たら本47 「この作品をこの人の声で聴きたい」
たら本。まずは、ちょいとお知らせから。
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さて、さっそく、たら本47です。
今回は、「慧の本箱」の慧さん主催、お題は、
「この作品をこの人の声で聴きたい」
このお題と似たようなことを、かつて記事にしたことがあります。
□AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 「アニメ声に出して読みたい日本語」
この記事はかなり強烈なんで、ふたたび取り上げてみたい。
あまり気づかれてないかもしれませんが、うちの過去ログは非常に充実してるんですよ(笑)
というわけで、いくつか再度ご紹介してみると。。
磯野波平(永井一郎)が読む、川端康成「眠れる美女」
たちの悪いいたずらはなさらないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した。
…
「娘は眠り通しで、始めから終りまでわからないんでございますからね。どなたとおやすみいたしましたかもね…。それはおきがねありませんわ。」
江口老人はいろんな疑いがきざすのを、口に出さなかった。
「きれいな娘でございますよ。こちらも安心の出来るお客さまばかりにいらしていただいてますし」
エロい。
磯野波平は戦後の川端作品を愛読しているはずです。「山の音」って、なんとなくサゞ江さん。谷崎より川端が好みなんです、あのハゲオヤジ。
ドラえもん(旧。大山のぶ代)が読む、「吾輩は猫である」
これはほとんどネタ以外の何ものでもないですが(~_~;)
でも、実際に大山のぶ代さんに読んでもらったら、おそらくものすごくうまいと思う。
声優さんの実力というのは、半端なものじゃないですから。
…アマゾンで「四次元ポケット・ポシェット」を発見しましたヽ(´ー`)ノ エコバックはないのだろうか。。
コロ助(キテレツ大百科。小山茉美)が読む、「葉隠」
「武士道とは、死ぬことと見つけたナリ〜♪」
かわいい。三島由紀夫もびっくりの、かわいすぎる葉隠。
そういえば、原作だと、コロ助って最後死んじゃうんでしたっけ。アトム(続編のほうの、野原で錆びて死んじゃうやつ)と記憶がごっちゃになってますw
藤子不二雄Fも手塚治虫も、自分のキャラにけっこう、どエス…というか、ファンにショックを与えたいという、止みがたい作者の死の欲望を感じる。
目玉おやじ(田の中勇)が読む、バタイユ「眼球譚」
これも完全にネタですね…。
でも、鬼太郎の第一話で、どろんと溶け落ちる目玉は、エロス=タナトスな味わい。バターをつけて食べるとおいしそう…バターいいよ、バタイユ…というような流れで。
次元大介(小林清志)が読む、ダシール・ハメット「マルタの鷹」
サミュエル・スペードの角張った長い顎の先端は尖ったV字をつくっている。口元のVは形が変わりやすく、反りかえった鼻孔が鼻の頭につくる、もう一つ小さなv。黄ばんだ灰色の目は水平。鉤鼻の上の二筋の縦皺から左右に立ちあがる濃い眉がふたたびV字模様を引き継ぎ、額から平たいこめかみの高い頂きにかけて、薄茶色の髪もVを成している。見てくれのいい金髪の悪魔といったところだ。
「マルタの鷹」(小鷹信光・訳)
この「マルタの鷹」の冒頭は、小林清志の声が聞こえてきます…まさに、うってつけ。
次元の声で、ハードボイルドやアメリカのノワールな都市小説を朗読してもらったら、めちゃめちゃかっこいいだろうなあ。
前から思ってるんですが、有名な声優さんに、古今の名作を読んでもらう
…昭和のアニメや外国映画のキャラとオーバーラップさせながら
…という企画、どこかの出版社やテレビでやってくれないでしょうか。
さらに、アニメを離れて、新作を、ふたつほど。
落語家が読む、スティーブン・キング(あるいは村上春樹)
落語家…ことに東京の落語家は、朗読ということが、ものすごくうまいんではないだろうか。
咄の曲折を声でたどる職人なのだから。
大勢の人を爆発的に大笑いさせるのではなく、小規模な集会…淫靡な感じさえただようような…で、ほんとか嘘かもさだかでないような「噺」をこっそり聞かせる。
…中世、あるいは古代以来のカタリの伝統。
怪談話のレパートリー、上方よりずっと残っています。
稲川淳二の怖い話は、原初的な落語に近いと思われる。
江戸という都市がもっていた、根無し草の浮遊性
…誰ともしれない人々が集まり、どこから来たともしれないものが(疫病を含め)流行する、
都市でありながら、いまだ森のような荒野が散在する地所。
噂と真実の区別のない、仮想の都。誰のふるさとでもない、誰にとっても異国の地。
江戸の語りは微妙な背景を持っていて、その雰囲気はいまだ落語の中に残っているんです。
きっとモダンホラーを読んでも、陰影のひだにカビが生え、微細な虫が這うのではないか。
とすれば、いっけん意外なようでありながら、村上春樹をもっとも正統に朗読できるのは、落語家なのかもしれません。
…実験してみたい☆
坂田利夫師匠が読む、「老子」
学を絶てば憂いなし。
