AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 夜歩く21 「鬼の筋道―これまでのあらすじ」

夜歩く21 「鬼の筋道―これまでのあらすじ」

written by overQ
October 12, 2007

秦キョンMAP

七十五の鬼「これまでのあらすじ」

百鬼夜行の横行する、平安京の「あははの辻」。
二条大宮、今の二条城入口あたり。

GoogleMap「秦氏の作った京都」

「あはは」という不可思議な名称。
従来は「あはひ(合わい)」の転かと言われてきた。
しかし、播磨風土記に「鴨波」と書いて「あはは」と読む例あり。
粟を植えたから「粟々=あはは」の里と地名説話。

宮本常一の説では、粟は秦氏のような地方開拓民にとって重要な農作物。
鉄器で新たな土地を開墾し、定畑を作る。
どうやら日本各地で粟の名をもつ地名、弥生から古墳時代、鉄器による新規開拓地が多いように見える。

日本文化の形成 (講談社学術文庫)日本文化の形成 (講談社学術文庫)
宮本 常一
¥ 924 / 講談社
( 2005-07 )
通常24時間以内に発送

by AMAZ君(改)

さて「あははの辻」のあたりは、神泉苑の池の北辺。
堀川と太子道が交わる「辻」でもある。
太子道とは、秦氏の根拠地、太秦から平安京に東進する道。おそらくは平安京より古い。
堀川も平安京以前の秦氏による灌漑用水と見られ、神泉苑の池をはじめ、灌漑用の満濃池がこのあたりに点在したらしい。
内裏はもともとは秦河勝の邸があった場所とも(「拾芥抄」)。

かくして、「あははの辻」は、太子道と堀川の交わる辻、河勝邸の南べりにあった「粟々の辻」であったか、と推測。
また、粟田口・粟田神社に名を残す粟田氏、平安京以前から山城国に住む氏族と関係するだろう。
(粟田氏は鍛治師でもあり、能「小鍛治」に見られるように、伏見稲荷と結ぶ。伏見稲荷は深草の秦氏の社。)

秦は、松尾神社や賀茂神社の由来にもあるように、山城北部の氏族・加茂氏と、婚姻を含め、深く結ばれる。粟田氏との関係にも似たようなものを想定したいところ。
それが平安京以前の地勢図であるかと。
このど真ん中に、平安京は築かれる。実作業にあたった土工もまた秦のグループのはず。

賀茂と秦の結びつきは山城国だけでなく、全国の開墾地に広く見られるようだ。
例えば、滋賀・高島は、「鴨川」が流れ、賀茂神社・松尾神社が祭られる…というように。
播磨の「鴨波の里」も今の加古川東、賀茂社のあるあたりであったか。「あはは」に「鴨波」という字を当てたのは、「鴨=加茂氏」「波=波多氏」を思わせ興味深い。

こうしてみると、「あははの辻」は、粟田の「粟々」であるとともに、秦と賀茂が出会う「あはひ」であったか。
鉄器を中心に諸氏族がネットワークした、平安京以前の社会。灌漑用水=堀川と、その水のリザーバである神泉苑。そして、太秦と結ぶ太子道の辻。
本来はそのあたりで市が立ち、物と物が交換され、男と女が交歓したのではないか。
そういえば、賀茂社のシンボル・葵は、「あふひ」と古典仮名遣いで書く。


七十六の鬼「あははの辻の一つ目」

もうひとつ、このところ追ってきたのが、「一つ目の巨人」。
こちらも、あははの辻と結んでみる。
そのリンクを通じて、百鬼夜行に戻っていきましょう。

火をともして過ぐる者どもを見給へば、手三つ付きし、足一つ付きたる者あり、目一つつきたる者あり。「早く鬼なりけり」と思ふに、物もおぼえずなりぬ。「古本説話集」第五十一・西三条殿若君遇百鬼夜行事

場所は「あははの辻」のすぐ東、内裏の美福門。
西三条殿(藤原良相)のドラ息子・常行が、女のもとに通おうと禁夜に出歩き、百鬼夜行に出くわすエピソード。
「夜歩く」シリーズの最初のほうで、「今昔物語集」のバージョンで取り上げたやつです。
今回は「古本説話集」のバージョンを引用してみました。

古本説話集〈上〉 (講談社学術文庫)古本説話集〈上〉 (講談社学術文庫)

¥ 1,260 / 講談社
( 2001-06 )
通常24時間以内に発送

by AMAZ君(改)

古本説話集は、昭和17年に個人の蔵書から発見された説話集。
いつ誰が書いたのか、もともとの書名もわかっておらず、「古本説話集」は仮題。
今昔など他の説話集と一致する話も多く、最近、講談社学術文庫にも入った。

「今昔」との大きな違いは、百鬼の描写。今昔では素っ気なく、
「火燃(ともし)たる者共過ぐ」
となってるところを、「古本説話集」では、
「手三つ付きし、足一つ付きたる者あらい、目一つつきたる者あり。」
と、おどろおどろしさ311%増。
とりわけ「足一つ、目一つ」というのは、ダイダラボッチ(=天神のなれの果て)していて私には興味深いのです。

このエピソードの類話は、ほかにもあって、こんな具合になってます。

手三付テ(足)一付物有、面ニ目一ツ付物有。
「打聞集」 第二十三・尊勝陀羅尼事

或隻眼一手三目二頭奇形異類甚可怖也。
「元亨釈書」

いろいろバリエーションがある。

説こうとしている方向は、この列島の各地に鍛治や農耕と結びついて存在していた天神信仰が、大和朝廷の出現で「天皇」に一本化される過程で、いろいろいざこざを起こす。そのひとつとして、平安京の百鬼夜行を見ようとするもの。
かなり大掛かりな仮説です。そしてさらに、道真=天神や義経伝説にも、同じ方向で検討を加えようという展望を持っている。

「古本説話集」のダイダラボッチな描写が、すぐに天神信仰のあかしになるわけではなくて、ごく弱い傍証にすぎないのだけれど、ちょっと気になったので引いてみるんです。
この説話をかなめに、「あははの辻」と、ここんとこ熱心に見てきたダイダラボッチ=天空神信仰を、ゆるく結わえておく。
このゆるいむすびは、しかし、古代と中世、さらにはるか太古と現在をつなぐ橋かもしれない。
それは歴史学・民俗学・神話学・京都学を円環する、ミッシングリンクになる予感がある。

あははの辻。
ここで京の碁盤目状の通りの平行線が交わる。人類の謎への扉が開かれる。

次回は、神話学的にアプローチする、三本足のこと。



トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.overcube.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/951

このリストは、次のエントリーを参照しています: '夜歩く21 「鬼の筋道―これまでのあらすじ」' , AZ::Blog はんなりと、あずき色☆.
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?


スパム防止のため、表示された数字(セキュリティコード)を入力して下さいませ。






関連エントリー