overQさんってば、千里眼!(笑)
私、子供の頃、家族がいない間に部屋の模様替えをして驚かせるのが楽しくて、ピアノ動かしたことあるんですよ。
今は、びくともしないんですけどねぇ。。。
我が家の屋号は、一富士ですし・・・代々受け継がれたものなのかも。と思いはじめどきどきしてます。
相模(さがみ)という字は、なぜか相撲(すもう)と似ています。気のせいです(笑)
怪力女たちのご先祖、道場法師。
じつは大道法師=ダイダラボッチに通じていて、ダイダラ坊は富士山を作ったという伝説があります。
めちゃめちゃ怪力の血筋ですヽ(´ー`)ノ
膂力婦女子は、神さまのお嫁さん。
大井子を描いた北斎の絵の題は、「寡女大井子怪力」で、寡女=ヤモメとなっていますが、早乙女と書いてもよかったのです。
かつて田植えは女の仕事で、未婚の乙女=早乙女がたずさわりました。
また、初田植えの日は、オナリと呼ばれた未婚女性が握り飯を作って、お昼ご飯にした。
大井子の「硬すぎる握り飯」はこれに通じてるんですね。
妹。
兄と妹はじつは夫婦でもあって、これは近親相姦じゃなくて、
妹は、神=異人=共同体の外の人と、歌垣の一夜だけ結ばれるので、
共同体の中には兄しか結婚相手がいなかった(笑)
それくらい狭い、血縁ばっかりの村だったんです。
これが、たぶん、マリアが処女で神の子を産んで、
夫がヨセフという寝取られ男だという伝説の正体。
なんでもわかるようになってきましたよ☆