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天の露

written by overQ
April 3, 2008

たら本43では、赤毛のアン、ブラウニング、ジョン・レノンのことを書いたのですが、
ちょこっと付け足し。

DEW、について。
dewは、露。朝露。
そして、デウス(神)と韻を踏む。

「赤毛のアン」では、最初(アルファ)と最後(オメガ)に、ブラウニングの詩が引用されます。

扉言葉として、

The good stars met in your horoscope,
Made you of spirit and fire and dew.
BROWNING

良き星々が天空でめぐりあう時、精霊と
炎と露から、あなたを作ったのです。

そして、最後の一節は、アンがブラウニングの次の詩の一節が静かにささやく。

The year's at the spring
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in his heaven -
All's right with the world!

"Pippa Passes"

季節なら春。
春なら朝。
朝なら七時。
丘には真珠の露。

雲雀はその翼に。
蝸牛はその角に。
神様はその天にあり、
天の下には世の泰平。

対訳 ブラウニング詩集―イギリス詩人選〈6〉 (岩波文庫)対訳 ブラウニング詩集―イギリス詩人選〈6〉 (岩波文庫)
ブラウニング

岩波書店
2005-12-16


by AMAZ君(改)


蝸牛の角

ここで本題とはちょっとズレるけど、
上田敏先生以来の歴史的誤訳かも、と思える点に気づいたので、
まずは、その話。

Snail-thorn1.jpg上の詩の、

The snail's on the thorn

という箇所。
上田敏は、「蝸牛枝(かたつむりえだ)に這(は)ひ」と訳す。
平井正穂は、「蝸牛、棘の上を這う」。
松本侑子さんは、「かたつむりはサンザシに這う」。
松本正司さんは、「蝸牛山査子にありて」。
最新の岩波文庫版だと、「かたつむりは茨を這う」。

でも、このthorn、カタツムリが乗っかってる草のトゲじゃなくて、
カタツムリの角のことじゃないでしょかね?
ツノ出せ、ヤリ出せ、アタマ出せ、の、角。

だって、この行の前には、

The lark's on the wing
「ヒバリはその翼に」

それに続くんだもの。
次の行のsnailだって、「カタツムリはその角に」と読むべきでは。
翼がヒバリのものなら、同じ文型なんだから、トゲはカタツムリのもの。
詩人は、蝸牛がピンと角を勃ててる様に、春を見た。

ちがうのかなあ。。
みんなそうは読んでないしなあ。。
蝸牛とthornで、何か慣用句とかあるんですかねえ。。

「鳥+on the wing」
というのは、空を飛ぶ様を表わすこなれた表現。
それに無理にシンクロして、
「カタツムリ+on the 角」
という見慣れない形にしたせいで、
誤訳が生じてるんだと思うんですが。

カタツムリの「角」は、ふつうは鹿や牛の角と同じく、
hornで表わすけど、thornも不可能というわけではないはず。
鹿・牛より、もっと植物的なものとして、詩人はカタツムリを見ていると思う。

そもそも、なんで「thorn=刺・茨」というような、
固くて否定的なイメージのあるものが
春をやわらかに讃えるこの詩に混じるのか、
不思議には思ってたんです。
ここに、茨の人生を平然と這う蝸牛のイメージから、
何か深遠なものを見出そうというのが、
従来の「読み」だったかもしれませんが。
…でも、そういう反対物をあえて合一させた深い寓意じゃなくて、
たんにカタツムリの角だったかもしれない。

詩って、やっぱり難しい。
横の語のつながり以上に、縦の韻を踏む言葉のつらなりから、
隠れた意味が現れる。
英語を母国語にする読者たちも、
ここはやっぱり「角」とはなかなか読まないかもしれないけれど、
たぶんブラウニングは「角」のつもりだったと思う。
竹下景子に1500点くらいのオッズで(^_^;)

海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)


新潮社
1952-12-02
在庫あり。

by AMAZ君(改)


天からの露

さてと、本題の dew に戻ると。
「dew=露」は、神さまが天から授ける、恵みの甘露のイメージがある。
それは聖書にたくさん現れ、定着したイメージ。

God give you of the dew of the sky,
of the fatness of the earth,
and plenty of grain and new wine.
-Genesis 27:28

