うつほ舟、あるいは恋する兄と妹(後篇)
ノアの箱舟は「うつほ舟」?
柳田は、周防の大内氏や備前の宇喜田氏など、瀬戸内の古い氏族のうちに、百済の王子がウツホ舟に乗ってタタラ浜にたどり着き、一族の祖となった、という伝承をもつものがある、と指摘しています。
それらの伝承、話の後半は長者譚になっていき、その繁栄を受け継ぐものとして、今の一族があると。*1
前篇で取り上げたペンタメローネの話も、長者譚や一族の祖のカタリの気配を残していた。
まさに娘がどこかの馬の骨(=神の子)と作った「分家」ですから。分家が王様の本家を食うという結末。
きっとインドとかペルシャとかエジプトとか「世界の中心」から、端へ端へと、「新天地」を求めて、歩いていった人々がいて、その東と西の端がわれらがご先祖。
ユーラシアの東と西の端で、似たような物語があること。
うつほ舟に乗って、一族の先祖がこの地にやってきた…それはまるでノアの箱舟。
そう、人類、いやすべての種が、方舟というウツホ舟に乗って、流れ着いた祖から繁栄していった、という伝説。
これらの類似は偶然ではなく、同じ源から派生したバリエーションなのではないか。大きすぎて論証できないけれど、だんだんそう思えてきました。
「前篇」では、神功皇后+応神天皇の母子が、マリア+キリストに似ていることを書いた。
以下ではさらに、イザナギ・イザナミと、アダム・イブがとてもよく似ていることも見ていきます。
どれも、「うつほ舟」がキーになっている不思議。
日本の錬金術
柳田は、民話や伝説にある
「炭焼小五郎」
「金売吉次」
「芋堀り藤五郎」
といった長者譚を、ウツホ舟に隣接するものと見ています。
こららの話は、どれもペンタメローネの話によく似てるんです。
姫や長者の娘が、風来坊の男と結ばれる。風来坊は金属を錬成して、新しい長者となる。
そして、この話は、日本中いたるところにあります。
九州の八幡のあたりにもあるし、金沢の地名の由来でもあるし、黄金で有名な奥州藤原氏の伝承でもある。
奥州藤原氏といえば、先日の地震の宮城県栗原市。
あそこは金売吉次伝説の本場のひとつ。「金成」というズバリな地名が残っています。
地震で山が割れたけど、もし金脈が出てきたら。禍転じて…となるのになあ。ふと、そんなことを思いました。
八幡と関わるもの。金属を扱う人々。
山師や鍛冶師、鋳物師(イモジ…ここから「芋堀り」になる)が、鍬や斧、釜や鍋を打ち出して、開墾は始まる。
この人たちは、独特の神秘主義を持っていた。ユーラシアの西の端では、錬金術になっていくもの。
母胎−子供
ウツホ−神の子
鉱山−鉱石
炉−金属(黄金)
穂−米(麦)
試験管−ホムンクルス
竹・桃−姫・太郎
山(海、あるいは夜)−太陽
「包むもの」と「孕まれるもの」のアナロジーが、この信仰の要にある。
黄金や実り、神の子が、母胎に孕まれたのち、この世に新生する、という考え。
ヨーロッパの錬金術の思考でもある。
錬金術はたんなる金属加工ではなく、これらの柔軟なアナロジーによって、心の深層構造を旅するものであるのは、ユング翁の論考でつとに有名。
妹兄島の伝説
さて、前篇で取り上げた八幡さま、つまり神功皇后と応神天皇の聖母子では、母がクローズアップされているのですが、子供の方にもっぱら着目した場合。
赫夜姫や瓜子姫、一寸法師や桃太郎(たぶん山の子である「金」太郎や、海の太郎の浦島…玉手箱はウツホ)なんかがそうです。
今回は触れませんが、義経=牛若丸=御曹司の伝説も、じつはウツボロジーのバリエーション。蘇民将来もそうだと思い始めていますが。*2
子供の方に着目して、なお「一族の祖」というストーリーを保持したい場合。
そんな時は、子供はふたり、「男と女」となる。
