バナーを作ってる時はモーレツに眠かったので、行ってみたいところというと、夢の国でした(笑)
で、ウィンザー・マッケイのリトル・ニモ・シリーズなど思い出したり、
マンガつながりで、前からご紹介してみたいと思ってる、
「Sin City」(映画「シン・シティ」の原作)のノワールな、
白と黒のハイコントラストな犯罪都市も行ってみたいところ。
と、いろいろ考えて、やっぱり京都でしょうか。
昨年秋から自転車で京都をまわるうち、「もうひとつの顔」みたいなものが見えてきた。
毎日生活している町、通いなれた道すじに、じつは裏京都が隠されているということ。
そして、歴史の本や日本の古典も、同じように、「かくされた顔」があると気づいてきました。
というわけで、「行ってみたい(逝って見たい?)あの場所」は、じつは、今ここ、この場所。
足もとの、手に触れられもする京都のもうひとつの顔を、古典を通じて探ってみたいと思います。
これまでだって、たしかに日本の古典はいくらか、読んだことがあったのです。
でも、これまでは、あまりに活字大量出版、つまり「小説」中心に片寄った視点で読んでいた。
知らず知らずのうちに、そうなってた。八犬伝が読めないわけです。
ところが、文芸のメインストリームは、文字じゃなく、カタリ。口のコトバ(word of mouth)。
カタられたものを文字に書き留めるとき生じる葛藤が、日本の古典籍の面白味になっています。
新編日本古典文学全集 (50) 宇治拾遺物語
¥ 4,680 / 小学館
( 1996-06 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
カタリが文字とぶつかる場所は、たとえば説話と呼ばれるジャンル。
日本霊異記や今昔物語集など、説話物もいろいろあるけど、
宇治拾遺物語を取り上げてみます。
中世に書かれた説話集。ちまたの噂の数々を書きとめたもの。
■宇治拾遺物語(国史大系) 1/15_Taiju's Notebook
こぶとり爺さん、わらしべ長者、雀の恩返し、浦島太郎などの元になる話。
また芥川「鼻」のヒントになった話など、二百ほどのお話が並んでいます。
陰陽師・安倍晴明にまつわるものや、百鬼夜行。
地蔵や怪力女や、橋で起きる怪異など、神秘・怪奇系も得意。
教訓めいたものから笑い話まで、多岐にわたって出てきます。
多くは京都を舞台にした話。
鬼や霊や、あやしい人物が跋扈する、もうひとつの京都。
しかも、じつは現在の京都にもその痕跡が濃厚に残ってもいます☆
宇治拾遺は、説話の配列に隠された秘密があります。
1話と2話、2話と3話、3話と4話…というふうに、
隣り合ったお話どうしは、同一のテーマつながりで、ペアになる。
「〜と言えば、しかし、こんなお話もある…」
というように、語り継ぐつながり。
たいていは対称的な結論を持つペアになってて、
そこに不思議な批評性が現われます。
説話でよくある「教訓話」には落ち着かない。
たぶんみんなで集まって、自分の知ってる変わった話の
面白さくらべのようなことをやっていたのでしょう。
連歌をちょっと思わせる、説話合戦。
それを洗練したのが、宇治拾遺の配列らしい。
益田勝実の仕事〈1〉説話文学と絵巻・炭焼き翁と学童・民俗の思想ほか (ちくま学芸文庫)
益田 勝実
¥ 1,575 / 筑摩書房
( 2006-05 )
通常5~7日以内に発送
by AMAZ君(改)
この配列の妙は、益田勝実という学者が発見しました。
(この人の著作はどれも面白い!)
