AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 映画の横好き アーカイブ

HEROESを見た

written by overQ
April 19, 2008

今週は「ヒーローズ」を見てました。
たいへん面白かったです。

Heroes TV Show on NBC: NBC Official Site…NBCの本家サイト。異常に充実してます☆彡 情報てんこもりで、わけがわかりませぬw








by AMAZ君(改)

先祖伝来を忘れるな、歴史の力風なんだ

ヒーローズ HEROES」は、アメリカのテレビドラマシリーズ。
Xメンとかファンタスティック4みたいな、超能力者もの。
登場人物たちが、自分の力に目覚めていく、
そして裏には陰謀があって…というお決まりのパターン。

主要なキャラクターはみんな、自分が本来いるべき場所にいないと感じている。
そして、平凡な…というより、平凡以下の生活を送っている。
でも、自分がどこへ行くべきか、何であるべきかはわかっていない。

…このあたりも、この手のものとしては、典型的な設定ですが、
脚本が抜群に巧みで、それぞれの人物の物語に魅了されました。
後半の息をもつかせぬ展開も見事。後味もじつに爽やかです。
最後の一話は、まさに「やったーっ」です☆

しかし、ヒーローズといえば、なんといっても、ヒロ・ナカムラ

日本人のサラリーマンで、オタクという設定。
ヒロとアンドウの凸凹コンビのシーンは、ヒーローズの中で、別世界のようにコミカル。
実際、それはコミックの中に描かれた世界。
外国人の描く「ヘンなニッポン」「カタコト日本語(と英語)」が最初から最後まで笑わせます。
わざとやってますね。

ヒロ&アンドウ君のパートは、現実世界というよりファンタジー。
でも、これがこのドラマの成功の鍵。
ヒロが現実の人間よりも、妖精や天使に近い存在であるために、
「正義の理想」を堂々とかたることができる。

超能力者ものは、人間の中にあるピュアなものが、
現実のもろもろにはばまれて、
この世界に現れることができない

…という葛藤を象徴することで、観客を熱くする。
ヒロの奇妙な無垢さ、うぶさが、苦境に陥った登場人物たちを、
ピュアなものへ回帰させる。
これがこの作品の大きな魅力かもしれません。

(Hiro Nakamuraのキャラクターは、原作者の妻の発案によるものだそうです。
パイロット版を見た彼女は、登場人物たちがみんな、
自分の能力を災いのように思っている、と指摘。
そこで、天与の才を幸福と思うキャラクターを創出。
それが、ヒロ・ナカムラ。)


ちょこっとHEROESのトリビア

ヒロ・ナカムラは、オタクという設定なんで、端々にその手のアイテムが出てきます。
気づいたトリビアをちょっとメモっておくと。(ネタばれあり…かな?)


トリビアはおそらくまだまだあるはず…あの巨大な公式サイトには、どこかに情報があるかもしれません。


投稿者 overQ : 11:24 AM | トラックバック


「旅の重さ」

written by overQ
February 14, 2007

「私は今日まで生きてみました」
という印象的なフレーズで始まる、吉田拓郎の「今日までそして明日から」。

去年のつま恋コンサートでも、拓郎は最後にこの曲を歌っていました。
1970年、24歳の時に作った曲だそう。それからこのシンガーにも観客にも、36年の月日が流れた。
そして、大病も経て今はじめて、若い頃に作った歌の、ほんとの意味にめぐり合えたかのように、繰り返し繰り返し歌い続ける姿が、世代のちがう私にも、感動的でした。

この曲は「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」にも使われていましたが、じつはもっと以前に、映画の主題歌として用いられたことがあります。 *1

その映画は、「旅の重さ」。
映画史に残るべき、ロードムービーの傑作中の傑作です。

旅の重さ旅の重さ
監督: 斎藤耕一 原作: 素九鬼子 脚本: 石森史郎 撮影: 坂本典隆 音楽: よしだたくろう
出演: 高橋洋子, 岸田今日子, 富山真沙子, 三國連太郎, 三谷昇, 高橋悦史
1972年, 松竹
DVD価格:¥ 3,990

