たら本も40回目。
今年最後のたら本は、「一冊たちブログ」のタナカさん主催。お題は、
「こたつで読みたい、バカバカしい本」
このところ、いとうせいこうさんのブログをよく読んでいます。
そのせいこうさんが1990年に出版した、抱腹絶倒の「難解な絵本」。
子供学研究所員のいとうせいこう氏が収集した子供たちの文章…というカタチを借りた、さまざまな文体のパスティーシュ(ですらない)。
子供の書いた私小説、天声人語、前衛童話、革命宣言、トラック野郎、わたせせいぞう
…といったヘンテコな文章が並びます。
例えば、子供童話運動の旗手とうたわれながら、三歳という若さで自ら命を絶った白山広太郎氏。
「童話は下の世代に向けた愛のメッセージだ」と主張する過激な童話理論に基づき、ほとんど字の読めない幼児のために書かれた童話「ぱぱぱぱぱぱぱ」(全20ページ)。
家庭内暴力をふるう水原弥助(小四)。その逆行催眠治療から判明した、おそるべき過去をつづる「子供のボケ老人」。
うむ。わしが生まれてかれこれ七十日になるかのー。思えば激動の人生じゃった。まあ、「幼児水泳教室」で一緒に浮かんどる源さんは八十日を越えたそうじゃから、わしなどまだまだひよっ子じゃがね。
それにしても源さんもボケた。…わしゃ、つくづく思った。八十日越えたら人間みんな赤子じゃ。
ラッパー・ベランダー・スライダーにして、伝統芸能としてのサヨク伝承者(八段)。柄谷行人氏とみうらじゅん師を同時に友とし連帯するという離れ業をやってのける、いとうせいこうさん。
彼こそ人類共同体の失われた友達の環かも知れません。
ばかばかしさの至宝・みうらじゅん師も取り上げたいところですが、私ごとき若輩が語るには恐れ多いばかばかしさ。
「たるんでるッ!」という言葉が、尊師の前では最高のリスペクトに変わる。
師と同時代に生きられることのばかばかしさ。
生まれつき余生であり、人生を棒にふるために命をかけておられるお姿。こうごうしい。すててこそ。
みうらじゅん&いとうせいこう ザ・スライドショー10 Rock’n Roll Sliders JAPAN TOUR2007 みうらさん、やりすぎだよ!
¥ 15,750 / ポニーキャニオン
( )
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そもそも金谷上人と申すは、近江の国栗太郡下笠の生まれ。(両親は)子供のないのをうち嘆き、どうか奇々妙々の伜を一人お授けくだされと石山の大天に祈願し、熱心に参籠していると、ある晩、大きなマツタケを呑む夢を見て〔これは金谷流の洒落で、マツタケが男の性器のシンボルであることは言うまでもない〕、首尾よく身ごもった。
と始まる、東洋文庫屈指のハチャメチャ旅行記。
江戸時代の怪僧・金谷上人の脱線転覆人生をつづった自伝です。
金谷上人行状記―ある奇僧の半生 (東洋文庫 (37))
横井 金谷
¥ 2,100 / 平凡社
( 1965-02 )
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この冒頭に続き、母が出産時、おならをして、それが瑞雲(偉人が生まれたとき、たなびく雲)となって薫ったさまが描かれます。
その次のエピソードは、二歳の時、乳母がうかつにも「雪隠〔便所の糞壷〕」に落っことして、「クソ松どの」というあだ名で御幼少をすごされたこと。
この勢いで、「呑む・打つ・買う」三拍子…どころか五拍子も六拍子もそろった、ウルトラ破戒僧ぶりを発揮される、金谷上人。
あからさまに作ってる話も平然とある一方、徳川時代の僧がどんなもんだったかを知る貴重な史料ともなっています。