言われてみると「なるほどそうか!」って感じですが、
なかなか気づかないものらしくて、
古い注釈書だとまったく気づかれてなかったりします。
今昔と重なる話が多いので、
宇治拾遺は独創性がないとまで言われたり(笑)
しかし、宇治拾遺は、編集に画期的な独創性がある。
このことを知って読むのとそうでないのでは、おおちがい。
巧妙な話の組み合わせに驚かされます。
よく考えないとわからない、難しい「つながり」もある。
コンテクストが得られるので、これまで漫然と読んでいたものも、
ずっと深読みできるようになります。
あとね、宇治拾遺は、チンチンとウンコの話が多いんですよ、奥さん。
冒頭の話からして、和泉式部とセックスしてきた体のままで読経する法師が、
下品な五条のサイの神を呼び出してしまうというもの。
第二話は、不浄のままで説法する法師はキノコ(つまりチンポコの象徴)に生まれ変わるという、
マタンゴ(股ン子?)な教訓話。(1話と2話は、不浄説経つながり。)
で、3話目は、こぶとり爺さんです(こぶとり爺さんの話は、別記事で書く予定)。
6話目が素敵ですわよ。
「法師の玉茎検知の事」…玉茎とは、もちろんオチンチン(* ^ー゚)ノ
あるとき、煩悩を捨てきったと称する法師が、中納言の屋敷にやって来ます。
中納言がその証拠を見せてくれと言うと、法師は股間をさらけ出して見せる。
なるほど毛ばかりでイチモツがない。
そこで中納言、法師を押さえつけ足を広げさせて、侍従の少年に手コキさせます( ;´Д`)
小侍の十二三ばかりなるがあるを召し出でて、
「あの法師の股の上を、手を広げて上げ下げさすれ」
とのたまへば、そのままに、ふくらかなる手をして、上げ下しさする。
「ふくらかなる手」とわざわざ書いてみせるのが、宇治拾遺の作者のこだわり。
法師が嫌がるのを見ると、中納言はさらに、
「よげになりたり。たださすれ。それそれ」
と悪ノリしますから。そして、
毛の中より松茸の大きやかなる物ふらふらと出で来て、腹にすはすはと打ちつけたり。
「腹にすはすは」…見事な表現です(´Д`;;)
前の「それそれ」「ふらふら」と連動して、じつにリズミカルなことになってしまっています。
「イッてみたい京都」…ちょっと意味がちがってたかもしれません。
ところで、これの次は、猟師の友人に殺生をやめさせるため、自ら鹿に化けて友人に射殺される聖の話。
こちらは本物の聖者で、清濁ふたつの話を平然と並べてみせるのが、宇治拾遺のクリティーク。
かろやかな横断でもあり、悪ふざけのすぎる逸脱でもあります。
これをまとめた人は、不思議な人物なんです。誰かはわかってないのですが。
エロも出たので、ウンコねたも逝っときますわね( ・∀・)v
「清徳聖の奇特の事」
愛する母を亡くし、昼夜の休みなく、陀羅尼を唱える、清徳聖。
やがて読経の効果か、母は成仏し、聖は卒塔婆を立てて葬儀を済ませます。
しかし、疲れた。おなかがすいた。
そこらに生えた草をあさましく食べていると、見かねた農夫が畑の水葱をさし上げる。
すると聖は食いに食う。三町ほどの畑を食い尽くします。
米を与えると、一石まるまる食い尽くす。大臣にこの話をすると、面白がって、聖を連れて来いと。
ところが大臣は霊力があったのか、聖がじつは一人でなく、
そのうしろには、餓鬼・畜生・虎・狼・カラスなどが数万数千万と、
百鬼夜行のように列をなして続くのを目撃します。
食べ物を与えると、
大臣以外の者には、聖がひとりあさましく、
食っているようにしか見えいないけれど、
大臣には、聖自身がいっさい食をとらず、
うしろに従うものらに食べ物を与えているのが見える。聖は大臣の屋敷を出て、
四条の北の小路でクソをお垂れなさるのです。
