
一つ目で、片足の巨人、なあに?
このなぞなぞは、ずっと神話学者を悩ませてきました。
世界中に、片目片足の巨人の伝説がある。
鍛治に関係している場合が多いのですが、ほんとのところ、これがいったい何を表しているのか。人を不思議がらせてきた。
何だと思います? 片目片足の巨人。
ヒントは、あまりに大きく、目の前に当たり前に存在しているものは、かえって見えない、ということ。
今回は、このなぞなぞを解いてみようと思います。
いにしえの掟が忘れられてより、人類初めての快挙かもしれません。
(絵は、ルドン Odilon Redon 「The Cyclops」1914)
片目片足の巨人。
日本だと、ダイダラボッチ。
日本中に遺跡や言い伝えがあるのだけれど、関東地方に特に多いのです。
例えば、世田谷の代田。
なんで代田というかといえば、ダイダラボッチの足跡があったから。
足跡は池になっていたそうですが、今はもうないそうです。
代田の橋はダイダラボッチが架けた、という伝説もあったらしい。
「ダイダラボッチの足跡」と呼ばれるものは、日本全国に分布。
たいていは、右か左、どちらかの足跡。片足の巨人なので、当然そうなります。
富士山を築いたとか、筑波山を持ち上げたとか伝承があって、その時に踏ん張った跡と説明されることも多い。
関東にお住まいの方だと、歩いていける範囲に、ひとつくらい「足跡」があるかもしれません。
今はもう、地名しか残ってないことも多いようですが。
神さまのために、片方だけの草鞋(わらじ)を捧げる…そんな風習が残っている場合もあります。
京都だと、広沢の遍照寺に大道法師の足跡池があったとか(都名所図会)。
あと、大津の石山寺にも大道法師の下駄の跡があったらしい。
(柳田国男は見てるので、戦前まではあったはず。今もあると思うんですが、よくわからないですw)
大道(道場)法師は、日本霊異記の最初のほうに出てくる、怪力僧。
富士山から琵琶湖のかけての地域に、無数の伝承をばらまき、たぶん琵琶湖を掘って、その土で富士山を築いたのです☆
霊異記の道場法師の話は、誕生のときから頭に蛇がまきついていて、これが賀茂神社の別雷神の伝承と同じ。
また、巨石を投げて川の流れを変え我田引水するさまは、先日も書いた「高島の大井子」そっくり。
このことは以前、書いたことがあります。
□AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 兄者と妹者 後篇
さて、ここで、立ち止まってみる。
代田のダイダラボッチは、橋を作ったらしい。
そのほか、山を築いたり、巨石を放り投げる際に踏ん張った足跡だったり。
その足跡が、灌漑用の池になっていたり。
これは、驚異の土木工事伝説…ではあるまいか。
つまり、この伝承は、「秦キョン」三部作で述べた、秦グループのものだということ。
秦グループ、と仮に呼んでみてみる人々。
性能のいい鉄器によって、井戸を掘り、川に堰提を築き、灌漑用の池を作り、道や橋を架ける人たち。
鉄器によって、新たな田畑を開き、先住民と積極的に交わって、新しい農法や作物、養蚕を伝え、地方を開拓する、複数の職能民のネットワーク。
彼らの活動は、鉄の生産が中心にあり、一つ目で片足の巨人が鍛治と関係するのは、日本では、ここに理由がありそうです。
*1
もう一箇所だけ、見ておきましょう。
百鬼夜行のメッカ「あははの辻」と、同じ地名の「あははの里」。
播磨風土記に出てくる、加古川の流域。
託賀(たか)郡という地が、ここから川をさかのぼったところにあります。
風土記の記述は、こう。
託賀と名づけるのは、昔、巨人がいた。背が高すぎて、いつもかがんで歩いていた。南の海より北の海へ到り、東から巡行の時、この地にやって来た。
「他の地は低いのでかがんで歩いてたけど、ここは高いので背伸びして歩けるや」
それで、託賀(たか)郡という。
巨人の踏んだ足跡は、数々の沼になっている。
「播磨風土記」
ここにはまた、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)をまつる神社があります。
一つ目で、きっとその片足で沼を蹴り掘った、巨人。
これで、「片目片足の巨人」伝説を、誰が広めていたのかは、おおよそわかりました。
しかし。まだ、なぞなぞに答えていない。
なぜ、片目で、片足で、巨人なのか。
従来の説明だと、鍛治の作業で、溶鉱炉の火を片目で見続けるため、やがて見えなくなってしまうのだ、とされていました。
かなり、しんどい説明だ(´ヘ`;)
片足なのは、タタラを踏む足が、片足だといいたいのでしょう。
全然ちがう方向から、考えてみます。
カミナリとイナリの結婚。
これが彼らグループの信仰。このことは繰り返し説明してきました。
例えば、「狐の嫁入り」は、カミナリのやって来る驟雨のこと。
この時、天の雷神と、地の水神の婚礼がおこなわれると考えたから。
それは、農作物、とりわけ稲の祭でもある。
天神はカミナリとなってやって来て、稲に種付けをし、それがウツホの中の実となってこもったものが、米。
