前回の記事で、犬神の呪法のことを少し書きました。今回は、その続き。
だいぶ、あやしげなところまで、来ております。
怒涛のように情報を繰り出してみます。もうね、読者無視(;・∀・)
話5パーセントくらいで読んでくださいね。よい子は絶対、真に受けちゃダメ(* ^ー゚)g
さて、憤死した犬の首を呪物とする犬神の術。
髑髏を持ち歩き、思うがままに操って、呪いをかける…だけではないようです。
願いを叶える、お金持ちになる、というご利益話もある。
でも、いったんは富を得るものの、最後は没落するパターンが多いらしいのですが。。
(早川孝太郎・柳田国男「おとら狐の話」)
また、この呪いを伝える家は犬神筋と呼ばれ、結婚などで差別された歴史が近年まであるそうです。
もはや髑髏うんぬんというより、その家系に生まれたからは、生まれつき75匹の犬神がもれなく憑いてくる、というシステム。
自分ではコントロールできず、誰かを憎いと感じたら、犬神が勝手に相手にとり憑いてしまう、という厄介なシロモノ…とされた。
犬神家の一族(1976) 廉価(期間限定)
¥ 3,455 / 角川映画
( )
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ダークサイドばかりが強調されるのですが、勢力の強かった時期があったようにも見え、あるいは近世に近づく頃、権力闘争で負け組についた人々のもつ風習。太古の遺風を残すものの、やがて弾圧にあい、零落。そのうち恐怖を売りにするようになった…といったことも考えられそうです。
四国から中国地方に見られる犬神の呪術。
岡山の横溝正史の「犬神家の一族」がおどろおどろしさは、この淵から立ちのぼる。
空海のバックボーンである佐伯部が持っていた風習だったろうか。
もとは恐怖の呪いではなく、石器時代から残響するエコロジカルな観点から、異人の死者をたてまつるような、広く普及したものだったのでは、と思えてなりませぬが。
史料(死霊?)を集めて、いづれ証明してみたいです。
行路死人、行き倒れた人や動物をまつり、道を掃き清める。
非常に古くからある人類の風習らしいのです。
まだ世界が閉じた球ではなく、無限に広がる平面で、人々は数世代かけてキャンプし移動しながら、伝播していた頃の。
定住し、財産を持ち、文明が発達してくると、暗黒面があらわれてくる。
旅をすみかとしなくなると、行路死人と自己をシンクロさせるのが難しくなる。外来するものは、鬼や疫病神、うとましいもの、やがてケガレと捉えられて、恐怖の対象となっていく。
コミニュケーションは拒絶し、ただヨゴレとして排斥。その排斥作業にたずさわる、古来の術をするものたちにまで。
ところが、排斥される当人たち、瀕死の状況でありながら、ヨゴレたケガレた場所に、「謡い踊るように」と形容したい姿で、棲みかを形成していく…かつて、つらく過酷な旅を棲みかとした先祖たちのように。人間だねえ。
狗神 (角川文庫)
坂東 真砂子
¥ 525 / 角川書店
( 1996-12 )
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犬を使った漢字、「器」「哭」など。
漢字学者・白川静によると、これらは呪術をあらわす文字。
「器」も「哭」も、「犬」のまわりに「口」がある。
「口」は、ものを食べる口ではなく、サイと呼ばれる器具。コップのようなもので、これにイケニエの犬の血を受け、まつる。
「器」も「哭」も、犬神のまわりに、その血を受けた呪具=聖杯を配置した図((;゚Д゚)
白川静の世界―漢字のものがたり (別冊太陽)
¥ 2,625 / 平凡社
( 2001-11 )
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by AMAZ君(改)
殷ではこの風習がクライマックスに達したようです。犬よりむしろ、人をイケニエにした。
周辺民族を集団で捕らえ、「道キヨメ」のため交通の要所に祀ったことが、発掘からわかるそうです。
人柱。橋など、サカイを結ぶものを建てるとき、埋めこむというあれ。
殷の周辺民は逃亡、山岳民族になったりした。弥生時代に日本に渡来した人々の中にも、逃亡組がいた可能性がある。
古墳時代には、死出の道行きを照らすイケニエの代わりに、埴輪を用いた。
殷のいまわしい思い出が、世代を越え、やがてハニワという画期的発明をさせたのでしょうか。
ヒトガタの代理イケニエは、人形となって、今でも「おくりビナ」くらいにまで残響してるかもしれません。
五条の橋のたもとには、傀儡という人形つかいがいて、牛若丸・弁慶の伝説を形成する。義経は時代のイケニエのような荒魂。
(五条の傀儡、浄瑠璃の淵源かもしれず、秀吉により四条に遷され、阿国、歌舞伎と連絡するか。)
