AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: タラをめぐる冒険3「桃太郎のメリー・クリスマス」

タラをめぐる冒険3「桃太郎のメリー・クリスマス」

written by overQ
December 25, 2007

こないだ「ツイン・ピークス」を見てたら、小人と巨人が出てきて、"One and the same."告げました。

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「待合室 The Waiting Room」と呼ばれる、深紅のカーテンでしきられた世界。サンタのコートと同じ、血の色のベルベット。ブラックロッジの端末。
エージェント・クーパーと直角に対峙するソファに、巨人と小人がいた。

原住民の言い伝えでは、ブラック・ロッジとは恐怖によってその入り口が開く場所。
ホワイト・ロッジ(天国?)に行くためにはそこを通らねばならない。
人が自己の影と対峙する場所であると。
片腕の靴のセールスマンと、老い呆けたホテルの給仕が、「侏儒と巨人」のこの世での仮の姿。

じつはこの二人組のことを、日本人はよく知っています。
さまざまな姿形を借りて現れるのです。
日本の国土を土木的に築いたのも、じつはこの二人組であったり。

今回は、「小人と巨人」の話。


桃の大きさ

momo.jpg

ある日、おばあさんが川で洗濯をしていると、
どんぶらこどんぶらこと桃が流れてきました。

桃太郎の桃。
絵本で桃は、赤子が入るほどの「大きな桃」として描かれるけど、ほんとはふつうの桃の大きさ。手のひらに乗る、あの桃だと、柳田国男は指摘しています。(「桃太郎の誕生」)
その中に「太郎」が入っていた。太郎のほうが小さいのです。
一寸法師がお椀の舟に乗り、かぐや姫が竹のウツロに宿るように。
それは小人である。それに、しばしば怪力。
神話や伝説、おとぎ話にたくさん現れるこのモチーフを、柳田は「小さ子」と呼んでいます。

前回の「タラボー」では、
・「虎姫、虎御前」など、トラの名を持つ遊行する巫女たちのこと。
・トラは動物の虎とは何の関係もないこと。
・トラとは、天の神が地上のものに宿りつくこと。
・その行為、ヨリシロ、そして同時に、宿りついた先に生まれる「小さ子=太郎」。それらがタラだ。
…など述べました。


桃太郎のメルクリウス

momoch.jpg

ウツホは、タラのよりしろ。
そこに天から来たった「小さ子=タラ」が宿る。
彼らはいつか、天に帰るさだめ。
なぜなら、帰れば、また地上に新生することができるのだから。

天(太陽)の子が宿る、というシンプルな考え。
たとえば、稲や麦やコーンに実がなるのは、そのような仕組み。
穂に神がのる(=ナル)のが、ミノリ(=かみなり)。穀神の到来。

また、地中の岩塊にも、同様に「神の子」は隠されている。
これを掘り出し練成すれば、「金」が得られる、と鍛冶師たち。
のちの錬金術師は、ルツボの中に竜(ウロボロス)や赤子(ホムンクルス)の生まれるさまを思い描いて、黄金の錬成の象徴とした。

このシンプルな考え方で、フレイザー「金枝篇」 *1 エリアーデ「鍛冶師と錬金術師」柳田「稲の産屋」レヴィ=ストロース「食卓作法の起源」、それにユング「結合の神秘」と、異質と見られた諸派が、一直線に結ぶ。
どうやらこの思考の「核」となる部分らしい。反対の一致。one and the same.

ルツボに宿るホムンクルスは、桃太郎と同じもの。タラ(=太郎)。小さ子。
その父は天の神。定義どおりとすれば宇宙大の「大タラ=ダイダラ」。太陽を片眼とし、稲妻を片足(もしくは男根)とする神。
そして、「小人と巨人」の親子二人組は、一にして同じ。
マクロコスモス=ミクロコスモス
瓶の中の宇宙。穂の中の太陽。石の中の竜。
桃の中の太郎(タラ)。マリアの中のイエス。

"One and the same."

この世界の中に神を。胡桃の中に宇宙を
桃太郎のメルクリウス
メリー・クリスマス。一粒の麦もし死なずば。

その桃子に告りたまはく、
「汝(なれ)、吾を助けしが如く、葦原中国にあらゆるうつしき青人草の、苦しき瀬に落ちて患へ悩む時に助くべし」
『古事記』

homu.jpg


スクナヒコナとオオクニヌシ

古事記や日本書紀、風土記にあらわれる少彦名という神さま。「小さ子」の古い記述。
天の神さまの指の間からこぼれ落ちて、この世にやって来たそうです。小さい。

神産巣日の御祖命(みおやのみこと)に白し上げたまへば、答へて告(の)りたまはく、
「こは実(まこと)に我が子なり。子の中に我が手俣(てまた)より漏(く)きし子なり。かれ、汝(いまし)、葦原色許男命(あしはらしこをのみこと)と兄弟となりて、その国を作り堅めよ。」
『古事記』

