うしろの京都 – 京都魔所めぐり #01 「合槌稲荷」

written by overQ

usirono2

コンドル。
それはアンデスの空を舞う巨鳥のことではないのです。
サクラが咲きだしてからというもの、京都は混んどるんです。めちゃくちゃ混んどるんです。
もうね、全然クルマ動かんよ。

それというのも、みんな、同じところへ行こうとするからだ!

「京都観光客分散化計画」

それを発動したい。*1
本当に京都を見たかったら、テレビには映らない京の路地裏へと、迷いこむこと。

あなたのうしろに本当の京都があります。

というわけで、京都魔所めぐり。
あまり知られていない、京のうしろの神々への、いざないです。
誰も行かない片隅にこそ、ご利益(=祟り)のある神様がおられるもの。
実際、どの神様もたいへんパワフルです
…ただ神様は絶対値しかご存知ない。
んで、パワーの向きがプラスかマイナスかは保証いたしかねます(;・∀・)
ま、人生、そういうもんです…禍転じて福。また逆もしかり。ウロボロスの輪。

京都魔所めぐり…地図も目下、作成中。もうちょっと増えます。簡単な解説も書く予定。

どこもね、見つけるのが大変。
近くまで行っても、路地の奥の奥にあったりして、なかなか見つかりません。

「まさか、こんな民家のすき間にはないだろう」
「これは私有地に不法侵入しているのではないか」

魔所であるのは、神様の魔力だけでなく、現実的なトラブルの予感にさいなまれることも大きいのです。
あるいは、ガラッと窓があいて、おばちゃんが頭を突き出し、
「あんた、人の敷地で何しとん。警察呼ぶで」
というような恐るべき展開が待ち受けてないとも限りません。

しろうとにはおすすめできない、うしろの京都。

まずはどんな感じが見てもらうため、入門編の動画をどうぞ。
グーグルのストーリート・ビューでさえ「問題」となる昨今、かなり踏み込んだ内容となっとります。
なあに、大丈夫。ケータイで撮ったんで、モザイクをかけた以上にプライバシーが保護されています(画質が荒い、とも言う)。


合鎚稲荷にお参りする。 posted by (C)overQ2.0

いやあ、動画で見ても、ドキドキするよ。
洗濯物とか干してあるような、家の裏の通路。
私有地、不法侵入…そんな法律用語がよぎります(^_^;)
これは、でも、まだまだ序の口。写せない場所も多いです。
こちらは、以前、クリスマス前にお参りしたとき、クリスマスツリーが飾ってあって、衝撃を受けたことがあります☆

  +

合槌稲荷。

明治神宮のすぐ近くなんです。
知恩院から平安神宮にかけては、観光客だらけなのに、合槌稲荷や粟田神社、元三大師をまつる尊勝院から将軍塚へ登る道のあたりは、閑散。

能の「小鍛冶」はこの合槌稲荷が舞台。
刀匠・三条小鍛冶宗近が刀を打っていると、童子が現われ、相槌を打って手伝ってくれます。
じつはこの童子、稲荷明神が姿を変えたもの。
こうして名刀「小狐丸」が誕生する、という話。

鍛冶師は、魔術師。西洋で言えば、錬金術師。
石ころから金属を取り出し、鎌や釜、刀剣を打ち出す術は、秘密のうちに伝承される技。
…すなわち、魔法でした。

窯や炉は「母胎」とみなされ、その「ホト=火戸=女陰」から生まれるものは、ホムンクルス(=童子)。
つまり、童子の姿の稲荷明神はホムンクルスであり、同時に名刀「子狐コンコン丸」そのものでもある。

  +

この稲荷明神は伏見稲荷からやって来られたと伝えられる。
伏見稲荷は秦氏の祀ったもので、鍛冶は平安京以前の京都の開発と深く関わっている。
この地は粟田口と言って、京の七口…出口入り口のひとつ。東へ抜ける蹴上の直下で、東海道から京に入るサカイの地。

三条通を渡った、合槌稲荷の向かいには、粟田神社。
この上り口あたりに「鍛冶神社」の小さな祠があります。小鍛冶宗近の鍛冶場があったとも。
「宗近」とは、相伝される名だったんでしょうか。不死の人に見えます。

粟田神社も、平安京以前の京都(山城国)を考えるとき、重要な存在。
粟田氏という氏族は、八坂とも結びつきが深く、また秦ともつながっている。
これから「魔所」として紹介していく場所は、結局、平安京以前の勢力が、闇の力となって、平安京の底から噴出するものだと言ってもいいんです。
一見、ちがう神様のように見えて、じつはどれも同じ形をしておられます。

中世の百鬼夜行のメッカ、二条大宮「あわわの辻」は、粟田氏とたぶん関係がある。
次回は、このことと関わる「鵺神社」。
(下の写真は、鵺神社を撮ったもの。前に映っている「うさじい」「たーちゃん」に似た物体は、撮影意図に反して、たまたま写りこんでしまった浮遊霊です。)

うしろの鵺神社

¶ Footnotes:
  1. 日本人はもともとみんなで同じような行動をする傾向がありますが、ここ数年はマーケティング手法が洗練されたせいか、ものすごいことになってきてます。ベタなものに瞬間的総動員的に反応しまくる。
    とはいえ、メディアに現れたものだけが、この世に存在する価値のすべて…ではないのだ。
    「もうかること」が至上命題となったいまや、売れることと物の質には、なんの相関関係もないんです。 []

COMMENTS

COMMENTS

  1. 動画ドキドキしますね!
    なんだか雰囲気むんむんです。

    私の住んでいるところは郊外なので、こういう路地がうねうねしているところは残念ながらありません。
    東山区に伯母が住んでて、そこがこういう感じかな。

    なので、京都に生まれ育ったのに路地うねうねは異界であり、懐かしくも遠いところへ来た、、という感傷にひたれます。

  2. ★shosenさん。

    路地とか通路いうより、家のすき間を縫っていくような感じです(・∀・)
    東山とか西陣とかは、ほんとに狭い路地が多いですよね。
    一応、こうした社寺や史跡があれば、「いちげんさん」でも入っていけるけど、フツーは住んでる人以外は、入ってはいけない場所でしょうねえ。。

    ファンタジーを分類するのに、ハイ・ファンタジーとロー・ファンタジーという語があるそうです
    ハイは、指輪物語のように物語世界そのものが異界である場合、
    ローは、ドラえもんのように(?)この世界の日常のうちに、ちょっとずつ異界的なものが忍び込むタイプ。

    しかし、最近、私にとっての京都は、ローじゃなくて、むしろハイ・ファンタジーの世界になってきております(;・∀・)