三十郎の生涯
先日、NHK・BS2「没後10年 黒澤明特集」が、ついに完結。
全30作品をすべて放送し終えました。*1
こうやって続けさまに見てくると、
ひとつひとつの作品としてだけでなく、
作品相互のつながりのようなものが感じ取れるのがおもしろい。
作品どうしの、思わぬ共通点のようなものが見えてくる。
これは衛星映画劇場支配人、
渡辺俊雄さんも感じておられるところ。
医者や核、師弟という主題の反復、
同じ役者が数作を隔てて思わぬ配役で再登場する妙。
…おいしい食べ物のことを説明するように、
うれしさと、言葉で伝えきれぬはがゆさをもって、
指摘しておられます。
視聴者からの感想にも、それは端々に見えました。
異なる作品どうしの思わぬ共通点。
見つけると、人に言いたくなるものですから。
またそれは、個々の作品について、これまで
思いもしなかった方向から照明を当てることにもなる。
黒澤作品のもつ、奥行きを改めて思い知らされる。
…きっと黒澤自身も、作品を新たに作ることで、
見つけていった「自分が語りたかったこと」があったにちがいない。
じつは私もひとつ、妙なことを発見してて、
それを書いてみようというのが、この記事。
三十郎のトーテム
「椿三十郎」
三船敏郎演じる主人公の浪人は、
三十郎と名乗る。
三十郎、という名前。
黒澤ファンなら誰でも知ってるように、前作「用心棒」でも、
浪人役の三船が名乗る名は、「桑畑三十郎」。
「そろそろ、四十郎ですがな」
…とうすらとぼけて見せる浪人。
結局、彼の本当の名前はわからない。
名無しの流れ者。
一宿一飯の恩義を果たす、蘇民将来の神のよう。
「用心棒」でも、「椿三十郎」でも、
浪人は最初に見えたものを自分の名前にします。
まるで古代の旅する神々がそうするように。
サンタクロース(歳神)もそうなんですが。
三十郎の名乗る名字は、
すすきであったり、椿であったり。
植物のトーテムのよう。
歳神は年賀で描くように、
十二支の動物のトーテムで現わされます。
(サンタクロースのトーテムは、トナカイ。角の生えた神。)
「用心棒」の茶屋の二階部屋からは、
西部のコーン畑のような桑畑が見下ろせたのです。
「椿」では、浪人の視線の行き先に椿があり、
これがこの物語の「赤」い要となる。
その季節に咲くものの名が、自身の名となる歳神。
旅する神さまであり、行く先々で、禍福をばらまく。
一宿一飯の恩義には、忠実に報いる「蘇民将来の神」。
近世の街道なら、無宿人・渡世人の仁義であるもの。*2
「椿三十郎」は、サカイに生きるものの生態が、
じつに忠実に描かれていますが、
それは黒澤が歴史や民俗の知識によってそうしたのでなく、
三十郎という存在が要求したものというべきでしょう。
三十郎と赤ひげ
活劇「用心棒」の続編を、
という要請を受けて作られた、「椿三十郎」。
同一人物風のキャラクター「三十郎」が再登場するのは、
そのせいもあるらしい。
ところが、「赤ひげ」でも、
同じ男に出くわしているのかもしれないのです。
赤ひげ…と呼ばれる謎の医師は、
「舌を噛みそうな名前だから」
といって、最初は本名を名乗らない。
この時に、アゴヒゲをさするのだけれど、
これが「椿」のとき、三十郎がする動作にそっくり。
男(神)は名を明かすことに照れる。
町の端っこ、サカイで診療所を営んでいる。
赤、ひげ。まるで居ついてしまったサンタクロース。
赤ひげは、もと「三十郎」ではないか。
そう妄想を逞しくしてみると、いろいろ見えてくる。
水車小屋の赤子
「七人の侍」で、三船が演じる菊千代。
偽の家系図を持ち、侍のふりをしているが、
どうやら農民出のようだ。
「菊千代」という名も、偽家系図にある名前で、
14歳であるはずの男はむくつけき、三船敏郎。