カガミ船といううつほ舟に乗って、ヒムシの皮を衣として、海の彼方からやって来る。 *2
波の穂より天の羅摩(かがみ)の船に乗りて、ヒムシ(「我+鳥」)の皮を内剥ぎに剥ぎて衣服(ころも)にして、帰(よ)り来る神あり。

常世の国に帰るときは、粟に弾かれて飛ぶほど。
少彦名命、行きて熊野の御崎に至りて、遂に常世郷(とこよのくに)に適(いでま)しぬ。また曰はく、淡嶋に至りて、茎(あはがら)に縁(のぼ)りしかば、弾かれ渡りまして常世郷に至りましきと。

スクナヒコナ神は、オオクニヌシ神とペアになって、国土を建設します。 *3
やんちゃ者で、知恵が回って、ドタバタ大好き。
大国主とは「ボケとツッコミ」の関係。
つまり、折口信夫のいうモドキ
はるかなはては漫才の起源。
実際、笑い話のようになって伝えられるエピソードも多い。

『播磨風土記』にある土木建設神話(?)では、ふたりの間で、
「土を背負って歩くのと、ウンコを我慢して歩くのと、どっちが長く行けるか勝負しよけ」
という話になるw
そして、「ああ、もう、だめン」とウンコを我慢できなくなったオオクニヌシ(=大汝命)。
クソをぶちまけ、はじいて服に付着したので、ハジカという地になったと。

埴岡(はにおか)は、昔、大汝命(おほなむじのみこと)と小比古尼命(すくなひこなのみこと)、相い争いて云はく、「埴の荷を担(にな)ひて遠く行くと、屎(くそ)下(まら)ずして遠く行くと、この二つ事、何れか能くせむ。」大汝命、曰はく、「我屎下らずして行かむと欲(おも)う。」小比古尼命、曰はく、「我は埴の荷を持ちて行かむと欲う。」かく、相争いて行きき。

数日を経て。
大汝命云はく、
「我、忍びて行くこと能(あた)はず。」
即ち、坐して屎(くそ)を下(ま)る
その時、小比古尼命、咲(わら)ひて曰はく、
「然も苦し。」
また、その埴をこの岡に擲(なげう)つ。かれ、埴岡と号す。
また、屎下りし時、小竹、その屎を弾き上げ、衣に行く。かれ、波自賀(はじか)の村と号す。
その埴と屎、石と成り、今だ亡(う)せず。

この事件のあと、オオクニヌシはスクナヒコナから「ウンコたれ」呼ばわりされたにちがいありません。
このようにして、わが国の国土は作られていきました。
風土記にはほかにも、この巨人と小人の神様ペアが、仲良くケンカしながら(=モドキ)、国土を築く様子がいくつも描かれています。

「大い子」と「小さ子」のペア。
ものを積んだり、途中で落としたりして山や丘をこしらえ、その踏ん張った(シコを踏んだ)足跡が海や池になる。
記紀神話のあと、巨人はダイダラボッチの伝承となっている。
地上に降りた天神。その活動するさまが神となったもの。

「大い子」と「小さ子」は同一人物(one and the same)でもある。
親と子でもあり、転生でもあり、循環でもあり。夫婦でもあり、ボケとツッコミ。
神の声を人の言葉に聴き直す、空耳アワー。
大と小で取っ組み合って、吉凶を占う烏相撲。
巨人と小人の相撲によって、この国の国土は形作られた。それは一人相撲でもあった。

鉄器をもって荒野を開墾し、田畑に穂をみのらせながら、東へ東へと向かい、世代を繰り延べていった人々の伝承。
まさに日本の国土を切り開いた、私たちの先祖の言い伝えのようです。
神話伝説のみならず、似たり寄ったりの地名があちこちにあるのも、開墾スタイルが同じであったからと思われます。
新地の開発方法と、神話とは、一体のものだったみたい。


道場法師

ダイダラボッチ。ザ・ジャイアント。
一つ目、片足の巨人
関東にわりと多い伝説ですが、いちばん大きい話だと、琵琶湖を掘って、その土で富士山を築いた、という伝承があるそうです。豪快です。
近江あたりから、富士山すそ野に広がる言い伝えであったことも思わせます。 *4

逆にいちばん小さいのは、泥田坊でしょうか。それでもまだ、一つ目で片足(かかし)のニュアンスは残っています。(スクナヒコナは、かかし=ソホドの神やヒキガエル=タニググと親しい。)
さらに一つ目小憎を通って、唐傘お化けにまで零落。なお片目片足で、雨の神(天神)の面影を曳きずる。