どうか神があなたに、天の露と、
地の恵みと、
あまたの穀物と新しい葡萄酒を
与えてくださいますように。
「創世記」

Israel dwells in safety,
The fountain of Jacob alone,
In a land of grain and new wine;
Yes, his heavens drop down dew.
-Deuteronomy 33:28

イスラエルは安らかに住み、
ヤコブの泉がひとり
実りとワインの大地にある。
そう、天が甘露をしたたらす地。
「申命記」

Your people offer themselves willingly in the day of your power, in holy array.
Out of the womb of the morning, you have the dew of your youth.
-Psalms 110:3

あなたの力が現れる日、あなたの民は喜んであなたに身を捧げ、聖なる列をなす。
朝の母胎から、若さの露がもたらされる。
「詩篇」

やわらかく、慈悲に満ちた、天の露。
若さや再生とも関係してて、
また地に落ちて、実り(穀物とワイン)をもたらすもの。
天露(天ぷらが食べたくなるw)。
(上の「詩篇」の一節は、おまんこから垂れる露(業界用語でいう「マン汁」)を、どうしても思わせてしまう、性的ニュアンスが熱い。)

カバラでいうところの「上位の水」…ですかね。
グノーシスでは、「天の原始の水」。
世界霊魂は流出し、露となって大地に達し、男性である硝石と女性であるアルカリに凝縮し、このふたつが結びつくことで、酸性のアルカリ塩が生まれます。
…自分でも何を書いてるのか(電池のことを現代人は思い浮かべる)わかりませんが(;・∀・)、
ともかく錬金術でも非常に重要な物質である、DEW。
ラテン語では「露」は、ros。薔薇を思わせるもの。

この露は、正しき者をうるおすマナ。選ばれし者らは、それを求め、天の畑で、両手でそれを受け止める。
ゾハール

日本だと、年の初め(=一年の朝)に汲んだ水を、若水といって、
霊妙な神性をそこに見出します。
月のもたらす聖水であり、月夜見の持てるをち水(変若水)。
飲むと若やぎ、永遠の命を得る。
…霊感商法の口上みたいになってきましたが(;´Д`)
神聖水「若水」、一リットル三十万円で、会員様だけに特別にお分けしています(爆

変若水 - Wikipedia

ともあれ、「若水」と dew が、シンボルとして同じものだというのは、たいへん重要なポイント。
鍛冶師=錬金術師…が伝えたもの、なんだろうなあ。
インド〜エジプトにいたる範囲で発生し、その後、ちょうど柳田国男(蝸牛考)の周囲説を世界大にしたように、周辺に伝播して、ヨーロッパと極東に残ったもの。


シンボルの操作

さて、「赤毛のアン」の扉に刻まれた、ブラウニングの詩では、精霊と火と露が結びつく。
もともとは、エヴリン・ホープという、亡くなった少女への思いをつづった詩。
転生の果てにこの世界ではない場所で結ばれるというもの。
少女エヴリンは、ホロスコープの中でよき星々がめぐり合うとき、精霊と火と露から作られた存在。
すでに死んでいて、肉体をもたないため、土は出てこない。
霊と火と露のみでできている。

Caduceus.gif火と露の合体、というのは、神秘主義では常套句。
とくに錬金術では、男性原理と女性原理、
硫黄と水銀、太陽と月、火の鳥とペリカンの合一、
からみあう蛇として表される(=隠される)もの。
メルクリウスの杖
二匹の蛇(火と水)が杖(霊魂)にからみつく。

 ダビデの星も見ときますか。
ナチスがホロコーストの際に用いたのが今では有名だけど、
もともとは神秘主義に広く見られる聖なる記号。
(そもそもナチスの鉤十字だってそうだ。)
その解釈は多種多様ですが、よくいわれるもののひとつは、
上向きの三角△が火、
下向きの三角▽が水、
そのふたつの組み合わせとして、対立物が調和した聖なるシンボル。

