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九十九夜 第90夜 「銀の翼」

written by overQ
July 19, 2005

昨日、苦労して手に入れた、幻の直木賞作家・朱川湊人(以下、ミナトン)の本、今読んでおります。
正統派のホラー短篇。今の季節にぴったり。郷愁が恐怖につながっている(フロイト「不気味なもの」)快作です。

さるにても、直木賞をとったばかりなのに、なぜに本屋に本がないですか。
どうやら、もともとの出版部数が少なくて、大きい書店が平積みしてしまうと、もう出版元の在庫もなくなる。
それで、近所の中規模の本屋さんには、平積みどころか、本が一冊もない、という状況のよう。

ミナトン、まだ著作が四冊くらいしかなくて、映画やドラマにもなってないし、名前が売れてなくて、それで初版刷り部数も控えめらしいです。
今、必死で重版してるようですが、初版は、ちょっとレアかも。
判官贔屓というか、なんか妙に応援したくなってきましたヽ(´ー`)ノ

ヤスミン(津原泰水)のほうが、作家の格としては、あるいは上かとも思いますが、ミナトンはこれから、ゴンゴン売れるという楽しみがありそう。大作もすぐ出そうな予感があるし(次作は「かたみ歌」)、映画やドラマもきっと来るデスよ。
株でいえば、ミナトンは短期で勝負でけそうです。ヤスミンだと、かなり長期、ひょっとすると死んでからしか上がらんかもしれませんが( ;∀;) 「赤い竪琴」は直木賞候補にならんのでしょうか…そのつもりで書いたのではなかったのか。。

で、今夜の九十九夜は、「銀の翼」。
これで、90夜で、残るはあと9夜。今週は休んで、セレクション会議を開いて、来週から再開する予定です。

君の名は


銀の翼

「夜になるといなくなるの」
と妻が言う。
猫のことだ。
もう13年も飼っている老猫である。
毎晩というわけではない。
月水金の夜にだけ
どこかに出かけて夜明け前
汚れた姿で帰ってくる。
ごみ収集の曜日と一致する。
どこかでゴミでもあさっているのか。
ちゃんとエサも与えているのに。

朝になると
冷蔵庫横の
熱気で床がちょっと暖かいあたりに
何事もなかったふりをして
丸くなっているけれど
腹の裏側に乾いた泥の塊が
ところどころこびりつく。
歩いた痕が点々と
床に灰色の足跡を残しているので
すぐばれてしまう。

怒っても猫は
いつものように
怠惰なあくびで答えるだけ。


あくびをするだけマシという。
それでもそれはそれなりに
反省を示しての態度だと
動物学の本には書いてあるそうだ。

果たして月水金の夜
猫はどこへ行くのか。
金曜の夜、猫のあとをつけてみる。
われら夫妻はベッドルームに
引き上げたふりを装い
猫を油断させてから
そっと抜け足差し足。
ベランダから庭に出て
猫が通うドア下の小さなネコドアの
前でじっと待ち伏せる。
植込みに隠れ
びくびくしながら怪しい時をすごす。

夜半をとうに過ぎて
ようやく猫が顔を出す。
右に左にけわしい視線。
感づかれたか。
やがて前足だけドアを踏み越え
そこでもまた止まって右左。
納得いくまで調べぬいた後ようやく
まるでもう一匹が出てくるかのように
のんびりと後ろ足がドアをくぐる。
すうっと伸びた尻尾が
ドアの端にしつこくかかる。
それで突然ほんの二三歩の踏み切りで
ひょいとコンクリート塀の上に飛び乗ると
狭い場所をつんつんと
気取った風に歩き始める。

キャットウォーク。
猫は他の種を嫉妬させる動物。
運動能力の高さだけではない。
その立ち居振る舞いが
どこまでも優美。
脊椎動物の中でいちばん
骨の数が多いらしい。
彼らには重力は
魚にとっての水の如く
拘束ではなく愉しみなのだ。
誰も見てない一人きりの姿が
すでに自慢げである。
なんてムダに高慢なやつだろう。

