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ソロモンの指輪―アラビアンナイト入門4

written by overQ
May 2, 2005

アラビアン・ナイト 別巻 アラジンとアリババまだまだ続くアラビアンナイトのお話。
連休にかこつけて、今夜は、空飛ぶ絨毯みたいに、大風呂敷をひろげてみましょう。長いです(;・∀・)

★都城と露天商

アラビアンナイトにはどうしたわけか、まじめに働く人があまり出てきません( ;∀;)
千夜一夜は、都市と商人の物語。

都城には幾重にも城壁がめぐらされ、いくつもの門をすぎて街の中に入っていく。
アラビアンナイトの枠物語のように、入れ子構造になった都市。
都市は、広大な市場です。
どの門をすぎれば、都の中心に達したことになるのかは、誰も知らない。門をくぐるたび露天商は増え、誰もがここが市の中心と売り口上をかたる。

千夜一夜は、始めたら、もう終わることのない物語、と言われます。
門をくぐってもくぐっても、中心にたどり着かない…と思っているうちはよいのです。
ところが、さてふり返り、出口を探そうとすると、もう見つからない。門の外にはまた門が続くだけ。
露天商たちはさまざな文物を並べ、さまざまな色の瞳と肌で笑っています。
いけどもいけどもバザールは続く。イスラム都市は迷宮
一度迷い込んだら最後、もう、「外」というものはないのです。

幻想の魔術師カレル・ゼマン シンドバッドの冒険+短編 ◆20%OFF!<DVD> [BWD-1357]都市には、どことも知れない世界から、さまざまな商人、さまざまな文物が舞い込んできます。商いはあるけど、生産はない。
商品は、市場で売買されて、価値となります。
価値とは何なのでしょう?

商人たちは、商品が何なのか、知らない。どこで取れるのか、作られるのか。それは、知る必要もないこと。
ただ、不思議には思います。
竜涎香(アンバーグリス)という香料は、当時の宝のひとつ。マッコウクジラから取れるのですが、シンドバッドの物語の中では、竜涎香の湧く泉を見つけるエピソードが出てきます。誰もそれがどこから来るか、知らなかったのです。
アリババは盗賊たちの宝が、洞窟に隠されているのを見つけます。合言葉は、ひらけ、ゴマ。
ゴマの実がはじけるとき、そのさまが女陰のひらくのに似ているから、こう叫ぶという説があるとか。開く岩は、枠物語の胎内に侵入して行く=閉じ込められること
お宝はソコにある。ソコにあるものが、お宝。

また、商人たちは、なぜ人々が商品に高い価値を見出し、高額で買うのか、さっぱりわからない。何に使われるかも、知らない。知る必要がない。
人々は魔法にかかっている、とでも思うほかないのです。
たぶん、他の人々も、「みんな」が買うから買うのかもしれません。だれも、それが何かわからないまま、値段がつりあがる魔法。
ともあれ、魔法に従って、右から左に商品を流す。都市から都市へ渡り歩く。すると、ワラシベは、黄金に換わる。
はたして黄金がワラシベに比べて、価値があるのかないのか、それはよくわからないのです…。

価値という幻の上に浮かぶ、幻のような都市。
価値が価値をつむぐ世界。文物が見る夢の市場。
そこで交わされる、噂とも嘘とも知れない言語が、千夜一夜の物語。
物語が物語をつむぐ物語。


★旅の商人

露天商たちは、日々、入れ替わる。
同じ商人に二度会うことはむずかしいと言われている。
同じ商品にふたたび出会うこともむずかしい。大量生産の時代ではないのです。
見かけたとき、すぐ買っておかないと、もう二度と手に入らないよ。

商人たちはどこから来るのでしょう
彼らは商品の出所について、けっして本当のことを語りません。
彼ら自身、べつな商人から買いつけただけで、何も知らないのだから。
なんでも、もっとも貴重な香水は、竜のよだれであるらしい。
もっともらしい売り口上をかたるうち、本当のことと嘘のことの区別は見失われていくのです。夜の種族のはじまり。