錬金術だと、○に縦線が入ったのが、露(硝石)。
世界霊が流出したもの。天から降る露。
そして、○に横線の入った塩と結合して、
○に十字のシンボルを作る。
これが、テラを表わす、とか。
まあ、これは一例で、錬金術のシンボルは、
ものすごいことになってて、何でもあり。
全然わからん。。

Alchemical symbol - Wikipedia, the free encyclopedia


アンの赤毛、あらたま、荒神

「赤毛のアン(Anne of Green Gables)」では、扉言葉の「精霊と火と露」がもう一度、本文中にあらわれます。
つまり、アンが「精霊と火と露から作られしもの」だと。

For Anne to take things calmly would have been to change her nature. All "spirit and fire and dew," as she was, the pleasures and pains of life came to her with trebled intensity. Marilla felt this and was vaguely troubled over it, realizing that the ups and downs of existence would probably bear hardly on this impulsive soul and not sufficiently understanding that the equally great capacity for delight might more than compensate. Therefore Marilla conceived it to be her duty to drill Anne into a tranquil uniformity of disposition as impossible and alien to her as to a dancing sunbeam in one of the brook shallows.

というのもアンが物事をおだやかに受け容れるようになれば、彼女の性質は変わるであろうから。まったく「精霊と火と露」から出来た彼女のこと、人生の歓びも痛みも、とてつもない激しさで受け止めてしまうだろう。マリラはこう感じて、そのことをぼんやりと気に病んだ。こんなに激しい魂だもの、人生の浮き沈みがどんなに過酷に感じられるだろう、とマリラは気づくのだが、しかし、それと同じくらい歓びもまた大きく、補って余りあるほどであることが、わかってはいないのだ。そのためマリラは、アンが平静で安定した気分になるよう教育するのが、自分のつとめだと感じたが、それは小川の浅瀬できらめく陽光(=精霊+火+露)にダンスをやめさせるのと同じくらい、できそうにもないし、やり方もわからないことだった。

じつに面白い、複雑な色彩をもつ文章(そして、悲惨な私の訳…汗)。
たわめることのできないアンの気性が、「小川できらめく光のダンス」(=霊+火+露)にたとえられる。

それは、私の知る用語では、
「荒神」
と呼ばれるもの。
若水を吸い、あらたに生まれ出た魂は、手のつけようのない、お転婆。
名もなき日本列島の民は、これを「荒神」と呼んで、神と祀る。アラタマ。

どのようにしずめればいいのか、それは、「impossible and alien(=不可能で、未知)」。

しかし、この赤髪の外来者(alien)が、結局は、グリンゲイブルズに光をもたらす。
マリラ・マシュウの不毛な兄妹に、人生の意味を取り戻させる。
ルシファ。鬼。
それを神と祀ること。
価値の転覆。「壊す人」。ハンマーによる哲学(=錬金術、鍛冶)。

日本列島に棲んできた名もなき民の原思想と同じであり、
別な言葉で言えば、「自由」ということ。
神の実在、魂の不死、そして意志の自由。
この三本が、錬金術のカマドを立てる、根本の柱。


投稿者 overQ : 10:27 PM | トラックバック


トールキンの新作!

written by overQ
April 18, 2007

なんと! トールキンの新作が登場です。

The Children of Húrin
トールキンが1918年の着手以来、何度も手を加え、ついに完成できなかった作品。
残された断章を息子のChristopherが編集し、本としたものです。
すでに一部が各所で現われていましたが、トリロジーよりも以前の世界の物語らしい。

アメリカ版 Houghton Mifflin

The Children of HúrinThe Children of Húrin
J.R.R. Tolkien

Houghton Mifflin Harcourt
2007-04-17
通常1〜3か月以内に発送

by AMAZ君(改)


イギリス版 HarperCollins

The Children of HúrinThe Children of Húrin
J.R.R. Tolkien

Houghton Mifflin Harcourt
2007-04-17
通常1〜3か月以内に発送

by AMAZ君(改)

おととい(4月16日)発売されたばかりですが、Wikipediaには早くも項目が登場

The story deals with a hero of the First Age, Húrin, of the race of Men, who is cursed by the Dark Lord Morgoth, and the effect this curse has on his children Túrin Turambar and Nienor.

