うしろの京都 – 京都魔所めぐり #04 「土蜘蛛」

written by overQ

「土蜘蛛」

千本ゑんま堂大狂言「土蜘蛛」

今年も、ゑんま堂の大狂言を見てきました。これで三年連続。
上の写真は、「土蜘蛛」。
頼光四天王の二人、渡辺綱と平井保昌に追い詰められた土蜘蛛が、糸を放ったところ。
京の念佛狂言 えんま堂狂言保存会のページ

土蜘蛛のあらすじ。
病に臥せる源頼光のもとに、妖しい僧が現れる。
頼光が名刀・膝切丸で斬りつけたところ、怪僧は糸を放って逃げ去る。
家来の綱・保昌が、その糸をたどっていくと、古い塚に行き当たる。
怪僧の正体は土蜘蛛で、綱と保昌がこれを討ちとり、首を落とす…という物語。
土蜘蛛 – Wikipedia

土蜘蛛

能の「土蜘蛛」では、怪僧が出現する前に、頼光の侍女・胡蝶が薬をもって見舞いします。
胡蝶という女は、最初の場面で、薬をもってちょろっと現れるのみ。
一見、この物語に何の関係もないように見える(実際、ゑんま堂の狂言では、胡蝶の場面はない)。
胡蝶の退場で、謡いは、

色を尽して夜昼の、境も知らぬ有様の、
時の移るをも、覚えぬほどの心かな。
げにや心を転ぜずそのまゝに思ひ沈む身の、
胸を苦しむる心となるぞ悲しき。

「夜昼の境も知らぬ」あやしい時空間が呼び出され、「苦しむる心の悲しみ」のうちに、怪僧が交替で登場。
この地謡は、胡蝶の思いをかたっているもののはずで、どうやら頼光に思いを寄せており、苦しんでいる。
勘繰るなら、胡蝶のもたらす薬が毒であって、土蜘蛛を招き寄せているようにも思えるほど。
「色を尽くして、夜昼の境も知らぬ有様」というのは、「看護の手をいろいろ尽くして」ということなのだけれど、なんだかエロっぽい響きがある。
胡蝶は、土蜘蛛の巣にからめとられ、糸に操られながら、手先として、頼光のもとに通い、怪僧=土蜘蛛の導きをしながら、頼光への思いを絶ちきれないでいる…と深読みしてみてもいいのです。

アリアドネのように、蜘蛛の糸をたどる

古代、蜘蛛の糸は、待ち人が来るしらせとして、吉兆とみなされていました。
これは日本書紀・允恭天皇八年。
衣通(そとおし)姫が皇后の嫉妬を怖れつつ、天皇への思いを歌う。

我が夫子せこが べきよひなり
   ささがねの 蜘蛛の行ひ 是夕しるしも

「恋しい人が 来られる宵です。
だって蜘蛛の糸が 今宵は服に付いたから」
と詠うこの歌。
蜘蛛の糸がつくことは、待ち人が来るというしらせ。
「衣通姫(そとおりひめ)」の名は、玉のように美しい肉体が衣(袖)を通してでも、輝き透けて見えるようであったことから。
来訪する待ち人は「神」であり、いずこともしれない場所からやって来る、顔も名前も不明の存在。それがのちの通い婚、夜這いとなるもの。

思い合わせてみたいのは、古事記の三輪山の伝説。
家に通ってくる、誰とも知らぬ男によって、子を孕んだ活玉依毘売(いくたまよりびめ)は、男の袖に糸をつけておく。
糸をたどってみれば、三輪山に至り、男は三輪山の神であったとわかる。
三輪山だけでなく、さまざまな場所で、同系の伝承が伝えられるもの。

「土蜘蛛」では、恋の主題は消え失せて、討伐の武勇伝と化しています。
でも、もともとは、糸をたどるのは、恋路の追跡…であった可能性を思う。
胡蝶は土蜘蛛の手先どころか、いわば、「胡蝶=土蜘蛛」。
頼光=雷光はその恋の糸にからめとられた、と。*1
そして、能「鵺」がそうであったように、もともとは恋物語であったものが、呪いの方へ変形してしまったのではないか…という思い切った憶測。

祇園御旅所の蜘蛛の糸

大政所御旅所

烏丸にあるもと祇園祭の御旅所、大政所御旅所
じつは、ここにも「糸をたどっていく」伝承あり(八坂神社社伝)。

円融帝の御代、天延二年(974)、助正が夢に八坂の神の神幸を見た。
すると、邸の庭から八坂神社まで蜘蛛の糸が延びており、朝廷に奏上したところ、助正邸が御旅所となった。