それにしても
月光に照らされる中
銀に光る背ですいすい歩く姿。
足取りが高く軽い。
恋人のもとにでも通うのか。
隣家の間の塀を
ひょいひょいと歩いている。
首につけておいた鈴が
チリンチリンと鳴る。
夜の巡礼のよう。
お札をおさめにまゐります。
妻は見張りに残して
裏手にまわり
彼が来るのを待つ。

塀にかかる隣家の松の影から
ふいに現われたと思ったら
もうスタンと地上に降りて
ゆるやかに走り出した。
そして消えた…
と見えたのは
横路地に入り込んだから。
子どもが好んで通りそうな
狭い階段路地。抜け道。
猫は歩数歩幅の計算も
瞬時にこなせるのか
段差を同じテンポで刻んで
音楽のように登って行く。
ついていくこっちは
何度もつまずきそう。
石をでたらめに積んで作った
やけに長くて不規則な階段なのだ。

彼との差が開く。
追いつかねば。
焦ってきた。
なりふりかまわず
全力でかけのぼる。
人間の意地ってものだ。
妻へのメンツもある。
肩で息をつき
必死で登る。
もう気づかれているだろう。
階段を見上げると
やつ
いちばん上でこちらを振り向き
つぶらな虹彩を広げている。
その頭上
雲ひとつない空には
巨大な満月がぽっかり浮かぶ。
彼は煌々と
スポットライト浴びたスターような
得意げな表情。

一段飛ばし
二段飛ばしで
むきになって階段を駆け上った。
やっと一番上まで来たが
すでに姿はない。
階段路地を登りきると
わりと大きな街路に出た。
古い町並みだ。
うちのある新しい宅地とはちがう。
路地ひとつ隔てて
こんな場所があったとは。
昭和のにおいがする。
不思議な場所。

いつか来たことがある。
そんな気がした。
子供の頃だ。
祖母は猫を買ってはならぬといった。
ぼくは捨てに来ただけだ。
何も知らなかった。
半年たってお正月
お年玉をくれた祖母は
言った。
「わしもこの正月
自分にお年玉に
新しい三味線を買ったのだよ」
猫を捨てた場所は
三味線横丁と呼ばれていた。
そんなマンガみたいなことが
ほんとにあるなんて。
知らなかったんだ。
たまたまそこに捨てただけ。
静かで
誰にも見られないで
猫も自分が捨てられてことに
気づかないと思えたから。
思えたのに。

そう。ここ。
三味線横丁である。
猫婆ァと呼ばれる老婆が住んでいる。
猫婆ァはふたりいて
双子で姉は三味線の
妹は謡いのお師匠さま。
手習いに近所から
老若男女がやって来る。
身入りはいいが
最近妹のほうのボケが始まった。
長屋では姉妹の行く末について
要らぬお世話の心配で持ちきり。
美人姉妹でお師匠様で
前の戦争で勝ってから
日本の町民文化の華とて
ちやほや暮らしてきた二人には
急に世間が肩身の狭いものに
感じられ始めた。
世間の見えざる手にもまれ
足蹴にもされるうち
老姉妹は猫婆ァになった。
月夜の晩に猫を狩る。
三味線作りというのは口実。
弱いものを追い詰めて
とうとう殺してしまうのが
楽しい。

闇の中で
双子の白髪の老婆に会う。
夜光するように思える。
「あんたかい」
「ほら××さんのお孫さん」
「ほおう。大きく育って」
「肉付きもいい」
冗談かと思った。
でかい網を
頭からすっぽりかぶせられる。
笑っていると
姉のほうが網を救い上げる。
猫婆々(妹)に大の男の私が
軽々と救い上げられ
背に担ぐかごの中へボイと。
コトリだ。
まだ私は愛想笑いを笑っていた。
顔が元に戻らない。
笑い声が出た。それが
籠の中の猫たちと
唱和した。
にゃあにゃあにゃあ。
ぎゃあぎゃあぎゃあ。