The Children of Húrin - Wikipedia, the free encyclopedia

とのことです。もう読んだのね。(External linksも必見)

私も読んでレヴューを書ければよかったのですが、英語力も時間も残念ながらないです(というか本自体まだ買ってない)。。orz

英語圏ではすごく盛り上がってて、HarperCollins社謹製のプロモーションビデオもありますヽ(´ー`)ノ
Trailer for The Children of Húrin

Alan Lee のすばらしい表紙と挿絵は、こちらで少し見ることができます。
The First Post : Tolkien returns

すでにFAQまでもが(本を読む前なので、まだ内容は見てないですが、マニアックそうw)。
The Children of Hurin - FAQ

編集した息子のクリストファーは、BBCの記事にお写真があります(そして孫もw)。サイドバーの関連リンクも注目です。
BBC NEWS | Entertainment | 'New' Tolkien novel goes on sale

早くも映画化の噂が(笑)
Tolkien's Children of Hurin to Become a Movie? - ComingSoon.net

ほんとに深々と愛されてるんですね、トールキン作品。とりわけ英語圏のネット社会で。

箱入りの豪華本も出版されています。
英国(HarperCollins)とアメリカ(Houghton Mifflin)でそれぞれ出てて、写真を見るとなんかちがってるみたい。マニアはこの差分の餌食となるのでしょう。値段も大きくちがう(笑)
テキストもちがったたりするんでしょうか。興味深いです。しかし、どれを買うべきなのか。。(;・∀・)

The Children of HúrinThe Children of Húrin
J.R.R. Tolkien

Houghton Mifflin Harcourt
2007-05-16


by AMAZ君(改)

The Children of HurinThe Children of Hurin
著者:J.R.R. Tolkien
出版:HarperCollins
価格:¥ 14,621

by AMAZ君




ノラとワタナベ・ノボル(ハルキと百鬼園)

written by overQ
April 14, 2007

ノラのクロニクル

還暦を迎える頃、内田百里禄蕕瓩毒を飼った。
その記録が随筆「ノラや」…となるはずであったけれど、この書き物は、第一章を終えた時点で、別なものになってしまう。

ノラと名づけられた猫が、いなくなるから。
猫日記ではなく、猫の不在日記。
百里涼欧はとてつもなく、いたるところで落涙し、あげく目がよく見えなくなるほどの重篤な心身症。
何があったのか。

The Children of HúrinThe Children of Húrin
J.R.R. Tolkien

Houghton Mifflin Harcourt
2007-05-16


by AMAZ君(改)

二章目からは日付が出現し、日記らしい時系列な記述となる。
百鬼園先生が重ねる日々(=クロニクル)、それは、嗚呼、先生とノラとの隔たりを刻む、無惨に冷静な数値の積み重ね

ノラとしてのワタナベ・ノボル

「ノラや」に続いて、「ノラやノラや」。
百鬼園先生のおろおろぶりは、冷徹な日付によって細分化され、カチカチと時は刻まれていく。その都度、先生とノラの隔たりは広がる。
ノラとともにあった、とどまるべき永遠の時の時(=now here)は、二度と戻ってこない(=nowhere)。
猫との距離はどこまでも開いていく。それがクロニクルとなる。
その末尾はこう。

ノラやノラや、今はお前は何処に居るのだ。

まるで、詩の文句だ。
…ふと、デ・ジャヴがよぎる。
この読書をすでに、どこかで経験している。
この行間は歩いたことのある路地。吹いた風の匂いを覚えている。

ああ、そうか。あの時。
あそこで。

村上春樹全作品 1979〜1989〈8〉 短篇集〈3〉村上春樹全作品 1979〜1989〈8〉 短篇集〈3〉
村上 春樹

講談社
1991-07-16
在庫あり。

by AMAZ君(改)


ワタナベ・ノボル、お前はどこにいるのだ?と僕は思った。ねじまき鳥はお前のねじを巻かなかったのか?
 まるで詩の文句だな。

  ワタナベ・ノボル
  お前はどこにいるのだ?
  ねじまき鳥はお前のねじを
  巻かなかったのか?