アダムとイブ、イザナギ・イザナミ。そこから、孫・曾孫…連綿と一族が生まれてくる。
ペンタメローネの、樽詰の「ヘタレ少年とツン姫」との婚姻譚も、このタイプ。
ウツホの生み出す(子)宝によって、めでたしめでたしに終わる話。
しかし、もっと奇妙な場所にも、「類話」が見つかる。
夢野久作「瓶詰地獄」。
浜に流れ着いた瓶の中の手紙。そこには、孤島に流された兄と妹の物語がしたためられていた。
「瓶」は手紙が入っていたウツホであり、また二人が閉じ込められた孤島のアナロジーにもなっています。
じつは宇治拾遺物語の「妹兄島(いもせじま)」の話もこれで、妹と兄が、苗代と鋤・鍬・釜・鍋など稲作の道具一式とともに、舟で流されて孤島にたどり着き、島民の祖となる、というもの。
この「妹兄島」伝承は、南方の島々に広く分布しています。島の起源をカタる、アダムとイブとして。
夢野久作は、妹兄島伝承からこの作品を着想しているんだと思います。
神話学者の吉田敦彦さんは、アジアの神話との比較から、イザナギ・イザナミもほんとは「兄と妹」だったはず、と指摘。( 日本神話の源流 (講談社学術文庫))
つまり、日本という島の起源も、「妹兄島」伝説になっている。
列島自体を生む、兄妹婚。最初に生まれたヒルコは、「葦舟」に入れて流すことも言い添えて(書紀では「天磐樟船」で、よりウツホ舟っぽいと柳田)。
きっと、アダムとイブもほんとは兄と妹で、人類発生の類話なんだろうなあ。*3
夢野久作がまだ作家「夢野久作」になる前に書いた「白髪小僧」。
これも、風来坊の少年と、お姫様の婚礼譚として、ペンタメロンの話などと、そこはかとなく似ています。
夢野はこの系統の話をどこから仕入れていたのかが、じつに不思議ですねえ。
久作の故郷は北九州で宇佐八幡の地元。おまけに謡の師範。芸能を通じて口伝の古伝承の端々に触れる機会はあったかもしれない。
また、右翼の大物、地域の大立者の息子として、旅芸人との交渉などもあったこと、「犬神博士」を読むと想像させる。
「白髪小僧」「瓶詰地獄」「犬神博士」と読むと、太古の伝承がまだ脈々と生きていることを思わせます。
そして、このマグマに降れているせいで、夢野久作は近代文学史のカヤの外にあるのかしれない。
書き物による表の歴史ではなく、口承文芸の流れのうちにあるから、と言いかえてもいいですが。
おまけ・秦河勝のうつほ舟
謡や能といえば、うつほ舟は、秦河勝の最後(=転生)にも現れる。
難波から赤穂の坂越(さこし、しゃくし)にどんぶらこ、うつほ舟(空舟)で流れ着き、その地で荒神となった川勝は、能の元祖とされ、大避神社に祭られています。(金春禅竹「明宿集」)
うつほ舟と能の奇妙な結びつき。
赤穂から赤穂浪士という江戸の荒神が出現、歌舞伎でヒットするのは、たぶん偶然ではなく、この地の伝統がいわば転生しているのかもしれない。
また、大阪湾から播磨方面の瀬戸内は、安倍晴明・芦屋道満といった、陰陽師と遠からず近からず、微妙に重なり離れている地域。渡辺綱とかもこのへんだし、秀吉が管理したがった荒事のできる連中の出自もこのあたり。西宮−淡路は、傀儡・式神といったものののテリトリーでもある。嘉吉の乱も思い出す。そして、広峰から京の八坂に牛頭天王が運ばれたことも。
歌舞伎の連中は、こうした伝統に通じているんだと思う。
ついでに、平家物語の「鵺」のことも、強引に書いてみると。
ヌエさん。謡曲にも採られていますが、このヌエもウツホ舟(空舟)で流される。
端的にいってしまえば、「ヌエ=川勝」説というトンデモ。
京都のヌエ神社のある場所。二条城の北、NHKのビルの南です。
ここは、元の大内裏で、韓神社・園神社が祭られていた場所だと思いますが、どうなんでしょう。
内裏で祭られていたのは、このふたつだけだったそうです。
