このところ話題のギョーザ。
大きなニュースになって、海外でも報道されてるので、英語の見出しではどんな語が使われてるかなと思って、見てみると。
餃子は英語で、
dumpling
というらしい。
農薬入りだと、
pesticide-tainted dumplings
…と、受験生向き(?)な記事を、いったんは書いてみたのです。
ところが、この dumpling なるもの。
必ずしもギョーザだけを表しているのではなく、ギョーザのように、具を皮でくるんだレシピ一般を指します。
調べてみると、どうやら世界中にこの名で呼びうるレシピがある。そして、ものすごいバリエーションをもってることがわかってきました。
おそらく人類(と穀物農耕)とともに、ワールドワイドに伝播した、dumpling。
その奥深い世界を、Wkipediaを使って、探検してみようと思います。
ワールドワイドな dumpling。
なので、ギョーザをもう少しくわしく表現するなら、
Chinese dumpling
とでも言ってみれば、とりあえず通じるはず。
◇Jiaozi - Wikipedia, the free encyclopedia
wikipedia の英語表記では、中華の餃子の「jiaozi」対し、日本のは「gyoza」となってるのが目を惹きます。それは、なんというか、ジョージアに対する、グルジア。
発音の違いもあるけど、どうやら日本のギョーザは、独自進化した和製ギョーザ。
そのことを英語圏の日本通は認識しているような気配です。
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中国語だともうちょっと範囲が広い語で、具材も調理法も、さらにいろんなバラエティがあるらしい。
それもたぶん、いろんな人たち、いろんな場所、いろんな時代に広まるうちに、出来てきたバリエーションで、日本のgyozaもそのひとつなんでしょう。
(ところで、餃子の jiaozi という表記は、老子を Laozi 、荘子を Zhuangzi と書くのを思わせて、ちょっと面白いです(^v^)
でも、孟子は Mencius、孔子は Confucius というという、confusionな状態。)
さらにこんな表現もある。
Japanese dumpling
ジャパニーズ・ダンプリング。
いったい何をさすかというと。
ひとつには、なんと「たこ焼き」! octopus dumplings。
(英語のWikipedia には、明石の玉子焼きもある!)
◇Takoyaki - Wikipedia, the free encyclopedia
◇Akashiyaki - Wikipedia, the free encyclopedia
もうひとつは、「お団子」です。sweet dumplings。
dumplings rather than flowersなら、「花より団子」でしょうか。
◇Dango - Wikipedia, the free encyclopedia
dumplingは、丸くてもいいらしい。皮でなくてもいいってことかな。
粉ものを水に溶かした生地(flour dough)で、具をくるんだものが、dumpling。
甘くても、辛くても、お菓子でも、おかずでもかまわない。
「dump=いろんなものをごた混ぜに投げ入れる」とも縁語をなしそうです。
「〜ling」が「〜類」という響きで、カバーできる範囲を広げるニュアンス。
Wikipediaの「dumpling」の項目には、世界のダンプリング・レシピがずらずら並んでいます。
◇Dumpling - Wikipedia, the free encyclopedia
中華だと、餃子だけじゃなくて、焼売、ワンタンや点心(dim sum)、肉まん・あんまん、みなdumpling類。
◇Dim sum - Wikipedia, the free encyclopedia
◇Wonton - Wikipedia, the free encyclopedia
焼売を、餃子と区別しようとしたら、
steamed dumplings
と、「蒸す」を強調してみるのがひとつの手でしょうか。
日本だと、「そばとウドン」のように、ギョーザといえば焼売ですが、英語圏では、餃子と対になってるわけでもないらしい。餃子よりマイナー?
