AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 元三大師に会いたくて、比叡山を登る・往路篇

元三大師に会いたくて、比叡山を登る・往路篇

written by overQ
November 28, 2007

比叡山、横川の行者道

歩いて登るよ、比叡山

日曜日、比叡山に登ってきました。徒歩で!

一昨年に続いて、二度目の徒歩登山。
今回は修学院の雲母坂からではなく、八瀬のほうからたどる松尾坂〜西山峠越えを敢行。

八瀬のケーブル駅のとなり、平八茶屋の山側に伸びるひっそりした道が入り口です。
ケーブルの駅は人でいっぱいですが、松尾坂の道はまるで人気なしw

【道しるべ】
「野外保育センター」の舗装道を100メートルほど登ると、山道への分岐点あり。非常に分かりにくいです。さらに進むと、危険な木橋、校庭裏のフェンスをたどる道に。その道が西山峠ルートです。

あまり知られてないルートらしい。
雲母坂よりも、こっちのほうがちょっと距離が短くて楽…といっても、そうとうハードですが。
でも、ここ一年あまり自転車に乗る習慣がついて、脚力が大幅アップした私。
以前のおいらではないのだよ…実際、一昨年よりはずっと楽に登れました。

浄刹結界碑

「結界趾」の碑を越えると、お地蔵さん。そのあたりが中間地点。
「結界」って、魔物を通さないバリアでも張ってあるように思ってましたが、じつは縄張り争いの跡らしい。比叡の寺と麓の村との。ファンタジーじゃなくて、リアル系だった(苦笑)

西山峠は文字通り峠で、そこからはちょっとだけ下り道が続く。転がる石のように。
峠には、かなりまとまった墓地がありました。たぶん叡山のお坊さんたちの墓標。
峠にお墓を築くのは、仏教よりもずっと古い風習に思えます。この世の登り道が、あの世の下り道へ変転する境。
比叡=日吉山には、太古の痕跡が、仏教化した後にもそこここにあるように思え、それが私にはとても興味深い。
琵琶湖のある坂本側から見れば、日が沈みこもる場所であり、京都側から見れば、太陽が生まれ出る山。

西山峠を越えると林道に出ます。舗装はされてないけど、木材運搬車が通れる道。
ここからの眺めが絶景でした。
視界いっぱいのパノラマ。八瀬・静原・大原が一望に。
空も真っ青で、白い飛行機が天国の乗り物のように飛んでいました。
誰も知らない展望台。おいらだけのものさ。

絶景!

横川への道

山道を登りきると、「西塔」の駐車場に出ます。

比叡山は、西塔、東塔、そして横川の三地区。
今回は、横川に行くのが目的です。元三大師に会いにいくのです。

西塔から横川までは、およそ五キロ。むろん、歩く。
もはや行楽ではなく、修行となっております。
トレッキングコースが作られていますが、この道はもともと「元三大師道」。
元三大師にお参りするための修験道。行者さんの道。
全三十三丁。一丁ごとに、道標。ところどころにお地蔵さん。
道祖神に見守られながら、歩く歩く歩く。

元三大師道を往く

このところよく読んできた、柳田・折口。
この大学者たちから学んだのは、「歩く」ということ。転がる石のように。それが一番大事。
知識でも思考力でもなく、歩くこと。それによって体得できることが、いちばん大切だと。
彼らの学問は、「学問」といううわべをはいでしまうと、どこか修験道や秘密結社めいた「秘儀」に通じている。
明記されてないけれど、ほのめかされた「奥義」の存在を感じる。

…そう書いてしまうとひどく神秘的に聞こえますが、例えば食べ物の味。
言葉でいくら説明しても、緻密なロジックを重ねても、食べたことのない味はわからない。
でも、食べてみれば、たちまち明白に諒解できます。
それが「体得」ということ。体で覚えるものがある。当たり前のこと。
しかし、これがじつは「奥義」なのかもしない…そう思うようになりました。
生きるということの「味わい」は、生きてみないとわかりませんから。
文字も知らず、科学の知識もなかった時にも、ヒトは生きてきた。
そこではじめて体得されるものがあり、それは「秘儀」と呼ばれ、体に覚えさせることで伝えられてきたと。

