お菊さんの故郷

written by overQ

お菊さんの故郷は群馬?

柳田国男は、ふつうの研究者が何年もかけて取り組むような主題を、あっさり数行でやっつけてしまうことがしょっちゅうあって、「先生、勘弁してけろー」な気持ちにさせられるのですが、皿屋敷についてなら、こんなことを書いています。

小さい例でいうと番町の皿屋敷、あれは私などのくにでは播州皿屋敷といい、現に井戸もありお菊虫もいる。口拍子が似ているから作者があって、番町の方へ捲き上げられたものと皆考えている。ところが同じ言い伝えは土佐の幡多郡にもあり、また長州にもある。…そうすると関東方は頗る歩が悪いように思われるが、何ぞ知らんや上州妙義山麓の小幡一族には、ちゃんと足利時代からの同種口碑があって、信州松平藩の小幡家をはじめ、この一門の移住先では多くその怨霊を祀っていた。主人または主婦が惨虐で、召使の美女が怨みを含んで死んだという点は皆同じで、おまけにその幽霊の名は必ずお菊であった。

柳田国男「伝説」

上州の小幡一族。
小幡氏 – Wikipedia
群馬県甘楽郡のあたりを、いつの頃からか支配していました。
柳田が数行で示してみせた「結論」…たぶん正しいです。
このあたりがお菊さんの故郷らしいのです。
小幡氏の氏寺だった宝積寺に、こんな伝説が伝わります。

小幡の殿様が侍女の菊ばかりを寵愛したので他の侍女や奥方の恨みを買い、菊が殿様に差し上げる御飯に針を入れられた。殿様は怒って菊を責め、蛇の入った樽に入れ、宝積寺の池に投げ込んだ。小柏源介という侍が悲鳴を聞いて樽を開けると、瀕死の菊が出て来た。菊は「このご恩にお家に蛇の害は無いように致します」と言って事切れた。お菊の母が「お菊が無実なら芽が出ろ」と池の辺に炒りゴマをまいたら、芽が出た。お菊の祟りで小幡家に戦死や切腹の沙汰が続いたので、宝積寺に碑を建てて供養した。

(お菊の祟り) | (オキクノタタリ) | 怪異・妖怪伝承データベース

里の風: 上野国甘楽郡中里村菊女事

お菊さんは小幡氏が運んだ

小幡氏は、群馬県甘楽郡の一族。
甘楽は「かんら」と読み、渡来人が多く住んだので「から→かんら」となったとも。
いつの頃からか、小幡氏は池に沈んだ女の怨霊を深く畏れ、祀ってきた(もとは水神としての蛇を祀ってたんじゃないでしょうか)。

小幡氏は小田原の役で敗れて、上州の領地を失い、江戸時代を迎えます。
徳川に仕えるようになった小幡氏。
家臣としてあっちこっちに仕官しますが、小幡氏が仕官した地と、お菊・皿屋敷伝説が残る地は、一致します。
ホラー漫画家の永久保貴一さんが、この件を熱心に探求したらしくて、以下のページにまとめがあります。
Sara Yasiki

江戸時代の転封という制度によって、お菊さん伝説が広がっていく

播州姫路の場合だと、五軒邸(地名。うちの近くだわ)。
ここにかつて、小幡九郎右衛門の屋敷があり(文化年間の地図にも記載されてるらしい)、邸内にはお菊の墓があって、小幡家に吉凶のことあれば、前夜に家内にお告げがあったと(「六臣譚筆」)。

この小幡氏は、松平忠明が寛永年間に姫路藩主になったとき、家臣としてやって来たもの(小幡修理)。
このあと、松平が武州忍藩に移ったときもついていって、かの地にもたしかにお菊伝説があるのです。
行田昔話

彦根や加賀も皿屋敷伝説がありますが、ここでも小幡氏の足跡がたどれる。
(今井秀和「お菊虫伝承の成立と伝播」(『妖怪文化研究の最前線』)にもこの件について、まとめがあります。)

江戸の皿屋敷の場合は、番町ではなくて、牛込が元の所在らしい(「当世知恵袋」の「牛込の亡霊」正徳2(1712)年など)。
甘楽の城主だった小幡信実の子・直之が家康の家臣として仕え、牛込にその菩提寺がありました。

まだ謎は残る

小幡の一族にとって、お菊さんは氏神であり、また祟り神でもあって、非常に真剣に祀っていた。
一族の誰かが屋敷を持つたび、熱心に祀られ、その恐れ奉り方が並大抵ではなかったため、だんだんと周りにも知れるところとなり、伝説が形成されていった…というところ。

これで、皿屋敷伝説の起源の半分…お菊さんの出自は解明できたといえそう。
ただ、小幡氏のお菊さんには「皿」は出てこなくて、針のせいで、お菊さんは池に沈められることになってます。
これに皿数えの伝説が結びついて…ということなのですが、皿の方はまだ謎。
近世風の新しい趣向なのか、古い何かの断片なのか…私は後者の線を見ているのですが…よくわかりませぬ。

池や井戸に沈められる女。
橋姫や姥が池など、水の女神の系譜に属するもの。
蛇身であらわされ、実際、小幡氏のお菊神も、蛇のつまった樽に詰められるとか、櫃の中の蛇に食われるとかいう形で出てきます。
お菊さんの伝説は、地下の広大な水脈とつながっている。
大蛇,那波八郎 | ダイジャ,ナハハチロウ | 怪異・妖怪伝承データベース