剛力。
ダイダラボッチは、大道法師、道場法師という、強力の僧と結ぶ。

『日本霊異記』の三番目の話が、雷神の「少子(ちいさこ)」としての少年・道場法師の物語。

霊異記は一話目が「少子部栖軽(ちいさこべすがる)が雷を捉える話」。
二話目「狐を妻として子を生ませる話」。
快晴なのに小雨が降る天気を「狐の嫁入り」という。天神の足が雷で、それは「稲妻」。狐は「稲荷」。狐ー妻ー稲ー雷、というつながり。

そして、三話目の道場法師は、雷の子。

雷(いかづち)、かの人の前に堕ちて、小人(ちひさこ)と成りて、其の人、金の杖を持ちて撞(つ)かむとする時、雷の言はく、
「我を害(そこな)ふことなかれ。我、汝の恩に報いむ。…汝に寄せて、子を胎(はら)ましめて報いむ。我が為に楠の船(=水槽)を作り、水を入れ、竹の葉をうかべてたまへ」

Caduceus.gif楠の水槽に浮かべた竹の葉を乗り物として、常世へ帰る雷神は、まさにスクナヒコナと同じ伝承。小さ子。
こうして生まれた子は、頭に蛇を二めぐり巻いて、その尾と首を後ろにたらしていた、と。

然る後に産まれし児の頭は、蛇を二遍(ふためぐり)まとひ、首・尾をうしろに垂れて生まる。

頭に蛇を巻きつけて生まれるのは、賀茂の別雷(わけいかづち)命と同じ伝承で、雷神の出生に憑き物のウロボロス。カドゥケウス。メルクリウス(ヘルメス)の杖。

子供は十歳となり、都に出て、当時力持ちで知られていた豪族と勝負します。

かの東北の角に、方八尺(2.5メートル)の石あり。力ある王(おほきみ)、住める家より出でて、その石を取りて投ぐ。

これが「大い子」。少年・道場法師は、彼とモドキする。

夜、人に見らえずして、その石を取り、一尺投げ益(まさ)れり。力ある王見て、手拍ちたをみて、石を取りて投ぐ。常より投げ益ることを得ず。小さ子、また、二尺投げ益れり。王見て、二たび投ぐれども、なお、益ることを得ず。
少子の立ちて石を投げし処は、小さ子の跡(あしあと)の深さ三寸践(ふ)み入り、その石も三尺投げ益れり。

こうして、小さ子・道場法師は、大い子に勝利。
「足跡が残る」というダイダラにつき物の話も見えます。
この後、「力ある王」に追いかけられるけれど、やすやすと「小さ子」は逃げ延びる(このエピソードは、のちに今昔物語の強力の相撲取りに受け継がれるモドキ。)

uro.jpgさらに道場法師は成長して、元興寺の童子となり、鐘つき堂に出没する鬼を捉える。その時、ひっつかんだ髪が寺に残る、という話。
これはのちの道成寺縁起とつながっていくものでしょう。「」という鉄のウツホに、竜が宿る。

その次は、田んぼに水を引くことで、寺と豪族たちの争いになって、道場法師が巨石をぶん投げて流れを替え、寺の田に水を引く件。
これは今昔に出てくる「高島の大井子」という怪力女に引き継がれます。

今昔には強力や相撲のエピソードが、男女問わずたくさん出てきます。
道場法師の子孫だったり、また「きつね」という名、「大vs小」、地域も近江から富士山の間と、「小人と巨人」の伝承がバリエーションを展開したさまが感じられます。
とはいえ、もう神様扱いはされてないのです。
古墳時代くらいからの伝承で、石や鍛冶、また古墳以来の土木事業に携わる人たちがよく伝え、だんだん時代遅れになってもいる…そんな気配。


仏教の始まり

霊異記は、道場法師のあと、四話目が聖徳太子。
この国の仏教の始まり。仏教説話集ですから。
雷と狐、道場法師と来て、ようやく聖徳太子に至ること。
秦氏やその周辺にいた、古代的な風習をもつ開拓民が、民衆として、仏教の最初の担い手だったことを匂わせます。

民衆の仏教といえば、空也上人。
空也の寺は四条。四条を西へ西へたどると、桂川を渡って、松尾神社。松尾社は、秦氏の神社。
秦ー聖徳太子−仏教。この国のホトケの始まりが、ここでも繰り返される。
空也には、雨乞いの神仙苑で、キツネの化けた女と、性的に親身な間柄を迫られる、という不思議なエピソードがある。
空也にも「小さ子」伝説を付与しようとしたとすれば、「狐の妻」、「天神と雨乞い」と結びつく。。

空海については、また別に語るとして、比叡山延暦寺の高僧・元三大師良源。
彼の出身は、滋賀県浅井郡虎姫町。
伝説によれば、虎姫という美女を、世世開(せせらぎ)長者という地元の開墾者にして名士が助けたのが縁で結ばれる。
しかし、生まれた子供は、蛇が15匹。
虎姫は淵に身を投げるが、やがて蛇は人間の子に育つ…というもの。

