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夜歩く6 「神泉苑の空也」

written by overQ
June 20, 2007

十六の鬼「口から出るパレード」

namuami.jpg

空也が念仏を唱えると、
その口からは南無阿弥陀仏の六字が、
パレードの行列のように
歩み出たとカタられる。
浄土へ道引く、如来のパレード。
六道の辻を照らすお地蔵さんのような、
サカイへみちびく道祖神(ドルメン)のような。

鹿角の杖をつき、鉦を叩いて、
ナンマイダヴを唱える、
ありがたい姿は、
教科書にもよく載ってる、
有名な六波羅蜜寺の空也像。
六波羅蜜寺|重要文化財

市聖とも呼ばれた空也。
市で乞食して貧しいものへ施し、
乾いた町に井戸を掘り、
でこぼこ道や壊れた橋を整備した。
(土木の民と親しいわけだ。)

あるとき高僧に仏道を問われ、
あなたのような偉い方に
お教えすることはないと、
拒む空也は、ヒジリ。
なお問えば、「捨ててこそ」と。
のちに一遍が信条とした一語。

聖と俗、貴と賎、
熱狂と敬虔、文字と無文字、
古代と中世が混在し、
不可分となったサカイに
空也は立ち、おそらくは
十一面観音のように、さまざまな顔を持つ。

十七の鬼「空也と老女」

空也の没後、ほどなく書かれたという、
源為憲の「空也誄」。
清水坂の西光寺での空也の死を嘆き、
人となり、シラミなし」と始まる、
活字だと五ページほどの漢文。
(聖と呼ばれるようなチマタの僧、
汗にまみれて遊行し、
シラミがないことは奇特霊験だったようです。)

さて、「空也誄」。
文の途中で不意に、
「昔、神泉苑の北門の外に…」
とはじまる、今昔のような
カタリが現われます

昔、神泉苑の北門の外に、
病んだ老女がいた。
あわれに思った空也上人。
足しげく通って世話をする。
老女が食べたいという肉を買い与え、
看病すること二ヶ月、女は回復する。

ある日、女の様子がいつもと違う。
もじもじとして、
何か言いたげな様子。
「どうしたんだい」と訊ねた上人に、
「悶々とした気持ちなんです。
セックスしてもらえませんか」と。
上人、しばらく考えてから、
「遂に心許の色あり」(゚ー゚*)

しかし、女は嘆いて言うのだった。
「私は神泉苑の老狐
上人様は真の聖人なのです」
そして、たちまち姿を消した、と。


十八の鬼「あははの空也」

というわけで、神泉苑北、
あははの辻に、また戻ってきましたヽ(´ー`)ノ
あはは=あはひの辻での逢瀬。
空也と老狐のエピソード。

これに類した、
女に化けたキツネに誘惑される話は、
今昔をはじめ、たくさんあります(狐草子)。
また聖人が路傍の貧者を世話し、
それがじつはホトケさまであったという型も(霊異記上巻)。

しかし、雨乞いの地・神泉苑で、女キツネですから。
例のカミナリとオナリ(=イナリ)の結婚に、
つながらないだろうか。
雨乞い、雷神到来、稲の妊娠のパターンに。
AZ::Blog : 夜歩く3「相撲の節会」

「空也誄」によれば、空也は、
なぜかわざわざ尾張の国分寺で
出家しています。 *1
阿弥陀聖 空也」という本の説明では、
この国分寺は、尾張国愛智郡の願興寺。
創建は、道場法師による。

道場法師、キタ━━!!
相撲取りや怪力女の先祖とされる道場法師。
カミナリさまの子どもとカタられる。
場所も愛智郡だ。
怪力雷神の子孫たちのふるさと。
AZ::Blog : 兄者と妹者 前篇
空也=雷神のカタリが整ってきます。

妄想を爆発させると。
神泉苑の老狐は、稲女ヲナリ
平安京以前の古い信仰を守って、
いまだに雷神が来るのを待っている。
でも、すっかり零落して、
病に臥せり、老いぼれた姿。
鹿角の杖をつき、鹿革の腰当をまとう空也は、
山の民の姿をしています。
病んだ老狐に肉を与える、山の神の役どころ。
老狐が回復し、女になると、
空也は雷神であったことを思い出し、
イナリと交接しようと決心。
でも、もうそんな時代は終わっている。
狩猟から仏教に転職したのだから、
肉食はダメだし、
神と神の嫁の一夜の契りも、
許されるものではないのです。

