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夜歩く11 「鬼といっしょに踊ろう田楽」

written by overQ
July 7, 2007

三十三の鬼「山伏山」

もうすぐ祇園祭。
祇園祭に出現する山鉾のひとつに、山伏山があります。
上から読んでも山伏山、下から読んでも山伏山。
山伏山…MiraHouseさんのページ。詳細な山伏山のお写真があります。

この山伏山、浄蔵貴所がご神体。
そう、前回、戻橋をペット・セマタリーにして、父・三善清行をよみがえらせた、僧・浄蔵
父・清行も、お化け屋敷のお化けたちを、大学寮南、あははの辻近くに、引越しさせたお方でした。
鬼に顔がきく親父と、その異能の息子。

浄蔵大徳、浄蔵貴所などと、大きな尊称で呼ばれることが多いです。
今ではあまり知られてないけど、かつてはカタリの中で、そうとうなヒーローだったらしい。

誰のヒーローか…といえば、それは山伏、修験のものたち。
山伏山ですから。
山伏山の浄蔵貴所、左手に刺高数珠(いうだかじゅず)を,右手に斧を持ち,腰には法螺貝。
歌舞伎などに登場する山伏姿。

祇園祭の山鉾は、歴史・伝承・物語の有名な出来事や神・人物などを乗せた風流で、いわばカタリを実体化したもの。
(有名といっても、現代の私たちにはなじみの薄いものも多く、カタリの伝統がどこかで途絶えてることがありあり。)
その一角に、浄蔵貴所はまつられます。


三十四の鬼「浄蔵、晴明、革聖、綱」

一条戻橋で父を蘇生させた浄蔵。
熊野で修行中、父の訃報を聞いて、とって返す。
カタリの中では、山伏姿にちがいない。

浄蔵―山伏―戻橋。
さらに、戻橋の東には、大峰寺があったことも、すでに書きました
修験の本山・大峰山ゆかりの大峰寺。
役の行者の塚とも言われる石塔が、今も残る。
一条戻橋周辺は山伏たちのゾーン。
このことは戻橋でカタられる怪異と、深くつながってるにちがいない。

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戻橋で有名なエピソードは、
・浄蔵が父をよみがえらせたこと。
・安倍晴明が橋の下に式神を隠し置いたこと。
・渡辺綱が鬼の腕を切り落としたこと。

浄蔵(891-964)の直後、安倍晴明(921-1005)が登場します。
晴明が陰陽師デビューするのは40歳くらいからなので、960年頃、まさに入れ替わり立ち代り。
で、晴明の次には、その交替として、革聖・行円が登場(一条革堂は1004年建立)。
その次は、鬼の腕を切った、渡辺綱(953-1025)。

浄蔵―晴明―綱。
戻橋は、ヒーローをきっちりと、順繰りに交替させていく。
妙にうまくできています。まるで、戻橋を舞台にした連続劇のよう。
間髪おかず、次の劇が始まる。
もしかして、不死の何ものかが、浄蔵→晴明→革聖→綱と、つぎつぎに宿替えしていったのかも((;゚Д゚)


三十五の鬼「鬼、式神、聖、山伏」

戻橋東詰にたむろする人々が、世代を変えながらカタリ継ぎ、カタリを更新させていく。
戻橋界隈の人間たち…山伏や聖、法師陰陽師、のちの唱門師たちが、鬼や式神と呼ばれる存在とシンクロしていること。
これは、小松和彦さんなども、つとに指摘されておられること。

こうした視点から、京都という空間に生きた人びとの歴史を眺めなおしていくと、史料不足のためにひどく不鮮明ながらも、これまでとははるかに異なった京都のイメージが浮かび上がってくる。いうまでもなく、私たちが興味深く思うのは、〈光〉の中心、権力者たちの中心たる天皇や貴族や武士たちの世界ではなく、鬼たちの世界である。京都空間において彼らの拠点はどこにあったか。
―小松和彦「「虎の巻」のアルケオロジー」

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一条堀川(戻橋西)に住んだという鬼一法眼から、義経が奪ったとされる「虎の巻」をめぐる論考。
小松さんは、「鞍馬、一条堀川、五条天神、北白川、八瀬」あたりを、「鬼のすみか」として注目。
あと、清水坂、東市から六条川原院、船岡山周辺、叡山横川も、数えていいかもしれません。