映画「旅の重さ」

1972年の作品。斎藤耕一監督、高橋洋子主演。

この作品、一言でいうなら、フーテンの寅さんの少女版。人はいかにして風に誘われ、路上の人となるか。
真夏の四国の緑色の風景が、この世のものならぬ美しさ。

旅の重さ・タイトル

家出物なんですが、少女は都会に迷い込むのではないのです。田舎の道をたどる。
旅の道連れは、お遍路さんだったり、ドサ周りの旅の一座だったり。麦わら帽、草の匂い、体操服、汗の酸っぱさ、杖、野宿、蝉の鳴き声、ヒッチハイク、橋のたもとで行き倒れ、風の鳴る音。
マリー・アントワネットとは対極にある女性映画かもしれません。

年長の映画マニアには有名な作品ですが、一般的にはあまり知られてないみたい。私も7、8年前、はじめて名前を知って、去年ようやくDVDで見ました(DVDは2005年に発売)。

高橋洋子、萌ゆ。

高橋洋子18歳、ヌードもあります

高橋洋子のデビュー作…といっても、若い人は高橋洋子を知らないにちがいない。エヴァンゲリオンの歌を歌ってる人じゃあないのです。
今はもうメディアに登場することが全然なくなってしまった。昔はいろんな形で話題になる女性だったのですが。
でも、この映画を見れば、高橋洋子がいかに鮮烈なキャラクターかがよくわかる。このデビュー作が、彼女の人生を決定してしまったと言えるか知れない。
見ると、彼女の汗のにおいを嗅ぎたくなります(;・∀・)

いまは亡き人なれば

家の中で影になっている母に岸田今日子、
男気と優柔不断さあふれる旅芸人の座長に三國連太郎、
そしてこちらもデビューなんでしょうか秋吉久美子がほんの少し、でも非常に印象に残る役で登場します。

ロードムービーは、寅さんがそうであるように、「おもい人」を探しあぐねるのが隠された主題。家出は、a House Is Not a Home、本当のホームを求めて、路上をさまようこと。
「旅を住処とする」というのは、一方では、どこにも住むべきホームがない、いとおしむべき人がいない、ということでもある。路上で出会う人はみな、旅の途上にある、さみしい人たち。

焼かれる岩波文庫「詩と真実」byゲーテ

「私は今日まで生きてみました」

人生の流れる月日もまた、旅。たしかに、古来より、そう言い習わされてきた。

布団の上に寝ないで、大地の上に寝るってことが、どんなに素晴らしいか。
私は今まで、ロウソクの炎が美しいってことは知ってたわ、でも、あの炎を吹き消したあとの、匂いも素晴らしいってことを、初めて知ったの。
ママ。おやすみなさい。

幻の小説家、素九鬼子

この映画には、同名の原作小説があります。映画はこの小説のきわめて忠実な再現。
しかし、この小説がまた、奇怪な出自を持つ作品。単行本の最後に付された、出版社編集部のメモによると、

作家由紀しげ子さんが、昭和四十四年末なくなられたとき、机辺にひと山の原稿が積みあげられていた。由紀さんに私淑する人たちが閲読を乞うために送りつけて来た小説や随筆の類とみられた。
…文芸誌『作品』編集長八木岡英治氏が整理に当たられたが、その中に一篇、強く心を捉えて放さぬ作品があった。

それが「旅の重さ」。
ノートに書かれた作者名は、素九鬼子。しかし所在がわからず、連絡も取れない。ふつうならあきらめるところですが、筑摩書房は出版に踏み切る。

新聞広告その他で呼びかけたが、われわれは、いまだ素九鬼子さんにお会いできない。1日も早くこの未見の作者にお会いできることを念じている。

この2年半後、横浜で結婚生活をしていた素九鬼子と連絡が取れる。その後、彼女は六冊の本を出版しますが、今はまた行方不明のようです。まさにフーテンの人、作家という家にも安住できる方ではないのかもしれません。

fragments_12 素九鬼子さんへ…こちらに安否をたずねる(?)記事があります。

「旅の重さ」は、文字通り、風変わりな作品。娘から母親(ママ)への手紙の形式で、旅の模様がつづられる。
読むとずうっと心に残ります。この作品に強くひかれてしまうタイプの人は、いるにちがいない。古来よりの、旅を住処とする風狂の魂に、すっかり通じてしまった作品だから。彼女は、枯野の夢を見る病んだ俳人のように、地霊の声をきくことができる。