東日本では、季節のサカイに、とんどの祭で、ワラの「サイの神」を作り、燃やします。
じつは、キリストもこのイケニエの系譜にあって、クリスマスという季節のサカイに磔にし、神になる。
ちょっと変わったところだと、安倍晴明の式神。
一条戻橋(京のサカイの地)に置かれ、これが堀川を流れて、人形使いの始まりとなる…というような伝説がある。
式と境は、S+K音の縁語。
余談。
ハニワを考案した野見宿禰は、土器や石器を扱う土師氏の祖。
日本最初の相撲取りでもある。
野見は、石を割る道具のノミらしい。
土師氏から、鬼の大江山に住んだ大江氏、天神さん道真を生む菅原氏が出、菅原氏から出た五条家が相撲司。その末に、デーモン小暮(いや、閣下は始まりか?)。
鬼、怨霊、相撲。雷神(鍛治)と天神(水)、世紀末悪魔。
いぬじもの。
万葉集に出てくる枕詞で、「道」にかかります。
ちなみに「道」という漢字は、異族(いきだおれ)の首をかかげて、サカイから向こうの未知の路上を進むさま。
万葉だけ読むと、なぜ「いぬじもの(=犬のようなもの)」が、「道」の枕詞になるのか、よくわからない。
でも、これまでの説明に照らせば、犬と道の関連は明確。
「道」にかかる枕詞は、もうひとつ「玉鉾(たまほこ)の」というのがあります。
鉾といえば、祇園祭の鉾巡行。
祇園祭も、道キヨメの祭。疫病退散。
この祭をにない、山鉾巡行の道キヨメのまつりごとを担当した、「犬神人」。いぬじにん、と読みます。
寺社に隷属し雑役・アラゴトをになうのが、神人(じにん)。そこに「犬」が冠された。
源氏物語「若紫」で、少女の若紫の遊び友だちが、「犬君」。
乳母の娘で、今は遊び友だちだけど、やがては紫の上の身の回りの世話をするようになるはず。身分の低さ、従属をあらわす「犬」。
犬神人の「犬」もこうした見方がある一方で、犬神・いぬじものにつらなる道キヨメの呪術の意味が流れているのかもしれません。
源氏物語〈2〉 (古典セレクション)
¥ 1,680 / 小学館
( 1998-03 )
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検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社選書)
丹生谷 哲一
¥ 2,520 / 平凡社
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犬神人は京の歴史の隠(=鬼)れた真の主役。隠事物。
ことあるごと、彼らが翳に日向に活動し、アラゴトをこなしてきた。そして、その力を利用できたものが、時代の覇者となった。
能や浄瑠璃・歌舞伎につながっていく、この国の歌舞音曲を生み出すのも、彼らの渦。
祇園の山車に飾られるのは、弁慶や保昌や役行者など、謡曲や歌舞伎のヒーローたち、名場面と重なるアイテム。
また山伏、高野(空也)聖、陰陽師、唱門師と重なるもので、祇園祭の神・牛頭天王は、もとは播磨からやって来た…晴明のライバル蘆屋道満の播磨、陰陽のふるさと。
歌舞音曲の神は、このあたりにずうっと巣食っている。
「いぬじ」つながりでいうと、「白川の印地」(いんじ=いぬじ?)。
印地打ちとは、石つぶてを投げて戦う、ゲリラ戦の精鋭。白川は、平安京以前から石の民の地で、弥生の遺跡も見つかっています。
牛若丸・義経に、兵法の秘伝書「虎の巻」を奪われる鬼一法眼は、その白川印地の大将。
法眼は、一条堀川の陰陽師。晴明と同じです。
陰陽師・唱門師たちのうちに、太古からの風習が、形を変えつつも残っていて、それが例えば「いぬじ」だった。
こうやって、「犬神」を大胆にふりかざしてみると、すべてはつながってしまうのでした。
「太平記」の巻五「相模入道田楽をもてあそび並びに闘犬の事」。
相模入道(北条高時)が、田楽に入れあげたあげく、天狗の怪異を呼び込み、さらには性懲りもなく、「ますます奇物を愛する事、止む時なし」。
日本中から犬を何千匹も集め、金銀の鎖につなぎ、錦を着せて、神輿に乗せ、鎌倉中を練り歩くに至ります。
まさに「お犬さま」の先達。そして、見物の大名たちの前で、数百匹の大闘犬大会を披露します。
時に両陣の犬どもを一二百疋づつ放し合はせたりければ、入り違ひ追ひ合ひて、上に成り下に成り、かみ合ふ声、天を響かし地を動かす。「太平記」
田楽の際には、高時自身がこぶとり爺さんような踊りを見せると、天狗の田楽師たちがやってきて、
「天王寺の妖霊星(やえうれぼし)見ばや(見たい)」
と囃し立てる。
妖霊星という悪星は、天下が乱れる時、現われる。
そもそも田楽の狂喜乱舞が、時の変わり目を示す歌舞音曲(シャリヴァリ)。
その上に、犬どものこと。
犬は、サカイに立つ神であり、時のサカイ目にも、こうして立ち現われるようです。
