くだんの件

「人に牛」と書いて「件(くだん)」。
百年に一度生まれ、戦争などの大きな予言をするという。
内田百閒の同名作品でも有名な件。
小松左京の怪談「くだんのはは」となると、もはや都市伝説の一部。
「新耳袋」に、震災後の神戸で「牛女」の目撃多発の話があり、
これはどうやらすでに終戦前後に、神戸で噂されていた牛女伝説の再現。
「くだんのはは」もそれに取材したものといわれています。
◇件 – Wikipedia
ラフカディオ・ハーンの件
文献でたどれる「件」の初出は天保年間らしい。
地震・飢饉あいついだ頃で、よって件の如し。
維新後にもブームがあるらしく、
件の剥製を見世物にした香具師の興業が、
まだ日本に来たばかりのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の手で、
記録されています。
“… there was a little squall last week at Mionoseki; and the people said that it was caused by the anger of the god.”
“Eggs?” I queried.
“No: a Kudan.”
“What is a Kudan ?”
“Is it possible you never heard of the Kudan? The Kudan has the face of a man, and the body of a bull. Sometimes it is born of a cow, and that is a Sign-of-things-going-to-happen. And the Kudan always tells the truth. Therefore in Japanese letters and documents it is customary to use the phrase, Kudan-no-gotoshi, ‘like the Kudan,’ or, ‘on the truth of the Kudan.’”“Glimpses of unfamiliar Japan (second series)” by Lafcadio Hearn
「先週の美保関の突風、ありゃ神さまがお怒りになったって、みんな言ってます」
「卵でも持ち込んだのかい?」と私は訊ねた。
「いえね。くだんですよ。」
「くだん?」
「あれ、くだんをご存知ないとは。
人面牛身の生き物で、たまさかに牛から生まれるんです。
何かが起きる前兆なんだとか申します。
件ってやつは、ほんとのことしか喋らない。
日本じゃ、書面の終わりに、『よって件の如し』なんてくくりを入れるんですが、
これが件の言葉みたいに全部真実だって意味なんです」
突風は神の怒りと言い立てる地元の神主たち。
調べてみると、美保関に入港した汽船に、
件を興行する香具師たちが乗っていたことがわかり、
彼らは上陸を許されず、そのまま境のほうに送り返される。
(平井呈一訳が「日本瞥見記」として出ています。)
(見世物に使われていたこの件が、「新耳袋・第十夜」で著者の中山さんが出会った、かつて香具師の興業に使われたという剥製かもしれません。)
神戸の件は明治までさかのぼれる?
明治の「件」興業については、
東雅夫さんが「日本怪奇幻想紀行」(件を追う)で紹介しているように、
湯元豪一の労作「明治妖怪新聞」にコラムがあり、
写真入りで「大阪滑稽新聞」や「名古屋新聞」の記事が引用されています。
しかし、「明治妖怪新聞」で注目すべきなのは、
「神戸で牛が話す」
唐土にては公冶長が鳥の通弁をしたりといひ我朝にては鈴鹿の山で馬が言(ものい)ふたといふ亊は昔より口碑に伝はり現に鸚鵡が言ふは誰も知る亊なるが此頃神戸にて牛が言ふたとの説(うはさ)を頻言囃し居れり。
有繁(さすが)に開港場の牛だけありて当節柄語学の必用なるを感じて遂に人語を学び得たる者か何はともあれ其虚実を聞かまほしと或人が時々神戸に通ふ某氏に就きて問ひたるに然ればにて候私は牛の言ふたり狐狗狸が踊り出すといふやうなことを言ふ人とは頓と交際を致さざるに依り左様な亊は少しも承はらずと答へられたる由なるがまことに味ある話ならずや。「朝日新聞」明治十九年七月二十一日
文明開化の音がする仕立てになっていますが、
意匠を抜きにして、もとをただせば、
「神戸に人語をしゃべる牛がいる」というネタ。
神戸の牛女の伝承は、少なくとも明治まで遡れる可能性が出てきました。