河勝邸の園神(蘇の神)を再現しているような、秦の子孫の話。
大政所御旅所のある烏丸は、少将井、繁昌社はじめ、井戸の女神を祭る、藤原氏の邸の並び(藤原のフヂは、「淵」のことで、水の女神を祀る一族…というのが、折口信夫「水の女」)。
祇園祭は本来、牛頭天王が、水の女神・婆梨采女と結ばれ、王子として再生する神話をかたどったもの。
おそらくは平安京以前からその元型があって、牛頭天王の宿る東の瓜生山(あるいは鵺塚)から、秦河勝邸南の池(神仙苑)あたりに巡航して、その水辺か井戸で結ばれる物語。
…何度も繰り返し書いてきた推論ですが、土蜘蛛を探っていて、またしても同系の神話にからめとられたようなのです★

少将井(婆梨采女・大政所)と、牛頭天王の恋路は、やはり「蜘蛛の糸」で結ばれている!
鵺神社(園神)と鵺塚は、きっと蜘蛛の糸で結ばれていたにちがいないのです。

おそらく、土蜘蛛の伝承は、このタイプの神話が土台にあり、能では「侍女の胡蝶」を唐突に冒頭に登場させることで、この気配を残しています。
雷光の病床をおそう、「誰とも知れぬ僧形のもの」は、頼光が名乗りを迫ると、

頼光「不思議やな、誰とも知らぬ僧形の。
深更に及んでわれを訪ふ。
その名はいかにおぼつかな。

僧詞「愚の仰候ふや。
悩み給ふも我がせこが。
来べき宵なりさゝがにの。

頼光「くもの振舞かねてより。
知らぬといふに猶近づく。
姿は蜘蛛の如くなるが。

僧詞「かくるや千条の糸条に。

「誰とも知れぬ僧形」の、「千条の糸」に隠れているのは、女神であるはず。
このやりとり、衣通姫の歌…「来べき宵なりさゝがにの」が引用されており、その意図(糸?)がほのかにたどれるのです。
思えば、「衣通姫(そどおしひめ)」という名も、三輪山説話とからめてみれば、「袖に糸を通す」ところから来たものと考えられますから。*2

「鵺」が能の始祖・秦河勝であったのと同様、「土蜘蛛」でも、平安京以前の地政学的なうごめきと悲哀が、そこはかとなく暗示されているようです。
「魔」とされる現象に同じ匂いがすること。
「魔所」と呼ばれる場所が、どこもたがいに通いあう背景をもっていること。
今回もそれを少し示すことになったかもしれません。

…またひとつ新たに、千年以上にわたって封印されてきた京都の謎を、解いてしまったようだな。。
こんな奇妙な説を唱えたのは、私がはじめてで、ちょっとやそっとでは「通説」になりそうにないっすけどね( ´△`)
トンデモどころか、埋もれてしまう可能性・大ですが、なんだか神様たちのほうから語りかけられているような気がしてて。

土蜘蛛の塚

土蜘蛛塚

土蜘蛛の塚とされる場所は、

・ゑんま堂のすぐ北の上品蓮台寺の墓地(「頼光塚」とされる)
・北野天満宮の鳥居わき、東向観音寺の裏の墓所

の二箇所。
京都魔所めぐり – Google マップ

東向観音の墓所は大伴氏廟で、土蜘蛛灯篭は、かつて七本松一條にあった「くも塚(山伏塚)」の遺物を移したもの。くも塚は都名所図会にも描かれていました。
清和院図絵画像
明治期に掘り返した遺物を、庭に飾っていた家が没落したので、土蜘蛛のたたりといわれて、今は東向観音寺に移された、ということです。

¶ Footnotes:
  1. 三輪山の神体は蛇身であるのに対し、蜘蛛。また、男女も入れ替わって、来訪するのは三輪では男。来訪する神が、女のものも、男のものも、どちらのバリエーションも存在していたし、今も残っていると思います。 []
  2. 「来訪神の袖に糸を通す」という部分が、ストーリーから落ちて、名前だけ残った、とみていいかもしれない。ソドオリ(袖通り)というのは、名というより、ほとんど説話のカタリになっている…と、なにげに大きな謎を解いたかもw…すべての神話は、じつは同型の神話から派生した八百万のバリエーションにすぎないのではないでしょうか、とはまた大胆な臆断。 []

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