横川の大師さん

元三大師とは、どんな人かというと、こんな人です。

角大師

これは角大師。
元三大師良源は魔を調伏する際、みずからこのような角のあるお姿になられたと言われています。
さらに豆大師というのもあります。大師は三十三人のミニ大師になって、衆生を世のさまざまな困難からお救いくださいます。

日本で最初におみくじを作ったのも、元三大師の偉業なんだとか。
偉業と言うより、なんか「興業」って匂いもしてきました☆
良源という人は、たいへんな高僧であると同時に、すごいやり手。親分肌でもあったろうか。
この人が天台座主=延暦寺のボスとなって、比叡山は再興します。

また、すさまじく美形であったともカタり伝えられています。
その美しすぎる容貌があまりに魅惑的なため、街に降りるときは鬼の仮面をかぶったとも。
マンガ「王朝妖奇譚」では、陰陽師・安倍晴明をみちびく先行者として登場。

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元三大師と安倍晴明と。
同時代人です。史実として二人の出会いが残っているかは知りませんが、晴明の使役する式神と、元三大師の角大師・豆大師はよく似ている。
横川の元三大師の弟子は、「往生要集」で有名な恵心僧都・源信。源氏物語で浮舟を救う「横川の僧都」。
この恵心僧都は、慶滋保胤とともに念仏を広める法会をたびたび開いています。慶滋(=賀茂)保胤は、陰陽における晴明の師匠・兄弟子。
「元三ー恵心ー保胤ー晴明」つながりがある。
でも、もっと深いつながりは、元三大師や陰陽師晴明をカタリの中で神話的人物に仕立て上げていった、一群の人々がいたということかもしれません。
彼らのカタリは、同じ系統の伝承のうちにある。仏教以前の古代の風習。「鬼」がほのみえ、ほのかくれ。

→筋肉痛に苦しみつつ、後半(復路篇)へつづく。

横川にて



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コメント

うわ、ほんとに絶景ですね。写真からでもうかがえますから、実際はもっと壮大な光景を目の当たりにされたのでしょうね。

>知識でも思考力でもなく、歩くこと。
なんとなく気になっていました。吉田松陰もとにかくてくてく歩き回っていたと聞いて、僕も意味なく歩いたことがあります^^
こちらの記事を拝読して、歩くスピードで吸収されうる情報、そしてそこから生まれた文化ってのがあるのかなあなんて漠然と思っていまいました。

Posted by: kyokyom : November 28, 2007 8:53 PM

おおー、歩いて登られたんですね! すごいです。
私も横川は何度となく訪れていますが、一度、霧の中を歩いていて、突然目の前に中堂が現れたときには何か感動しました。

おっしゃるように、歩く速さ・・というのが、「人間の速さ」・・という感じしますね。
以前、リレー形式で、永平寺から京都まで1週間かけて歩いたことがあるんですよ。でも舗装された道ばっかり(笑)
土が恋しくなりました。

Posted by: shosen : November 28, 2007 9:43 PM

overQさん、修行僧みたい、かっこいい。
>知識でも思考力でもなく、歩くこと。
>それによって体得できることが、いちばん大切だと。
これ、同感です。
禅もね、禅をして悟りを開くのじゃなく、
禅をすることそのものが悟りなんだって
いうんですよね。
って禅のプロフェッショナルであるshosenさんがいらっしゃるのに
私ごときが聞きかじりの知識を披露するのも何ですが…(^^;
道元は「炊事、食事、掃除、すべてが仏の道である」
といったそうです。
私もここ数年、集中的に本を読んできたのですが
やはり体験にまさるものなしだなと感じる今日この頃です。

Posted by: Site icon LIN : November 29, 2007 11:14 AM

わあー、本当に絶景ですね!
私も行ってみたいなー。
横川の大師さんも素敵。ぜひ一度お会いしたいです♪

でもoverQさんが自転車に乗って脚力をつけられたのとは逆に
私は脚力をつけようと思って数年前に自転車をやめたんですよ。(笑)
どこに行くにも、基本的にてくてく歩いてます。(もちろん電車にも乗りますが・笑)
仕事が基本的に立ち仕事なので、出勤日は疲れて無理なんですが
休みの日のたびに、早朝に4〜5km歩くようにしていて。
歩くの、気持ちいいですよね。特に今の時期は。
奈良の山之辺の道なんかも、気持ちいいんですよー。
平坦な道なので、歩きやすい反面
こんな絶景はあまり期待できませんが…