なめし皮でかみそりをギラギラ研いで
老婆たちは猫を切り裂きはじめた。
自分は何度もこの夢を
見たことがある。
そう思い込もうとした。
いつものように醒めるはずだと。
いつものように醒めるはずだと。
しかしかみそりが腹を裂き始めると
私はこれが初めてで
一度きりの体験だとさとる。
「毛がないね」
人間だからだ。
でも声は声にならず
にゃあにゃあと
ぎゃあぎゃあと
猫どもの叫びに混じって掻き消える。

「皮が白いよ」
「皮が白いね」
「よいものであろ〜か」
「よいものであろ〜よ」
じゃんじゃんじゃんと
しゃみをつまびく動作で
ほくそ笑みをかわし合う姉妹。
その顔は猫の顔で
吊り上った目の端で
こちらをしっかりねめつけている。
私は自分の猫を呼ぼうとした。
でも猫にはまだ名前がなかった。
ずっと猫
猫と呼んだきり。
どこ。どこにいるんだ。
今度生まれ変わったら
ちゃんと猫にも名前をつけなさい。
行きはよいよい、歸りは…。


遠くで雷の音がしたかと思うと
ザーと長屋の屋根に雨。
天がひっくり返ったかのような
土砂降りだった。
腹を切り裂かれて死にながら
私は天井を見つめていた。
その上の屋根には
いま猛烈な豪雨が降り注いでいる。
その様子を想像しようとした。
なぜだか妻に申し訳なかった。

ふたりに子供はできなかった。
いろいろしたがだめだった。
今では話さないようにしていた。
つらさややさしさは
物質化しないと形骸化する。
やさしくふるまい
肩に手をかけてる。
彼女は何もかも気づく。
気づかれていると知っていた。
気づかれていると知っていることも
気づかれてるとも知っている。
愛は初めからなかったもののように
朝になると消える夜霧のように
私たちのもとを去った。
ふたつの体が
枯れた潅木のように
寄り添うすべもなく
裸であちらとこちらに
突っ立っていた。
わけもなく彼女が怒ると
いつも妻に申し訳なかった。
わけもなく彼女に怒ると
いつも妻に申し訳なかった。
申し訳ないから
妻が死ねばいいと思った。

天井は雨漏りの跡が這い
その文様は猫の額。
うちの猫の額だ。
ああ、君の名前は
なんだったっけ。
妻は君に名前を
つけたのではなかったか。
「銀の翼だよ」
猫婆ァたちが言った。
し。し。

銀の翼のある大きな猫にまたがり
少年の姿で夜空を飛んだ。
月は昼間の太陽なんかより
はるかに大きな光源として
夜空に球体を浮かべていた。
銀の翼にまたがって
自宅へと戻るのだ。
妻は心配しているだろうか。
うまくいったんだ。
猫を取り戻してきたよ。
彼女に自慢したくて仕方がなかった。
でも上空から見ると
家は廃屋になっていた。
鉄線で囲われ
来春コンビニエンスストアが作られると
看板には出ていた。
そうだった。
もうとっくに離婚していた。
猫はわたしについてきた。
でもいつの間にかいなくなった。

あの時もそうだった。
三味線横丁は昭和の初めに栄えた長屋街。
ぼくの子供の頃にはすでに
廃屋の群れになっていた。
だからぼくは猫をそこに捨てたのだ。
猫はすでに冷たくなっていた。
祖母が薬殺したからだ。
抱くと固くて冷たくて
ぼくの好きだった猫とは
すっかり別な物体に変わってた。
そしてぼくは
猫の顔をした双子の老姉妹の話をでっち上げ
学校中に言いふらした。
母が先生に呼び出され
二人で説教された帰り
母はぼくにアイスクリームを買ってくれた。
めずらしく母もアイスを買って
夕暮れの帰り道を
ふたりで食べならが帰った。
祖母のかげで
ふたりはひそかに同盟していたから。
三味線横丁は取り壊されて
パチンコ屋とハーゲンダッツと
カメラのナニワになった。
猫はどうなったろう。
埋まったままなのかな。
お墓を作ったときも
あれには名前をやらなかった。
名前はあったんだ。
でもあの固い体を抱くと
もう思い出せなかった。