(当時、流行の街道名所ガイドブックとして、一山当てようと書かれたものかもしれません。行ったことのない場所も、行ったように書いてありますw)
そして、さらに輪をかけるのが、現代語訳を担当した藤森成吉氏の「訳者注」。
もうね。〔〕で囲まれたところが来たら、
〔キタ━━━━(゜∀゜≡(゜∀゜≡゜∀゜)≡゜∀゜)━━━━!!!〕
です。
たとえば金谷上人がふと「犬神」と口走る。
するとたちまち、藤森氏の超訳魂が燃え上がるのです。
先日たまたま目にしたテレビ番組(昭和39年8月23日NHKドキュメンタリー「犬神」)について語りはじめ、それが何の関係があるのかもわからないまま、延々と何ページにもわたって繰り広げられます。
また、たまに上人が「愚歌」と謙遜しつつ歌を読むと、
〔みずから称するとおり「愚歌」で、腰折れで、何のひらめきも見出せない。多芸多才を誇るわが主人公も、歌では問題にはならないが、もし採るなら無邪気である。自称的「学僧」だが、思想的にはあまりにも素朴で、社会的には無思想に近い〕
と突如として口をきわめて罵倒(笑) 本人も愚歌と言ってるんだから、何もそこまで。。
「解説」も素晴らしいです。
金谷上人の「本質を明らかにするに妥当な比較」「双子のように似ている」として、唐突に持ち出されるチェルリニさん。
浅学な私は知らなかったんですが、1500年フィレンツェ生まれの人。
「煩をいとわず」、この人と比較することで、金谷上人の本質が明らかになる!
…と始まり、えんえんと続くのですが、文章が進むうち。
「チェルリニとの大きな差異」…て、全然似てないじゃないすか!
「さすがに金谷も体験しなかった」
「チェルリニの到底及ばない」
「まさに月とスッポン、天と地のちがいである」
笑い転げました。ちょっとお目にかかったことのない文章です。
この原稿を了承した編集部もすばらしい。
(でも、ひょっとすると、思いっきり添削して、やっと残ったのが、これだったかも。それを思うと、もう。。)
60年代日本SFベスト集成
71年日本SFベスト集成
72年日本SFベスト集成
73年日本SFベスト集成
74年日本SFベスト集成
75年日本SFベスト集成
実験小説名作選
※日本SFベスト集成(全6冊) 筒井康隆 復刊リクエスト投票筒井さんがブンガクをお勉強しだすよりか以前に編んだアンソロジー。
たぶん、この頃のツツイヤスタカが、ぼくらの好きな筒井康隆なのだと思う(ぼくらって誰だw)。
なんかズレている。「勘違い」と言おうと思えば言えるでしょう。ブンガクとは異なる層につながっている。
常識的な意味でのSFともズレてて、でもこの頃の筒井康隆には何か明確な考えがつかまれていた。
今の筒井さんはもうこんなセレクションしないだろうなあ。
これらの選集からわかるのは、ツツイ的なるものが、じつは筒井さん独自のものではなく、
あるいは失われたもうひとつの文学ジャンルとして、広大な新大陸だったかもしれない、ということ。
こないだ、ざれこさんが星新一を読み返して、そのすばらしさに驚愕したと書かれてました。(→本を読む女。改訂版 | 「ボッコちゃん」星新一)
星新一のような存在も、ブンガクの知らない場所からやって来た遊星だった。
「実験小説名作選」に取り上げられる作品。
いっけんヨーロッパ近代文学が20世紀にたどり着く袋小路と似た見かけを持つけれど、その出自は全然ちがっている。
たとえば、ジャズのサックス奏者・中村誠一が「即興」の手法で描いた「幻の戦士・鈴唐毛の馬慣れ」。
いつもの所に、いつもいる様に、鈴唐毛は困っていた。なぜか20世紀初頭のモダニズム文学と似てしまうけれど、たぶんまるで異なる世界に属している表現。