かつては田植乙女、オナリ女という、「神の嫁」となる特別な役目が用意されたことも、以前書いたところ。
この信仰は、鍛治の作業にも象徴的にシンクロしてくる。
溶鉱炉は太陽(天神)で、鉄を打つのがイカヅチ(雷)。水と結婚して、剣や鍬や鎌が出来る。
*2
ここで丁寧に見てみると、天神といい、雷神といい、雨の神といいます。また、後で触れますが、9月の風(台風)の神ともされる。
つまり、この神さまは、「天そのもの」なんですね。
(疫病も、この神の仕業とされるようなんですが、天の運んでくる疫と考えたようです。)
だから、雷も雨も風も疫病やイナゴさえ、天という巨大な存在の一部。
わかってきたでしょうか、なぞなぞの答え。
一つ目とは、太陽のこと。
天の目は、太陽。ひとつしかないです。
播磨風土記の「天目一箇神」(あめのまひとつのかみ)という名前は、天に一個だけある目という、そのままなものでした。
「南の海より北の海へ到り、東から巡行の時」(自南海到北海,自東巡行之時)という神の動向は、太陽の動きをあらわしたもの(夏から冬になって東から上る、冬至か正月の朝?)。
もし地球が、SFにあるような、恒星が二つも三つもある星だと、「天目二箇神」とか「天目三箇神」になっていたはず。
では、片足とは、何か。
これは、雷のことだと思います。
大地を「蹴り裂き」ながら、片足とびで、キックしつつやって来る。
雷神や、雷神の化身である相撲取りたちの必殺技が、古典の文献において、かならず「蹴り(裂き)」であったことが、ここで重なります。
ダイダラとか、デンデンとか、地団駄とか、ダダとかは、片足キック=雷が、大地を蹴り裂くときの音のはず。
*3
つまり、なぞなぞの答えは、天。天蓋そのもの。
片目は太陽のことで、片足は雷のことでした。
たしかに巨人です。何よりも大きな巨人。
またしても、人類の謎を、2.8%くらい解いてしまった気がする(当社比)。
Odilon Redon : Eye-Balloon (1898)
【おまけ】
次回も、もいちど、片目片足の巨人について、補足してみる予定。
「天目一箇神」について、もうちょっとくわしく検討。
ギリシャのサイクロプス(キュクロプス)についても触れないと。
あと、タラだ。タラ。
それと、柳田国男「一目小僧その他」。
謎解きは、ほんとは柳田先生がなすべきことでした。
もう、ほとんど「答え」にまで迫ってて、おそらく柳田の無意識はそれを捉えているのに、柳田自身は自覚してない、という感じがします。
雷が、太陽の化身だと気づいたのは、柳田の慧眼なのに!
この美しい錦の小蛇という想像の起りも、私たちには略々わかっている。これは今でも稲妻の名をもって呼ばれる電光の形から、これを太陽がこの世に通おうとする姿と、考えるに至ったので、或いは黄金の箭とか丹塗りの矢によそえたこともあったが、実際に天から人界に降って来る火の線は、蛇のようにうねり又走っていたのである。次にはその光の蛇が妻をもとめんとした目的も、日本でならばまだ跡づけ得られる。即ち人界に一人の優れたる児を儲けんが為、天の大蛇を父とし、人間の最も清き女性を母とした一個の神子を、此の世に留めようが為であったらしいのである。「桃太郎の誕生」
先生が生きておられて、「答え」を告げたら、orzなことになられるかも、などと不真面目な妄想にふけっていました。
いや、というより、お盆(祖霊の帰る日)に、柳田さんの家を訪問したので、天国で「答え」に気づいて地団駄踏んでおられた先生のゴーストが、ささやいたのかもしれません。
(そういえば、天目一箇神がまつられるタカ郡は、柳田生家のすぐ近く。)
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こんにちは
慧の住まいの目と鼻の先の代田が
あの”ダイダラボッチ”と縁があったとは・・びっくりでした
ちょっと目線を変えてみようかと 思います ありがとう
Posted by: 慧の本箱 : September 23, 2007 3:23 PM代田、お近くなんですね!
なんでも、守山小学校のあたりのくぼ地が、ダイダラボッチの足跡だった場所らしいです。
調べに行った人たちがいますw
http://portal.nifty.com/koneta05/09/25/01/index.htm
http://woophair.hp.infoseek.co.jp/ganba21.html
今はもう、何も残ってないようです。
柳田国男が見に行った大正時代には、お堂と池と、水を流すヤゲンというものがあったそうです。
ここは近くに「太子堂」もあって、聖徳太子信仰があった場所。
中世半ば頃のことのようです。
やはり、秦に関わる人たちが開拓したように思えます。
もしかすると「長者話」のようなものが伝わってるかも。
秦が開拓すると、飛躍的に生産性が向上するので、長者が発生するらしく、
真野長者とか朝日長者とか炭焼長者とか、長者の話が伝わることが多いです☆