夜の音があるなんて、わたしはこれまでに一度だって考えてみたことはなかったわ。夜汽車の汽笛や、夜鳴く鳥や虫の声なんかではないのよ。山や海や地が夜になるとそれぞれ音をだすの。本当にその声がきこえるの。嘘ではないの。起きだして、くずれた壁の穴に目をあてて、蒼白い夜の野をじいっと眺め渡していると、ひとつの唸りのようなそれらの音がきこえてくるの。更に耳を澄ましてじいっとしていると、それらのひとつひとつの異った音というものがわかってくるの。けれどその音をここで説明することは非常にむずかしいわ。その音色の識別には、魂の冴えと、神経の刃が必要です。だからわたしは毎晩その山や海や地の音を別々に聞くわけではないの。大抵の晩は、ひとつの唸りのようなそれら自然の音をきくだけだわ。そしてその音はこちらの体にこだまして、ぶるんぶるんと響くほどです。その響きを超越して、もうすこしで自然の音のひとつひとつを嗅ぎ分けるという一歩手前で、いつもぐったりしてしまうの。

素九鬼子の六冊の本はすべて絶版ですが、「旅の重さ」はよく売れた本で、図書館にはわりとあるようです(私が借りたのは、74年で第15刷)。 *2


*1 : クレしんは、「旅の重さ」を意識した「引用」だったかもしれないです。どうなんだろ。
*2 : 彼女の作品からは、「大地の子守歌」「パーマネント・ブルー 真夏の恋」も映画化されています。



ホラー横好き

written by overQ
October 22, 2006

ホラーがそんなに好きだとは思ってないにもかかわらず、
レンタル屋さんで目当ての作品が貸し出し中のとき、かわりに借りるのは、いつもホラー。
意識のレベルでは否定していても、なにか体が求めてしまうらしい、隠れホラーファン体質な私。

でも、ホラー映画を見て怖いと思うことは、じつはそんなになくて
むしろ「火垂るの墓」なんかのほうが怖かったりします。
「火垂るの墓」を何十回も見るリピータもおられるとかで、意外とそんな人が、ふつうのホラーは怖かったりして。

…怖いといっても、そのさまはいろいろあって、人それぞれらしい。

  +

大脳分裂

アルバトロス社とか、いわゆるB級ホラーをどしどし配給してる会社。
上映館数が少なくて、低予算・短期で撮られたもの。新人のスタッフ・キャストが使われ、アメリカ映画の基礎体力を養成する面もあるらしい。

デジタル化が進んだせいもあって、B級といえど、最近はそれなりにちゃんとしています。
最後まで見終わると「もーひとつだった」な感想になることが多いけど(汗)、最初の30分くらいは、なかなかいい雰囲気のものが多いです。

Bに限ったことではないですが、ホラー、最初の30分くらいが、命なのかもしれません。
何かが起こりそうで、まだ何も起こらないまま、あやしい空気で推移する時間帯。ここがまず、ホラーの醍醐味。

じゃあ、最初の30分の雰囲気を、2時間持続させればいいんじゃないのか、と。
でも、それをやると、ホラーじゃなくなる。何より眠くなる。

起承転結の起だけで持続する映像。

謎を提示するだけ。
答えを用意しないのはもちろん、そもそもはっきりした問いすらない。謎の別な側面をフォローするわけでもなく。
「難解」と呼ばれる映画が、わりとこうした「起」だけでできた作品であったりします。マリエンバートとか。

  +

映画を見るお客さんは、まずはやっぱりお話の起承転結を追ってるんですね。
初めて見る映画ならなおさら、ストーリーをまず追うもの。

ところが、スタッフはそうでもない。
とりわけ編集作業に携わると、同じシーンを何百回も繰り返し見る。
ストーリーには飽き飽きしてくる。話の流れに興味を持続するのが難しいそうです。

ストーリーどころか、メインで映っているものに対しても、興味がすっかり薄れてくる。
逆に、背後にちらっと映りこんだものとか、マイクが拾った雑音とか、そういう端っこ隅っこばかりに目が行くようになるんだそうです。
いわば、地と柄の反転現象

じつは、ホラー映画、この反転に秘密がある。
また、ホラーが怖い人とそうでない人がいるのも、このことと関わりがあるらしい。

  +

ほんとにあった!呪いのビデオ17

「ほんとにあった呪いのビデオ」
もう20作以上も作られてる人気シリーズです。

心霊写真ならぬ、心霊動画集のようなもの。
ものすごく低予算で作られてると思うのですが、逆にそのチープさがリアリティを与えていて、そこが魅力。
失笑させたり、みくびらせたりしつつ、思わぬところから恐怖が攻め込んできます。

「呪い映像」も、ものすごく作り物くさいやつ、あからさまに錯覚だよななものと、
これはちょっとどういうことよと思わせるものが混在。
そのランダムさ、デタラメさが、妙に恐怖を盛り上げます。

