亀麿、亀石、座敷童
愛蘭 のフェアリイズにはザシキワラシに似たる者もありしかと存じ居り候柳田国男「石神問答」
座敷童子のご利益で有名な旅館が火事になったとか。
テレビで何度も見たことのある旅館で、映像のストックもたくさんあるせいか、ワイドショーなどでは取り上げやすい話題のよう。
つのだじろう先生奉納の座敷童の絵も、ばっちりまばたきしてて、面白いです。
あんなにうまいこと映像にのっている「現象」は珍しいもの。
旅館のザシキワラシには名前があって、亀麿さんというそうな。
今回初めて知りました。
亀麿というお名前が印象に残りました。
というのも、こないだ「千年家」というところで、家の守り神「亀石」を見たから。
千年家。
室町のころ建てられたといわれる、現存する、最も古い日本民家のひとつ。
姫路のずうっと北、安富町の山あいにあります。
◇姫路市|千年家公園
藁葺きのどっしりした家で、この家の守り神が「亀石」。
中世の家とはいえ、うちの中核にドッカと石神さんが祀られているのは、なかなかの衝撃。
亀石さまは、家が火事になりそうになると、水を吹いて鎮火したとも伝えられています。*1
座敷童子の話も、最後は火事になったとか、
あるいは童子が屋根に登って鎮火したとかいう類が多いのです。
これはどうしたことなのか。
座敷わらしの本筋と思はれるのは、よい方が多いが、其家を見限つて出て行くのも哀れに感じさせる。これには東北の人が、生活上のしみじみとした神秘を感じたらしい。座敷わらしには、さうした性質があると思はれる。
折口信夫「座敷小僧の話」(折口信夫全集15)
前にも書きましたが、家というもの、本来は人が住む場所ではなく、神がよりつく空間。
だから、「人間の住む家にザシキワラシがいる」のではなく、ザシキワラシの家に人間が住まわせてもらっている…というのが本当らしい。
神が宿る空間としての家。屋根の下。
たとえば大相撲は、体育館のような屋内でやるにもかかわらず、土俵の上には屋根がある。
同じようなものは、能舞台でも見られ、能楽堂にも建物の中なのに、舞台には屋根。
それは神の依代となった横綱や舞手の棲家であるから。
屋根が神を宿らせるものであることは、京都の賀茂神社の由来にも現れています。
そこでは、童子の姿の神が、屋根を突き破って、父の住む天に帰る。*2
また、「春日神社」と呼ばれる社にはよく、「天児屋根命」という神さまが祀られています。
藤原氏の氏神ともされるこの神さまは、「宿神」のことだと言われています。
家が人間のものではなく、神のものであるということ。
ザシキワラシの出る家に泊まるのは、いわば神社に泊まっているようなもの。
ここで託宣を受け、天命が啓けるというようなことは、当然といえば当然なのかもしれない。
The house ghost is usually a harmless and well-meaning creature. It is put up with as long as possible. It brings good luck to those who live with it. I remember two children who slept with their mother and sisters and brothers in one small room. In the room was also a ghost. They sold herrings in the Dublin streets, and did not mind the ghost much, because they knew they would always sell their fish easily while they slept in the “ha’nted” room.
ザシキワラシ(House Ghost)はふつうは害をなさない、善意の存在。なるたけ長く居ついて、家に住む人に幸運をもたらす。
二人の子供のことを思い出す、あの子ら、お母さんと姉妹兄弟たちと一緒に、ひとつ部屋で寝ていた。その部屋にもザシキワラシがいた。ダブリンの街路で鰊を売って暮らしていたが、ザシキワラシのことを気に病むなんてことはちっともない。だって、あの「とっ憑ついた」部屋で眠れば、魚はいつだってバンバン売れるんだもの。W.B.Yeats “Celtic Twilight“
神は家の中でじっとしてるのではなく、「とっ憑いた」状態であって、ザシキワラシも
ホーンテッド・ハウス。
人間が自分のものだと勘違いしていると、枕を返したり、音を鳴らしたりして、もてあそびます。
まい、おどり、あそぶ…これらは神の現れる様を本来意味した言葉。
「大道めぐり、大道めぐり」
一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないで円くなり、ぐるぐるぐるぐる、座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお振舞によばれて来たのです。
ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんで居りました。
そしたらいつか、十一人になりました。
ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけ居りました。その増えた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出てきて云いました。
けれどもたれが増えたのか、とにかくみんな、自分だけは、何だってざしきぼっこだないと、一生けん命眼を張って、きちんと座って居りました。
こんなのがざしきぼっこです。宮沢賢治「ざしき童子のはなし」
人間が自分のものだと勘違いしているのは、家だけではないのです。
道もどうやらそう。
村上春樹「1Q84」に、チェーホフのサハリン島の引用が出てきました。
気の毒なギリヤーク人。
ギリヤーク人が本当に気の毒かどうかは疑義が提出されていますが、
読者はチェーホフがカタる「本当の話」に、何かがこの世界と交錯する一瞬を垣間見てしまう。
ギリヤーク人は道路というものの使い方を知らないという。
彼らはそこを歩くことをしない。
では、そのとき、道はいったい何が歩くものだったのだろうか、と。
平安京の「大路」は、人間が歩く道ではありませんでした。
つまり、夜にちょっとコンビニに買い物に行くような気持ちで歩ける空間ではなかったそうです。
そこは神が巡行する通い路。
天皇も目一杯の本気モードで「神」となり、壮麗な出で立ちで、大勢の大行列を連れ、大路を進んだ。
うかうかと夜の大路にさまよい出た貴族の青二才が、しばしば百鬼夜行に遭遇したのも、よく知られたカタリ。
今でも京都では祇園祭などで、道が人間のものではなくなり、神の巡行する通い路となります。
歩行者天国ならぬ、鉾天国。
「道」の枕詞は、「玉鉾の」ですから。
大昔、八幡の神は、巨大な人形の神をかかげ、大行列で道々を巡行して、おかげで日本中に八幡社があるということです(と折口信夫が、見てきたように書いています)。
この巡行の記憶は長く人の心に残ったらしく、その後のシタラ神や牛頭天王なども、同じように道を独占的に巡行しました。
おそらく大名行列やお伊勢参り(お蔭参り)、ええじゃないかにも、その残響があるんです。
矛で天を突きながら、道沿いの悪鬼を服属させつつ進んでいく、神の一行。
巡行と宿り。
このふたつが本来、神さまの行動パターンとしてセットになっている。
蘇民将来の話で、みすぼらしいなりの旅の神に一夜の宿を提供して長者となるのと、
ザシキワラシの伝説が「長者譚」であることは、同じ血脈。
ザシキワラシの言い伝えの多くが、「移動する(そしてその家は没落し、別な家が栄える)」という話になっていますから。巨旦と蘇民の将来兄弟のように。
神さまの「巡行と宿り」パターンをはっきりと示しているのです。
といっても、おそらく神さまにとっては、居つくことも道行くことも、特に区別のないことなのかもしれませんが。
人間だけが自分の都合(=運命)において、右往左往しているだけで。
私たちは初めはその話を、只の恐怖をもって聞いていたものである。けれども齢がやや長けてくると、一般にこの種の物に対して抱くような、いわゆる妖怪変化という心持ではなく、何かしらその物の本来が、私たちの一生の運不運と関係があるようで、畏敬の念さえ払うようになったのである。
佐々木喜善「奥州のザシキワラシの話」

千年家
Pingback: 奇書の旅#004 柳田国男「遠野物語」 | AZ::Blog