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夜歩く20 「秦キョン3―大井子のブートキャンプ」

written by overQ
September 19, 2007

前回の続きです。

秦氏が作った京都。
その上に、平安京を乗っけてみたものの、
そいつが怨霊、鬼、疫神、鵺ら跋扈する土壌となったのでは、
というお話。

秦キョン(全3回)の3回目です。


七十一の鬼「大井子のブートキャンプ」

岩神さまの大岩
平安京造営前から、あははの辻のあたりに転がり祀られてたんだと思います。
そして、これは堀川・神泉苑池の灌漑設備と結びついた石ではあるまいか。

ooiko.jpg

ここで唐突に、滋賀・高島の大井子のほうへ。
何度か書いたことがある、無双の怪力女、大井子。
最強相撲力士の氏長が、大井子のブートキャンプで特訓させられる様子が、古今著聞集に出てくるのでした。

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氏長の太くて固い腕を、大井子は脇にはさんで、軽々と自宅に連れ込む。
これは、たぶん大井子が氏長をレイプするさまを婉曲的に描写したもの。
大井子は神の嫁。処女懐胎して神の子を産むはずなのです。 *1

逆にいえば、相撲節会のため、京へ上る旅の途上のマレビト・氏長は、神。
そもそも相撲取りは、雷神、あるいはスクナヒコナなのだから。
そのわりに、弱っちいが(;・∀・)

だから、大井子のブートキャンプ。
彼女はその怪力でオニギリを結ぶのです。
出来上がったのは、石のような塊(鬼斬り?)。
これを氏長は一週間かけて、
やっとかすかに歯を立てることができた。
そして空腹の中、三週間、
ようやく濡れた米粒の中に舌を突っ込み、
噛み砕いて、完食に至ります。
この過酷な特訓を経て、相撲節会に出かけた氏長。
優勝したことは間違いないでしょう。

(いや。
そうでもないかもしれない。
三週間。
氏長は、大井子に「やられ」まくってたかも(;・∀・)
哀しすぎるような。裏病ましいような。
ボロボロになって、節会に出かけて惨敗のことも。)

(絵は北斎漫画から。
背後で飛んでる鳥が、鴨かも。
滋賀の高島には鴨川が流れます。
京の鴨川とはちがう、琵琶湖にそそぐ鴨川。
つまり、賀茂氏の分家があるわけ。
北斎は何も賀茂、わかってるワケイカヅチノカミ
大井子が頭に載せた桶も、何か意味深なワケだ。)

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七十二の鬼「大井子の投げた岩石」

大井子には、もうひとつ逸話があって、
それは、田んぼに水を引くことで村人と争いになり、
結局、大井子が巨石を投げて水流を変え、我田引水した、というもの。

水口石/力石(滋賀県高島市安曇川町)…高島に伝わる、大井子の投げた巨石を訪問されたリポート。なんとここには、謎の神体文字も! もうちょっと涼しくなったら、私も行ってみます。自転車で?


拡大地図を表示

この逸話は、灌漑用水にかかわるもの。
また、大井子の名は、大堰(おおい)と通じている。
秦氏が堰提をきずいて治水した大堰川(=桂川)。
渡月橋のたもとには、大井神社があり、「井」と「堰」は同音で、もとは「水を汲む場所」という同じ意味で使われたようです。
また、堰提だけでなく、井戸掘りの技術も持つ秦氏。
掘り井は、鉄器がないと不可能な作業。
大井=大堰なのです。
北斎漫画で、大井子が頭に乗っけてる桶は、彼女が「水場の管理者」だからでしょうか。つまり、水の神。太陽と結婚する。 *2

大堰川の大井神社

大井子は、巨石を使って、灌漑をおこなった、というわけ。
つまり、秦グループの高度な土木技術、
すばやい仕事っぷりが、この伝承を生み出している。

さらに、怪力女や、無双の相撲取りの系譜は、
タタラ、地団駄、道上法師、ダイダラボッチ、
あるいは小さ子、スクナヒコナ、
桃太郎金太郎や一寸法師、無数のタロウのお伽話、
トラ石、ナガタラシ、トリケラトプスにつながっていて、
秦グループの広めた伝承と思われます。
(この話は、これからも、何度も触れることになるはず。)

近江や愛知に片寄った伝承で、そこいらはみな秦テリトリー。
とりわけ、大井子の滋賀・高島は、
琵琶湖にそそぐ鴨川が流れ(京都の鴨川じゃない)、
賀茂神社があって、賀茂テリトリーでもある。
大井子が、通りすがりの雷神・氏長を引っ張り込むのは、
その信仰からすれば、当然の婚姻儀礼。
琵琶湖は、大井子とダイダラボッチが作った、灌漑池かもしれません☆
(氏長という名は、ウズマサとも読めるんですが、どーなんだろう。)

