カーネル・サンダースの呪いとカムイ伝における地蔵引き回しの祭について
道頓堀川からカーネル・サンダース像が引き上げられて、話題となっています。
85年の阪神タイガース優勝の際、シャリヴァリ状態と化した群集によって、川に投げ込まれた像。
その呪いによって、タイガースは日本一になれない…と土俗的な噂は、関西では知らない人はないくらい。
不思議なことに、「暗い話題が多い中、久々の明るいニュース」といったトーンで伝えられてる。
海外メディアでさえ、幸運の像(Lucky Statue)といった言葉で、この現象の呪術的雰囲気に反応しているのは、驚き。
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なぜ、この話題は、こんなにも人の気を惹くんだろう?
ちょっと唐突だけど、「カムイ伝」の中に、不思議な祭のエピソードがあるのを、思い出します。
お地蔵さんを縛り上げ、泥を投げつけたり、おしっこをかけたり、狼藉の限りを尽くしていたぶり、村を引き回す。
祭がすむと、また元のようにちゃんとお堂に納め直して、お奉りする、というような話。
この祭は実際に存在していて、例えば笹川の暴れ地蔵や、葛飾の南蔵院のしばられ地蔵…といったあたりが、元ネタなんでしょうか。
まだ他にもあるにちがいない。地域や村の奇祭であり、あまりよそ者には話さない秘祭でさえあるかも。
身代わり地蔵や歯形地蔵。
京都にもいくつかありますが、虫歯や厄除けの地蔵とされるのは、あるいはこうした風習の名残りをとどめているのではと。
イナゴとかの害虫退散を祈る虫送り(除蝗祭)で、藁人形を引き回してから燃やすのも、似た雰囲気あり。
ロシアだと、マースレニッツァという藁人形を冬の女王に見立てて燃やし、春を迎える祭があるそうです。
スラブ圏だけでなく、ハロウィンやカーニバルでも、人形に狼藉をほどこして、これを焼くというものがあるらしい。
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で、さらに思い出すのは。
太秦でおこなわれる牛祭。
滅多に見られない奇祭です。
変な顔の神様「またら(摩多羅)神」(仮面のデザインは富岡鉄斎らしい)が牛に乗ってねり歩き(後ろ向きに乗って暴走するのかも)、民衆の野次を浴びて、最後は逃げるようにして社に駆け込んでいくもの。
みうらじゅん師が「とんまつり」として取り上げた、ものすごくヘンテコな祭。
摩多羅神は、外国から来た神様。
慈覚大師・円仁が、唐から戻る船の中で、この荒神に遭遇し、祭ることになったとされます。
帰国途中の船で、外来の神様があらわれ、これを持ち帰り祭る…というのは、三井寺の智証大師・円珍と新羅明神も同じパターン。
荒神で、交通安全の道祖神…蘇民将来の神・牛頭天王や泰山府君も同じような性格のもので、外来であり、旅する神様であることがポイント。
トナカイに引かれて旅するサンタクロースも、じつは同じバリエーション…と考えてみたいところ。
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そして、カーネル・サンダースもまた、外国から来て、路上に置かれている存在だった。
さらには、サンタクロースをどこか彷彿させる風貌。いくぶんか、滑稽さを含んで。
阪神ファンはこれをランディ・バース現オクラホマ州上院議員と同一視したといわれる。
この像が、外来の路上(=十字路)の神様であることが、無意識に認知されていたと思われます。
教えられたわけでもないのに、信仰は復活する。
タイガース優勝に沸いた群集は、群集心理のうちに「祭」を再現し、「神」を川に投げ込んだ。
のみならず、祭のあとは、その祟りをおそれた。
そして、神が再び出現した今、その出来事を「めでたい」と感じている。
本能…なのか。人類のDNAに刻まれた。
日本人だけでなく、海外まで同じような気分を共有しているのが、不思議。
下半身が見つかって「合体」する映像は、何か劇的な雰囲気さえともなっています。
その瞬間、何かが起き、新しいサイクルが開始された、といってもいいかもしれない。(85年はバブルに至る好景気の始まりでした。)
みうらじゅん師が「とんまつり」と喝破した、日本のヘンな祭。じつは古代から道頓堀のカーネル・サンダースにいたる、長い伝統に触れているのです。