フェイク・ドキュメントと呼ぶんだそうです。
たぶん作り物なんだろうけど、「これはホンモノ」というタテマエ。
撮影した人にインタヴューしたり、撮影状況を再現したり、スタッフがまったりと検証していく。

心霊写真の動画版なので、撮ろうとしたものは、旅行の映像だったり、運動会だったり、自主制作映画だったり。
ところが、よく見返してみると、ヘンな場所にヘンなものが映っている、というパターン。

つまり、柄(=本来写そうとしていた対象)と地(=意図せず映りこんだもの)が逆転する、という現象

これが、怖い。
見慣れた日常の「柄」の背後に、非日常の「地」がひそんでいる。
それがじわじわと、壁の染みのようににじみ出て、やがて逆転してしまう恐怖。
ホラーの映像的な原理そのもの。

  +

呪怨2 劇場版 デラックス版

清水崇監督の「呪怨」。
ハリウッド版の第2弾も、たいへん好調らしいです。

日本のふつうの家の中が映るのが、特徴。そこが、アメリカ人の興味を惹くのでしょうか。
ちょっと古い家。昭和40年代くらいに建てられたような。
でも、住んでる家族は21世紀の家族。
21世紀の服を着て、21世紀の会話をし、21世紀的にふるまうのに、なぜが背景となる家の中の様子だけが、どんより暗い。
木目の壁だったり、柱がはっきりと見えてたり、天井は板を並べたものだったり、押入れは障子の引き戸だったり。

だから、ふつうの女子高校生が、親と朝食をとるような、ありふれたシーンでも、なんとなく変な感じがただよう。
「柄」として進行している21世紀の家族、その背景が、なぜかどんよりと、執拗に過去のままにとどまった「地」

そして、背後にあった何か薄暗いモノが、じょじょに表の「柄」を侵食していく。

「呪怨」は最初はビデオで出た低予算作品で、クチコミで「最恐」神話がじょじょに広まり、ついにハリウッドに進出した出世魚。
派手な音楽とかなくて、わりと静かに淡々と話は進んでいくので、環境ビデオふうに漫然と、目に心地よかったりさえします(笑)

そして、見終わったあと、古い家の中を見渡すと、「呪怨」っぽく見える((;゚Д゚)

  +

THE JUON -呪怨-

「呪怨」のハリウッド版・第一弾のDVDには、副音声に監督たちのコメントと、アメリカ俳優たちのコメントが、二種類入っています。
ホラーが苦手の方は、そっちの音声で見るといいかもしれません。楽しいですヽ(´ー`)ノ

監督たちがいかに細かい、見ててもなかなかわからんようなところに、気を使っているかが、よくわかります。
観客と作り手は、同じ作品を見ていても、ほとんど別なものを見てるようなもの。
地と柄が反転してる。

編集で何百回も繰り返し見ると、柄と地がすっかり反転してしまう。
監督たちは、テスト試写会でモニターの観客の反応をしっかり観察して、「地」のほうに行き過ぎてた編集をチェックして、作品に仕上げるんだとか。

  +

Gyaoで、「アメリカン・ナイトメア」という、ホラー映画についてのドキュメンタリーをやってます。
わりと有名な作品。
ロメロ、クレイヴン、フーパー、カーペンター、クローネンバーグ、ランディスら、ホラー映画の巨匠たちへのインタビュー、映画研究者の意見などが収録されています。
(11/16(木)正午まで。ホラー苦手な方は、見ないほうがいいと思いますw)

なんといっても、冒頭が印象的。
ベトナム戦争での惨状、公民権運動での騒乱など、アメリカのニュース映像と、ホラーの残虐シーンが交互に並べてあり、強烈にアピールします。
この映像のインパクトによって、「そうか、ホラーは、現代アメリカの残酷さを象徴的に描いたものなんだ」という主張が、視聴者の脳内に形成されます(笑)

これはなかなか巧みなホラーの社会化で、ものを論じたりするのが好きな人たちに対して、ホラーを擁護するべく作られたドキュメンタリーなのかもしれません。

  +

ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 死霊創世記

それにしても監督さんたち、みなさん嬉々としてホラーについて話しまくることな☆

例えば、トム・サヴィーニは、ベトナム戦争での体験がどのようにホラーの仕事に結びついたかを語ります。
最初は深甚な恐怖の実体験から始まった深刻な話が、いつの間にか楽しくて仕方ないホラーの死体作りにすりかわります(;・∀・)
しかも、その変化には、境目が見つけられない。。