この二社(韓は二柱なのでほんとは三社)は平安京以前からそこにあった。そして、この地は平安京以前、秦川勝の邸のあった場所と伝えられる。
河勝のまつっていた社である可能性。
かくして、ヌエ=韓園=川勝と結ぶことができるんです。*4
おまけ2・UFOにされたウツホ舟
子供のころ、江戸時代のUFOだとか言って雑誌なんかによく出てきた、「虚舟の蛮女」。
八犬伝の馬琴たち、江戸の好事家たちが、持ち寄った奇談をまとめた「兎園小説」の一篇。
常陸国の「はらやどり」(!)という浜に、「蛮国の王女」が流れ着いた、という実録。ペンタメロンの話のちょうど続きみたい。
◇『兎園小説』第十一集より、「うつろ舟の蛮女(兎園小説版)」(奇談)
もう詳しく説明する必要もなく、これは新羅なり百済なり外国から流れ着いた、うつほ舟の伝承の残滓。遠き島より流れつくもの。
母子だったはずですが、ここでは母だけに(あるいは姫=妹だけに)。
妖怪・泥田坊がダイダラボッチであるように、弥生時代には存在していた伝承が、徳川時代にはビミョーな形に姿を変えています。
馬琴はこの「実録」が、古い古い伝承から流れ着いたものであることを、ほんとは知ってたんじゃないかなあ。
なぜって、八犬伝の、姫が孕む犬の子の八剣士、それは「八王子」の伝承を踏まえている。
日本中から奇談・伝説の類を集めたおしていた、江戸の民俗学者・馬琴。
八王子の伝承(あるいは蘇民将来のバリエーション)、そこに隣接可能な話としてウツホ舟があること、そして、究極的にはこの系列のうちに列島のすべての神話が包摂できる可能性…そんなことに気づいていたのではないか。
そして、その強引な実現が八犬伝であると。柳田先生が馬琴には嫉妬するわけだ。
本当にノアの方舟によって人々は世界中に広がったのかも…
実際、色んな伝承にノアの方舟やそれに似た出来事が
出てくるようですしね。
たとえばギルガメシュ叙事詩とかヒンドゥー教の神話とか。
となると、元々地球上に存在していた第一次人類(?)はともかくとして
洪水後の第二次人類(??)はアララト山から広まったのでしょうか。
アダムとイブやイザナギ・イザナミが兄妹というのは
私もちょっと考えてたんですけど…
とは言っても、もちろんここまできちんと考えたわけではないですが…
兄と妹、もしくは双子?
でも両性具有というのは考えもしませんでしたよー。
自分の中で、ちょっとした民話ブームが来てるようです。
シベリアや中国の民話の本を入手したところなんです。
「ペンタローネ」も読んでみますね!
「方舟=うつほ舟」説。
「妹兄島=イザナギ・イザナミ(=アダム・イブ?)」説。
はじめ思いついた時は、トンデモのつもりだったんですが、いろいろ調べるうち、ミイラ取りがミイラになったのか(^_^;)、今は可能性のある仮説だと思っています。
神話はふつうに思われている以上に空間的に伝播してて、
また時間的にも広がっていて、いろんなジャンルにそれとなく浸透していると。
夢野久作は、ものすごく不思議です。どこで知ったんだろう。
アダムとイブの合一、両性具有としての「原初のアダム」は、ヨーロッパの神秘主義ではセントラル・ドグマといえるようなもののようです。
チンチンの生えたイブとか、二重体児になったアダムイブとか、えげつない絵が描かれていますw
中国で、西王母が蛇の下半身で男女の交わった姿で描かれますが、あれもこの系統なんでしょうね。
もともとは太陽と大地の生産性への信仰かと思われます。
伝播説は、「似たような神話の世界的分布」の説明では、いちばんベタなものなんですが、私はもはや絶対的に支持(笑)
餃子の世界的分布を調べたときに、そのことを確信しましたから(ギョーザ事件の怪我の功名