AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 夜歩く7 「聖のシャリヴァリ」

夜歩く7 「聖のシャリヴァリ」

written by overQ
June 21, 2007

十九の鬼「空也のひじ」

前回に続いて、また空也さんのことを、少し。

宇治拾遺物語では、
空也のヒジのことがカタられます。

空也の左ヒジ。
幼い頃、母に投げ飛ばされ、怪我をした。
以来、曲がったままになっている。
これを観音院の僧正が
祈祷で治してあげた。
空也は涙を流して喜ぶ。

しばらくして、空也は、
三人の若い聖を連れてやって来た。
一人目は、道端に落ちてる縄を拾い集め、
壁土に混ぜて、お堂の塀を修理する聖。
二人目は、瓜の皮を集め、
洗っては囚人たちにわけ与える聖。
三人目は、反故になった紙を拾い集め、
すきなおして、お経を書写する聖。

ヒジを治してくれたお礼に、
三番目の反故の聖をたてまつり、
この人は僧正の弟子となって、
義観と名づけられたと。
―宇治拾遺物語 巻十二・第六
「空也上人臂、観音院僧正祈直事」

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空也のヒジのカタリ。
ヒジと聖(ヒジリ)が掛けてある
…とも思ったけど、腕のヒジは「ひぢ」なので、
ちがうみたい…orz

空也の左ヒジは、
曲がったまま固まっていたらしい。
反故の聖・義観という僧は実在してて、
空也の死後、五十年ほどたった頃、
空也の杖と金鼓を藤原実資にあげる話が、
実資の「小右記」に出てきます。
金鼓はいつもヒジにかけていたとあり、
そのせいで曲がったままになったか、
あるいは初めからそうだったのか。

ともあれ、宇治拾遺では、
母に投げ飛ばされたせい、とカタられる。

我が母、物妬みして、幼少の頃、
片手を取りて、投げはべりしほどに、
折てはべるとぞ、聞きはべりし。
幼稚の時の事なれば、覚えはべらず。

巨石をも投げ飛ばす、怪力女の気配が、
少しただようお話です。
たぶん何かの神話の断片です。
いずれ思い当たるかもしれないです。

でも、本題はこれからさヽ(´ー`)ノ

二十の鬼「変人坊主列伝」

宇治拾遺では、空也の話の前後、
変人の僧たちのエピソードが続きます。

ひとつ前は、「わらわ病み」(熱病)の祈祷ができる僧の話で、
やせさらばえて、読経もうまいけど、
医者の勧めだといって、ニンニクを食べています。
(ニンニクとかネギとかラッキョウとか、
五葷といって、僧侶が食べてはいけないもの。)

で、その話に続いて、空也のヒジのエピソード。
その次は、増賀上人のこと。

増賀上人、世間の名声をきらって、
狂人じみたことをやりまくるので有名な聖。
三条大后の宮、尼になろうと思い立ち、
ぜひ増賀上人さまに髪を切っていただこう、と。

さて、殿上人が一堂に会しての、
おごそかな出家式。
髪にはさみが入ると、
女房たちからはすすり泣きも聞こえる。

断髪が終わると突然、上人は大声で、
「なんで、わしのことを呼んだのじゃ?
わしのちんぽこがでっかいと聞いたからか?
たしかにデカイのはデカイが、
今はくたくたと縮こまっておるんじゃがの(渋笑)」

やんごとなき席での突然の暴言に、
集まった殿上人たちは目を丸くし、あ然呆然。
さらに上人、
「風邪を引いて、腹の具合が悪いのじゃ。
ああ、もう我慢できんわ」
と、尻をまくりあげ、
下痢便を轟音とともにぶちまける。
その臭いのなんの。
若い殿上人たちは笑いころげ、
ほかの僧たちは、
「なんでこんなやつを呼んだんだ!」
と大騒ぎ。

しかし、宇治拾遺のカタリは、
「それにつけても、
貴きおぼえ、いよいよ増されり
と(´ヘ`;)
―宇治拾遺物語・巻十二・第七
「増賀上人、三條宮ニ参リ振舞ノ事」

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二十一の鬼「俗・変人坊主列伝」

さらにたて続けに、聖寳僧正の話。

東大寺の位の高い、ある僧は、
ウルトラスーパーどケチな人であった。
あまりにケチで、私腹ばかり肥やすので、
「どうして、人々に分け与えないんだ」
と非難の言葉を浴びせた、
勇気ある若い僧が、聖寳。

