AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 京都 in DEEP アーカイブ

新緑の石山寺

written by overQ
May 19, 2008

滋賀の石山寺に行ってきました。

前から行ってみたいと思ってたんですが、
ワルツさんがこないだ記事にしておられて、
何かに呼ばれた気がして(´ー`)、
この機会に行ってみました。

ワルツさんには、JRとバスのことを教えてもらったんですが。
…ふっふっふ。
私はチャリンコで行くのだよ☆彡
修学院から滋賀石山まで、90分。一号線をまっすぐです。

動画はマイクロソフトのフォトストーリー3(無料)で作りました。
ジョジョに使い方をマスターしつつある(というか、ものすごくカンタンなソフト)。
動画作成は三時間半くらい。

難しいのは、じつはアップロード。
フォト蔵にアップしようとしてるんですが、
動画のフォーマットがよくなくて、なかなかうまくいかない。

上の動画はYouTubeにアップしたもの。
だいぶ画質を落してます。
たぶんもっとずっと綺麗にする方法があると思う。研究中。。

★5月21日追記…やや高画質のバージョンに差し替え。
でも、まだまだ研究の余地あり。



阿弥陀+アフロ

written by overQ
May 16, 2008

黒谷さん(金戒光明寺)にいらっしゃる、アフロな阿弥陀さまです。


【参考】

髪の毛フンワリ、アフロな仏様に会いに行く | エキサイトニュース

阿弥陀如来 - Wikipedia
劫 - Wikipedia

ラスタファリズム - Wikipedia
ウィリアム・アドルフ・ブグロー - Wikipedia

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投稿者 overQ : 12:13 PM | トラックバック


QnapShots#037 「御蔭祭」

written by overQ
May 14, 2008

明日15日は、葵祭。
それに先立って、12日、御影祭がおこなわれました。

今回はなぜか動画にしてみました。
写真に文字を入れたりしてるうち、いっぱい溜まったので、ついでに動画にまとめることに。

Windowsのフォトストーリーというのを使いました(無料)。
たいへんわかりやすいソフトで、あっという間に出来上がる。
じつにビミョーなBGMも自動作曲してくれます(∂_∂)
知らない人もなぜか多いですが、マイクロソフト謹製のソフト。
写真のアルバムを感動的に見せるのに、効果的。
また、文字を強制的に読ませるのにも、けっこう使えますね。
この方式で詩や小説を書いてみると面白いかも。
おすすめです。

最初は別冊太陽みたいな感じで、
文字の大きく入った写真とその説明で記事を書くつもりだったのだが。
動画にまとめてしまったので、詳しい説明は省略とw
成り行きで無計画に作ったので、この動画だけを見ても、御蔭祭のことはあまりよくわからぬです。
むしろ秘密結社の儀式のように見えてしまう…じつはそうだったりして。



ゑんまと地蔵と小野篁

written by overQ
May 6, 2008

開演前

ゑんまと篁、紫式部

大念仏狂言がおこなわれた、千本ゑんま堂。
正式には引接寺といって、小野篁が開基とされます。

小野篁というと、清水坂の六道珍皇寺も有名。
篁公は、珍皇寺の井戸から冥府に通い、閻魔大王の補佐をしていた、とカタられる。

そして、嵯峨野の清涼寺には、「生の六道」なるものがある。
ゑんま堂と同様、大念仏狂言が地元の人々によっておこなわれる、清涼寺。
ここには、珍皇寺から地獄に赴いた篁が、この世に戻る出口として用いた井戸があったと。
(清涼寺の東、徒歩五分ほどのところに「福生寺」という寺が江戸時代まではあって、
そこに「生の六道」である井戸が七つあり、お地蔵さんがまつられていたそうです。
今はガソリンスタンドのところに、大きく「六道の辻」の碑が立ってます。)

また、篁公は紫式部と縁があって、千本ゑんま堂には、14世紀に建てられた式部の供養塔がある。
さらにゑんま堂から船岡山のふもとを東にいったところに、小野篁の墓所と伝えられる塚があり、なんとその隣には紫式部の塚が並んで冥っています。

源氏物語の作者である紫式部。
男女の愛欲を描いた罪で、地獄に堕ちたところを、閻魔の補佐である篁公の口添えで、助けてもらった、という伝説。
これが、篁と紫を結ぶもの。
篁といえば、「地獄に堕ちた人を再生させる」というのが、お約束のカタり。戻し屋タカムラ。
また、たぶん篁の伝説をカタる人々が、紫式部とそれほど遠くない存在であったことも匂わせます。


京の隅

ゑんま堂のある船岡山のふもとは、もともと墓所
おそらくは平安京以前からの埋葬地であったかとも。

珍皇寺のある清水坂も、六道の名が示すところの、この世とあの世のサカイの地。
清涼寺のある嵯峨野も、墓所として知られた場所。

小野篁ゆかりの地というと、もうひとつあって、それは伏見の六地蔵・大善寺
ここも六地蔵(墓地の入口にはきっと祀られてる)の名のとおり、あの世とこの世のサカイとされた場所。
篁が死んだとき、地蔵の導きで再生した、という伝説によって、建立されたという六地蔵。


大きな地図で見る

六地蔵、嵯峨野、船岡山、清水坂。
京の東西や南の果て、というべき地ばかり。それらはみな、古い墓所であること。
澁澤龍彦は、嵯峨野の清涼寺を訪れた際、「生の六道」を見つけて、入口のある珍皇寺からはずいぶん離れていることを思い、「地獄とはずいぶん広いものだ」という感想を抱いたそうです。

