
片目片足の神を追って、今回で四つ目。
ギリシャ神話のキュクロプスもまた、片目の鍛治の神。
ダイダラボッチや天目一箇神に、驚くほどよく似た神さまです。
片足であることも多く、上の絵も意味ありげに、右足で正八面体を踏みし姿。
■Cyclops - Wikipedia, the free encyclopedia
サイクロプス(Cyclops)は、サイクロンの語源。
なるほど台風の目も一つ。天に開いた円(つぶ)らな瞳であり、お天気の神さまとして、まさに天神でもある。
サイクルとも縁語で、もとをたどるとクルクル回る車輪のこと。
あるいは、「日輪」つまり太陽のことであったか。
(wikipediaで見つけた上の絵は、薔薇のごとき台風も日輪も。意図的?)
英語読みでは、サイクロプス。
Xメンに登場する目からビームの超人が、この神に由来するキャラ。
ビームは太陽を思わせ、キュクロプスの瞳が太陽であるという説(私にはもはや確実なことに思えるのです)は、もしかして密かに伝えられてるのか?
(サイクロプスは、最初に追っていたサイの神のS+K(Y)に完全に準拠することも、そうっと言い添えて。ずっとこの神を追ってきたんだ。)
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キュクロプスは、一人の神の名ではなく、キュクロプス族。
片目の神の種族です(ひたいに目をもつ三ツ目の場合も)。
天神ウラノスと大地母神ガイアの三人の息子。
アルゲス(Arges)、ステロペス(Steropes)、ブロンテス(Brontes)の三兄弟。
どの名前も雷と関係があるそうですが、ブロンテスは雷にしても、アルゲスは「銀 argent」で月を思わせ、ステロペスは「星 star」と縁語に見えるがどうなんだろう。日月星の三兄弟。
ともあれ、天ウラノスと地ガイアの交わりから生まれること、雷神であり鍛治の神なのが、ダイダラ度、高し。
キュクロプスは、父ウラノスにより奈落タイタロスに落とされます。
太陽の役を剥奪された、と見ておきましょう。
実際、天ウラノスは、元来は星空の神。そこに太陽はないのだから。
やがてゼウスによって幽閉を解かれたキュクロプス。
お礼にゼウスに雷の剣を贈る。
これが、鍛治神とされる由来。
ポセイドンには三叉矛、ハデスには隠れ兜を贈ります。
隠れ兜というのは、ちょいと興味深い。なぜなら鬼の持つのが、隠れ蓑。鬼を斬るのは、雷公の剣。
どこまでもそこはかとなく山鳥の、しだり尾のように長々と妖しげに、一つ目どうしで和洋がつながる。
ところでキュクロプス、なんで三兄弟なんでしょう。
古代ギリシャには三つの太陽があったのだろうか。
そういや、泥田坊は妖怪人間のような三本指だし、あははの辻に出る片目片足の鬼の腕は三本らしい(「古本説話集」)。
なんでも、古代のカマドは、三つの立て石で出来ていたらしい。
北九州、八幡神の始まり、宇佐の山上にある、三つの石神。
それが、大昔のカマド(あるいはタタラ、溶鉱炉か)、すなわち火の神だったと、柳田国男は推論しています(「炭焼五郎が事」)。
三つ石を立てて、カマドとする。
天で三つというと、太陽・月・星を思わせますが、ここはもう行き止まり。ほのめかすのみ。秘数は三。(のちは口伝で。)
エジプトには、ホルス。
もっとも古い神さまのひとり。
何千年にもわたって、その神話は、さまざまに習合・野合。脱線転覆を繰り返した結果、無数の顔と名前を持つ。
■Horus - Wikipedia, the free encyclopedia
太陽と月をふたつの眼とする、天の神。
また、ホルスは天駈ける鳥ハヤブサの姿で表される。(前回、日本書紀で出てきた「天日鷲神」をふと思います。)

翼のある日輪(winged disc)はホルスから始まって、メソポタミア、ユダヤ、ゾロアスター、ギリシャでも用いられるシンボル。
ナチのシンボルも、この影響下にあるのでしょうか。
■Winged sun - Wikipedia, the free encyclopedia
もともとはエジプトのファラオが不死であること、とりわけ王位の継承を正統化するものだったらしい。
沈んだ太陽が再び昇る、死と再生のイメージを用いたのです。