ワンタンはそのまんま、
wonton
で通じるようです。
アメリカは、独特の仕方で中華が進出しているので(アメリカ映画で、紙袋を箸でつついて、ファーストフードな中華を食べてるシーンをよく見かけます)、それとシンクロして、言葉がどんなふうに使われていくか。とても興味深いです。
肉まん・あんまんは、
steamed bun
ハンバーガーの、肉をはさんだパンの部分を、バンズといいますが、あれがbuns(上下二つあるから複数形…この単複の分化はすごく原初的で注目したいところ)。
ジャムパンとかアンパンとか、日本の菓子パン類は、sweet bunでわかってもらえそう。
◇Mantou - Wikipedia, the free encyclopedia
◇Baozi - Wikipedia, the free encyclopedia
グルジア(Georgia)には、ギョーザそっくりの、ヒンカリ(khinkal)というのがある。
◇Khinkali - Wikipedia, the free encyclopedia
ハンガリ、ポーランド、ラトビア、アルメニア、そしてロシアと、スラブ圏には、ピロシキ(pierogi)が広く分布。
◇Pierogi - Wikipedia, the free encyclopedia
ロシアでは、ペリメニ(pelmeni)というdumplingもよく食べられてるらしい。
◇Pelmeni - Wikipedia, the free encyclopedia
そうとうなバリエーションをもっているようです。
味: 甘い / 辛い
具: 野菜・果物 / 肉
調理法: 焼く / 蒸す
食感: パリパリ / ふわふわ
というような二項対立で整理してみると面白そう。
「伝播説」に対抗して、<構造>が人類に普遍的に dumpling を生み出させる、と。
しかし、スープ餃子というものもありますから。手強い。
焼く / 蒸す / 浸す
という具合に、水分量の軸を考えてみるべきか。「パリパリ / ふわふわ」の向こうに、「ひたひた」がある。
ところが、味・具・調理(水分量)の三次元にはとどまらない。
もうひとつの、より本質的な次元が存在するのです。
イタリア料理だと、ラビオリ(ravioli)が、dumplingの仲間らしい。
◇Ravioli - Wikipedia, the free encyclopedia
これは、またパスタの一種とみなされています。
パスタといえば、しかし、麺類にまで及ぶもの。
そう。dumpling は、麺類(noodle)とつながっているようなのです。
辞書では、dumpling の説明に、「スープに浮かべる」というのがよく付け加わる。
調理法も、麺と dumpling は、同系。
「粉をこねたもの」という大きな枠組みがあり、その中に、dumplings と noodles(麺類)とが、分類されています。
小麦粉や片栗粉、コーンや米など、穀類の粉を水で溶いて、こねる。
(人類というのは、麦・米や、イモ、コーンといった「主食」とともに広がった生き物。)
グルテンが固まって、粘土状になったもの。doughというか、モチというか。これを伸ばす。
伸ばしたものを「皮 wrapper」として具(filling)をくるめば、dumpling。
伸ばしたものを切ったり、細く伸ばして線にしたのが、noodle。
ワンタンは、漢字では「雲呑、餛飩」。
つまり、ワンタンは、ウドンと同じ語源らしい。
粉を溶いて伸ばしたものを、「包む」とワンタン。「切る」とウドン。
ともに「雲呑、饂飩」と書く。
ひょっとすると、noodle だって、同語源かも。
麺と皮、noodle と dumpling は同じところから枝分かれしている。
ワンタンをスープに容れるのは、「具は内、汁は外」の原理をループさせてるということになる複雑回帰。
「皮と具」あるいは「麺と汁」って、生物を作りなす際、神が採用した原理でもあるのだから。
イタリアには、「パスタ」という一語が存在します。
麺系と皮系を統一的に呼ぶ言葉。
パスタはまさに「皮から麺まで」、ラビオリからスパゲティまで、さまざまな形のレパートリーの広がり。
イタリア人はきっと、皮と麺が同じ「こねた粘土状物質(dough)」から作り出されることを、自分の手の感触で覚えているにちがいないです。
アメリカ人とか今の日本人は、「皮」や「麺」をスーパーで買ってくるので、それはいずこともしれない謎の工場で生産される工業物質。
皮と麺のつながりを体感できてない。
米をお茶椀に盛るとか、プレーンなパンを食卓に置くとか、「主食」をおかずと別枠に隔離するのは、じつは人類の食卓としては、「邪道」なのかもしれない…いわゆる「原理主義」、ずうっと後になって発明された「起源」…という大胆なことを思いつく(・∀・)
イタリア料理は、今も庶民的でおいしくて豊か。食器や調理器具のデザインも独特で、なんというか、オーガニック。
その理由は、こんなあたりに見出せそうな予感もします。自分の手でさわれる範囲に、いろんなプロダクツがある。
パスタはマルコ・ポーロが中国から持ち帰ったのが起源だという伝説もあるんだとか。
ギョーザの皮を前に、これをどうやって作るんだろうと、悩んで手を動かした無名のカエサルたちがいたのかもしれません(∂_∂)
◇Pasta - Wikipedia, the free encyclopedia
dumpling は具材を中に包むわけですが、noodle は包むことができないので、逆に外側に具をもつ…つまり、スープに浸したり、ソースをかけたり。
その点では、マカロニが面白いです。ちょうど中間。
皮になろうか、麺になろうかと迷った挙句、あの穴ができた。
マカロニは比較的新しいパスタだそうで、マシンで作り、商品として普及したらしい。
◇Macaroni - Wikipedia, the free encyclopedia
報道された「中国の工場」は、まさに工場で、自動車や半導体を作るのと同じように、「清潔 clean」を喧伝してて、そのことがショックでした。
きっと、原材料の野菜や肉も、虫一つつかない、工業製品にちがいない。
「農薬 pesticide」というのは、文字通り虫もつかない、工業的にはクリーンな存在。
これが難しさ。
運搬され、スーパーの棚に並べられ、買われていくまでは、ギョーザもiPodも、どの工業製品も、なんら変わりないもの。
問題は、「食べる」ことで生じる。
人間は、虫と同じ側にある、工業的には「きたない」ものなのかもしれない。
だから、工場内で作業するニンゲンは、プラスチックの服を着て手袋をつけ、科学薬品で消毒。
ところが、生命にとっては、「きれい」けれど毒のあるものもあるし、「きたない」けれどおいしいものもある。
「きれい / きたない」の二分法だけでは割り切れない。
「きれいはきたない、きたないはきれい」
fair is faul を、合法は違法とも訳せるビミョー。
「問題」は思いの他、見かけよりずっと根深いかもしれません。