(「新耳袋」の著者さん、このことをすでにご存知かなあ。)
畸形の牛が生まれる件
さて、南北朝の頃に書かれた播磨の地誌「峰相記」。
そこにこんな話が出てきます。
大炊天皇の御宇、天平宝字七年、当国揖保郡布施郷に五足の犢子(こうし)を生ず。子細を奏す異賊責め来て、大兵乱の由占申す。翌年、新羅の軍船二万余艘、当国迄で責め入て、家島高島に陣を取る。
畸形の子牛が生まれ、それが戦争の予兆をなしている、ということ。
ここに書かれた「新羅の軍船二万」というのは、史実にはなく、
さらに大炊(淳仁)天皇の時代に「五足の犢子」が生まれたという記事も、
続日本紀のような、いわゆる「正史」を記した書物には見当たらない。
しかし、「正史」には別なところで、「畸形の牛」の予兆がいくつか登場し、
「畸形の牛→未来の予兆」という発想が古来からあるようです。
便利な「古事類苑」データベースで検索すると、次のがヒットします。
◇犢 の検索結果 – Kojiruien
〔扶桑略記〈二十九後冷泉〉〕 治暦三年八月十六日
參河國解状偁、管寶飫郡渡津郷(○○○)住人壬生眞世所領牝牛、以去七月廿七日辰一點所生犢牛、其體長三尺許、毛色赤斑、額腰少白、有四牙有二尻二尾七足、〈◯下略〉〔日本書紀〈二十九天武〉〕 天武天皇十三年
十二月己卯、丹波國氷上郡言、有十二角犢、〔續日本後紀〈十六仁明〉〕 承和十三年三月庚申
大和國言、居住山邊郡長屋郷(○○○)、京戸左京三條一坊戸主犬甘千麻呂牛、産三足犢、下唇長於上唇、行歩不便、動則顚仆、〔日本紀略〈一醍醐〉〕 延喜六年八月七日
去四月十八日、牝牛産犢。形體黒斑、四蹄。自一頭相分両面、左面短而右面長。令陰陽寮勘申怪異、〔日本紀略〈一醍醐〉〕 延喜十六年八月廿二日
今月三日未刻、牝牛生犢、頭兩分、胸腹合體、前足有四、後脚有兩、圖其形體言上者、府令卜筮、
あれもこれもすべて、畸形牛の誕生を告げるもので、どうやらそれが凶事の予兆となるゆえ、正史に記されたらしい。
牛がもの言うまで
調べてみると、ほかにも「日本三代實録」に、
貞観十七年五月壬午朔、二日癸未。伯耆國言、有牛生犢。一身兩頭、三眼三角二口。面各相背、遍身灰色。既産之後、母為狼被害、犢亦死。
「一身両頭」。いわゆる二重体のようです。
他の書物の記述もだいたい同じような感じで、地方から二重体の畸形牛誕生の報告がなされる。
「扶桑略記」は上に引用した以外にも非常に詳しく描写していて、
「七足八蹄」が体のどこから出ているかを事細かに記しています。
「具図其躰 相副進上」とあって、もともとは絵も添えてあったようです。
そして、奇妙な牛の誕生の申告があると、陰陽寮や神祇官に占わせる。
「天下疾病の憂」などが予言されると、お祓いしたり、神社に幣を奉納したり、僧侶に般若経を読経させたりしています。
この時点では、牛自身はしゃべらない。
「予言」をするのは、占い師の仕事で、陰陽師や僧侶のような人たちが「言葉」をつむぐ。
ただ、
畸形牛の誕生→災厄の予兆?
という形は、ここですでにある。
日本書紀にまでも、たどれるかもしれない。
畸形牛の出現を凶兆とみる風習がまずあって、
これが民間のうちでだんだんと変化していき、
(おそらく牛鬼や地獄の獄卒「牛頭馬頭」の印象などを介在しつつ、)
「畸形牛」と「未来の出来事」の間に立って解釈する「占い師」がなくなって、
牛が直接、自分の口から予言を語るようになったものが、「件」ではないか。
奇子の誕生の意味をカタる者が省略され、生まれた奇子自体がそれをするようになって、予言する妖怪「件」が発生します。
略された「解釈師」は牛に取り込まれ、そのせいで、二重体の代わりに「牛+人」の形象が生じ、もの言う牛が誕生する、という仕掛け。
そんな仮説が成り立ちそうです。
…まあ、成り立っても成り立たなくても、それでどうなるものでもないのですが(;・∀・)
結局、「解釈」がいちばん難しい。なぜなら未来はやって来るまでは、けっして定かならぬものだから。
人ノ心ノ大ナルヲ大魁ナルト云フハ何ナル義ゾ〈◯中略〉 尾張國ニ大呉ノ里 (○○○○)ト云フ所アリ、舊記ニハ、大塊トカケリ、根元ヲタヅヌレバ、卷向日代ノ宮ノ御宇ニハ、天皇〈◯景行〉國ニヲハシマシケル時、西ノ方ニ大ニモノヽワラフコヱノシケレバ、アヤシミヲドロキ給ヒテ、石津田連ト云フ人ヲツカハシテミセラルヽニ、カホハ牛ノゴトクナルモノヽ、アツマリテワラヒケルコヱノヲビタヾシカリケルヲ、此ノ石津田スコシモヲソルヽ心ナクシテ、劒ヲ拔テ一々ニ切テケリ、自レ是其ノ所ヲバ大斬(オホキリ)里ト云ヒケルヲ、後ニ謬テオホクレトハ云ヒナセルトカヤ、
「塵袋」〈五〉