ふるさとはあるのでしょうか。
もう行商に出て、長いのです。故郷に妻がいたとしても、とっくに間男といい仲になっているでしょう。
なぜなら、自分自身、あちこちの都市で、そのように女を抱いてきたから。
妻の顔を思い出せるでしょうか。故郷の町はなんという名前だったか。
売り口上で並べ立てた与太話よりほか、何も思い出せないのではないでしょうか。
あるいは今ではもう、自分の妻の間男になっても、気づかないかもしれない。
都市は巨大な女であり、彼らは蟻地獄のアリのように、その中にとらわれている。

女だけの国があったと、オリエントのあらゆる伝説が伝えています。
子供は人の腹からでなく、樹木に実ったといいます。
男はすべて旅の商人。一夜限りのゆきずりの関係。残された種は誰のものとも知れない。誰のものでもない。
男たちは、女の都で、吐き出せる限りの富を吐き出し、夜の砂漠に放り出される。また、わらしべから始めるのです。
女たちは女だけの国の伝説を、こうして維持していくのです…


★ソロモンの指輪

千夜一夜物語。登場人物は、商人のほか、王、女、僧侶、魔術師、奴隷、動物、魔人。
みなさん、生産しません。物の値打ちを吟味したりもしない。いかに働かず、もうけるか。その一点に、心を砕いています。
だましとるか、掘り出すか。
そして、得体の知れない魔法や詐欺、物語に、憂き身をやつすのです。。

ロメオ ジリ : ロメオ デ ロメオ ジリ EDP 7.5ml 【ミニ香水 フレグランス】価値というのは、その物がどう使われるかではない。その物が市場でいくらで売買されるかだ。
経済学者はそう言います。

とはいえ、まだ貨幣経済がじゅうぶんに発達してない千夜一夜の世界。
じつのところ、貨幣の価値を安定して裏打ちするほどの、強固で永続的な権威がないのです。
昼の世界では、王も民族も宗派も、宝石の色や香水の香りの流行のように、たえず入れ替わる。
為替は重視されているにもかかわらず、手のつけようもなく不安定。一回一回の取引が、闇の中の跳躍である、夜の市場。
詐欺と、正統な取引の、区別はない。王や神の権威も、そこには及ばない。

発展も進歩もあまりないけど、オリエントの富は豊かで、いつも一定である世界。
昼の光のもとでは、富の分割をめぐって権力者があい争い、夜の闇では商人と女が、真の分配を成し遂げていく世界。
歴史が時間ではなく、空間によって記述される世界。
発展ではなく、永劫回帰する世界。ツァラトゥストラとは、ペルシャの予言者ゾロアスターのこと。貨幣も資本もいまだ整わない世界での、真理のありかた。

家紋リング・生粋シルバーエンブレム・松コースさて、そんな中、いちばん信頼を得ているのは、スレイマン。
スレイマンとは、ソロモン王のこと。
アラビアンナイトの世界では、伝説の王であり、魔法使いの中の魔法使い。

ソロモンの紋章入りの指輪」というのが、アラビアンナイト世界での究極アイテムです。
神の本当の名前が記されていると言います。
ソロモンは、事物にその正しい名前を与えた英知の王。商品の真価を言い当てる慧眼の王。
これさえ手にすれば、魔人(ジン)が自在にあつかえ、すべての願いが叶う。一夜で大御殿も建つのです。
思いっきり、架空の信頼です(笑)
もともと商品を裏書する権力者の印章というものがあったのでしょう。あるいは、そういう詐欺が。
ソロモンの指輪の伝説が生まれるのは、わりと後の時代になってからのようです。商品のもつ抽象的な魔力が、ジンの力という具象的な空想で表現されたもの。 *1