「なんて暑いんだ」と言った時、カモメは飛んだ。水絣の着物がよく似合うこけ脅しは、する気もないがスルメもかんだら味が匂うのだった。
「飛ぶんだ、ペニス」と言った時、飛行場の隅には、四次元の科学と枕の馬慣れが鈴なりに、いけずうずうしく甲冑探りをしていた。
「なんてこった」ボアキスドールは言った。
「悦楽の恋は、もうありません事よ。それはボアキスドールさん。あなたの越権行為ですわ」フローレンスは、その美しい眉を曇らせていた。
ほかにも、作者が締め切りに追われた結果、登場人物との座談会形式でいっきにカタをつけようとしたあげく、「作者の資格なし」と登場人物たちから弾劾される横田順彌「メグロの決死圏」、
ニーチェの<ニ>を主人公に輪廻する大宇宙の永劫回帰する大流転の一過程にあって、超宇宙的無限の億万カルパにわたる…(中略)…多次元泥層に堤防を築く、荒巻義雄「大いなる正午」、
あるいは、若き夢枕獏の「ブンガクをほとんど知らない」から書けたにちがいない傑作「猫弾きのオルオラネ」が、
安吾「風博士」や牧野信一・横光利一・梶井基次郎らのモダンとともに混在するという、編集の妙(妙な編集?)。
まさに化学反応を起こして、爆発しそうです。
あのころの筒井さんが見ていた地平線は、今なおフロンティアではないでしょうか。
(と書いた後、タナカさんやkazuouさんのあげておられる、フレドリック・ブラウン「天使と宇宙船」を読んでたら、訳者ノートのところで、すごくよく似たことが書いてあるのを発見。不思議だ☆)
意味の論理学 上 (1) (河出文庫 ト 6-3)
ジル・ドゥルーズ
¥ 1,050 / 河出書房新社
( 2007-01-06 )
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by AMAZ君(改)
ほとんど一行たりともわからない超難解なこの本を「読んでいる」と称するとき、いったいそれはいかなる行為なのかと自身に問うのです。
ナンセンス。
訳すと、「ばかばかしさ」。
ルイス・キャロルを題材に、「わかる」(make sense)ではなく、メイク・ナンセンスを主題としたこの本。
「わからない」「読めない」は、まさにこの本を読むこと。
…と「わかって」しまうと、たちまち読めてないことになってしまうという、どうやって読めばいいのか皆目わからないこの奇書(ほんとかw)。
途方に暮れるか、哄笑するか。
たぶん読むより書くほうがやさしい本でもある(謎)。
思えば、ルイス・キャロルも、ブンガクの外から落ちてきた星。
数学者ドジソン。作家になる野心からではなく、もっと純粋な(というか不純な…)動機から、本を書いた人でした。
そして、代打・川藤の名を告げる。
そう、元・阪神タイガースの、あの、「男、川藤幸三」。
しかも、紹介する本は、東洋文庫。
川藤と東洋文庫という組み合わせは、ほとんどシュールなほどの味わいですが、ちゃんと関係があるのです。
川藤さんの曾祖父・川渡甚太夫は、江戸末期、福井出身の北前船の船頭。
船乗りだけではなく、漁師、金貸し、ウナギの卸など、さまざまな仕事をし、大金持ちになったり、貧困にあえいだり、波乱万丈の人生を送った漢。
この男が自伝を残していて、それが東洋文庫「川渡甚太夫一代記」。
川渡甚太夫一代記―北前船頭の幕末自叙伝 (東洋文庫)
¥ 3,461 / 平凡社
( 1995-11 )
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by AMAZ君(改)
北前船の事務方でおぼえた読み書きなので、ふつう自分の身辺のことなど書くのは難しい文体。
…のはずなんですが、そこは男・川渡甚太夫。自分の事ばっかり書きます☆