すると、どケチ僧、
「じゃあ、お前さん、
賀茂祭のとき、全裸で、痩せ牛に乗り、
干し鮭を叩きながら、
『おいらは聖寳だ!』と叫んで、
一条大路を大宮から河原町までパレードしたら、
わしの財産を、下々にまで分けてやるよ(豪笑)」

というわけで、賀茂祭の日。
聖寳さんは、裸で牝牛にのって、
干し鮭を刀のように腰につけ、
牛の尻をはたはたと叩きつつ、
お供の童も何百とつけて、
大パレードを繰り出した。
これがこの年の賀茂祭で、
最大の見ものであったという。

そしてどケチ僧のもとへは群集が押し寄せ、
財産を放出させた。
これをお聞きになった帝は、
わが身を捨てて、人を導く。
今の世の中、こんなに立派な貴人はおらん」
と聖寳を僧正に。
醍醐寺はこの僧正の建立である。
―宇治拾遺物語・巻十二・第八
「聖寳僧正、一條大路、渡ル事」

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空也の「捨ててこそ」にも似た、
真っ裸のステテコ僧(?)のお話。
冒涜と敬虔の区別がつかない、
すごい世界です。
しかし、裕福な僧と、何も持たない聖。
物質的価値に対して、
仏教のもたらす心の価値から、
下克上が生じる。
あげく、下品が上品に勝つ。
空也がどんな思いで、「捨ててこそ」と
ぼつりとつぶやいたか。
またそのカタリがどうカタり伝えられたか。

空也は、捨てられた紙=神を拾い集め、
仏典を書写してお経にする「反故の聖」を、
紙もお経もふんだんに持ってる高僧に、
あえて「たてまつった」人。聖。
一遍さんというのは、このことが、
本気でわかってたお人と思うのです。

貴賎の区別なく、人々は
カーニヴァルの魂を呼び寄せ始めています。
時代の変わり目に出現するシャリヴァリ
(シャリヴァリってのは、
天の岩戸の前のアメノウズメのオマンコダンスから、
維新夜明け前の「ええじゃないか」までつながる、
ダンシング・オールナイト。)
歌舞音曲の神が舞い降りつつあるようです。
空也もそんな時代の人。将門と同時代。
AZ::Blog : たら本・第32回「ねこ・ネコ・猫の本」

律令の崩れ目から逃亡した人々は、
朝廷のあずかりしらぬネットワークを築きつつあるのです。
いわば、その現われのひとつが、百鬼夜行。
鬼=陰なので、「現われ」でなく、「隠れ」というべきでしょうか。
不当な税から逃れる人々は、仏教を隠れ蓑にするのですが、
大きな寺社もまた腐敗している。
逃亡民たちは、むしろ、かつて朝廷が大和を統一の時、
とりこぼした神々のほうへと活路を見出していく。
怨霊はそのように見出されていきます。

空也や革聖。
また、今昔などの説話にカタられる、
さまざまな変態の僧たち。
すぐのちには、山伏や声聞師、
法師陰陽師にカネタタキ、傀儡や品玉、
田楽から歌舞伎にいたるものたちの、
マイ・ヒーロー。
歌舞音曲の民と山の民、古い呪術の民が
野合衆合していきます。

ケモノの革をまとうのは、トーテム
カネを叩くのは、ブードゥー
鹿の角の杖は、ダウジングの道具で、
水脈や金脈を探るもの。 *1
金属神が世界中で、
山から片足を引きずりやって来るイメージの源。
社会の崩れ目から溶け出し、
「あはひ=あはは」を生きる人々。
物のあはれ(栄枯盛衰)を知るのが聖。

歌って踊れる空也は、念仏踊りの祖とされる。
生きているサイの神。
ジェームス・ブラウンを彷彿(;・∀・)
ゴスペルとブルース。その「あはひ=あはは」
聖はどこからやって来る?
仏教の敬虔をいっけん冒涜するようでいて、
じつのところ、その魂に本当に沿うのは、
どっちか。
シャリヴァリ(歌舞音曲)はいつも、
そのことを問いかけているようです。

次回、もう1回、空也さん。
まだいろいろ残った。落穂ひろい( ;∀;)

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*1 : 「杖を投じて、以て水脈を決す。」(空也誄)


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