夜の世界では物語が現実を上回る。
商品についてかたられる嘘の口上は、突拍子もないもののほうが、より商品の値打ちを高めます。「まさか、そんなことが」と思えるような噂こそ、商品の価値の裏づけ。
誰もそれがどこから来たか、何に使われるか、なぜ高価なのか、知らないのだから。
そして、途方もない夢を見たいのだから。

価値を裏書するものとしての印章指輪。アラビアンナイトには、ソロモンのものだけでなく、よく出てきます。
このハンコが捺してあれば、紙切れでも魚の骨でも、価値を持ったということでしょうか。詐欺師の口上のようです。魔法を使えるしるしとなっていきます。
しかし、現在だって、紙切れや金属片、ブランド名や電子情報が「価値」として通用する。その由来は、魔法のようなもので、科学の及ばぬ闇を持つ。
アナタが買うから、私は売る。私が売るから、アナタは買う…現実と魔法のねじれた入れ子構造。

ソロモンの栄華は伝説化し、その印章による証明も、いつの間にか実用性より神話性において、伝えられることと、あいなったのです。


★シェヘラザード、グレートマザー

シンドバッド黄金の航海 ◆20%OFF!<DVD> [TSDD-10144]でも、ひとつだけ、指輪より、宝石や黄金より、魔法よりも、ずっと強力なものがあります。
それは、女。
女は商品…であると同時に、その所有者はつねに自分自身。それは、そもそも、売り渡せるはずのないものだから。
いや、ベールの向こう側には、何の商品もないのかもしれません。女という商人がいるだけ。存在しない商品を売買する、究極の詐欺師。真の魔法使い。

アラビアンナイトの世界の支配者は、夜であり、女
これは、現実の存在としての女性というより、物語の神話的存在であり、原型としての女。母であり、夜。海であり、砂漠であり、洞窟であり、門であり、巨鳥の巣であり、大亀の背であり、出ることのできない都。価値の由来が循環する市場。
枠物語であり、女神の愛でしこの世界。

シェヘラザードは、物語でやすやすと暴君を手なずけます。
しかし、彼女はじつは、最初に登場する不実をはたらく王妃と同じ人物ではないのか。あるいは、魔王が寝ている隙に、人間の男たちと交わるあの魔女と。
その疑いは、千夜一夜の枠物語の奥へ奥へと進むほど、強いものになります。
裏と表がメビウスの輪のようにつながる世界。枠物語の入れ子構造はねじれている。
門は、出口なのか入口なのかさえ、判然としません。

アラビアンナイトは「夜」の物語。
昼の権力は、王も僧も、千夜一夜物語を軽視し無視してきました。
しかし、昼間の所有者が誰であれ、世界の本当の所有者は、女。
コーランの背後で、この書物は生き残った。
いや、コーランのような「書かれたもの」が絶対であるくびきからさえ逃れたのです。生きている物語は、今なお、翻訳者たちに感染し、夜は増殖しているのです。
テキストから解放された言葉。

アラビアンナイトとは、都市の夜の物語。
市場と魔法と性、そして物語自身の物語。
女の手の平の上、胎内の物語。

次回は、西遊記など、他のオリエントのほら話との関係を探ってみたいと思います。
それで、アラビアンナイト入門は終わります。ふり向けば、もう出口の門は見つからないでしょう。


[オリエント覚書き]

・オリエントは、四大文明を道で結んだもの。
・むしろ、四大文明はなく、オリエントがあるだけ。
・ジブラルタルからジパングまで。
・地中海沿岸を含む。
・当然ながら、ヨーロッパに見られようが見られまいが、オリエントは存在する。祈られようが祈られまいが、神が存在するように。

・豊かだが、一定の富。
・貨幣のような抽象的な富は永続しない。価値を何で計るかは、常に問題。魔法が入り込む余地。
・発展はない。同じことの繰り返し。永劫回帰。
・権力者が現われては、消える。国境は、水をナイフを切るように、変幻自在。

・砂漠の中に都市がポツポツと点在。海の中に島があるように。
・だから、国は、地図上に平面を広げるのではない。点在するものを道で結んだだけ。
・道は誰のものでもあり、誰のものでもない。
・都市と道を除いた部分は、未開未踏であり、興味を引かない土地。記されない世界。
・遠征とは、道を行き、都市を制圧すること。