曾孫とまったく同じタイプのキャラなのです。感動的ですらある。
ケンカの話や女を買う話は、非常に機微に富み、一本気と自慢話とずるさとシャイネスが混在する、まさに「漢」の世界。
うなぎ卸のような商売を、福井から京都を結ぶ街道に新規にわりこませていく口八丁手八丁が、リアルに描かれます。
江戸後期の世間とマネーがありありと見えてくる、貴重な記録でもある。
うちの近所もよく出てくるんで、その点でもじつに興味深いです。
村の顔役、大部屋に生息するゴロツキども、祇園の女たち、商売の技術的工夫の楽しさ…と、日本の足の裏の匂いがする、見事な一代記。
また、意外と信心や迷信が背後にただよっていて、波乱万丈の影に神も仏もほの見える、不思議な隠し味も。
最後は船が難破して巨万の富を失い、借金まみれになって、街角で子供に飴を売って暮らしつつ、明治6年没。
こんなふうに、ご先祖さまたちは、生きてきたんだ。
最後に、大好きな元三大師のエピソードを、あの笑いに満ちた宇治拾遺物語から。
「慈恵僧正、戒壇ヲ築タル事」
大師が故郷の浅井郡で仏事をおこなったときのこと。
郡司が大師に食事をふるまった。
炒り大豆に酢をかけた「酢むつかり」なるものを出したところ、大師は、
「なぜ酢をかけるのか?」
郡司は、酢をかければ、豆にシワがよって、箸でつまみやすくなるから、と答える。
すると、大師、
「わしはつるつる豆のままでも、簡単につかめるぞ。なんなら、放り投げてもらっても、つかんでみせるとも」
と豪語。郡司が「そんなことできるもんか」と言うと、大師は、
「じゃあ、ちゃんとできたら、お堂を造ってくれるか」
かくして、郡司が大師に豆を投げると、大師は箸でやすやすとそれをつかむ。
周りで見ていたものは感心して、どよめきの声をあげる。
柚子から取り出したばかりのヌルヌルの種でさえ、見事に落とさずつかんだ。
郡司は敗北し、お堂を建設することに。
投げた豆を、箸でつかむ!(さらにゆずの種も!!)
さすが元三大師さま。
じつはこの話、「謎かけ」になってるのではないかと思われます。何か隠された意味があるのです。
宇治拾遺はおそらく、すべてのエピソードが「謎かけ」であり、それを推理するのが面白くて、書き写され残ってきた可能性がある。宇治拾遺、おそるべし。
…その件については、後日。。
新編日本古典文学全集 (50) 宇治拾遺物語
¥ 4,680 / 小学館
( 1996-06 )
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by AMAZ君(改)
このたびはお世話をおかけしました。
記事消失ミステリーまで起こしてしまい…。
原因不明ですが、グーグルのキャッシュが生きてたので、そこから記事をコピーして、改めて再掲しました。
いや、命拾いをしました。
それにしても、「バカバカしい」が大変高尚に思えてくるみごとなラインナップです。
金谷上人は「近世畸人伝」にも登場してませんでしたっけ。それでちらっと読んだようなおぼえがあります。
しかし、すさまじい訳注ですね。
東洋文庫は油断なりませんね。
アンソロジストとしての筒井さんというのも、評価してしかるべきかもしれません。
「12のアップルパイ」という、筒井さん編集のユーモア小説集を読んだとき、そう思いました。
OverQさんがいう、「そっちのフロンティア」はいまでも垣間見える気がします。
「バカバカしさ」のなかに瞬間的にあらわれるような気がしてなりません。
あと、「バカバカしい」といえば、古典ですよね。古典はバカバカしさの宝庫です。
Posted by:★タナカさん。
復旧されて、よかったです!