すると、冒頭の社会派っぽい、現代史とホラーの並行性が、また別なニュアンスを持ってくる。
ホラーは、社会批判ではなくて、地と柄を反転させれば、同時に肯定や礼讃も混じっているもの。

ゾンビを撃ちまくる残虐シーンに、ナチスのユダヤ人虐殺を重ねれば、社会的な視点が得られそうですが、
実際には、ゾンビに追われる恐怖シーンが続いたあとに、その撃ちまくりシーンがやってきてて、
観客はそのときは、恐怖から解放される快楽を感じているのかもしれない。

頭が吹っ飛んだり、首がちょん切れたり、内臓が噴出したりするシーンは、最初は恐かったはずなのに、
逃げる側の立場から追う側の立場に解放された瞬間には、残虐行為はむしろ自由や解放を意味してて、快楽に変わっている
そして、快楽にふける自分が邪悪なものに変わってしまったことに気づいた時は、あとの祭り。
最初に逃げていた時は、「何も悪いことをしていないのに、迫害される」という弁明の立つ立場で逃げてたのに、
もはや「殺されても仕方ない」という立場になって追われている。
物語的には、ゼッタイ、死ぬ。
恐怖はいや増しに増すのです。
しかも、生き残れば、「悪がのうのうと生き残った」ということで、これはこれで不快感と、コントラバーシャルな気分にさいなまれます。。

  +

マスターズ・オブ・ホラー DVD-BOX Vol.1

ホラーの愉しみ。
それは、恐怖と快楽が、地と柄の関係にあって、たやすく逆転することと関係している。

恐怖と快楽、追う側と追われる側、迫害と追放、純粋と腐敗、正義と悪
…そんな地と柄が、映画の推移を通じて、巧みに入れ替わり立ち代わり、観客はもてあそばれる。
いじめが悪いと、その原因を追究していたら、その糾弾の目つきがたちまち、いじめするものと同じに変わる恐怖。

ホラー映画は、カメラの視点を通じて、地と柄の転換を巧妙に実現していくもの。
その転換のリズムや間合い、緩急や上昇下降が、ホラーの味わいを決める。
そのさじ加減で、社会批判風にも扇情的にもなるけれど、
ほんとにすぐれたホラー作品は、そんなに理性的に作られてなくて、
もう何が何ともいいようがない、いろんな方向からのまなざしを一緒くたにしてしまった、異様なもののような気がします。

アンデッド…Gyaoで見られるホラーでは、この作品がなかなかのシロモノ。ピーター&マイケル・スピエリッグ兄弟というオーストラリアの新人監督。
この作品が認められて、ハリウッド進出が決まってるそうです。
同じオーストラリアのピーター・ウィアーがホラーっぽいサスペンス「ザ・プラマー」で注目されたことや、ニュージーランドのピーター・ジャクソン(ロード・オブ・ザ・リング)の「ブレインデッド」なんかを、ちょっと髣髴とさせるものが。今後が楽しみです。(ホラー苦手な人は見ないように。すぐに頭を叩き割ったり、体がちょん切れたりします☆)

アンデッド "ブレインデッド "ザ・プラマー / 恐怖の訪問者




おエラ、怪奇大作戦。

written by overQ
August 9, 2006

壱。

Ella Fitzgerald Sings The Gershwin SongbookElla Fitzgerald Sings The Gershwin Songbook


Polygram Records
1998-05-19
在庫あり。

by AMAZ君(改)

エラ・フィッツジェラルド。シングズ。ザ・ガーシュイン・ソングブック。

前から買おうか迷ってたけど、今日ついに買った。夏のせいかしら。

おエラさんが歌う(「お偉さん」とはアクセントのつけ方がちがう)、ガーシュイン。
何度もガーシュインを歌ったエラ。
でも、このソングブック、表題にはふたつの固有名詞しか並んでないけど、この曲集でとりわけ重要なのは、編曲・指揮のネルソン・リドル。見えない3人目の主人公。
前にも少し、リドルについて、書いたことがあります。リンダ・ロンシュタットがスタンダードを歌ったアルバムの事。リドルの最後の作品。

ネルソン・リドルは、フランク・シナトラの編曲者。というより、フランク・シナトラの名で聴く音楽を作ったのは、ネルソン・リドル。
アメリカ人が「音楽」と感じるものの、かなりの程度を、リドルが作った可能性がある。
リドルを伴奏にむかえると、どの歌手もほんとに幸せそうに歌う。それがアメリカ人の夢なのかもしれない。

伴奏者、伴走者。
マラソンでときたま、伴走者たるペースメイカーが主役のランナーをかわして、優勝してしまうことがある。
ふと、そんなこと、思う…でも、それは幻。アマゾンのレビューにも書いてある。
Riddle enhances Fitzgerald's vocals rather than overwhelming her.

