うしろの京都 – 京都魔所めぐり #05 「井戸の女」
いさら井のおさらい
太秦・広隆寺の西に「潦井(いさらい、伊佐良井・伊佐羅井)」と呼ばれる井戸があって、これがイスラエルのなまったものだという説あり。
ちょっとトンデモ…ではあるものの、太秦や秦氏、聖徳太子のまわりは、なんとなくユダヤ・キリスト教的な尻尾がちょろちょろはみ出ていて、つかんでみたくなります。
トンデモ説は、それが史実として正しいかどうかよりも、あやしい気分を喚起するのが、旨味。
嘘と真の区別のつかぬサカイに立ち止まることは、何かの扉を開く鍵…なのかもしれません。
◆「太秦」めぐる超古代史
しかし、じつは「いさら井」や「さら(し)井」は、井戸の名称として、わりとよくあるもの。「小井(いさらい)」という苗字もあるようですね(IMEの変換候補で出てくる)。*1
Yahooの辞書を引いてみると、
いさら 【〈細小〉・▼些】
[接頭]水に関係あることを表す名詞に付いて、小さい、細い、少ない、という意を表す。「―波」「―水」
「いさら」とは、水がさらさらとか細く流れるさま…とりわけ、音に関心がある言葉つき。
いさら井、いさら波、いさら水、いさら川…と、さらさら流れる。*2
思ってみるのは井戸を掘るとき。
水脈を見つけるため、地面に耳をつけて、伏流水のか細い音を聞き分ける…耳を地につけ、胎動を聞く、昔の人の真剣めいた顔つき。
あるいは、井戸底に耳を澄ませ、さらさらと呟く音のうちに、神の「声」を聞き取る、すまし顔の巫。
皿屋敷の井戸
さて、何の話をしようとしてるかというと、有名な幽霊譚「番町皿屋敷」の皿が、この「いさら井」のサラだ、と。
ちょっと京都を離れて、播州・姫路に向かう。
「一枚、二枚…」と井戸の底で皿を数える、皿屋敷のお菊さん。
井戸に投げ込まれて幽霊になる…「リング」の貞子さんの原型でもあります。
◆皿屋敷 – Wikipedia
お菊という名前。
これはどうも「聞く」ということに関係しているらしい。
「菊理媛(きくりひめ)」という女神さまが、日本書紀に一瞬だけ登場します。
イザナギ命の黄泉帰りの途上。
神産みでイザナミに逢いに黄泉を訪問したイザナギは、イザナミの変わり果てた姿を見て逃げ出した。しかし泉津平坂(黄泉比良坂)で追いつかれ、そこでイザナミと口論になる。そこに泉守道者が現れ、イザナミの言葉を取継いで「一緒に帰ることはできない」と言い、菊理媛神が何かを言うと、イザナギはそれを褒め、帰って行った、とある。
是の時に、菊理媛神、亦白(まう)す事有り。伊奘諾尊聞しめして善(ほ)めたまふ。乃ち散去(あら)けぬ。
-『日本書紀・神代』
菊理媛が伝えた言葉…その内容は記されていない。
「きくり」は「潜り(くくり)」ではないか、という折口信夫の説。論文「水の女」にあって、折口は菊理媛を水の女神と考える。(折口信夫 水の女)
岩波文庫版「日本書紀」の註だと、「こころ」の可能性も指摘されています。
イザナギ・イザナミの仲を取り持ったことから、「括り」であるともいわれ、縁結びのご利益があるとか。でも、よく考えてみると、仲を「括る」というよりか、イザナミは死の世界へ、イザナギは生の世界へと、別れていく。
死者の声を生者に伝えた、ということで、生死を結ぶ、巫女的な「括り」という解釈らしい。
全部、いっしょにしてみる…というような、豪快な解釈を断行してみると(汗)。*3
黄泉の底を「潜る」暗い水音に耳をすまし、そこに水の女の声を「聞く」ヒメミコ。
これは、死者の声でもあって、水音を用いて死者のココロを媒介する(括る)シャーマンとしての、菊理媛。
この巫女の伝える「善きコト」は、けっして他人に語ってはならないヒメゴトである、と。
…ちょっと、コックリさんみたいです。
これが皿屋敷のお菊さんの原初のお姿。
もしかすると、皿を井戸に落として、その割れる音で吉兆を占う…という風習があったのかもと思ってみたりします(まだ、その用例に出会ってませんが)。