これらをじょうずに結ぶと、鬼の通り道もなんとなく見えてくる。
お地蔵さんの並び具合・密度と、それはぴったり重なると思う。
あははの辻(二条堀川)も、これらの道の交差点。
おそらく京都の街の動脈、つまり物流のネットワークでもあるのでしょう。
多くの貴族にとっては、隠れた交通として、鬼の通い路。

道は平安京の外にもつながっているはず。
山伏も聖も「歩く人」。
山伏は大峰山や吉野・熊野に。
聖は叡山の横川から、滋賀の坂本へ。
陰陽師のメッカ、播磨とも強く結んでいる。
あと天武帝以来の、愛知方面への通路もあるのかもしれない(道場法師ルート)。

物流とかかわるといえば、柳田は山伏が背負ってる箱には、「商品」が入ってるはずとほのめかしている。
彼らの口上がカタリとなって、流通していく。


三十六の鬼「鬼の京」

鬼たち。
もちろん組織統合された一枚岩の存在じゃない。
対立反目もある複雑怪奇な関係だったはず。
時代により勢いの分布も変化する。
文字で書き取られることが少ない存在であるだけでなく、
彼ら自身、カタリのうちにわが身を隠す
鬼のマストアイテムは、隠れ蓑なのだから。

鬼のカタリを広めているのは、
じつは鬼と呼ばれる彼ら自身
だったように思えます。
律令のすき間を縫う生き方。
神仏は律令の抜け穴だから、聖や山伏、唱門師。
社会のすき間に浸透し、タタリや呪いをカタりつつ、
影を踏み踏み、京を侵食する、闇の処世術

中心(国家)と境界(鬼)の対立というような、
素朴な赤いロマンじゃないはず。
藤原氏はじめ、権力側もバラバラでこぼこ。
その凹凸にフィットするように、
さまざまな勢力が、闇に光に身をひるがえす。
互いに結び合い、互いを出し抜きあって、
ややこしいもつれ、ダイナミックなねじれを生じさせている時代。

鬼に侵食されまくっている平安京。
またそれなしには、もはや維持できない町の賑わい。
そもそも建設の時点から、従事した石や土木の民は、
文字をあつかう人々からはよく見えない(陰=鬼)存在。
物流を実際に握っているのも、早くからこの人たちで、
その傾向はどんどん強まった。
彼らの動向をちゃんと書き記す言語を、まだ日本語はもってなかった。
そして当人たちが鬼のカタリをばらまきながら、
その陰に潜んで、暗躍する術を駆使した。

都を取り締まるはずの検非違使さんなんかも、
結局、罪人をつかまえて検非違使に採用してたらしく(笑)、
「鬼=鬼退治」の法則によって、
現場・前線では、てんでなっちゃいないことに( ;∀;)

律令のすき間からこぼれ落ちて、
山伏やら遊行の法師やらになるものはおびただしく、
また地方の富を私的に違法に独占するもの、
その富を守るためアラゴトに雇われ、頭角を現す輩も。
富のありかはめまぐるしく変転していく。
浄蔵の父・三善清行は、闇に通じてたので、
そのことを朝廷に上奏しました(意見封事十二箇条)。
しかし、時代の流れを押し留めるには至らない。

旅を棲家とするものが増えると、
太古からの道の民の思考が活性化していく。
その時、はじめは隠れ蓑だった仏教だけど、
仏教は太古からの思考と相性がいい
中沢新一さんの主題です。
最後の人類学者にして、ヌーベル・ブッディスト。

仏教が酵素になって、道の思考が活性化し、
空也上人や、横川の恵心僧都(往生要集)が現われ、
浄土教の日本独自の発展もあらわれる。
万人の救済。
貧しきものこそ天国は近く、罪人ほど往生とげる。
上下の価値の転倒。

サカイっていうのは、中心に対する端っこじゃないのです。
旅を棲みかとする人には、中心も周辺もない。
旅人たちが集い、互いの物を寄せ合う盛り場。
物々交換と男女交歓の栄えの庭が、サカイ。