それから私は
猫を飼っても
名前をつけないことにした。
そうか。そうだった。
妻にこの話をすることがなかった。
別れるとき
何か言い残したことがあると思った。
私はあの後すぐ
外国に行ってしまった。
13年後
戻ってくるとこの国は
何から何まですっかり変わっていた。
故郷の町は震災に会い
区画整理で
街路はまったく見知らぬものとなっていた。
妻と別れてからは結局
ずっと外国にいるようなもの。
銀の翼に乗って
私はそんなことを考えた。
そう。銀の翼だ。
彼女は確かに
その名をお前に与えた。
信じられるだろうか。
それは私があの埋めた猫に
つけた名前と同じだった。
銀の翼。
ふたつとない
めずらしい名前だというのに
彼女はそれを言い当てた。
この不思議のことを彼女に告げてない。
まだ、愛している。
私は廃屋の床から猫を抱き上げた。
猫の体は熱く柔らかかった。


※三部作の3。


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九十九夜 第89夜 「見えない町」

written by overQ
July 18, 2005

花まんま今日は、直木賞作家の人の本を買おうと、本屋さんへ行きました。
直木賞の人は、朱川湊人。
40過ぎの作家ですが、デビューは最近で、まだ四冊くらいしか本がないみたい。でも、直木賞候補はこれで二回目だったとか。ジャンルはホラーらしい。もとは出版社勤務だそうです。

私は、この人を全然知らなかったのです。七生子さんが、あらすじつきの書評を書いておられたのを読んで、面白そうだわさ、読んでみたいと思って、本屋に行ったのです。ちょうど暑いし、ホラーも読みたかったのです。

都市伝説セピア朱川湊人。
シュカワミナト、と読む。私は読めませんでしたorz
というか、名前自体うろおぼえなまま、本屋に行ったのです。…だって、直木賞だもの。平積みされてるに決まってるから。

ところが。
ないです。いろんな本が平積みされてるけど、直木賞ないです。前々回の直木賞の奥田英朗の新作はあれども、シュカワないです。ショックです。
売り切れ? いや、たぶん、ちがう。七生子さんも「地味」と書いておられました。ツハラほどではないにしても、地味だから、本屋さんに在庫もなかったか。こころなしか、津原泰水と名前の字面が似てなくもない、朱川湊人。

近所の中くらいの本屋さんです。
店員さんに訊ねようかとも思ったのですが、名前がわからん(´ヘ`;)
「こないだ直木賞をとった人」
と質問するのはどうか。しかし、店員さんはバイトの人らしく、こう切り返されると、困る。
「ええと、名前なんでしたっけ?」

こうして、やむを得ず、ほかの店に向かいました。四軒回って、どこにもなし。
もっとデカい書店に行けば、あったんでしょうが…。

結局、図書館に。
図書館は、もう借りられてるだろうと思って、行かなかったのです。
でも、図書館には新聞があるから、過去新聞で直木賞の記事を探せば、名前がわかる。
こうして、ようやく朱川湊人にたどりつき、シュかアカかアケかだろうと棚を探して…見つけました。
つまり、誰にも、借りられてませんでした(;・∀・)

そんな暑い夕暮れを過ごした一日。

今宵の九十九夜は、「見えない町」。
これって、もしかして、既出かも…(汗 検索していちおう確かめたけど、なんかデジャヴを感じる。
どれがすでにアップしたやつだったか、わからなくなっている始末な私。やっぱり90というのは多いですわ。過去ログが、ゴミ屋敷化していく…。

見えるかにゃ

見えない町

人体欠視症というらしい。
人の姿が見えない。
いつも無人の街を歩いている。
大勢の人がいるはずだが
私には見えない。

病気になってから
好んで人通りの多い
…はずの…
場所を歩くようになった。
以前はにぎやかなところは
苦手だったのに。
いや、それは今も、同じだ。
街は静かだ。
私ひとりのものだ。



テレビは見るが
声が聞こえない。
文字も欠視するので
言葉は自分の頭の中で
いつもぐるぐるめぐるだけ。
ニュースとドラマの区別がつかない。
事実なのかフィクションなのか。
本当にあったことともたとえ話のようだし
なかったことも真理のようだ。
科学は魔法めいてくるし
歴史は神話の中に溶け込んでしまう。