それが、空也と老狐の
出会いと別れの、カタリ。
この話は、ちょっぴり
道成寺縁起につながっています。
道場法師から道成寺へ
その中間あたりに、空也・老狐のカタリがある。
雷神と、古い婚姻制度の零落。


十九の鬼「鬼殿」

平安京ができる以前から、この地域、
雷神信仰の舞台だったようです。 *2
稲をはじめ植物を青々と育てるべく、
雨を呼ぶもの。
そのとき、神(カミナリ)が稲(イナリ)を妊娠させる

今昔物語集・巻27は、鬼や怪異の話が並びます。
その冒頭は、こんな話。

今は昔、三条東洞院の北東に、鬼殿があった。
霊がいたのである。
平安京ができる以前、
この場所に一本の松があった。
矢を備え、馬に乗ったある男が、
ここを通ったとき、雷が鳴りはじめ、
にわかに豪雨となった。
馬を降りて、木の下に雨宿りしていると、
落雷があり、
男と馬を「蹴り割り殺し」た。
平安京ができて、あたりに人が住むようになっても、
霊はまだ住みつづけ、今も禍をなしていると。

矢を持っていた男が、雷に蹴り殺される。

「白羽の矢を立てる」という言葉がある。
山の神が矢を射て、それがたまたま当たった家は、
娘を「神の嫁」として、差し出した。
世界中にある説話。
賀茂氏の神話では、この矢は丹塗矢でした。
娘は神にとられてしまうのか、
一夜限りのちぎりなのかは、さまざま。
でも、もともとは名誉なことだったはず。

ところが、これがだんだん
迷惑なこととなっていった。
山の神に予祝してもらわずとも、
田は実る。
山の神のもたらす石・鉄・木工品なども、
もう今では町で買える、ありふれた宝。
こうして、白羽の矢が立った家に、
娘に化けた英雄がこもり、
イケニエをとりにきた鬼や竜を殺す、
という話が、多数生まれることに。
南無阿弥陀仏。

矢をもっていた男は、
「神の嫁」選びでは、雷神のライバル。
だから、落雷に打たれ、「蹴り殺された」

ちなみに鬼殿のあった三条東洞院、
その西側は、へそ石のある六角堂。
平安京以前、聖徳太子ゆかりのお寺です。

北の民と南の民。
平安京以前、彼らのあいだで、
雷と稲の結婚があった。 *3
その恋路を、平安京(とたぶん弘法大師)が割って入り、
塞き止めてしまった。
それが呪いの始まり。
…というのが、私の今思ってる妄想(* ^ー゚)ノ

鬼殿の話の次の次には、
柱の穴から子供の手が出て、人を招く話。
柱にお経やホトケの絵を付けてみても、
やっぱり手が出て、差し招く。
ところが、矢を一本、穴に入れてみると、
たちまち手招きは止んだ。
穴に矢を入れてもらって、
キツネ(神の嫁)は「ああ。これ。いい」
と満足したのです☆

雷と稲の結婚、というヘンテコな婚姻制度を想定すると、
その切れ端、断末魔として、
いくつかの怪異・フシギが説明できるように見えます。
大きい謎を解きつつあるのだろうか。

次回もまた、空也の話を続けます。
まだだいぶ残ってるなぁ。。( ;´Д`)
いつになったら、戻り橋に行き着けることやら。


*1 : 「空也誄」は、空也が「わざわざ行く」ところばかり出てきます。播磨の峯合寺や阿波の湯島。陸奥出羽の蛮夷の地。のち山伏や法師陰陽師などが出没する地。あやしいネットワーク。
*2 : それはまた、この地域(山城国)とつながる
中部地方や播磨など、広くおこなわれていたもの。
*3 : まあ、加茂と秦の結婚といってもいいです。大きくは、愛知と播磨の結婚。


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