鬼に侵食されていく京。
歌舞音曲の神が降臨しつつある。
やがて京都全土を侵食した時、永長の大田楽という、上を下への大騒ぎ(シャリヴァリ)が結実する。
古代と中世のサカイをなす「ええじゃないか」。天と地の結婚。
永長元年(1096年)の夏、京都は貴賎老若男女を問わず、町をあげて、みんなで踊り狂ったのでした。
平安京すべてが「あははの辻」となり、サカイと化した。
万人が鬼となる夜がやって来た。
百鬼夜行のパレードが、京の町に満ちる時。
同じ鬼なら、踊らにゃ、そんそん。


三十七の鬼「鬼といっしょに踊ろう田楽」

あやしげな仮説をムダに長々と書いてしまいました。
永長の大田楽という、中世の「ええじゃないか」は、大江匡房の「洛陽田楽記」という短い漢文に記されています。
最初の三分の一くらいを見てみますと。

永長元年、夏。
洛陽(=京都)、大いに田楽の事あり。
その起こる所を知らず。閭里より初め、公卿に及ぶ。
高足一足。腰鼓振鼓。
銅拍子、編木(びんささら)。
殖女、春女の類。
日夜絶えることなし。
喧嘩、甚だしきこと、よく人の耳を驚かす。
諸坊・諸司・諸衛(=各町・各役所・各衛兵)、おのおの一部をなす。
あるいは諸寺に詣で、あるいは街の衢に満ちる。
一城(=平安京)の人、みな狂えるが如し。けだし霊狐のしわざなり。
その装束、善を尽くし、美を尽くす。彫るが如く、琢(みが)くが如し。
錦繍をもって衣となし、金銀をもって飾りとなす。
富者、産業を傾け、貧者、跋して(背伸びして)、これに及ぶ。

田楽の様子が、詳しく書いてあります。
大江匡房の、事態を怪しみつつも、興奮した筆致。
「クグツ記」「遊女記」もモノした匡さんは、この手のことが大好き(* ^ー゚)

大江つながりで(このつながりは必ずしも無意味ではない)、「大江山絵詞」という巻物では、鬼さんたちが田楽を踊っています。
この絵巻は、べつに永長の大田楽を描いたわけではなく、有名な大江山の鬼退治のお話です。
ただ途中で、鬼が田楽するシーンがある。

永長の大田楽。
京都じゅうが鬼と化してしまった、ということなんだと思う。
画期的な百鬼夜行の解決方法です。
みんなが鬼になってしまえば、百鬼夜行なんて、へっちゃら。
かくして、昼日中から連日、百鬼万鬼の踊りが、京都全土で繰り広げられることに。

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「高足一足」はこれが実物でしょう。
田楽では重要で、カカシの起源と思います。
本格的には、ここに雷を落とす…雨乞いのイケニエじゃないでしょうか。
天と地を結婚させる、
反対の一致=価値転倒=シャリヴァリが、雨乞い
です。

「腰鼓振鼓」は、韓国だとよく残ってます。
回転しながら、非常に激しい連打で、ビートを叩きこむ。

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by AMAZ君(改)

ササラは、空也系の念仏踊りでも使います。南京タマスダレも同じものでしょうか。
リズム楽器であるとともに、御幣などと同じ、神様キャッチャー。
キヨメや魔女のホウキまでつながるモノで、
「憑ける」と「祓う」は、符号がプラスかマイナスかだけで、絶対値は同じ。
シャカシャカした電子音が出るんだと思う。

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七夕君
ギロという、ラテンで使う打楽器をもってる鬼がいます。
奏でてるのは、サンバでしょう。カーニヴァルの血が燃えています。
ギロはヒョウタンで作るらしいのですが、ヒョウタン系の楽器はなぜか世界じゅう、ほとんど同じだそうです。
流浪の音楽民が流布させたんでしょうか。

顔のデカい白い人は、仮面でしょうか。
笹(というより榊?)に、タコ足のような紙スダレをつけていますが、七夕の飾りとそっくり
ごく近い関係にあるものだと思われます。 *1


*1 : 笹って、ササという音が、ササラと通じてる。神さまキャッチャーの一種。
湯立ての巫女さんも笹を持つし、恵比寿祭りでは「笹もってこい(福をつけてやる)」、また、能に出てくる狂女(鉄輪や道成寺)も笹を振る。


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