元三大師も、その蛇の子の子孫
であったかもしれません。
虎姫は最初「桃酢谷」に現れた、とされます。
桃の谷。
すなわち、虎姫は、桃太郎の母。タラ。

桃太郎、空也、元三大師の、メリー・クリスマス。


次回はこの続き。広沢池へ。


*1 : フレイザーが序文で依拠したと語る、マンハルト「穀霊」
*2 : ヒムシ(日虫?)は、蛾(宣長)とも、あるいは常世虫(アゲハチョウ…サナギというウツホより生まれる、トラ縞の太陽虫)かもしれない。
*3 : オオクニヌシは、たくさんの名前を持つ。オオナムチ(大汝・大穴牟遅・大己貴)。アシハラシコオ。「醜男」のシコは、相撲が踏むシコ、四股名のシコ。
*4 : 虎御前の曾我物語、舞台は富士すそ野。のちの東海道の範囲。家康はダイダラの正体を知っていたか。ゆえに日光東照宮=天神・太陽神になろうとする。


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コメント

巨人と小人・・そういえばギリシア神話にもありますね。盲目になってしまったオリオンを東方に導くケダリオン。http://www48.tok2.com/home/nekoMusa/orion.jpg

聖徳太子といえば・・
「かの河勝、欽明・敏達・用明・崇峻・推古・上宮太子につかへたてまつる。この芸をば子孫に伝へて、化人跡を止めぬによりて、摂津国浪速の浦より、うつぼ船に乗りて、風にまかせて西海に出づ。播磨の国坂越の浦に着く。浦人船をあげて見れば、形人間に変われり。諸人につきたたりて奇瑞をなす。すなはち神と崇めて国豊かなり。大きに荒るると書きて、大荒大明神と名附く。今の代に霊験あらたなり。本地毘沙門天王にてまします。上宮太子、守谷の逆臣をたいらげたまひし時も、かの河勝が神通方便の手にかかりて、守谷は失せぬと云々」
引用長くなりましたが『風姿花伝』。「うつぼ舟」をあけてびっくり、「諸人につきたたりて奇瑞をなす」なんてあんまりなお話ですが、うちの子さんにん、姫路のむこう播磨のはずれにあるその河勝がひらいたという神社で、秋祭りの舞を奉納したことあるんですよ。
ちなみに「守谷」とはかの元事務次官・守屋サンのこと(違

Posted by: 美頬 : December 28, 2007 9:18 PM

川勝のうつほ船は、最近、梅原猛さんや中沢新一さんが、熱心に調べておられるようです。
坂越(しゃくし)は、「石神・宿神・式神」に通じるもので、最初期の柳田から続く、長い研究テーマ。
私の用語では(そう、いまや私には私の用語があるのですw)、「S+K」の典型です。

赤穂浪士の気質にも、この「荒神」が関わりがあるらしい。
また、歌舞伎の人たちは、この古い信仰をある程度伝承していた可能性が高いようです。
武家に取り入ることで生き延びた猿楽が「能」だといってもいいのですが、歌舞伎はWild Thingのまま、何とか生存の道を画策した、といえそう。

揖保郡太子町も、聖徳太子を伝説化していく人々ゆかりの地。
おもしろい地名や伝承、お祭り・習慣・産業が残っています。そうめんもそのひとつ。

播磨を含め、岡山から但馬にいたる広域で、渡来人が長期に渡って植民していった名残のようです。
蘇民将来といって、旅の神様を助けるとご利益があると言われますが、彼らは(彼らといいつつ、我々の直接のご先祖なんですがw)、自分たちの名前でなくて、神様の名前をかかげて、移動する風習がある。
最近ようやく気づいたのですが、この「神の旅行」の最終形態が、お伊勢参り(=おかげ参り、そして「ええじゃないか」)です。

未成年は、男女を問わず、「おかげ参り、抜け参り」するとき、あらゆる責務から放免され、ハロウィンの子供のいたずらのように、人々はこれを喜んで迎えなければならなかった。
食べ物やお金を上げたり、宿泊の便をはかったり、狼藉を許したり。
なぜなら神に奉仕する、神の子供とみなされたから。
この風習は、東北のお正月なんかに、ちょこっとだけ残っています。
柳田が子供のころは、近所のお稲荷さんに奉仕にいくと、何でもかんでも無罪放免だったそうです。
美頬さんのお子様たちも、一瞬、「神の子」となられたのかなあ。

大荒神は赤穂浪士となり、紆余曲折を経て、ゆかた祭りで狼藉を働いているのかもしれません。今後まだ大きな展開がある予感がします。

Posted by: Site icon overQ : December 28, 2007 11:12 PM
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