じつは通りに満ちた獣たちの列が垂れているのですが、
通り一面がすきまなく黒々としたウンコでおおわれます。「ただ墨のやうに黒き
穢土 を、隙 もなく遥々 とし散らしたれば、下種 などもきたながりて、その小路を糞の小路と名づけりたる」この話を聞いた帝が、
「これを錦の小路といへかし。あまりにきたなきなり」
とおおせられ、錦小路がこうして誕生したと。
ああ、そうか、そんな由来だったのか、錦小路orz...ooo
「京の台所」として、付加価値のついた
京都らしい高級食材の数々を並べる、錦小路。
こんな因縁を持っていたとは…裏京都。。
この話は母を弔うエピソードから始まり、
具足小路(これが錦の元の名前らしい)の由来に至るのですが、
おそらくまだ隠された謎がある。
母から糞にいたる一連のつながりは、
きっと何か別な意味を隠してそう。
残念ながらまだそれが何かはわからんのですが、
宇治拾遺は周到な作品で、裏読みがいくらでも可能なのです。
安倍晴明や和泉式部などのスターたち。
名前のある登場人物は、歴史的実在としてより、
カタリの中でどんなキャラとして思われていたかが重要です。
また、血縁や人脈など、人間関係がわかると見えてくる、もうひとつの顔がある。
「藤大納言忠家物いふ女放屁の事」という話。
藤大納言が、色好みで有名な女房に言い寄り、抱きしめた。
すると女が大放屁してしまい、
大納言はそのことですっかり世の中が嫌になります(笑)「心憂き事にもあひぬるものかな。
世にありても何にかはせん。
出家せん」と出家を決意…しますが、しばらく歩くうち、
「そんなことくらいで、出家するのはどうだろうか」
と思いなおすのだった。
…という話。
これだけだと、なんでもない笑い話なんですが、
藤大納言忠家というのは、じつは藤原俊成の祖父。
定家のひいお爺ちゃんなんです。
つまり、この放屁事件で彼が出家していたら、
俊成・定家の和歌の新時代は来なかった。
宇治拾遺が書かれたのは、俊成・定家の風趣がもてはやされていた頃。
それに対するイヤミになってるんです。
歌への批判というよりも、むしろ仲間内で
からかいあうようなニュアンスでしょうか。
人物のキャラや人間関係がわかると、
隠された「もうひとつの世界」が現われてくるのでした。
…宇治拾遺物語のほんのさわりだけご紹介してみました。
とても奥深い、いくつもの世界をはらんだ説話集です。
カタリの面白さを堪能できる作品。
怪僧が跋扈する、異世界・京都が広がる…行ってみたいです(;・∀・)v
古典って、基本はエロでできていますよねー。
overQさんの記事を読んでいて思い出したのが「放屁合戦絵巻」。どれだけ凄く屁をひるかを競う人達が絵が描かれているわけですが、皆様、下を丸出しなんですよ。そりゃあ屁を大胆にこくんですから、褌なんてつけてらんないわけで。しかも、しかも、とっても大胆なポーズで穴も棒も見せ放題。屁をひった勢いで中身を出している人まで。そんな様子を描いた絵巻がある、ってことからして、当時の人々のシモネッタ好きがわかるわけです。おもしろいっすねー。
昔の人って、ほんとエロ好きですね(笑)
あ、今もか。
でもこういう話って、かならず(?)坊さんがらみなのもおもしろいです。
ギャップを見せるのがいいのかなぁ。今じゃなかなか難しいかしらん。
あ、私はノーマルですよ。
おお、overQさんの行きたい場所が
京都というのは予想外だったような
そうでもないような…
是非、まだ誰にも知られていない
京都のミステリーを見つけて教えてください。
宇治拾遺物語っておもしろいですね。
錦小路の錦が○ンコだったとは!
日本の古典をもっとも読みたいなあと思うのですが
どうも古語が苦手です。
読むコツってありますか?