日常生活に支障はない。
憶えてないだけで私はちゃんと
ふつうに暮らしているらしいのだ。
町で人とぶつからないのは
人を認識しよけているから。
病院にも通っているはずで
人体欠視症という語も
そこで憶えたにちがいない。
脳が記憶をでたらめに編集している。
もう一人の私がいて
多くの出来事を隠している。
…そんな知見も
医者から得たものかもしれない。

あるいは、ときどき
こんなことも考える。
私は本当にひとりきりなのだと。
人類はよんどころない事情で
すでに滅んでおり
私一人が生き残っている。
町にひとけがないのも当然だ。
私はさみしさをまぎらわすため
人体欠視症なる妄想を
つむぎだしているのだ、と。

証拠はある。
生きた人は見えない私も
死体は見えるのだ。
最近になって町で
死体を見かけることが増えた。
爆発もあり建物が崩れ
血のにおいがする。
戦争が起きているのかもしれない。
わからない。
テレビはそんな映像を映し出すが
それはずっと昔からそうだった。

死体とも呼べないような肉片が
あちこちに散らばる瓦礫の町を
それでも私は好んで歩く。
ときどきは戦いさえするようになった。
気がつくと自動小銃を構え
崩壊したイタリアレストランに向かって
射撃を繰り返している。
なにものかが撃ち帰してもくる。
姿は見えない。
何と戦っているのか。
わからない。
敵なのか。何なのか。
何の目的で町を破壊しているのだろう。
存在するのだろうか。
ともかく私は自分の身を守るため
撃つ。
果たしてそれが防衛に
なっているかさえ不明だが。

夜、眠るとき
夢に落ちるまでの間
善や悪の問題について
考えることにしている。
病気になる前
それはたしかに
重要なことだった。
今では
問題の意味さえ
わからなくなった。
善悪の区別がないだけでなく
その二つとも
初めからなかったように思える。
ないものについて考えることはできない。
それで熟睡できるのだ。

※「人体欠視症」は、川端康成の未完の遺作「たんぽぽ」に出てくる、心の病です。





九十九夜 第88夜 「田村幸子の逆襲(ダバダ〜篇)」

written by overQ
July 15, 2005

いつものこの、九十九夜の前説に意味のないことばかり書いているので、今夜は反省して、役に立つことを書こうと思うのです。

あー。うー。
役に立つこと…ねえ。

21日から、吉野家の豚丼は、250円です。とか。27日よる8時まで。
いや、それは、でも、ちょっと。なんだ。

これは、どうでしょうか、京都ネタ。
祇園祭は宵々山です。前々夜。イブのイブ。
鉾をしっかりと見たいときは、よいよいよい山くらいの昼間に、バイクとか自転車で通りを回ると、ばっちり見れます。
…それって、もう手遅れですね。はははは…(口をすぼめて)ほほほほ。

というわけで、今夜もお役に立てなかった前説(;・∀・)
第88夜は、「田村幸子の逆襲」。あの田村幸子です。そして、ダバダ〜篇。

愛

田村幸子の逆襲(ダバダ〜篇)

田村幸子がいなくなって
もう三週間になる。
気づいたのは三日前のこと。
考えてみるともう三週間
田村を見かけていない。
どうやら十日ほど前にも一度
そういえばこのところ
田村を見ていないなと
思いはよぎったのだけど
すぐさま忘れていた。

田村幸子とは、いつからか
ぼくの部屋に住みつくものである。

それ以上でもそれ以下でもない。
まったくの他人であって
恋人でも知人でも
親戚でも友人でも
上司でも奴隷でもなく
田村幸子である。
気づけばそこにいた。
しかし別段気づく必要が
あるわけではない。
そのあるなしに関わりなく
ぼくの人生は
およそとどこおりなく
過ぎ行くはずだ。

それがどうだ。
今朝テレビを見ていると
CMに田村が出ている。


よりによって商品広告に
田村を起用するとは。
おかげでさっき
見たところなのに
もう何のCMだったか
思い出せない。
何か頭の片隅に
地味な気配だけが残っている。
まさしく田村だ。
よく考えてみると
このCM、すでに
何度も何度も見ている。
何度見ても全然
記憶に残ってないのだ。
何はともあれ
田村効果。交淡如水。