村上春樹「ねじまき鳥と火曜日の女たち」(『パン屋再襲撃』所収)。
いなくなった猫
その猫の名が、ワタナベ・ノボル。

この短篇はやがて、大きな長編へと成長するだろう。
「ねじまき鳥クロニクル」

「ノラや」が「ノラやノラや」「ノラに降る村しぐれ」…と続いていくように、ハルキもまた、ワタナベ・ノボルを追って、クロニクル(=時系列の記述、日々の降り積もり)を続けていく。どこまでも。

猫の不在の日記(=クロニクル)。

出口はあるのだろうか? ねじは巻けるのだろうか、巻くべきなのだろうか?

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹

新潮社
1997-09-30
在庫あり。

by AMAZ君(改)

同じとそっくり

百里魯離蕕料楮願を作って、新聞の折り込みにしてもらう。

みなさん
 ノラちゃんという猫を
  さがしてください!
その猫がいるらしい所は麹町あたりです。ねこは毛色はうす赤のトラブチで白い毛の方が多く、しつぽは太くて先の方が少しまがつていて、さわつてみればわかります。鼻の先にうすいシミがあります。左のほつぺたの上にゆびさきくらい毛をぬかれたあとがあります。

子供に向けたというのに、やけに詳細な捜索願。
かえって不安にならないだろうか。
もしこのとおり、同じ条件を備えた猫が現われたとして。
それでその時。
…それは「ノラ」だと断言できるだろうか?
そっくりな別な猫でないと、言い切れるだろうか?

実際、百鬼園先生は、ノラそっくりの猫にその後出会う。
猫通によれば、それはノラの兄弟で、とにかく見た目はノラそっくり。

兄弟でも、ノラの代りにはならないけれど、この猫がうちのまはりにゐる事には一つの実用的な意味がある。私や家内にはいつ迄たつてもノラを見違へる事はないが、人に頼んでノラであるか否かの下見して貰う事がある。その場合、この猫を、尻尾の長さだけ別にして、ノラの見本としてこの通りだからよく見て行つてくれと頼む事が出来る。

同一性の証明に使えるほどに「同じ猫」が、別な猫であること。
この何気ない一節には、深甚な恐怖がある。
「私と家内には見違えることがない」という脇目もふらぬ断定。
他の誰にも、その区別はつかない。私だけがわかる区別。

名づけえぬものの名前

では、まるでサマ変わりしたノラが帰ってきた時、百鬼園先生はそれがノラだとわかるだろうか?

いや、たぶん、わかる。
まったく同一のサマであっても、ちがうと分かるのだから。
まるで違うサマ…例えば目玉が五つ、足が百本あったとしても、それがノラならノラとわかるし、分子レベルまで寸分たがわぬクローンが出現したとしても、それがノラでないならノラでないとわかる。

狂気。
もはや、その猫にはアイデンティティとなる「特徴」はなく、ただ名前だけがある。
ノラや、ノラや。
ワタナベ・ノボル、お前はどこへ行ったのか?

名づけようもないものに、名前をつけてしまった。したがって名前だけしかその存在にはない。
その罪と罰。
姿かたちは問題ではない。
その、それが、それとして、ある、それ自身の、それ。
だけが問題。ラッセルなら、thatnessと呼んだもの。

愛?

不在、喪失、失踪

「ノラや」…ふと、その読後が、ホラーと呼ばれるジャンルにひどく近しい。
百里痢覆△襪い禄媼の)代表的な短篇がそうであるように。
どこかが根本的に病んでいて。
癒そうとすればするほど、その深みは深まる。 *1

不意に失われたもの。
こちらからの呼び声だけが続く(「もういいかい」)。
さっきまで聞こえていた答え(「まあだだよ」)…それが不意に消えた。
抱きとめたと思った瞬間、かいなに何も残らない。
「もういいよ」とその答えを、不安と期待を持って待っていたのに。
沈黙だけ。
呼びかけても呼びかけても、それが意味なのか無意味なのかもう知れない…でいる。