★菊花さん。
思えば、うちのたら本、2回に1回は、尾篭なネタになっているような気が(;・∀・)
宇治拾遺も暁斎も、時代の変わり目、サカイの位置にあって、
カーニヴァルを呼び寄せたんでしょうねえ。
宇治拾遺は、ほんとは、ホラー系の話がいちばん得意です。
その点も暁斎とよく似てます。
まさに百鬼夜行つながりになってる。
感覚的に非常に似たものがあるにちがいないです。
これはけっこう根強い水脈として、存在してるのかもしれません。
たいへん面白い主題です☆
★shosenさん。
平安末から近世半ばくらいまでは、
今のお坊さんのイメージとはかけ離れた、
怪僧たちがたくさんいらっしゃったようです(笑)
民間にあらわれる最初の僧というと、空也とか、革堂の革聖。
鹿の杖をついて、皮の衣をまとっていて、
どうやら平安京以前の先住者の生活を持っていたらしい。
狩猟採集生活をしてたけど、
平安京ができちゃったんで、
狩場採集場がなくなってしまった。
それで、仏僧に転職したのでは、と思います。
それで仏教と、もとから持ってた野性の信仰がごっちゃになり、
これが聖や山伏へと発展していく…てことらしいです。
「横川の僧都」という、比叡山の横川のお堂から来る人たちが、
ヘンな僧が多かったらしくて(しかもすごい高僧も同時に混在しています!)、
不思議なエピソードがいろいろ出てきます。
じつは百鬼夜行も彼らと関わっているのでは、
と思い始めています。
「横川の僧都」は古典ではよく出てくるのですが、
あきらかに「横川の僧都、キタ━」という感じで登場させられてますから、
変人の巣窟として勇名だったみたいですヽ(´ー`)ノ
★LINさん。
昨年秋から京都をよく眺めるようになり、
だいぶいろんなことがわかってきました。
わかってくると、見慣れた風景も一変する感じで、
これまで何を見てたのかと思ったり(笑)
古典は波長が合うと、読みやすい、と言われます。
たぶん「波長」とは、読む速度のこと。
現代文と同じような速度で読もうとすると、よくわからなくなります。
書き写してみれば、ゆっくり読むことになるので、ひとつの方法になるのでは、と思います。
あと何を選ぶかが大きい。
古典といっても時代もジャンルも多種多様ですから。
源氏物語はめちゃめちゃ難しいので、よくないです(笑)
誰が動作の主体なのか、さっぱりわからないです。
当時の人もわからなかったらしくて、堤中納言物語では、同一人物に三つの名前を与えて、源氏のパロディが出てきますw
古事記や万葉は、通りいっぺんに読んでも、読んだうちには入らず、解読研究みたいにしないとダメなんでしょうねぇ。
カタリの伝統が、明治以降切れてて、曽我五郎も源頼光も知らない我々は、
アトムも明日のジョーもベルバラも知らずに、マンガを読むようなもの。
基本キャラを知らないんですね。
歌舞伎や能・狂言を見るうえでは、致命的な弱点です(;・∀・)
こんにちは。
京都ですか。
いいですね。私は、京都だけは観光客がわやわやいても許せます。
だって、ちょっと小道にはいっただけでも、お寺の裏にいっただけでも、静寂があるから。
きっと、京都という都は、それだけ度量が広いってことなんでしょうと、勝手に思っています。
古典って、学生で無理矢理やらされてる頃はつまんなかったのに、大人になると不思議と面白くなりますね。きっと、子供の頃は美味しくなかった塩辛とかが、大人になると美味しいと思うのと同じで、大人脳にならないとだめなんでしょうww
こんにちは!
晴明ツアー、まだまだまわりきれてないところがあります。
それにくわえて、overQさん付きでぜひぜひ、アヤシ(楽し?)い京都ツアー、よろしくお願いします。
奈良もきになります。
うーん、京都、行ってみたいですね。
大人になってからじっくり、できれば少なくとも一週間はかけて廻ってみたいです。
それにしても、古典は基本的にエロだとは思っていましたが、ここまでのお話がこんなにあったとは・・・なんだかここまでくると何も突っ込めません。
でも宇治拾遺の構成は、頭に入れて読むと楽しめそうです。
錦小路の由来にはショック…
一体、今あそこで働いてる人のどれだけが
その名前の由来を知ってるんでしょうね?(笑)
きのこといえば、ヴィクトリアンな妖精画を思い出します。
まあ、そういう絵は、性的表現の締め付けがあった関係なんでしょうけど
どうも日本とヨーロッパのエロってタチが違うような気がするんですよね。
昔の日本人は、ナチュラルにエロな印象があるんですけど
そういえば、海外の古典って日本の古典に比べて
エロ場面がものすごく少ないような気が…
そういうのをたまたま手に取ってないだけ?