おそるべきことだ。
危機感がまったくないが
おそるべきことだ。
そのはずだ。
散歩の道々
考えてみた。
そういえば最近いろいろと
忘れっぽくなってやしないか。
前の日曜日。
たしか映画を見に行った。
しかし何の映画だったか。
忘れている。
昨日の晩御飯。
何を食べたっけか。
思い出せない。
先週読んだ本。
なんだったか、誰の本か。
小説だったかエッセイか。
何もおぼえていない。
いったい何のために
読んでるものやら。
いつも通る駅前の道に
先日できたコンビニ。
それが建つ前って、あの場所
何があったんだっけ。

何か灰色の
薄ぼんやりした気配だけが
霞のように存在感なく
脳裏に漂っている。
消した後の消しゴムの
カスのようなもの。
無意識にさっと
どけてしまう。

あるいは。
すべてことごとく。
田村の仕業ではないのか。

まさか。
そんなこと。
あるまい。
が。
いやしかし。
ひょっとすると。

田村のあの
どこまでも地味で目立たない
灰色の非存在感効果で
いろんなものがその存在を
抹消されているのではないか。
われわれの記憶は奪われ
世界は縮小しているのでは。

前の日曜日。
見た映画に
田村は主演していなかったか。

昨日の晩御飯。
ぼくはついに田村を殺した。
その非存在感の軽さに耐えられず。
そして散らばった肉塊を
100グラム98円の中国産豚肉と間違えて
喰ってしまったかもしれない。

先週読んだのは
田村幸子日記ではなかったか。
ノートのマス目を無視して
ミリペンで連綿と
書き綴られたミクロの文字。
田村文字。
宇宙のあらゆる出来事を
田村なりに書き尽くす。
世界は日記に封じ込められる。

コンビニが建つ前。
駅前のあの場所には
田村幸子が350人ほど
林立していたのではなかったか…

こうして
田村幸子は田村幸子なりに
世界を侵略しつつあるのだ。
われわれの陣地は
急速に奪われ
田村化している。
しかしそのことにどうしても
気づくことができない。
たとい気づいても
次の瞬間にはもう忘れている。
危機感は盛り上がらない。
靴の紐がほどけただけでも
田村の侵略よりは
切迫した感じがする。
メモっておいても
あとで読み返せば
もう何のことだったやら
思い出せない。
思い出せても
メモの次の行が目に入れば
たちまち忘却のかなた。

恐るべし
田村幸子。
かつ、まるきり
恐るるにたらないままな
田村幸子。
恐るべし。

何が望みだ?
いや、特に
知りたいわけではないが。
ああ、知るべきなのに。
でも全然知りたくない。
田村幸子、恐るべし。

どうすれば
田村に対抗できるか。
人類はついに
田村幸子によって
征服されるのか。
その自覚もないままに。
そこはかとなく。

歩きながら
こう考えた。
ダバダ〜。
恋だ。
田村幸子に恋すればいい。
そうすれば
田村のことを
ことあるごとに思い出し
視界の隅に田村が入っただけで
胸がときめき
世界に田村しか見えなくなる。
そばにいないと不安で
どこに行ったのか
気になって町じゅうをきょろきょろ。
田村田村田村。
視線はさまよう。
幸子幸子幸子。
これだ。

恋の力で、
田村幸子を、
可視化する。

そんな馬鹿げたアイデアで
頭をいっぱいにし
サチコ、サッチィ、さちりん☆と
呼びかける練習などに
なかばヤケクソな憂き身をやつしつつ
家に戻ってみると
いないいないと思っていた田村がいた。

というか
田村はどうも
ずっといたようなのである。
こっちが気づかなかっただけのこと。
いつもの片隅で
田村は小さな鏡を覗き込み
写した像の目がこちらを見ていた。