唯(い)と阿(あ)と、相去ること幾何(いくばく)ぞ。衆人みな余りあるに、
而(しか)るに我独り遺(とぼ)しきが若(ごと)し。
我は愚人の心なるかな、沌沌(とんとん)たり。
俗人、昭昭(しょうしょう)たり。
我独り、昏昏(こんこん)たり。
俗人、察察(さつさつ)たり。
我独り、悶悶(もんもん)たり。
神というものが存在するとしたら、たぶん坂田利夫師匠の声で語りかけるだろう。そう私は考えています。
実際、「マインド・ゲーム」では、師匠は神の役で登場され、アニメ史に残る驚異の映像に「声」をさずけられた。
とんまなお声とは裏腹に、どことなしかさみしさのただようのが、その持ち味。ヴィトゲンシュタインなんかも、師匠の声がぴったりきそう。
ライオンが言葉をしゃべれたとしても、我々には理解できないだろう…神様が言葉をしゃべれたとしても、それはアホの坂田だろう。。
















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overQさん
こんなに遊び心満載の記事さすがです
川端康成 通り一遍の作品しか手にしてないので
これは 波平おやじに任せてはおけない・・
それにしても 波平おやじに このエロい洗礼は・・エロさは増すけどちょっと怖い気もするかも
七色の声の持主小山茉美も良いし
S・キングを落語家が読んでくれるってのは
もう目から鱗 やられたあ~って感じです
S・キング好きな慧は どうしても聞いてみたい企画です アホの坂田のお出ましまで もう恐れ入谷の鬼子母神です ハイ!
★慧さん。
川端康成の戦後作品に出てくる主人公の老人たちは、波平とすごく重なるんです。
社会的な位置や家族の構成、家の建築スタイル、来ている服装やしゃべりかたさえ、なんとなく波平と似ています。
長谷川町子が描かなかった、「独りでいるときの波平」が、川端作品に描かれている…というような感じ。。
谷崎の老人とはなにかちがう…というのも、大きな特徴かもしれません。
エロスと死が、シームレスに結びついていて、どこか母なるものと転生の主題がほのめいている、という戦後川端作品ですが、
磯野波平もまた、「波、平ら」な海へとつながるイメージ…というのは、深読みすぎでしょうか(笑)
「サザエさん」がいつまでも放映されていて、日本の家のイメージのもとになってるのは…ほんと謎めいています。。
>次元大介(小林清志)が読む、ダシール・ハメット「マルタの鷹」
うわー、なんて魅力的なんだろう。
次元が読むシリーズがあったら、私全巻揃えますよ!
>落語家が読む、スティーブン・キング(あるいは村上春樹)
スティーブン・キングは実は未読なので、
どの落語家というのを思いつかないのですが、
文楽、志ん朝、圓朝など名人達に読んでいただければ
かなり面白いことになると思います。
えー、スティーブン・キングがこんなことに!
みたいな吃驚化学反応もおきそうだし。
overQさん、こんにちは。
にやにやしながら眺めてしまいました。
いや、以前見たときもとても楽しかったのですが、再度見て想像してもやっぱりにやにやしてしまいます^^
そういえば、昨日立ち寄った本屋で講談社学術文庫のある本をとってみたのです。それはフランスの文化をその言葉(単語)から探ってみるという本でした。で、文章の間にやたらとフランス語の単語がはさまっていたのですが、てきとうなページを開いてパッと見た瞬間になんとなくちょっとイラっとしたんです。なんでかな?と考えたらそれはたとえその言葉の意味や歴史を解説してくれていても、その単語の発音がまったく検討もつかないから、というところに原因があるのだとわかりました。語学の勉強ならまだ、読み物として読もうとするときに発音がわからない言葉がいくつも混じっているというのはちょっとつらいなあと感じたのですが、これって僕だけでしょうか。
ただ、それはやはり普段から本を読みながら頭の中で声を出して読んでいることと関係があるのじゃないかなあとも思ったり。
でも速読術の場合はそういう風に頭の中で発音して読んではいけないみたいで、それはそれでまた面白いものだなあと思いました。
アホの坂田・・・ぎゃふん。。
なぜか妙に納得する自分がいます。
聖痴愚というロシアの文学に登場する人物たちの伝統を思い出しました。
★菊花さん。
声優さんに、名作を朗読してもらう…この企画をなぜ出版社もテレビ(ラジオ)局もやってくれないのか…ぜひぜひ、やってほしいですъ( ゚ー^)
アニメキャラが文学の名作を読む
…いっけん、あざとい一発企画のようですが、実際にやってみると、声優さんの朗読の実力はものすごいものなので、本格的な内容をなっちゃうかも。
著作権の問題も関係ないんですよね…小林清志が次元の声で読んだって、モンキーパンチにお伺いを立てる必要はなくて、あくまで小林清志の声なんだもの。
それに原作者サイドも面白がってくれる可能性もあるんだし。
(そもそも、漫画のキャラクターは、洋画の、声優さんがコミットして作り上げたキャラが元になってることも、少なくないんです。)
「落語家の読む、スチーブン・キング」