Posted by: Site icon 四季 : November 30, 2007 1:35 PM

★kyokyomさん。

西山峠、ものすごい絶景でした!
こんなところに、こんなすごい展望が存在してるとは、ほとんど誰も知らないでしょう。
行楽シーズンの比叡山であるにもかかわらず、この道はまるでひとけがなかったですw

歩くこと。
昔の人はみんな歩いた。それしかないですから。
歩くほうが、クルマでザーッと行っちゃうより、情報量ははるかに多いと思われます。
クルマだと要所要所をピンポイントで取り出すしかないし、「連想されること」「刺激された心がさまよい出ること」ができないですものね。

とはいえ、歩くことの極意は、こうした「理屈」とは関係ないのかもしれません。
柳田国男は、人を誉めるとき、かならず「よく歩いた人」って言うんです。
それが彼の探求のアルファでありオメガだった。
この意味はよくわかってきました…頭ではなくて、足で(^v^)
ブルース・リーなら、Don't Think Feeeeel と言ったこと。

Posted by: Site icon overQ : November 30, 2007 6:17 PM

★shosenさん。

横川、だいぶ前からなぜだか行ってみたいと思ってました。
それも必ず徒歩でいかねばならないと。

今昔物語なんかを読んでると、昔のお坊さんはふつうに横川から京の町に降りて、用事を済ませて山に戻ってるので、日帰りできるはずなんです。
それを自分の足で確かめたかった。
夏場は今年は暑すぎたので、断念してたんですが、ようやく季節がめぐってまいりました☆

山上では息が白かったですが、歩きたおしてるんで、全然寒くなかったです。
11時前に出たんですが、ちょっと時間がおしてしまって、かなりブッ飛ばすことになり、ほんとにプチ行者さんと化してしまいましたw

道元さんの得度の地も見てまいりました!
誰もいなかったw
元三大師御廟も、道元得度霊跡も、恵心僧都のお墓も、ちょっと離れた、ひっそりしたところにあって、横川そのものが叡山では離れた地なので、その点、興味深かったです。

これで、道元さんの遺跡は、誕生寺、示寂の地、得度の地と参拝してまいりました。
道元というと、前は学者みたいなイメージだったんですが、今はだいぶちがう感触を抱いています。
実地を訪れてみるのは、現代でもやっぱり意味があることなんだなって思います。

Posted by: Site icon overQ : November 30, 2007 6:44 PM

★LINさん。

歩いて登ってきました☆
翌日と翌々日は、もうね、足痛くて死にそうでしたw
階段を降りるのが一番つらい。
へんな恰好で階段を昇り降りするんで、人々からたいへん不審な目で見られるのが、辛かったです。。
今日はまったく直ってしまって、ちょっと張り合いがないくらい。

禅は体得。
これはきっと当たり前のことなんでしょうね。
水上勉さんの最晩年の本で、料理の本があります。精進百撰。

水上さんは少年の頃、禅寺に小僧として奉公していて、その時、野菜を作ったり、料理をしたり。
病を患った晩年、少年時代のことを体を使って再現して、恢復していくんです。


Posted by: Site icon overQ : November 30, 2007 7:23 PM

★四季さん。

やっぱり歩くのが一番。
うちのおばあちゃんは、ずいぶん長生きした人ですが、歩くのが大好きでした。
歩いてるとき、観音さんのお札が降ってきたといって、仏壇に保存したのが、今でもあります。
これって、「ええじゃないか」の発症伝説と同じで、ほんとのことなのか、ずっと不思議でなりません。

元三大師は、後半でくわしく書きますが、じつに不思議な人物。
安倍晴明と同時代ですが、晴明以上にマジカルな人です。
今回の旅は、元三大師に呼ばれたのかなあ。正直なところ、そんな気持ちが強くしました。
あのスペシャルな展望は、大師が見せてくださったのかもしれません。

Posted by: Site icon overQ : November 30, 2007 7:37 PM
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