大井子の怪力は秦の土木力を象徴したもの。
投げた巨石は灌漑の堰提用。

でだ。
あははの辻の岩神さまに戻ってみる。
これも、堀川の水利に用いる灌漑用の堰石ではあるまいか、と。
同時に石神さまでもあって、この石の近辺で、田んぼの祭りを行う。
田植の時は、雨降り雷神と田植え乙女の婚礼。
楽しや、田楽。ウズメとサルタ。

平安京以前、あははの辻に、大井子のブートキャンプが存在していたのではないか。
ウズメがサルタを引っ張り込む、ミルクとハニーの流れる地が。
(憶測や妄想というより、もうね、願望?w)


七十三の鬼「永長の岩神田楽隊」

面白いことに、永長の大田楽では、岩神さまめがけて、田楽隊がええじゃないかと到来、その前で「妙曲を尽くした」と。

余興いまだ尽きず、うち殿上人二十人ばかり、また田楽をなし、御前へ参る。ついに近々によりて、冷泉院に参り、中山名神(中山神社=岩神さま)、妙曲を尽くす。
「洛陽田楽記」

太子道と堀川の交わる一帯。秦の大立者・河勝の邸の南。
用水路の堀川が、灌漑の満濃池・神泉苑に流れ込む場所。
すなわち、あははの辻

ここは、秦と賀茂の交わる場所として、地理的には最適だ。
だからこそ、あえて平安京の内裏は、ここに置かれたのかもしれません。
秦グループの思想からすれば、
ウツホに神をチャージすることは目出たいこと。
天皇がここに降臨するのは、理念上は歓迎されたかしれない。
山代(ヤマシロ)の国のシロは、神のヨリシロの「シロ」のはず。
神さまを、このウツホに、こもらせてみたい。
京城の工事も彼らが喜びをかみしめつつ、請け負った公共事業。

でも、工事を終えてみると。
農作と婚礼の現場がなくなってしまツたよ。
秦と賀茂がちょうど分断される位置に、御所があるわけだから。
賀茂の葵祭と、松尾の牛祭とは、はなればなれに。
この配置の妙が、分断が、その後の混乱を招いていくのではないか。
岩神さまも、すっかり放置プレイ状態に。
永長田楽隊が出動したのは、この石の思い出があってのことだったかもしれません。
(菅原道真が、カミナリの怨霊となり、天神さまに祀られる過程は、もっとあからさまに、秦グループ末裔の仕業と思います。あと、義経伝説。これからの記事で書くこと。
そうそう。現在、岩神さまが坐す場所、東どなりは雨宝院。
弘法さん創建とされ、今は桜で有名。大聖歓喜天をまつり、西陣聖天と呼ばれる。
聖天とは、象の頭で抱き合う双神であらわされる、エクスタシーの神さま。
どういうつもりで、誰が、岩神とセットのようにして、この神を置いたかということ。)

平安遷都は当初から、不吉なものをかかえたかのようで、
日本後紀の記録を見ると、
うぐいすの鳴いた延暦13年の前後の期間、
大地震がたびたび起きている。
時期的に見て、たぶん東南海沖地震だと思われます。
ちなみに、永長の大田楽の時も、
やっぱり東南海地震が来てます。
「ええじゃないか」の時もそうなんですけどね。
ここから、何を学ぶべきなのか…わからん。

東海道、南海道の地震、東南海、南海地震、地震の歴史


七十四の鬼「秦ネットワーク」

もともと、秦は一枚岩じゃない
嵯峨野、松尾、伏見、そしてアワワと、地理的に多種多様。
さらに、鉄器を中心に、土木、鍛治、石工、大工、耕地開発、井戸掘り、機織り、仏教、歌舞音曲と、
さまざまな別集団からなる。
この組み合せの妙が、相互に機能して、豊かさを生む総合グループ。
地方各地の開発も、かなり計画的に(市場原理的に、というべきか)なされていたように見えます。
むろん、つねに分裂野合の危機をはらんでる。

京の歴史。じつのところ、秦グループの、
それも名のある上位ではなく、
下のほうにいて、実務を担当していた人たちが、
ホントの主人公なんではないか。
文字を扱う者からは隠れされた、書き取られぬ存在。
非中央・非文献的な民俗学の手法が、
知らず知らず引き寄せられてしまう、磁場。

隠れた=鬼の存在。
彼らはけっして無力でなく、
逆に実際の生産と物流を支配していて、
その動向が、時の権力を左右した。
彼らの作る富の渦の中心に立てたものが、
ときめく覇者となり、その波はネットワークの原理上、
束の間しか続かない。

その元になったのが、
平安京以前の秦グループのネットワークであるまいか、
…という憶測でした。
土木請負人たち。京都周辺地方の積極的開拓民。
橋をかけ、井戸を掘り、道を整備し、治水を行う。
仏教を広め、歌舞音曲で勧請し、
山では鉄を作り、市では伝説を広める。
モノゴトを価値づける際、独特のやり方を持つ。 *3