…というのは、前から考えてて、どの落語家さんにどの作品を、というのも、考え中なんです。
けっこう悩みますが、誰がどれを読んでも、かなり怖い(笑)
落語は本来、ホラーだったのかもしれません。
その気配は濃厚に残っています。
饅頭は本当に怖いんです…「頭」ですから…人肉だったりメタミドホスだったりw
★kyokyomさん。
音読と黙読。
音として聞く言葉と、文字として読む言葉。
この二つは、本当は、まったく別な脳の働きなんです。
「聴覚と意味を結びつける」のと、「視覚と意味を結びつける」。
脳の活動範囲が、ぜんぜん、別。
人はまず音として母国語を覚え、そのあとに文字をおぼえる。
文字の初学者は、文字を音としてたどる。
慣れてくると目で見るだけで、その意味がわかるようになる。
新しいスキルの習得。
でも、外国語を学ぶ時は、文字としてそれをたどり、音は後…という形をとる。
それが「母国語/外国語」「私/他者」の区分の定義だと言ってもいい。
(音として知られた外国語は、外来語として母国語の一部に分類されます。)
「音=聴覚」「文字=視覚」だけじゃなく、たぶん人間の脳は、与えられた刺激にたいして、別な刺激と結びつけるという機能だけを持っている。
それが、「意味」の正体です。
…と、何かわけのわからないことを書いてみました。
「わけがわからない」のは、この刺激が、別な刺激とどう結びついていいか、わからないからですw
この話は、もう一度、何らかの形で書いてみますね。
いろいろ考えるうち、得体のしれないコメントになってしまいました(~_~;)
わかりやすく書くのは、本当に難しいのですが、なんとか、も一度。興味深い問題なので。
うわあ、すごいラインナップですね!
声に疎いと気付いてしまった私でも楽しめます♪
この中で特に聞いてみたいのは、波平の川端康成と
坂田利夫の老子かな~。(次元の声は、残念ながら思い出せません…)
私は、声だけを特化して意識したことがあまりないんだなと
今回のお題を見て改めて感じてしまったんですが
伝承文学系が好きだと言ってるのに、それってどうなのよ?と
自分で自分に突っ込みを入れてしまったりします。
いや、きっと、どんな声だったとしても
語ってくれるなら聞き入ってしまうと思うというか
多分、そこに特別な個性を求めてはいないんだろうと思うのです。
声を意識していないというのは、多分そういうことだと思うのですが
でもやっぱり自分の中で、「文字として読む言葉」が占める範囲が
「音として聞く言葉」よりも広いということなのかなと思ったり。
なんか自分の弱点を1つ悟ってしまった気がしますー。
言葉と視覚と聴覚の話、ぜひ記事にしてくださいね。
楽しみにしてます!
★四季さん。
四季さんは読むのがすごく速いので、やはり頭の中ではまったく音読してないということなんでしょうね。
読書と朗読は、まったく別個なこととして、脳が認知してるにちがいないです。
逆に、読むのがあまり速くない人は、音声として把握するのと、文字として把握するのが、入り混じっていて、それが読書速度を遅らせているらしい。
このちがいは、読書そのもの…本の内容の理解や意味付けなんかにも、何か影響をあたえるのだろうか…興味深いです。
読書は誰もがなにげなくやっている行為ですが、けっこう謎めいていて、なぜ本が読めるのかはよくわからないとさえ言えそうですね。
坂田利夫師匠の老子は、すごく聞いてみたいです!
声優として、ちょくちょく仕事をされていますが、じつはたいへんうまいです☆
ご無沙汰しております。
す、、、素敵すぐる…!!!
坂田師匠の「老子」にこっそり一票です
洒脱韜晦テンポと三拍子そろった朗読をしてくれそうです
Pingback: ソラノアオ。
★天藍さん。
声優・坂田利夫は、かなりすごいのではと、前々から思っています。
体や表情を使って演技するときよりも、ずっと「自在」で「天衣無縫」。
浮遊感と悲哀があって、もしかすると神の慈悲、あるいは真理というのは、かくもあいまいでか弱いものなのかもしれません。
Pingback: てらブログ
ペンだこと申します。
落語家の読むキング……今怪談噺を読ませるなら林家正雀(はやしやしょうじゃく)師匠でしょうか。その師匠は元の正蔵、彦六です。
ttp://syouhachi.hp.infoseek.co.jp/
ttp://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=74
死んだ落語家ならパンダと同じ日に死んだ円生ですか。円生の怪談も怖かったです。
★ペンだこさん。
はじめまして、ペンだこさん。
見知る人見知らぬ人が集まって、怖い話を語るのは、世界中で見られる夜伽の風習。
千夜一夜物語から百物語まで…中世の説話文学なんかも、本来は好事家の貴族が夜な夜な隠密な集まりをもよおし、顔のあるようなないような客人のかたる、世間のあることないことを諜報していたのの名残りなんだとか。
中国でも王様の「大説」に対して市井の巷談を収集したのが「小説」の起源…なんて噺を聞いたことがあります。
落語はそんな夜の一族の流れを汲むもの…のはずで、本来、怪談は得意なはず…そんなことを思っています☆