もう12月。
慌ただしい師走のこの時期にぴったりな、
読んで時間を無駄にしたなと心から思える文章をお届けします。
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こたつはなぜこたつというの。
幼いころ、葬式かなにかで、遠い親戚の家にゆきました。
峠をいくつも越えた山陰の、古い大きな家でした。
誰が亡くなったかについては、まるで記憶にございません。
私はそこではじめて、「掘ごたつ」というものを体験しました。
まだプールでも足が立たないほどの年頃でした。
したがって、堀ごたつにおいても、足は宙ぶらりん状態。
当時、私は「底無し井戸」というものに憧れていたんです。
井戸を見つけては、小石を落とし、聞き耳を立て、
「ああ。音がしない」
と石が無限の奈落に堕ち続けるさまを夢想しては、悦に入っていた。
というわけで、いわんや堀ごたつにおいてもや。
足の届かぬ堀ごたつ。
果てしなき深淵へと開かれているものと思い込み、
落ちたらどうしようと、たいへんどきどきしながら、
こたつの端にしがみついていました。
深々と座り込み、足をブラブラさせてみるなどは、
これはもう、お尻の穴がキュッとなるよな、大冒険なのです。
ここで例によって、姉が登場します。
私もあのような女に自分の思い込みを語ることもなかったと今にして後悔するのですが、
まだ幼かった。この世に血縁者の強い絆が存在していると、まだ勘違いしていたのでしょう。
姉に堀ごたつの秘密をしゃべってしまいました。
姉はさも「その気持ちはよくわかる」な顔をして、熱心に私の話を聞くふうを装ったのち、
こう言い放ちました。
「こたつの底は、地獄につながっておるのじゃ。
マグマがぐつぐつ煮えておる。
罪を犯した者どもが、焼き滅ぼされる火なり。
その熱で、堀ごたつはあったかいのじゃのう」
ひいいいいいいいいいっ。
真に受けてしまいました。思う壺。
さらに追い撃ちをかけるように、
「どうじゃ。のぞきこんでみるか」
恐いもの見たさ。
そんな言葉の存在を知るのは、ずっと後のことです。
しかし、私はすでにその誘惑に負けたのです。
堀ごたつに頭を突っ込み、その底に広がるという奈落を覗き込む私。
足を持ち、支えるのは姉。
その後、どのような仕打ちが待ち受けていたかは、言うまでもないでしょう。
姉は私をこたつへと押し込み、奈落の底へと突き落としました。
奈落には、姉があらかじめ用意しておいた、おならが充満していました。
鬼も地獄も実在するのだと、その闇の中で私は確信したのです。
こたつ 1 ― こたつと ともだち (こたつ (1))
天野 喜孝
¥ 1,050 / 講談社
( 2001-08-24 )
by AMAZ君(改)
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こたつはなぜこたつというの。
おこた。
子供のころ誰しも、あのこたつ内部の、ほの赤く輝く狭くるしい空間に引きこもり、
自分だけの小宇宙を夢想したことがあるはず。
堀ごたつは恐ろしいのでだめです。今の温風ファンヒーターのやつももうひとつ。
あの昭和な香りのする、赤熱ランプのものだけが、真にこたつの名に値する。
今の子供がすぐ切れたりするのは、あれですね。こたつ内部の赤色宇宙を幼児体験してないからだと睨んでいます。
そして、みかん。太陽の象徴。
すでに縄文人はこたつの上にみかんを置いていたことが、竪穴式住居の発掘調査からわかっているということです。
縄文人は、世界をこたつの中だと思っていたらしい。中沢新一がそんなことをどこかで書いています。書いていないかもしれません。どっちでもいいのです。
太陽が赤熱ランプ、人はその中で互いの顔が赤々と輝くさまを見ながら、ひそひそ声で愛をささやきあったのです。
日本書紀で猿田彦神が登場するシーンに、
「眼は八咫(やた)の鏡のごとくして、赤色然(てりかがやける)こと赤酸醤(あかかがち)に似たり。」
とあるのは、その名残り。
猿田彦は長い赤鼻で、アメノウヅメちゃんと愛し合う。
そういえば私の友人(としておく)は中学一年の時、ガールフレンドとこたつの中で、たがいのアソコ(=生殖器を意味する昭和時代の古語)を見せ合ったそうです。
なんてプリミティブな。
縄文な愛のかたち。いいなあ、中学生。
しかもですよ奥さん、こたつの太陽は、中学生の愛の巣をはぐくむのみならず、洗濯物も乾かします。
さらには、どんな無くしモノだって、その中で見つかるんです。
お気に入りの靴下のもうカタッポ。
名前が思い出せないまま、日々をしのいでいるお得意先の名刺。
前世紀になくしたきり、まだ思い叶わずにいるミサンガ。
また灯油高騰の折、一家の暖房をこたつだけにすれば。
家族がいやでも顔を合わせます。団欒のひとときです。
みかんがなくなったときには、誰が取りにいくかをめぐって、みにくい争い。
足が臭い家族がいれば、人権を剥奪。
ほのぼのした時間です。
このところブームの謝罪会見。
あれも、こたつでやればいいんじゃ。
そうすれば、素直にごめんなさい言えるボクサーになれるにちがいないです。
日本のすべての問題はこたつによって解決される。
世界だってそうかもしれません。
イスラエルとパレスチナも、こたつで対談すればいいんだ。
そういえば、むかしジョン・レノンがオノ・ヨーコとこたつに入って、「世界に平和を!」と訴えたじゃないか。
みかんをのせよう!