京の歴史、というより京を中心に歴史を見ることのできる期間、
平安から近世なかばまで、
ネットワークは強く機能していたんではないでしょうか。
この流れ、平安以降は、仏教、歌舞音曲、
そして武士に身を転じていくように見えますが。
空海や空也の聖、陰陽師唱門師、山伏。
田楽申楽から能・歌舞伎へと。

そして播磨や愛知から立ちのぼる荒神たち。
刀剣という鉄器の神霊が目覚めるかのように、
地方からはアラゴトを復活させる輩があらわれる。武士。
ヱヴァの使徒のように、京の町に陰日なた、
あの手この手で来襲した。
調伏・侵食・交替・同化をとげる荒神。
それを支える力は、隠された鬼。
信長・秀吉・家康は、
この石の転がり(=ローリング・ストーン=ゴロツキ)
集大成だったようにも思えます。


付録・秦の影

秦はつかみどころがない。隠(=鬼)な影のよう。
秦氏は、「秦」とひとつの名で呼ばれるものの、
初めから大人数で渡来、おそらく複数部族の混成集団。
大規模土木をやるので、人手をかき集めて、
工事が終われば解散…を繰り返す。
ために、どんどん裾野が広がっていく。
いろんな人が、秦のもとに流入。
最初から、鉄を中心にした、さまざまな職種、
(土木・石工・井戸掘り・建築・機織り・定畑農業・鍛治・金属打楽器田楽など)
の担い手が組み合わさって、富を生む総合システム。

技術を買われて豪族に仕え、
先住民と積極的に交わっては、
地方へ地方へと進出していく。
「自分の血を守る」ではなく、「新しい血を入れる」
(これが逆説的に、「マレビト=外部」(折口)によって「祖霊=同一性」(柳田)を守ることになる)
という石器時代以来ののアンチ近親姦な生物的本能。
それを、思想・風俗として形にしていたから。

外と交わっていくのは得意。
新たに渡来する人も、言語・習慣の問題もあって、
先輩渡来人の秦グループに
依存するものは多かったかしれず、
それを受け入れる太っ腹がそもそもあった。

渡来のはじめから、
中央と、激しくやりあう気がなかったように見える。
朝鮮半島、東アジアの情勢が生んだ、
長期にわたる膨大な難民の群れ。
ここでダメなら、別な場所へ。
外へ外へと出て行く、初期人類の本能が目覚めている。
フロンティア精神。
蜂蜜の流れる地は、きっと虹の向こうにある。

こうして、とめどなく広がっていく、ネットワーク。
もう「秦」と呼ぶ必要もない。
仏教を布教するのも、このネットとセット。
聖や山伏、踊り念仏が、同じネットワークのもとに、
「旅」したのだと思う。

早くから渡来し、人口も多かったわりに、
文献の中心には、さほど登場しない秦氏。
なぜか中央に出るより、地方を志向するから。

聖徳太子の時の河勝が一番目立った存在だけど、
中央進出では結局、負け組だったか。
平安期からは、もう秦からかんばしい噂がない。
ところが民俗学的手法…口承的、地方志向的な方向で見ると、
彼らの影は濃厚。
まさに隠れた=鬼の存在。
闘争する代わりに、逃走する生き方。
以来、日本人に染み付いているようにも思う。

「そんなに勝ちたいなら、アンタにそれをあげるよ」
と平然と滅ぶほうをえらぶ人々。
「いいんだ。
また、生まれてくるから」
と言って。under dogs. いぬじもの
クニユズリ。もどき。
勝ち=価値は、じつは価値でない。
勝ちでない道に、カチがあること。
たかがそれほどのものを。市場の価値をモロともせず。
天輪王でなく仏陀を選ぶこと。
砂漠で水(世界征服)を差し出されて拒むYES。


*1 : 通い婚の神話的な意味は処女懐胎にあり、
財産の観念が生まれ、男子に相続させるまでは、
女は、父が不詳の神である、神の子を生み、これを村全体で育てた。
だから兄者が妹の名目上の夫であってもよい。
また兄が山にこもり、仮面をつけて神として降りてきて、妹とまぐわう。
生まれた子を、村にふだんどおり戻った兄が、神の子として育てるような、ヘンなこともありえる。
男だけ、女だけで、結社を作り、忌みの時を経て、神となってまぐわう。
これが近親姦を避けるための、本能かもしれない。狼や鹿、猿にも見られる。

*2 : イ、というような、一字、あるいはクワ、カマ、カモと二字。
そういうのが、好きみたい。一音か二音で読む。渡来人だからか。
この問題は、たぶん大きいとこに通じてます。
*3 : 今、「談合」としてモンダイになってることだって、ここからつながる長い歴史があるや知れぬ。


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