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹

新潮社
1997-09-30
在庫あり。

by AMAZ君(改)

終わりのとなりに

ノラ、自身。
ノラは自分がノラと呼ばれていることも知らない。
自分は自分。どこまでもその同一性に生きることができる…ブルームの妻モリーの長い回想のように句読点なしに。

誰かが帰りを待っているとしても、それはよけいなお世話だ。
誰かが自分をノラと呼ぶなら、それはその人の勝手でしょ。

ノラは百鬼園先生を見向きもしない。何の関心もない。

しかし、これは無惨な事実だろうか?
ノラよノラであれとどこまでもいのる同一性の呪術が、他者であるノラの実存によって、分断され生じるダブルバインドのクロニクル(=日付)。
出口はないのか?
でも、これ自体が出口ではないのか?

彼の不在、それは彼が彼、私が私であるということ。
それを認めることが愛…と呼ぶべき何かだと。
去りゆく猫の後ろ姿。

初めからそれがわかっていて、わかっているからのじれったさを、ブンガクにしてるのでは。と。
終わりのとなりに、ふと。付加される、「と et」。


*1 : 春樹さんはごく初期からスティーヴン・キングに言及し、「気がかりな作家」であったらしい。ノーベル賞候補常連となりつつある今も、きっとそうだと思う。キングへの言及は、絶賛してしまうのを怖がるような、たえず条件つきの、留保した評価で、村上春樹の本質にかかわる問題であるようです。キングがノーベル賞候補になることは、ジャンル棲み分け上、決してないのですが。



文字のない小説2

written by overQ
March 27, 2007
狂人の太鼓

以前、文字のない小説というものを、ご紹介したことがあります。
リンド・ウォードという版画家が、1930年に出版した、「狂人の太鼓 Madman's Drum」。
版画でつづったマンガのような本。ただし、科白や説明など、言葉は一切なくて、絵のみなのが特徴。

最近、リンド・ウォードの「文字のない小説」を、現代によみがえらせた作家を見つけました。
トーマス・オット Thomas Ott。スイスの漫画家です(1966年、チューリヒ生まれ)。

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹

新潮社
1997-09-30
在庫あり。

by AMAZ君(改)


絵だけ。セリフも説明も一切なし。
白い紙に黒いペンで描くのではなく、黒地に白く細い溝をガリガリ刻んでいく手法も、リンド・ウォードそっくり。
不気味でノワールな…大げさに言えば、黙示録的な、雰囲気。
ちょっとグロいのもあります(;・∀・)
よく考えないと、意味がわからないのもあって、じっくり楽しめます。

日本ではほとんど紹介されてないようなので、怖いもの・綺麗ものみたさに、病めるアナタに、先物買い的におすすめです。
文字がないので、翻訳もいらないし。まず一冊といえば、Cinema Panopticum(シネパンと呼んでください)。

来たれ、t.o.t.t.ブーム!
マニアックなプレゼントにも最適です★(…と、人に買わせようとしていながら、私はマンガミュージアムで読んだのであった…(;・∀・)v

▼絵のサンプルの見れるとこ。

Comicstills - Comic Image Agency - All images

Thomas Ott – Clean up!

Comix Now! Ott

Comic creator: Thomas Ott

THOMAS OTT - SCHWEIZER COMICSCHAFFEN - Fumetto Comix-Festival 2002

LUCA LORENZON 'Ancora fumetti di frontiera: Thomas Ott' - Fucine Mute 12

Thomas Ott

Thomas Ott…公式サイト。

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)
村上 春樹

新潮社
1997-09-30
在庫あり。

by AMAZ君(改)

Greetings from HellvilleGreetings from Hellville
Thomas Ott

Fantagraphics Books
2002-07


by AMAZ君(改)

Greetings from HellvilleGreetings from Hellville
Thomas Ott

Fantagraphics Books
2002-07


by AMAZ君(改)

T. Ott's Tales of ErrorT. Ott's Tales of Error
Thomas Ott

Fantagraphics Books
2003-06


by AMAZ君(改)




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