なんだ、そうなのか。
いたんだ、田村。
なぜ急に気づいたんだろう。
ひょっとして…恋。
いけない、いけない。
ああ、でも、ちょっと
ほっとしている自分がいて。
胸の底ほのかに
暖かみが宿るような。
はうう。何かそら
恐ろしいような気持ちもする。
ああ、灰色の気分に
うっすら桃色のもやがかかっている。

以来もう田村のCMも見ない。
幻だったのだろうか。
いや正直に告白すれば
いちばん好きだったアイドルのCMで
ふと田村のこと感じたりする。
(嘘だ嘘だ嘘だ)

それとときどき
駅前の道を歩いていると
空き地に350人ほどの田村幸子が
びっしりと立ち尽くしている幻に襲われ
激しく首を振る。
混んでいるエスカレータで
ふり向いた顔がすべて田村。
パソコンの壁紙が
いつの間にか田村。
転んで膝にぱっくりと
開いた傷口が田村。

どの道やっぱり世界は
田村に侵略されているらしい。
まあそれもいいのかもしれない。
いやよくない。
いや。
でも。まあ。

なあサチコ。
鏡を覗きこむ背中に
心の中で呼びかけてみる。
するとめずらしく
振り返る田村。
目と目が合った。
その瞬間
世界は消える。
幸子とぼくと
ふたりきり。
「ふたりッきり」

すべては薄ぼんやりした
桜色の(いや灰色の、灰色のはずだ)
忘却で埋め尽くされた。
世界は
もう
ない。
世界は田村に征服された。
もう
田村しか
見えない。
ほのあたたかく春の気配がする。
彼女は膨らんできたお腹を
静かにさすっている。
「おぼえてないなんて
いわせないから」
そして今夜の田村日記には
ぼくの名前をしたためるのだ。
あの細密な文字でびっしりと
宇宙の全事象は書き取られ
奪われる。
そして、
残るのは、
愛。
「愛だけ」




九十九夜 第87夜 「野生」

written by overQ
July 14, 2005

ダースベーダー高級コスチュームセット今日はようやく、スター・ウォーズ エピソード3を観てきました。とても面白かったです。

六月末にできたばっかりのシネコンで見ました。THX仕様です。最初の、「THX」のマークが出るときの、ジュワ〜ンという音が腹にこたえます(笑)

設備のいい映画館で見るというのが、この映画を面白く見るための、かなり重要ポイントではあるまいか。あと、当然、過去作を全部見てることと。できるだけくわしくw
これでサーガがまとまって、前の作品も新たな視点で見直せる仕掛けです。商売上手です、ルーカス。
また、そのうち、くわしい感想も書いてみたいです。(それと、マニアックな話ですが、コルサントの港で、ミレニアムファルコンを見かけました! ランドーが乗ってるんでしょうか?)

今夜の九十九夜は、「野生」。

ネイチャー・コールズ・ミィ

野生

朝目覚めると
部屋が動物くさい。
猛烈なにおいだ。
なにか野生動物が
侵入したにちがいない。

部屋のあちこち探すうち
鏡の前ではたと足が止まった。
熊がいた。
ヒグマ。成獣。オス。
推定体重300キロ。
しかし振り返っても
何もいない。
俺だ。
鏡の中の熊は俺。
俺が熊になってしまった。



さてどうしたものか。
クマったな。
そんなフラットなダジャレを
言ってる場合じゃない。
こんな格好で外出すれば
外は大騒ぎだ。
ひょっとすると射殺されかねない。

いい考えが浮かばないまま
冷蔵庫の食料を食い散らし
丸一日部屋にこもった。
ずいぶんあったはずの食べ物も
熊の食欲にはかなわない。
日が暮れる頃には底をついた。

助けを求めるしかない。
彼女に電話した。
じつは昼前にも
無断で会社を休んだ俺に
心配して電話をくれた。
電話で熊になったとも言えず
病気ということにしておいた。
お見舞いには来なくていいから。
大したことないから。
電話で熊になった言っても
信じてもらえそうにないし
部屋に来られて
こんな姿を見られるのは
恥かしい。