澁澤龍彦の古寺巡礼 (コロナ・ブックス)澁澤龍彦の古寺巡礼 (コロナ・ブックス)
澁澤 龍彦

平凡社
2006-11-25


by AMAZ君(改)

こうしてはっきりとわかるのは、伝説としてカタられる「小野篁」という存在は、墓所と深い関係にあるということ。
篁公は、「お地蔵さん」および「ゑんま大王」とアナロジカルな関係にある。
篁=地蔵=閻魔
という図式。
墓所を守っていた人々、葬儀を管理する人々の掲げるヒーロー(神)として、小野篁の伝説はある。

珍皇寺のある六道の辻は、六波羅であり、ちがう時代には検非違使を輩出する。
検非違使…裁判と警察をかねた荒事をつかさどるものら…つまり、閻魔と獄卒(鬼)、そして地蔵。。

検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社選書)検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社選書)
丹生谷 哲一

平凡社
1986-12


by AMAZ君(改)

小野のトライブ

小野篁神社

小野というトライブはとても古くて、また全国津々浦々に分布するという、興味深い特性がある。
小野という地名は至る所にあり、小野という名前も非常にポピュラーな姓。

滋賀の琵琶湖南西に小野の古い郷があり。
小野篁神社、道風神社、妹子神社があります。小野尽くし。
また古墳がきわめて多く分布し、タタラ場の遺跡もあって、古墳時代から続く由緒ある小野グループ。 *1
野を拓くものら。列島の開拓者たち。

関東の武士には小野を先祖と称するものがあるそうで(→Wikipedia「横山党」の項。八王子=牛頭天王の子らの信仰をもたらしたのは、この一統のように思える)、積極的に外地に開拓に出て行った結果ではないでしょうか。

鉄器と石をもちいての土木が得意。古墳時代の遺風をのこす。
むしろ、古いやり方のままだったせいで、外へ外へと出ていかなければならなかったのかもしれない。
小野といえば、また小町のカタリも、小野グループの一派の仕業かと思われます。こちらは遊行のニュアンスが濃い。
旅を棲みかとす。。


古墳と岩戸

石神古墳

古墳と小野が関係してる…と仮定すると、いろいろ興味深い妄想が湧きます。 *2

古墳はまさしく墓所。
小野トライブは、古墳時代から続く、死と生の神秘主義、そのレジェンドを伝えていた。
また、天照大神の天の岩戸隠れのエピソードは、古墳での儀礼を表わすのではないかという説があります(講談社学術文庫版「古事記」解説)。
天の岩戸といえば、アメノウズメの踊りで知られ、神に奉納する歌舞音曲の始祖。
すると、一挙に、ゑんま堂や清涼寺の狂言につなげてみたい衝動にかられます。
つまり、「お隠れになった太陽を呼び戻すウズメの踊り」と、「ゑんま様に頼んで死者を蘇らせる狂言」が重なり合う。
(事実、アメノウズメの後裔とされる猿女君一族の子女は、小野氏の男子と婚姻する風があったらしい。ウズメと小野は深く結び、小町はおそらくウズメの転生とみなされている。→柳田国男「小野於通」

検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社選書)検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社選書)
丹生谷 哲一

平凡社
1986-12


by AMAZ君(改)

嵯峨帝により隠岐に配流されるものの蘇ってまた出世した小野篁。
篁公をヒーローとした人々は、生と死のサカイにあって、その導きをなすお地蔵さん(ゑんま様、あるいは道祖神)を、篁とアナロジカルに結び、「死と再生」あるいは「反対の一致」という神話のプロトタイプを燃え上がらせていたようです。 *3

もう少し妄想の風呂敷を広げておくと。
古墳はやっぱり母胎であり、死者を再生させる装置にちがいない(断定口調)。
ピラミッドなんかもそうなんでしょうか。死者というより、あれは太陽を蘇らせる装置だと、吉村先生はテレビで言ってたような気がする(ちょっとうろ覚え…汗)。

葬られるのは人間というより、その一党で「神」としてシンボル化されるもの
太陽あるいは鉱石(山という母胎で育つもの。錬金術師のいう金、タタラつまり太郎、桃とか金とか浦島とか)に結ばれる存在。
鉄器の到来は、山師・鍛冶師(=錬金術師)の呪術的思考を同時にもたらした。
それは古墳時代にピークをむかえ、だんだん衰えていったけれど、民俗の端々に残っているのだと。
…私がタラと呼んでいるもの。
それは、よみがえる。


*1 : 滋賀の小野の郷は、京の謎を解く鍵といっていい。隣接する和邇には、牛頭天王をまつる天皇神社も。
*2 : 古墳といえば、埴輪の発明者で、相撲の始祖である、野見宿禰。
「野見」は鉄器のノミを現わすのではないかとも言われます。
篁公は横紙破りな言動から「野狂」とあだ名された。
また、関東の小野を名乗る武士は、「野」を名称に取り入れ、「弥太郎」なんて名前はもともとは、「野の太郎」から来てるそうです。
だから、野見の「野」もちょっとそれを思わせます。
*3 : ゑんま堂狂言の神話元型は、日蝕のサカイのシャリバリと似ていることだけでなく、「大名と太郎冠者」が大物主と少彦名のモドキと重なったり、牡丹(=薔薇、日輪)を喰らう獅子や、ウツホから再生する龍や猿など、細部・大部を問わず、さまざまな箇所に見え隠れします。

投稿者 overQ : 7:31 PM | トラックバック


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