いったい何が起きたのだろうと、空想をめぐらせておりましたw
今ちょっと江戸後期の「歩く人々」を調べてて、東洋文庫などを読んだので、それを今回並べてみました。
金谷上人の本は、予想外の所から笑わされて、まいりました。
東洋文庫は、ほんとに奇書の宝庫だと、あらためて思いました。
東洋文庫に入ってるものの多くは、商品として書かれたんじゃなくて、
今の本とは全然べつな事情から書かれてるので、出発点からして大きく逸脱してる。
かなり本質的なレベルで「ばかばかしさ」を持ってるのは、そのせいなのかもしれませんね。
「バカバカしい」から、これほどのラインナップを引き出すとは、さすがoverQさんですね。
「失われたもうひとつの文学ジャンル」というのは、面白い表現ですね。かっての筒井康隆をはじめ、星新一とか小松左京とか、彼らの作品には、今も充分な魅力があります。
今はジャンルとしてはなくなってしまった感のある「日本SF」ですが、じつはそれは「浸透」して、現代の文学に受け継がれているんじゃないか、との感があります。いわゆる「マジック・リアリズム」は、その末裔ではないかと、個人的には思っているんですが。
『金谷上人行状記―ある奇僧の半生』については、初めて知りましたが、とても面白そうです。
Posted by:★kazuouさん。
そう。芽が出てたのに、育ちきらないでいる花があるんじゃないか…だんだん、そう思えてきました。
火浦さんとか粘り強いですよね。
考えてみると、「遅れてきた日本SF作家」は、意外とたくさんいる。
作家として儲けてる分はそんなに多くないんじゃないかと思われますが(涙)、
みなさん悲壮じゃなくて、のほほんとしてて、でいて「SF作家」という気慨を持ちつづけてるように見える。
私は津原泰水さんが好きなんですが、あの人もあっちへこっちへ紆余曲折を経ながら、ついに大きい作家に化けつつあるかなと感じます。
出版者が、SFで一時もうけながら、その時の読者も新人作家も、あまり大事にしてこなかったんじゃないか。そんな反省もある。
にもかかわらうず、ファンも作家も、地道に日陰で生息しつづけていた。
彼らは思わぬ新しい文学をもたらしえるかもしれません。
読者サイドからだけではなく、作家側からも、出版サイドからも考えていいことようです☆
こんにちは天藍です^^
次回たら本の主催を承りまして…ご迷惑をおかけするかと思いますがよろしくお願いします…。
幻の日本SFジャンル…!
仰るとおり、もうすこし水をやれば、見たことのない芽が出そうですね。
「宇治拾遺」をあげてらっしゃるあたり、さすがですー!
すべてが謎かけとは、、。興味深いです。今度の記事も拝読しに参ります!
金谷上人といい川藤といい、やはり「サカイ」で「カタられ」てきた匂いをとても濃厚に感じました。
★天藍さん。
次回、主催者さま、よろしくお願いします。
のんびり楽しんでくださいませ。
幻のジャンルの存在をそこはかとなく感じます。
火浦功さんなんかは、ほんとに根強いファンがいて、いっこうに減らない(あまり増えもしないのですがw)。
潜在的な需要があるようにも見えます。
ケータイ小説が若い人のあいだで、ちょこっとブームですが、あのような場所にも、意外と進出できるのかもしれないです。
これはまあ、業界の人が考えるべき問題ですが。
「宇治拾遺」はヘンテコな話がよくあって、なぜなんだろうと不思議に思っていました。
いくつかの話をよーく考えてみると、謎かけになってることが判明。
もしかすると全話がそうなのかもしれません。可能性は高いです。(といっても、なかなか解けませんがw)
宇治拾遺に採られてる話は、もとはカタリで、文字の読めない人のもの。
でも、書き取る人はものすごく文字の教養があって、このギャップが「暗号」を生む土壌になっているようです。
古代からの土俗的な習俗がカタられている一方で、
書き取ってる人はそういう風俗をちょっと小馬鹿にもしているところがあり、
このふたつの方向を持ってるのが、宇治拾遺の魅力かなと思われます。