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QnapShots #015 「ツンとデレ」

written by overQ
June 23, 2007

ツンとデレ

今日はちょいと睡眠不足で頭が働かないので、
「夜歩く」シリーズはお休みして、QnapShots。

写真は、南無阿弥陀仏のもと、ふたりのホトケさん。
ちょっとずつポーズがちがっていて、
向かって左側のおかたは色もつけてあったようにも見え、
なんだかちょっと、オセロ(笑)

漫才といえば、ボケとツッコミ。
昔は、お正月などおめでたい時節には、
萬歳師がやってきて、家の門の前でお祝いの芸をした。
三河万歳では、ボケとツッコミじゃなく、太夫と才蔵。
フシギの二人組は、ドン・キホーテとサンチョをはじめ、
いたるところに見つかる神話的原型。
ユングっぽい解釈が、しっくりくる場所です。

能のシテとツレもそうで、
折口信夫は「もどき」ということを考えた。
元(オリジナル)から副(コピー)を作るとき、もどく。
もとから、ちょっと、変える。
パロディにして、ものまねる。
そう。ツンとデレ。
折口信夫 鬼の話

アマノジャク。
折口によれば、アマノジャクは、天探女(アメノサグメ)。
天の神意を探るもの。
真意に逆らう意表を突きながら、じょじょに本当のコトに近づく。
「もどく」の派生語には、「もどかしい」がある。
真理はもどかしいもの。逆らうのは、真理探究の究極の手法。
「もどく」を繰り返しつつ、近づく。

神とサグメの関係は、ちょうど精神分析の分析者と患者の関係に似ています。
あるいは、取調室の犯人と刑事。二十面相と明智探偵。
ヨーダとルーク。師弟関係もそうでしょうか。
深層の真相へ近づくのは、モドキ続けるしかない。もどかしい作業。
「わかりやすい」「説明責任」から、いちばん遠い方法。
文学と呼ばれてた「もどかしさ」の愉しみ。

この頃、ニュースでは、「学校にウルトラ超絶無理難題をもちかける親」が問題になっています。
最初、これを聞いた時、神話みたいだと思ってしまいました(;・∀・)
神話で神さまって、この手の要求をするもんなので。
現場ではぜんぜん笑い事ではないので、
法的手段に訴え事務的対処法を構築するのはやむをえないのですが、
それは精神分析では抑圧とされるものかもしれません。
とりあえず、もどかず、処理。 *1
しかしなんか、モドカなかったツケが。いつか回ってくる気がして。
杞憂ならよいのですが。

なお、モドキは言葉のワザで、
神と人のアマノジャクな対話は、
やがて歌垣となって、男と女のコトの葉、
つまり歌を生み出していく…と折口は断言しています。
「もどき」は「もどり」でもあり、コピーがオリジナルを取り返す逆説もありえる。


*1 : じつは「現場」では、めちゃめちゃモドイてるんじゃないでしょうか。その言の葉をテレビや新聞がくみ上げられないだけで。マスメディアの持っている表現の外に、何かがあるのかも。


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