よく知られた伝承では、ホルスは、王の中の王であるオシリスと、その妹イシスの子。
(→オシリス・イシスの夫婦道祖神のように仲むつまじい姿。18禁。)
父オシリスがその弟セトの謀略で殺された後、息子ホルスはひそかに復讐を近い、やがて王位を奪還する。
…そんな物語性の強い神話になっていきます。
べつな言い伝えでは、ホルスは、オシリス(父)・イシス(母)・セト(叔父)と兄弟。
また、敵役の兄セトを倒したのち、母か姉妹かであるイシスと結婚したりします。
そもそもが「オシリス=ホルス」だと言いたい神話なので、差異がつぶれて同一化しがちのようです。
ホルスは最初は、太陽神ラーの息子であったらしい。
すると、「ラー=ホルス」な同一化原理が働いて、ラー・ホルアクティ(Ra-Horakhty 「地上のホルスたるラー」)に習合。これはファラオの御祖の神。
賀茂社の別雷神の伝承と、よく似た構造になっております。
王子が王の転生であり、ゆえに王位継承は正統な、王の同一性の保持。
死によって刻まれる絶対の差異を解消、再生による同一性の復帰をおこないます。
兄と妹、姉と弟の婚姻が隠されているのも、賀茂の神さまたちと似てる。
あと、兄弟セトが敵役で、これが父と子の差異を解消し、「同一物」としてつなぐための媒介になる。
自分とよく似た存在と争って(あるいは自身の光と影との戦い)、勝ったほうが「正統」となるんです。
これも、神話によくあるパターン。日本神話ではオオナムチとスクナヒコナ。相撲の起源もじつはこれだと思います。占石・力石を持ち上げて、婿を決めるのも。
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また、ファラオの祖であるホルスの伝承は、キリストの伝説群にも影響しているのではないか、と言われるそうです。
父・子・精霊の三位一体や、聖母とヨセフ、父である神の関係に通じるものがある。
ホルスは、母イシスにいだかれた「子」の姿で像になっていて、これがイエスとマリア、チャグムとバルサな聖母子像の起源だと言う人もあります。
「死と再生」をめぐる構造が、さまざまなレベルで似てはいます。
キュクロプスが天と地の結婚から生まれるのもそうだし、日本の天皇制も、もともとはよく似た継承構造だったのではと思われます。
エジプトの文明が長々と続いたせいで、じわじわと伝播したのか。
あるいは、それはヒトにとって、たいへんナチュラルな思考法なので、伝わりやすかったのでしょうか。
どうやら人類は、ひとつのシンプルな神話を、ちょっとずつ変化させて、使い回しているだけのようです。

セトと争ったとき、ホルスは片目を傷つける…というバリエーションもあります。
傷ついた片目は、夜を生み、月となる。暗い太陽。明るくなったり闇に呑まれたりを繰り返す。
天照大神は、イザナキが黄泉から還った時、左目を洗って生まれた神さま。
当然もう一人、右目から生まれる姉妹神がいる。
それが月読命。
ここに左の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、天照大御神、次に右の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、月読命。
次に御鼻を洗ひたまふ時成りし神の名は、建速須佐之男命。「古事記」
鼻も洗ってしまうのが面白いです。
神話としても右目左目から太陽と月が生まれるのは多いが、鼻はめずらしいとか。
すでに荒神、風邪の疫神のニュアンスもある、スサノオ。
ツクヨミの「よみ」は、黄泉と通じるんでしょうか。
闇に開かれた、もうひとつの瞳。
秦氏の松尾大社のとなりに、月読神社あり。
松尾の大山咋神、もとは太陽神・天神であったか。つまり、月読社とペアだったのでは。
天照大神つまり朝廷に遠慮し、やがて曖昧になってしまったのかもしれません。
*1
闇に呑まれた、もうひとつの瞳。
この考えは魅惑的。漫画「蟲師」の主人公ギンコは、片目を闇に呑まれ、ために「もうひとつの世界」を見ることができる、という設定。
こういう思考も、きっと太古からあるものにちがいない。
小豆や麦などの葉で、神が片目を傷つけ、そのせいで村では小豆を作らない(あるいは逆に小豆ばかり作る)という伝承が、日本各地にあります。
この話は、神さまがなぜ片目になったかや、夜はどうしてできたか、という謎々とつながるはずの、神話の断片と思ったりします。
残念ながら、そうした「つづき」は今のところ、見当たらないのですが。
上の目の絵は、「ホルスの眼 Eye of Horus」と呼ばれる、魔よけのシンボル。
古代エジプトといえば、このマークを連想される方も多いはず。
「ラーの眼 Eye of Ra」、「月の眼 Eye of the Moon」とも呼ばれます。
失われたほうの、ホルスの眼です。
自己の影、ダークサイドであるセトとの戦いで、失われし眼。
闇に啓かれた瞳。
ツクヨミ(月読)は、月夜見。そして、憑く黄泉。いつく闇。
上目遣いの三白眼。天が恋しい。
それは「もうひとつの世界」を眺める目であり、神秘主義の奥義をしるす象徴=道標(みしるし)となる。
■Eye of Horus - Wikipedia, the free encyclopedia
というわけで、「片目で片足の巨人、なあに?」という謎々から出発して、ホルスの眼までたどり着きました。
おそらくこの神話、もとからナゾナゾの形で伝えられていた。
長く見失われていたその答えを、ふたたび見出したかもしれません。