新編日本古典文学全集 (54) 太平記 (1)
¥ 4,890 / 小学館
( 1994-09 )
通常3~4日以内に発送
by AMAZ君(改)
ご利益をもたらす「犬神」は、大切に可愛がられたお供の犬の霊なのか、それとも虐殺された荒ぶる犬の霊なのか。
これは、御霊信仰という、怨霊をめぐる迷信の問題とシンクロしています。
京の町が肥大するにつれ、怨霊思想は高まってきた。それを裏で演出しているかに見える、隠の存在も。
御霊を人工的に作り出すかのような、犬神の呪法。
結局、一時の利益はもたらしても、やがて荒ぶる魂はすべてを滅ぼしてしまうのかもしれません。
北条高時のお犬さまも、贅を尽くすばかりで、実のところ、一種の虐待。いっときは権勢を誇るものの、ついには乱世の荒波に呑み込まれ、消えていった。
時代はずっと下って、大杉栄の自叙伝。
少年の頃の思い出として、まるで印地のような壮絶な石合戦で、相手を半殺しにする話に続けて、こんなエピソードが出てくる。
僕はこんな喧嘩に夢中になっている間に、ますます殺伐なそして残忍な気性を養っていったらしい。なんにもしない犬や猫を、見つけ次第になぐり殺した。
…一匹の猫をなぶり殺しのようにして家に帰った。自分でもなんだか気持ちが悪くって、夕飯もろくに食わず寝てしまった。
母は何のこととも知らずに、心配して僕の枕もとにいた。だいぶ熱もあったんだそうだ。夜なかにふいと僕が起きあがった。母はびっくりして見守っていた。すると僕が妙な手つきをして、「にゃあ」とひと声鳴いたんだそうだ。母はすぐにすべてのことが分かった。
「ほんとうに気味が悪いのなんのって私あんなことは生まれてはじめてでしたわ。でも私、猫の精なんかに負けちゃ大変だと思って、一生懸命になって力んで、『馬鹿ッ』と怒鳴るといっしょに平っ手でうんと頬ぺたを殴ってやったんです。すると、それでもまだ妙な手つきをしたまま、目をまんまるく光らせているんでしょう。私ももうたまらなくなって、もう一度、『意気地なし、そんな弱いことで猫などを殺す奴があるか、馬鹿ッ』と怒鳴って、また頬ぺたを一つ、ほんとうに力いっぱいに殴ってやったんです。そのまま横になって、ぐうぐう寝てしまいましたがね。ほんとうに私、あんなに心配したことはありませんでしたよ。」
母はよくその時のことを人に話した。僕は、その時以来、犬や猫を殺さないようになった。大杉栄「自叙伝」
不気味な話ですが。
大杉栄の竹を割ったような性格がよく出た自叙伝ですが、この部分は不気味。
思えば、大杉の最後は、妻と幼い甥ととも、軍部に虐殺された。遺骸は井戸に落とされたとか。たたり、なんてことはないはずなのだけれど。
*1
大杉栄自叙伝 (中公文庫BIBLIO20世紀)
大杉 栄
¥ 900 / 中央公論新社
( 2001-08 )
by AMAZ君(改)
これらのエピソードに比べると、前回記事の柳田国男が少年時代、お堂の床下で仔犬の出産を見守った話は、たしかにあったかい。命の匂いがする(そしてそれは多少、臭いw)。
「お産する山の神を助けた猟師が長者になる」という昔話の採集から、民俗学のヒントを得たという柳田。やがて大学者に大成する。
ご利益…なのかどうかはわからないけれど、柳田翁にとっては、犬の匂いが少年の頃の一番なつかしい思い出だったのです。
はじめまして。ですが以前からひっそり愛読させて頂いてます。
>横溝正史が出てきたので。。犬神筋の話「獄門島」にも少しですが描写がありましたね。惨殺される雪月花の三人娘の母親が「そのような出自だと言われている」というようなことで。。後、香港の方では一番暑い日のことを「狼の日」と言うとか、アジアで犬食があるのはそれでまじない的な暑気払いの意味があったとか、虚実は定かでは無い話ですが、こういう色々なつながりを思い出しました。
毎回そうなんですが頭の眠りそうな所をつついてくれる展開に、次回のお話もワクワクと楽しみにしています。
Posted by:三五子さん、こんにちは。
こちらこそ、はじめまして☆
横溝正史は、地方の伝承をよく知ってるんでしょうね。
「八つ墓村」の八つ墓も、民俗学的なアイテムで、柳田国男も調べています。
>狼の日
ヨーロッパでも、夏の一番暑い日のことを、「犬の日」(dog days)というそうです。
占星術と関係があって、おおいぬ座のシリウスの動きが、夏の暑さとシンクロするらしい。
シリウスは「灼熱」という意味で、中国では「天狼星」。
エジプトではナイルの氾濫を告げる星として、神聖視されてたとか。
でも、なぜ「暑さ」と犬が結びつけられ、星にまで犬のイメージが投影されるのかは、謎です。
犬って、暑さにはめちゃめちゃ弱くて、外に出されてる犬は、この時期、みなさん溶けたように、地面に延びておられますが(;・∀・)