・権力とは埒外の人々がたくさんいる。
・文字を残さないので、記録されない。歴史の埒外。道の民。名前が意味をなさない。
・商人は、自由に行き来する。商人は道の民。都市は商人を容認しなければ、成立しない。
・商人のおかげで、都市はパンドラの箱をぶちまけたように、崩れ落ちた塔のように、魔法じみた多彩さ。
・旅人は、都市の夢の中で、本当のことと嘘のことの区別を見失う。文学の母胎。無名性。

・物語は記されない。口伝え。聞き覚え。
・聞き覚えた物語は、聞いた人の記憶としてのみ存在。その人の思いと運命で、捏造・改変、集合・離散、編集される。
・だから、定本はない。書かれた、不変のテキストはない。
・物語は生きている人と共に生きていく。
・作者は無名である。作者はたえず「わたし」だから。


*1 : 指輪物語に甚大な影響を与えています。神なき資本主義の20世紀には、それは制御不能な暴力になっています。

投稿者 overQ : 10:39 PM | トラックバック


物語の中の物語―アラビアンナイト入門3

written by overQ
April 5, 2005

千夜一夜物語 巻1の1アラビアンナイトの特徴は、枠物語
枠物語というのは、物語の中に物語があること。

いちばん外枠は、シェヘラザード姫が、シャハリヤール王に、物語を語るという物語。
これが、1001夜つづく物語の大枠です。

シャハリヤールという王様。
あるとき、王妃がひそかに黒人奴隷と密通しているのを目撃し、女性不信に陥る王。

また、旅先では、魔女からセックスを強要されます。
魔女には魔人の恋人がいるのですが、魔人が昼寝しているすきに王に迫ります。もし断わるなら、魔人を起こして、お前を殺させるだけだ、と。そうやって女は何百人もの男と浮気してきたのだと言います。
シャハリヤールはすっかり女性不信に陥り、以降、処女を召し上げて一夜を共にした後は首を切る、という残虐な王になります。

ジニーコスチュームシャハリヤール王にある夜召された女が、シェヘラザード。
彼女は物語を話して聞かせる。そのあまりの面白さに、王は彼女を殺すのをやめ、次の夜も物語するように命じます。
千夜一夜うちつづく物語。

物語の終りには、シェヘラザードは子を宿し、王の心を溶かして、妃となる。
物語、夜、性。この三つは同じ値をもっていて、実際に娼家で物語する風習もあったようです。

  +

真実はひとつの夢でなく、複数の夢に現われる。
        ピエル・パオロ・パゾリーニ

アラビアンナイトの特徴は、枠物語。
出てくる登場人物たちが、つぎつぎに物語したがるのです。誰も彼もが、話をしたくてうずうずしている。

男が穴に落ち魔法使いに出会い、魔法使いが自分が穴に入れられた物語を語りはじめ、その物語に出てくる老人が、自分が盲目になった理由を物語しているうち、その物語の中の魔人が…と、入れ子構造で延々と続いたりします。
27の物語が複雑に入り乱れるものもあります。

★茶壷・宜興【阿拉丁神灯壷・黒】はてしのない物語。
しかし、とりわけ恐ろしいのは、シェヘラザードがある夜、どうしたことか、いちばん最初の物語と同じ物語を、一字一句たがわずに始めてしまいそうになる物語。
無限のループを形作り、千夜一夜は円環となって永遠に続くことを意味します。
物語を語るシェヘラザードは、自分が物語の語り手ではなく、物語の一登場人物に過ぎないのでは、と疑うのです。