烏丸通りの井戸の女神たち
さて、京都に戻りましょうか。
井戸の女神は烏丸通り近辺にたくさんいらっしゃいます。
水脈…があるらしい、掘れば井戸が涌く。
■井戸の中の女神さま | AZ::Blog
烏丸通りにある井戸は、祇園祭と関わるもので、牛頭天王の恋人、八王子・悪王子の母でもある、女神が祀られる。
・少将井(今の京都新聞本社のあたり)
・大政所御旅所(もとの祇園祭の御旅所)
・班女塚(烏丸を少し西に入ったところ。井戸の上に、何かを封印するように巨石が置かれた魔所。「ハリ才女」を祀るとも言われ、それは少将井=婆梨采女のこと。)
おもしろいのは、烏丸のこのあたりは、藤原氏と関わりが深いこと。
少将井は、惟喬親王の小野宮で、右大臣藤原実資に伝領され、池をめぐらす邸宅が造られた。
班女塚は、藤原繁成の邸だった場所(繁成=ハンジョウで、「班女」「繁昌神社」となったのでは)。
南に降っていくと、俊成社があって、藤原俊成が祀られています(平忠度との和歌の友情にちなむ)。
俊成自身が祀ったという新玉津島神社も近く。なんと、衣通姫が祭神で、歌道上達がご利益。
衣通姫は、前にも書いたように(うしろの京都 – 京都魔所めぐり #04 「土蜘蛛」 | AZ::Blog)、男の衣袖に糸を通し、その跡をつけて、男が神であることを知るという三輪山伝説のバリエーションのひとつ。
そして、近所の大政所御旅所の由来もまた、この糸伝説のバリアントでした。(どんどんつながっていきます★)
藤原のフヂとは、「淵」のことで、藤原とは水の女神をまもる一族…という説が、折口「水の女」に出てきます。
だが、衣通媛の名代は、紀には藤原部としている。藤原の名が、水神に縁深い地名であり、家の名・団体の名にもなって、かならずしも飛鳥の岡の地に限らなかったことを見せる。ふぢはふちと一つで「淵(フチ)」と固定して残った古語である。かむはたとべの親は、山背ノ大国ノ不遅(記には、大国之淵)であった。水神を意味するのが古い用語例ではないか。ふかぶちのみづやればなの神・しこぶちなどから貴(ムチ)・尊(ムチ)なども、水神に絡んだ名前らしく思われる。神聖な泉があれば、そこには、ふちのいる淵があるものと見て、川谷に縁のない場処なら、ふちはらと言うたのであろう。
井戸を祀る人たちと、藤原氏まわりにいた人々の信心が重なるように見える。
烏丸通りの井戸をめぐり、「衣通姫-藤原俊成-大政所御旅所」のつながりの糸がたどれたので、折口説に、大きな援護ができたと思います。ね、折口先生★

鉄輪の井も、ほど近くにあるなあ。
鉄輪は、嫉妬の鬼と化して、頭に鉄輪(五徳)をかぶり、丑の刻参りをする狂女。
宇治の橋姫の伝説も、同じタイプ。
もっと広く、狂女・醜女の伝説集合があって、さきの班女塚の伝説や、お岩さん、鬼の腕を取り返しに来る湖の母神、そしてお菊さんから貞子にいたるまで、この中に含まれる…と考えてみたいところ。
そもそも、イザナミの黄泉の神話が、このタイプで、どうも鍛冶の作業(オプス…と錬金術の用語で置き換えたい)と関係している気配。
鉄輪井は、鍛冶屋町の、すごく細い路地の奥にあります。
民家の立て込んでいるところで、路地奥、井戸のそばにも家があり、自転車があったり、傘が置かれてたり、ふつうの生活の風景。
鉄輪の伝説のおどろおどろしさと、ごく当たり前の日常の同居っぷりがおもしろいです。
…「うしろの京都」シリーズ、なかなかよく書けてて、ちょっと自己満足(~_~;)
今回は、折口信夫先生の霊に捧げたいと思います。先生の「水の女」説の正しさを、京都の真ん中で確認できるとは、幸せ★*4
トンデモじゃないことを祈りつつ。
なお、「いさら井」の北隣に、旅館「菊香荘」というのがあります。偶然だと思うけど、妙に気になります。(と、やはりトンデモに心惹かれる私であった…続く)





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