リドル Riddle とは、「謎」という意味。

リドルが伴奏して、心から気持ちよく歌った人たちは、なんだかそのあと、実人生においては不幸になるように見える。
「幸福」をすべて歌に変えてしまったからかな。
…それでいい、と思ったからかな。

おエラさんは男運が悪い人で、最後のブッシュ大統領による戴冠までそうであると言えるのだけれど。お偉さんって、やっぱりひどいオトコばかりなんだろうか。

それにしても、リドルの伴奏というのは、どの時代どの人を相手にしても、ずっと同じ。まるで川や海の流れのように。
伴奏・伴走者であって、enhanceしても、overwhelmしない。

真夏に。ぜひ。

  +

弐。

おお。
「怪奇大作戦」がヤフー動画で見れてしまうではありませんか。全話。(8月末まで)

ふふふ(謎笑)
えさらーい、えさらーーーいッ!(謎叫)

DVD 怪奇大作戦 Vol.6DVD 怪奇大作戦 Vol.6


ビクターエンタテインメント



by AMAZ君(改)

怪奇大作戦は、ウルトラマン、ウルトラセブンのあとを受けて、円谷プロが「大人向け」に作った、超常現象もの。昭和43〜44年放送。
怪獣や宇宙人は出てこないけど、科学とSF(もどき)…科学を手のひらに乗せて遊ぶ、自然や人間の謎は出てくる。

ずっとのちのXファイルと似た感じです。
SR(I科学捜査研究所)という民間組織が、科学で難事件を解決するというお話(ヒゲの所長がしぶい)。
Xファイルが影響を受けているのかどうかは知らない。

お話は、一話完結。どこからでも見てよろし。
おすすめは、とりあえず、
第4話「恐怖の電話」
第12話「霧の童話」
第16話「かまいたち」

昭和のテレビの怪奇物なのに、どうしても「名作」が見たいならば、
第25話「京都買います」。 *1
京都在住者は、黒谷さんとか東福寺が熱いですヽ(´ー`)ノ
監督・実相寺昭雄は、短期間にもかかわらず、どしどしロケしていて、驚愕します。

怪奇大作戦…素晴らしいファンサイト。人はこれくらい何かを愛せる。

あとね、なんといっても、岸田森(1939年10月17日 - 1982年12月28日)
森と書いて、シンと読む。岸田今日子の従兄弟。よく見ると、顔、とても似てます。樹木希林の最初の配偶者。
43歳で死去。
岡本喜八、実相寺昭雄、神代辰巳監督作品の常連であり、彼が長生きしてると、映画界のさまざまな格付けは大きく変わっていたと思えます。
中島貞夫のヤクザ映画で、彼の姿を見ると、すがすがしい。

怪奇大作戦では、全篇を通じて、タバコの吸い方とジャケットの羽織り方に血道を上げておられます。
かわいい。すごい。かわすご。
顔のアップを撮る時は、逆光で黒い影にしてしまいがちな実相寺監督が、この人だけはまっとうに撮る、斜め顔。鼻に華がある。

怪奇大作戦、いろんな人が脚本・監督してて、バラエティに富んでいて、面白い話もそうでないのもあるですが、もうひとつの楽しみは、ロケで写る昭和の町の風景
こんなセット、二度と組めないですから(;・∀・)
映画的な意味でも、ほんとに希少な、再現不能な町並み。
映像作品そのものを離れて、独特な感じで心を打つように思えます。安吾が美しいと感じたがった、生きてる人間の作った町。
過ぎ去った昭和と、岸田森。重ねると、切ないね。


*1 : 第24話は欠番「狂気人間」。ビデオレンタルでひょっとすると見ることが出来るかも。精神病理学上の興味を惹く人間に対して、社会的に強い反発を示してみた作品。かなりアウトですw ウルトラセブンも欠番があるんですが、こちらはいわれてるほどの問題はないと思われるんですが、円谷プロはかなり慎重派みたい。