All We Are Saying Is GIVE PEACE A CHANCE!
■映画「PEACE BED アメリカVSジョン・レノン」オフィシャル・サイト
アメリカ vs. ジョン・レノン ジョン・レノンは誰に殺される? <モーション・ピクチャー・サウンドトラック>
サントラ
¥ 2,500 / EMIミュージック・ジャパン
( 2006-11-01 )
通常24時間以内に発送
by AMAZ君(改)
ああ、田舎の掘りごたつ経験あります。
私はoverQさんのように想像力の豊かな子どもではなく
タダの小心者だったので、炭で足が焼けたらどうしようとかいう
なんともつまらない心配をしてました(笑)。
地球温暖化を防ぐため、こたつを普及させよう!運動、マジでいいかも(^_^)v
家族の団欒にも、こたつはホント潤滑油ですよね〜。
みかんのほかに、丸くなった猫もよろしく!
我が家のこたつ製作委員会(メンバー夫ひとり)、わざわざ日本から
赤熱ランプの部分を取り寄せ、こたつの組み立て図(?)みたいなのも
引いたのですが、それで満足してしまったようです…。
最近イタリアには畳から障子まで扱うインテリアショップがあり驚きですが
さすがにコタツは日本かぶれの外人の理解(利用)の範疇も越すようで。
japanese kotatsu とかで検索してみました。
これほど何でもかんでも日本のことが世界に伝播してるというのに、
コタツの人気はいまいちであることが判明w
「椅子の文化」があるといわれますが、
それに対抗し、けっして交わらないものとして、コタツの文化があるのかも。
足の長さという物理的な問題なんだろうか。
日本では、バブル崩壊以降、若者が路上に座り込むという現象が見られます。
なんか治安が悪いように見られるらしく、評判はよくないですが。
インドからエジプトあたりでは、人が地べたに座り込むのは、すごくありふれた光景。
市場でも、椅子はなく、人は路傍に直接座り込むのが、昔ながらのスタイル。
移動する民の基本的な生活のカタチです。
コタツって、小さなテント。ゲルのミニチュア版なんでしょうか。
エコロジー…というより、最小限の消費で生きていくすべを、移動する民は持っていた。
持ち運びする物がなるべく少なくなるように。
コタツはその類のもの、残響じゃないんだろうか。。
人類はもともと、この貧乏くさい(笑)家族団らんをみんな持ってたと思います。
それは、移動する家族の「あったかさ」。
彼らは独り旅のさみしさ・さむさ・さもしさを知ってて、路上での出会いが「家族」だった。
定住し、相続する財産ができるようになって、この「あったかさ」は廃れたんだと思います。
戦後昭和の時期、不思議なことに、日本には太古の感触が少しだけよみがえっていた。
それは悲惨な敗戦があったせいだからと思われます。
21世紀になって、すっかり忘れられてしまいましたが。
むしろ、海外で生活するようになった日本人の中に、「日本」が生き残っているかもしれない、とそう感じることがあります。
その「日本」とは、「世界」と言ってもいいもの。
世界がまだ平板で、無限の可能性に開かれていた時代の感性だから。
こたつはね、小宇宙なんです。