カランダッシュ 千夜一夜 万年筆 このモチーフはとてもモダン。
実際、ボルヘスやジョン・バース、イタロ・カルヴィーノといった現代作家を魅了しています。

しかし、意図的に無限のメカニズムに気づいた人はまだマシかも知れません。
ガランバートンら翻訳者たちは、実人生そのものが千夜一夜の無限に取り込まれてしまったのでした。
ほとんど恐ろしいといっていいくらい。
物語の中に物語があるように、物語の外も物語の中
千夜一夜は、枠の外に流出し、この世界そのものに、その夜の影を落とすのです。。




続・アラビアンナイト入門の入門

written by overQ
April 2, 2005


そのひたいは神のごとく、そのあごは悪魔のごとき男…。
The Arabian Nights' Entertainments or the Book of a Thousand Nights and a Night千夜一夜物語の翻訳でいちばん普及しているのは、バートン版と呼ばれるもの。
リチャード・バートン Sir Richard Francis Burton (1821-1890) が翻訳者。
日本でも、ちくま文庫の千夜一夜物語が、バートンの英訳を日本語にしたものです。

この、バートンという男。
職業は、冒険家
ナイルをさかのぼり、タンガニーカ湖を発見し、
三人がかりでしか使えないといわれた象撃ち銃を、肩越しに平然と撃ち放ち、
原住民と戦って、槍でほおに巨大な傷をつけられ、
食人族と宴をともにして人肉を喰らったと吹聴し、
異教徒の分際でイスラームの聖なるカーバ神殿の聖石に接吻した男(バレればむろん死罪)。
インディ・ジョーンズなのか、君は。。

生涯に100冊の本を出版。その内容も、剣術指南、植物調査、宗教学、戦記、詩、色事指南と多種多様、支離滅裂。
三十五ヶ国語をマスターしていると豪語し、十七ヶ国語で夢を見た男。
ユダヤ人、民主主義、外務省、キリスト教を憎悪し、
世界のすべてを敵に回し、
残った友は、砂と馬と夜、異邦の客と剣、紙とペンのみ。

もはや、それは本の外にいる翻訳者ではなく、千夜一夜物語の中の人

頬に傷のある男…鴎外に似て蝶この男が、千夜一夜の翻訳に着手した理由は、いたって単純です…金のため

彼が翻訳を始める前、レインという学者が千夜一夜の英訳を、500部限定で出版。
しかし、予約には、2000人が殺到したことを聞きつけ、バートンはこれは一儲けできると考えます。
リチャード・バートンは、そのとき、すでに50代半ば。
千夜一夜物語は、「ローマ帝国衰亡史」や「失われた時を求めて」よりも長大にして冗長な書物。その全訳は超人的な労力を要求されます。
常軌を逸した決断なのです。

バートンのとった戦略。
それは、先行者レインの訳業をパクリつつ、自分の翻訳のほうがレインのものよりも正確で、味わいも深い、と人々に信じさせること。
彼は、その異様な言語力を駆使し、誰も使わないようなめずらしい単語をちりばめる。そして、ゆがんだ構文で、原典からはるかに誇張したセックス場面を描きました。
こうして、この男は、レインの正確無比な翻訳の抹殺に成功します。とんでもない山師なのです。

ガラン、レイン、ペイン、バートン、マルドリュス…というのが、千夜一夜の代表的翻訳者。

ガランは子供部屋に、
レインは図書館に、ペインは書斎に、
そして、バートンはドブに
と評されます。猥雑極まりないバートン。
しかし、バートン訳を高く評価するのが、ボルヘス。

バートン訳の特徴は、語彙のむやみな豊富さと、訳注の膨大さ。
注釈は、本文とまったく関係のない内容に言い及びます。ところが、本文から離れれば離れるほど、面白さがまします。それは、バートンという60近い男の独白の面白さ。
英国外務省と闘争状態にあり、文人たちからはまったく無視され、貧困のさなかにあり、憤懣やるかたない初老の男。
みずからを精力絶倫と信じ、翻訳しながら自分とシャハリヤール王の区別がつかなくなっていく男。
空想の黒人奴隷に、性的ライバル心を燃やす狂人。