それとも元々はエロだったのに、書き写す人に勝手に削除された?
…っていうのも結構ありそうですよね。
まあ、時代や国によって大きく違うと思いますし
あるところにはあるんでしょうか。(笑)
★檀さん。
このところ、百鬼夜行や相撲取りという主題を追って、
説話文学を読んでいます。
今回の話(シモネタ…汗)も、そこからのスピンアウトw
京都の町を歩いた感触と照らし合わせながら読んでるので、
非常に面白いです。
平安や中世の頃のものでも、
あんがい何か痕跡はあるもので、
探検気分がかなり強いです。
よく噛んで食べれるようになると、
なかなかおいしい京都です☆
★picoさん。
これから夏に向けて、うちでは百鬼夜行のことをいくつか書く予定です!
晴明のことも当然出てきます。
今回のたら本は、じつは百鬼夜行シリーズの前ふりになっております。
秋からの探索で、京都のだいぶ深いところまでもぐってきました。
私有地とか、「この路地に入るのか!」というような、驚愕の隠れ家的遺跡も多数たずねました(笑)
怒られたこともじつは二回くらいあります(;・∀・)
このネタはぜひ記事にしたいのですが、
臨場感のある写真を撮るのがかなり勇気がいるので(笑)、
現在、準備中です。
★高さん。
宇治拾遺の悪ノリぶりはすさまじくて、表現もじつに巧妙悪質(笑)、
味わい深いといえば、たいへん味わい深いです。
たぶん、まだ隠された謎がいろいろあって、
隣同士が同一テーマで結ばれるほかにも、
構造上の仕掛けがあるんじゃないかと思います。
見かけより、はるかに知的(痴的?)なたくらみのめぐらされた作品のようです☆
★四季さん。
キノコと性器は、説話文学ではどうやら、
暗喩とかいうレベルではなくて、直接そのものとして描かれる風習のようです( ;´Д`)
錦小路の話は、この次の記事で、「つづき」を書きます。
ウンコネタに見えたものが、じつは思わぬ展開をはらんでいたことが明らかに!
そういえば、今後の記事のことを考えて、
エロねたばっかりを書いたのですが、
宇治拾遺で一番メインなのは、
じつはホラーです。
「誤解」を蔓延させてしまった気がしないでもない…汗
こんばんは^^
宇治拾遺!!
そ、そうなのですか、構造が重要なのですか!