こうした伝承は、あるいは渡来系の人たちが強く信奉していたのかもしれません。
井戸堀りや灌漑池・用水路の整備(満濃池、真野長者)、鉄器の生産、養蚕、古墳…そうした生活の工夫のいちいちにつきまとった伝説。

お菊さんは羊大夫の夢を見るか

さっきちょっと触れた「お菊虫伝承の成立と伝播」という論文。
お菊虫というのは、寛政七年、ジャコウアゲハの蛹が大量発生、その姿を縄に縛られたお菊さんに見立て、お菊虫と称する…というブームが起きたこと。
これが、同じく上州に伝わる羊大夫という不思議な伝説と関連するのではないか、というのが、論文の目玉。

この「羊大夫」伝承は摩訶不思議なもの。
お菊さんと同様、甘楽郡ほか上州に伝わっていて、やっぱり小幡羊大夫と、小幡姓で呼ばれます。
よみがえる古伝承 多胡碑の「羊」と羊太夫伝承 増田修
「和同開珎」 羊太夫の伝説をめぐって

「多胡碑」という古い碑文があって、この石碑は「羊さま」と呼ばれています。*1

上野国の片岡郡・緑野郡・甘良郡、并せて三郡の内、三百戸を郡と成し、に給う。多胡郡と成す。

「羊」というのが渡来系の人名で、この人に上野国の地を与えたという内容ではないかとも言われる。
小幡のハタは、秦氏のハタ…なのかなあ。
多胡碑 – Wikipedia

群馬のキリスト伝説

多胡碑については、さらにすごいネタがあって、「甲子夜話」(続篇・巻之七十三)にこんなくだりが出てきます。

この蛮文、上野国なる多胡羊大夫の碑の傍より先年石槨を掘出だす。其内に古銅券あり。その標題の字この如し。
JNRI
其後或人、蛮書『コルネーキ』を閲するに、耶蘇刑に就の図ある処の像の上に横架を画き、亦この四字を題す。

JNRIは、ユダヤの王・ナザレのイエス。
甲子夜話にあるとおり、十字架のキリストの上によく描かれています。
羊大夫、キリスト説。

甲子夜話では、この記事以前にも「多胡碑」を取り上げたことがあって、その時は碑の下に十字架が埋まっていたというネタにだまされてを考察しています。(前編・巻六十三)
その記事は、景教(ネストリウス派キリスト教)が京都太秦に伝わっていたという、例のトンデモのはしりとなるもの。
その際は長々と考察した末に、「かたがた十字架のことは疑わし」と結論した松浦先生ですが、ここでまたしても同系のネタにつかまってるのが、熱いです。
すごく残念なことに、十字架もJNRIの古銅券も、今は見当たらないようです。
なお雑誌「ムー」の記事では、JNRIを稲荷(INARI!)に持っていくらしくて、それはさすがに思いつきませんでした。見事なまでにムー。
謎の羊太夫伝説

上州・妙義山麓は、お菊さんの故郷にふさわしい、不可思議な伝説の宝庫。
お菊さんの伝承が結局、姫路に定着したのも、何か因縁を感じます。
播磨は渡来人たちの痕跡を色濃く残す地。
芦屋道満がそうであったように、時代時代で落ち延びてくる、いにしえのあやしがあって、これらの地に吹きだまってくるかのようです。

¶ Footnotes:
  1. 「承和十年正月丁酉、上野國新田郡人勳七等犬養子羊弟眞虎等二人賜二姓丈部一」-『續日本後紀・十三仁明』 []

COMMENTS

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  1. あけましておめでとうございます。まさに「羊をめぐる冒険」ですわね。

    先日彦根に行ったときにも、かの地でお菊さん伝説、聞いてびっくりしました。「お菊井戸の源泉」を読んだあとだったので、余計びっくり。油断しきってたところで待ち伏せされた気分でした。

    姫路城、修復費がなかなか集まらないとのことですが、彦根城のひこにゃんをしのぐキャラをデビューさせればOKかもしれません。「お菊虫」なんかキモカワ系でいいんじゃないかしらと思うのですが、どうでしょ?

  2. 美頬さん、あけましておめでとうございます。

    彦根は、初代藩主の井伊直政が、家康から小幡の領地だったところをもらいうけた人。
    井伊さんが小幡の家臣を自分の部下にしたため、彦根にもお菊さんが祀られたらしいです。

    お菊さんの故郷が群馬なのはまちがいないようです。
    しかもすごくへんてこな伝説に満ち満ちた地域で、調べるとまだまだ謎めいたことがでてきそう。
    渡来系の人たちの子孫が、日本の隅々を開拓していくときに、不可思議な伝承もばらまいていって、それが各所で独自の形で根付く。
    後の時代になって、ばらばらになってた伝説どうしが再会して、接ぎ木細工めいた神話が生まれる…という感じ。

    お菊虫は、昭和三十年代くらいまでは、お菊神社で売ってたらしいです。
    市川の河原でサナギを集めて、天日で干してから箱に詰めるんだとか。
    ほっといたら、羽化するんじゃないなかあ。
    ひこにゃんと交配して、おきくにゃんとかをブリーディングすると、えげつないキャラが生まれそうです。
    さざえボンみたいですが(笑)

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