オリエントで小耳に挟んだ異様な噂話の数々を、千夜一夜の注釈で披露していきます。
誰かに話したくてしょうがないのです。誰も聞いてくれないのです。
それは、アラビアンナイトの登場人物たちと同じ病気。かたりの病。そこではフィクションと事実の区別が消失しています。口承の世界。受け渡された途端、自分の著作となる言語。オリエンタリズムを超出するもの。
ボルヘスですら、その東方への知識の大半は、バートンの脚注に由来しているのです。

アリババ・アラジンを捏造したガラン。
そして、もはや本の外ではなく、書物の内部に生きるがごとき、冒険家バートン。
役者(訳者)に事欠かぬ、とは、まさにこのこと。。

何が彼らを「かたりの悪魔」に変貌させるのか。
その秘密は…。

…おや、もう、空の端が明るくなってきたようです。
これからのお話は、もっと面白いのですが、まことに残念。
王様のお許しがいただけるなら、この続きは次の夜、お話しすることとしましょう。
…シェヘラザードは、そう、シャハリヤール王に語るのであった。。


探検家リチャード・バートン…バートンさんの評伝。まだ、未入手。読みたい。。
失われし書庫失われし書庫…古書ブームの火付け役のひとり、ジョン・ダニングが、バートンについても書いています。南北戦争の影の重要人物になってます。さすがだ。。
The Thousand Nights and a Night…バートン、レインなどの英語テキスト。


[アラビアンナイトの翻訳書]

バートン版 千夜一夜物語 第1巻 シャーラザットの初夜バートン版 千夜一夜物語(ちくま文庫)…バートン版の全訳。日本でいちばん読まれたアラビアンアイト。以前は河出書房で出てました。全11巻。エロいイラストつき( ・∀・)v 表紙もエロい。買いにくい(藁

アラビアン・ナイト (1)アラビアン・ナイト (東洋文庫)…全18巻。アラビア語原典からの日本語訳。翻訳者の前島信次さんは、代々続く本草学者の家系。満州にも行ってます。この経歴が、なんだか千夜一夜によく出てくる「ユダヤ人の医者」を思わせて、想像力を刺激されるのです。。

完訳 千一夜物語〈岩波文庫〉…全13巻。マルドリュスの仏訳からの日本語訳。いやあ、じつは、悪評高いマルドリュス。この人も山師。アラビア語もろくすっぽ知らないのに、「アラビア語原典からの、もっとも新しく、もっとも正しい逐語訳!」と銘打って20世紀初頭に登場。ヴァレリーとかジイドとか当時の知識人をことごとく蠱惑し、語学力ではなく政治力で、本を売った男。その翻訳は、剽窃捏造改変の宝庫。岩波文庫版の翻訳者たちもまんまとだまされて絶賛しています(涙 とはいえ、アラビアンナイト的には、きわめて正しい方向w

千夜一夜物語―ガラン版(バベルの図書館 24)…ボルヘス編集のバベルの図書館シリーズには、ガラン版(24)とバートン版(15)の、二冊の千夜一夜が入っています。抄訳で、分量は少ないです。まえがきがすばらしいです。

The Arabian NightsThe Arabian Nights…英語です。90年代に出た、いちばん新しく、いちばん正しいアラビアンナイト…らしいです。今度こそ、ほんとだろうな。。学会では、MM本のHH訳というそうです。写本を整理した人と、翻訳者のイニシャルをとって。なんか、うさんくさい。。

葡萄姫―千夜一夜物語葡萄姫―千夜一夜物語…松本 隆・文, 天野 喜孝・絵のアラビアンナイト。未読…だけど、面白そう。

千夜一夜物語千夜一夜物語 手塚治虫
千夜一夜物語 モンキー・パンチ





アラビアンナイト入門の入門

written by overQ
March 31, 2005


私の人生は不幸であるのかもしれない。けれど私の家にはその17巻がある。東洋で作られた「千夜一夜物語」という、一種の永遠が存在する。
    ホルヘ・ルイス・ボルヘス「七つの夜」