学校の古典なんかだと単独のお話でしか触れないですものねえ。なるほろです。
錦小路…(汗)
シモエロ話って、ホラーと遠いように見えて、実は近いのかしら、と思ったり。
どちらも「日常性」からちょっとだけずれた場所にあるような。あらためて、面白そう…そして、京都、いいなあああ。
なぜかトラックバックができません(涙)
明日もう一度挑戦してみますー。
宇治拾遺はちゃんと読んだことなかったのですが、こんな内容だったのか…(読んでみよ)
坊さん物エロ話だと今昔物語集も面白いですよね。
蛇とオーラルセックスしちゃった坊さんの話が印象に残ってます。
坊さんが美女とラブラブになる夢を見て、目が覚めたら横に蛇が口を開けて死んでいた。
なんと美女と思ったのはコイツだったのか!と坊さん恐れおののいてましたが、私はとにかく蛇が不憫で…(涙)
しかし錦小路。
私なんてあづま路の道の果てよりもなほ奥つ方に生ひ出でたる人で、花の都に美しいイメージを抱いていたのに、もうガラガラと音を立てて崩れ去りましたよ〜。
★天藍さん。
宇治拾遺、見かけによらず、かなり「たくらみ」をもって構成されてるようです。
隣同士が同じテーマつながり…このことを知ってしまうと、
他にも何か「仕掛け」があるんじゃないかと勘ぐる癖がついてきて、
深読みのきっかけになるヽ(´ー`)ノ
どうやら、実際、隣り合うエピソードだけじゃなくて、
ほかにも仕掛けがあるらしいです。
益田勝実先生の指摘以来、研究者は燃えてるようです(笑)
終りの三つの話も、中国に舞台を移し、
仏教―荘子―孔子となっていて、奇妙な三和音で終止します。
これもかなり謎めいてます。
錦小路は、平安京のそもそものグランドプランでは、
あのような場所に常設商店街があってはならないのです(笑)
でも、現実には、かなり早い時期から、立ち売りの人たちが入って、
勝手に神さまとかも祭って、ぜんぜん統制取れてなかったんじゃないでしょうかw
そのことと、黒ウンコの海とは、なにか関係があるはずなんですが、
まだちょっとわからないです。
宇治拾遺の作者は、エロもグロも、ノリが悪質( ;´Д`)
表現がムダにたくみで、零落していく律令制のなか、
貴族たちが無駄話に熱狂してた余韻が残っているのかもしれません。
★MlleCさん。
宇治拾遺のエロゲロ、今回はまだ、「いちばんおいしいところ」は残しましたから(笑)
いや、でも、宇治拾遺は、ほんとは、ホラーやファンタジー系の話が得意なはずなんです。
なんだか、だんだん、そうじゃなかった気がしてきてますが。。
今昔、三井寺のフェラ蛇。
「よくよくとつぎて淫をおこないつ」
「よくよく」がムダなエロ表現ですw
どうしても、「よくよく」と繰り返し表現を使いたいらしい。
貴族や僧があつまって(たぶん天皇もまじえ)、カタりあかしてた、
その名残りの表現にちがいないです。
手とか身振りとかも、してたこと、確実です(笑)
この蛇はもとは神のはずで、
僧の精で死んじゃうのは、古代の神話と同じような意味合いがあるようです。
比叡山との権力闘争が背後にあるらしい。
ヘンな話ほど意外と奥が深くて、
油断ならないのが、説話の世界。
任地の地方に出張した官吏たちは、京に戻ると、あることないことデッチ上げ、
アラビアンナイト的な語り部になっていった。
それが、説話の原動力のひとつで、
京以外の地は魔界のようにカタられていきます(;・∀・)
かえって、カタったものが、京の町の中に「実体化」してしまい、
その痕跡がずいぶん残っているようなんです。
ここ数ヶ月ではじめてわかったことです。
京都、ヘンです☆
>「益田勝実の仕事〈1〉説話文学と絵巻・炭焼き翁と学童・民俗の思想ほか」
うわ、面白そうな本ですね!
宇治拾遺って高校生の頃、教科書で断片に触れたことがあるくらい。。。
編集の妙にオリジナリティーがあると喝破するって凄そお。
今『だれが「本」を殺すのか』を読んでいるのですが、現在でも中身がありかつ面白い本がなくなったわけではなく、出版洪水の中でそういった本が洪水の波に飲み込まれていってるという状況を知りました。
overQ さんのブログを見ているとそういう本に出合えるので楽しいです。
で、でも読めていない。。。
★kyokyomさん。
益田勝実先生は素晴らしいです。
本をどんなふうに愛するかということの、最良のお手本のひとつ。
「本」というのも、ほんとは正しくなくて、
文字にかかわることのない、
音としての本来のコトバを用いた人たちを主流とする、
文芸の愉しみです。
彼にとって大切なのは生きているニンゲンで、
それはこの学者が戦争でなくした兄弟を思うことから、
著述を始めたからのようです。
この人と郡司正勝さんは、ほんとに面白いと思いました。
もちろん柳田とか折口とかビッグネームは、圧倒的な存在なんですが。