しかしこうなってはしかたない。
腹が減って理性が吹き飛びそうだ。
食べ物をたんまり
持ってきてもらうのだ。
ところが電話してみると
彼女はどうしても用事があって
今夜は行けないと言う。
何の用向きかは
どうもはっきりしない。
なんだか様子が変だ。
昼前の電話では
夕方にでも寄ろうかと
しきりに心配していたのに。

電話を切ってから
なんだか不安になった。
かすかな嫉妬心がちろちろと
心の底を引っかいて
小さな嫌な音を立てている。
熊になったとは言えないまま
あれこれ理由をでっち上げ
無理に誘おうとしたのが
不信を買ったのだろうか。
わからない。
考えれば考えるほど
闇色の雲が頭に広がる。

とにかく外に出よう。
食い物を探すのだ。
それよりもまず
彼女が来れない理由を知りたい。
めらめらめら。

外出のための作戦を練る。
派手なアロハシャツに短パン。
パナマ帽もかむる。
サングラスに傘もさして
自転車に乗る。
これだ。
これで中に
ニンゲンが入っているとしか
見えないだろう。
すばらしいアイデアだ。

で実際やってみると
自転車がなかなかうまくこげない。
しかも熊の体重に耐え切れず
たちまちパンクする。
犬が猛烈に吼えかかってきたので
人目につくとやばいと思い
一撃を加えた。
犬の首が首輪を残して吹き飛び
血しぶきが上がる。
自身の力に恐怖するが
闇の底には暗い喜びもあった。

ともあれ何とか
人目に触れることなく
彼女のマンションまでたどり着く。
夜もふけた。
熊の体は夜行性なのだろう。
内側からうきうきするようなものがある。
彼女に会えば
こんな姿になったことを
あれこれ説明しなければならないな。
説明といったって俺自身
なぜだか皆目見当もつかない。

インターフォンを押した。
返事がない。
見上げると窓には明かりが見える。
人影もあるのだ。
なんだというのだ。
マンションフロアのガラス扉を
頭突きで破って侵入。
けたたましくなるサイレンが心地いい。
階段をのしのし登ってやる。
見つかってももう怖くない。
俺は熊なのだ。

彼女の部屋のドアを叩いて
俺だ俺だと言う。
すでにドアの鉄板はぼこぼこに歪んだ。
彼女がドア越しに
帰ってくれと言う。
一目だけでも
俺の姿を見てくれよ。
不安なんだ。自慢なんだ。
拒否する彼女を
無理に説得して
ようやく半壊のドアのすき間から
彼女が俺を見た。
そしてしばらくの沈黙のあと
歪んだドアが不快な音を立て
開かれる。

彼女は驚いて言葉もないのだと
思っていたら
驚くのは俺のほうだった。
開いた扉の向こうには
一頭の虎がいた。
彼女は虎なのだ。
しかし目と目が合った瞬間
本能が目覚める。
二頭のケモノは
たがいに飛びかかり
死闘が開始される。
熊は虎の肩を爪で深くえぐり
虎は熊の脇腹の肉を噛みちぎった。
なるほどこういうことだったのか。
どうりで喧嘩が絶えないはずだ。
虎と熊だった。

マンションの廊下を
血みどろになりながら
二頭のケモノがころげていく。
熊は腹に深手を負いながらも
やっとのことで虎を仕留めた。
敵の命の炎がやむと
途端に本能が切り替わり
猛烈な空腹がよみがえる。
虎の死肉をむさぼった。
恋人の肉の味をおぼえて
野性の本能が目覚めきった熊は
もうためらうことなく
あらたな食料を求め
街へと繰り出す。

夜明けの始まった街には
野生の匂いが満ち満ちていた。
スクランブル交差点には
バッファローの群れが渦巻いて走り
象たちはオフィスビルに体当たりして
窓枠でふざける老猿どもを追い落とす。
町は弱肉強食の世界。
弱者には痛みをともなう改革である。
のぞむところだ。
立ち上がれば体長が三メートルにも及ぶ
巨大なハイイログマが
いま堂々とその巨体をくねらせつつ
都会のジャングルへと
身を躍らせていった。
遠吠えは市中に満ち
覇権がわが身にあることを
高らかに宣言していた。




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