図説 アラビアンナイトアラビアンナイトを読もうと思っています。
でも、翻訳がいろいろある。
で、どれがよいのかなと、まず調べてるのです。が。

調べてわかったのは、アラビアンナイトという書物、一筋縄ではいかない。
中身以前に、すでに本の成り立ち・生い立ちからして、とんでもないしろものなのです。
まったく常軌を逸した状況になっています。面白いです。入口から迷宮なのです。

★はじまりのない書物

まず、アラビアンナイトには、定本テキストがないのです。

そもそも、千夜一夜物語は、書かれたものではなく、語られたもの。
アラブには、物語を話して聞かせることを職業とする、「夜の種族」がいました。

いや、今も、実在しているようです。
イラク戦争のある報道で、空爆のさなかに、話を聞こうといかがわしい一室に閉じこもる、十数人の男たちを見ました。
ある伝説では、アレキサンダー大王が不眠症で、厭世遠征先の夜を物語で埋め尽くすため、語り部を集めたのが、はじまりとか。

語られるものであり、一定したテキストはない。話を改ざんしたり、付け足したり、編集したりは、ふつうにおこなわれていたでしょう。おもしろければ、それでよし。
伝わっている写本も、語り部の使うメモのようなものだったかもしれません。書き加えたり、削除したりすることが前提の。
お話は夜の気晴らしであり、けっして重視されることはなく、愛なき性のようにぞんざいに、浪費されていました。重複は恥、間違っていることは、幸福の始まり。。
ヨーロッパに発見されるまでは、ピラミッドの上に立つ世界文学ではなく、その底辺を隅から隅までおおい尽くす、知られざる暗黒の海底でした(ネモ船長の住処)。
おお、母なるシェヘラザード。。

かの地に印刷技術が入るのも遅く、19世紀になってから。
すでにヨーロッパでアラビアンナイト・ブームが起きた、アラビア語での印刷が始まる。致命的な遅さですw

5世紀くらいからインドで物語の形成が始まり、ペルシャ、そしてすべての異教の母たる小アジアをへて、アラビアでおおよその完成を見たのは、15世紀くらい…と学者は言います。
最初の名前は、「千夜物語」でした。1000話あるわけではなく、「たくさんの物語」の比喩。
どこで、もう一夜、付け加わったのでしょう?
でも、この一夜は、決定的な一夜でした。

アラビア語で、アルフ・ライラ・ワ・ライラ、といいます。
「千夜=たくさん」に一夜、加わることで、まだ終わりでなかったとわかる。つまり、「無限」になってしまう。永劫回帰する物語。。

「世界の終りまで、私はアナタを愛します」「では、ぼくは世界の終わりの次の日まで、君を愛する」
というようなレトリックと同じです。

この本は、いつ始まったのかわからないし、いつ終わるかわからないのです。

★終わりのない書物

18世紀はじめ、フランスのアントワーヌ・ガランが、アラビアンナイトを出版。これが、ヨーロッパにオリエント・ブームをもたらします。

彼は最初、「シンドバッドの冒険」の写本を入手し、フランス語に訳しました。
ガランが「千夜一夜物語」の写本を手に入れるのは、そのあと。
彼はてっきり、シンドバッドも「千夜一夜」の一話だと思い込みました。また、千夜一夜というのだから、1001話あると、素直に信じきってもいました。

ガランの仏訳から、海賊版で安価な英語訳が多数作られました。「アラビア語原典からの逐語訳!」と称して、ガランのフランス語訳本から英訳したもの(笑)
しかし、この英訳海賊版は文学史に大きく貢献します。当時から隆盛し始めた近代市民にひろく普及し、その後のロマン主義の発火点となるのです。

さて、ガラン版アラビアンナイトには、大いなる謎があります。

まず、シンドバッド
これはガランの勘違いで、千夜一夜とは独立した話だったのに、アラビアンナイトの一部のようになってしまいました。

次に、アラジン。シンドバッドと並んで、アラビアンナイトを代表するお話。
ところが、現在見つかっているどんな写本にも、これらの話は載っていません。
ガランが、捏造した?

しかし、19世紀終わりごろ、写本が見つかったと。
発見者は、パリ国立博物館で東洋写本を担当するゾータンベール。アラビアンナイト研究の基礎となる、さまざまな写本を発見した人。
これで、ガランの疑いも晴れた…かに見えました。

ところが、1994年。
このアラジン写本がニセモノであったことが判明しますw
じつは、この写本、何ものかがガランのフランス語テキストを、アラビア語に反訳したもの。
巧妙なアラビア語の写本を偽造し、学界の権威たちを何十年もだまし続けていたのです。

もうすでに、この事実は、アラビアンナイトの外の出来事ではなく、アラビアンナイト内部の出来事だといわねばなりません。

たいへんな書物なのです。
メビウスの輪のように、外側をたどっていたつもりが、内側に回りこんでいる。。

そう、ガランさん。
もちろん、彼がアラジンの贋作者(アリババもw)である可能性が高いのです。
ガランさんは、日記に書いています。

夜。ハンナ・ディヤーブという東方キリスト教の修道僧がやって来た。知人の旅行者の紹介である。ハンナは、未知の物語を多く知っていた。夜が明ける前、ハンナは物語を原稿にし、私に渡した。

むろん、その「原稿」は、現存していません。。
すでに千夜一夜の毒がまわり、ガランさんは、「夜の種族」の一員になっていたのです。
平然と、学者のふりをしつつ、新たな物語を付け加えるガラン。。終わりなき、千夜一夜。

★アラビアンナイトの中の人

しかし、千夜一夜物語の翻訳者のキャラの立ち方といえば、まだまだはるかに上を行く人たちがいます。

…と、この話を書こうと思ったのですが、すでに夜明けの光が、窓から差し込んでいます。
これからのお話は、もっと面白いのですが、残念です。
王様のお許しがいただけるなら、この続きは次の夜、お話しすることとしましょう。
…シェヘラザードは、そう、シャハリヤール王に語るのであった。。


[アラビアンナイト入門書]
必携アラビアン・ナイト―物語の迷宮へアラビアンナイト必携…この本はすばらしい。アラビアンナイト研究者を目指す人向けに書かれた本ですが、一般読者も配慮しています。ちょっと煩雑な事実関係の吟味もありますが、真理と愉しみが同一物であることが、よくわかるつくりになっています。おすすめ…なんだけど、またしても絶版(涙

アラビアン・ナイトメアアラビアン・ナイトメア…上記のアラビアンナイト必携の著者の小説! 「アラビアの夜の種族」で、もひとつ萌えられなかった人のための傑作ですw
めくるめくイスラム都市の迷宮が、夢とううつの間で、あらわれたり、消えたり。この作品はずっと前に読んでたんですが、アラビアンナイト必携の著者とわかり、たいへん驚きました。この人がアラビアンナイトの新世紀を開くのか。。

図説 アラビアンナイト図説アラビアンナイト…やっぱりビジュアル系っすよ、アラビアンナイト。エロい。バートンやマルドリュスら、アラビアンナイトの翻訳者たちは、ひたすらエロを目指したのです。手塚治虫の「千夜一夜」もこの伝統にくみしています。エロって何なのでしょうね。あらためて考えるとよくわかんない。学術的なレベルも最新で、テキスト・メディアへの紹介も充実。今入手可能な一冊では、いちばんいい入門書かもしれません。同じ著者の「アラビアンナイト博物館」もおすすめ。

七つの夜七つの夜…ボルヘスの日本語テキストの中で、いちばん好きな作品です。名文が続出します。ボルヘスなのに、こんなに感動的でいいのか。本を愛する人におすすめの本。内容は、神曲・千夜一夜・仏教・詩・カバラ・盲目。。

国立民族学博物館|特別展「アラビアンナイト大博覧会」

翻訳のことは、後日。。