「七人の侍」で菊千代の名場面は無数にあるけれど、
そのひとつは、炎上する水車小屋から赤ん坊を助けるシーン。
助け出した赤子を掲げて、小川に立ちつくし、
「これは、オレだ!」
と叫ぶ菊千代。
この赤ん坊が、そののち、三十郎となる…のではないか。
…そんな妄想にとり憑かれてみるのです。
この子は成長し、すすき三十郎と名乗る用心棒となり、
椿三十郎と名乗るむき出しの剣士となり、
赤ひげと呼ばれるアウトローな町医者となる。
…そして、そのあとは?*3
水車小屋で生まれ、水車小屋で死ぬ
菊千代は水車小屋を回す小川で赤子を掲げる。
水車小屋は村の端っこ=境界線上であり、
防衛上の理由から打ち捨てられる場所。
そういえば、椿三十郎で、椿もまた小川を流れていた。
善玉と悪玉の隣接する境界を貫いて流れる小川。*4
さらに、水車小屋といえば、「夢」。
黒澤の見た夢を映像化したという「夢」で、
最後のエピソードは、水車小屋のある村の話。
黒澤自身の若い姿を表象するらしき、
ドリーマーは、寺尾聰演じる旅の青年。
彼は水車小屋のある村にやって来る。
子供たちが花を持って走っている。
橋を渡って、たもとにある大岩の上に、
子らはめいめい、花を置いていく。
笠智衆の演じる水車小屋の老人が登場。
老人の説明によれば、
岩に花を置く習慣は彼が子供のころからある。
ずうっと昔、旅人がそこで死んだため、
村で弔って以来、花を置くようになったと。
行路死人を神として祀る、古来からの伝統。
その、「死んだ旅人」が、三十郎ではなかったか。
…私が勝手に思っている妄想にちがいないのですが、
しかし、じつはそうではないのかもしれない。
映画を見るというのは、いったいどういうことなんだろう。
めぐる水車、小川の流れ
水車小屋の流れで「誕生」した赤子は、
旅をし、人を斬り、人に斬られ、
流れ流れて、ふたたび水車小屋のある村へ
たどり着く。
あの大岩の下には、三十郎の魂が眠っており、
村と同じ大きさになって、その地を守護している。
じつに、老人の語るところでは、
「村」にも、名前がない。
三十郎と同じで、最初に見えたもので名をつける。
「水車村」と、よその人は呼んでおるようだが。
…そう、老人は言う。
そして、華やかなパレード。
葬式だという。老人の初恋の人。
94歳で亡くなった。
村では人はだいたい年の順に死んでいく。
でも、生きるのも楽しい。
そう、語る老人は百余歳で、
もしかすると彼は死者なのかもしれない。
そして、しゃんしゃんと鈴を鳴らし、
葬列のパレードの先頭を導いていく。
…そんな夢を見た、と。
今さっきちょうどTVをつけたら「椿三十郎」がやっていました!
終わる3分前でした。
織田裕二はけっこう好きなんですが、なんで三船さんのモノマネをさせられていたのか。。。
(しかもチャンネルを変えたらスケキヨが出ているしw)
そのあとに年頭のスペシャルの必殺仕事人や暴れん坊将軍の放送内容が紹介されていのですが、いや、なんというか時代劇の世界も主役はそのままに脇を固める俳優たちの交代が進んでいるのだなあとあらためて実感しました。
今年の黒澤特集とうとう終わってしまったのですね。赤ひげなんか楽しみにしていたのですが片手で数えられるほどしか見られませんでした。
黒澤監督は映画で使う音楽にもたいへんなこだわりを見せているようで、これは他の巨匠と呼ばれる監督と比べても抜き出ているように感じました。
黒澤監督と俳優・・・というか特に三船敏郎ってよく手を組めたなあと思います。三船はなんかオーディションからして規格外だったという話を小耳にはさんだことがあります。黒澤監督は後に黒澤天皇と呼ばれたりして、そんな強情者二人がよくも。。。
お互いの才能に惚れあっていたとしか想像できないのですが、とにかく奇跡的な出会いだと思わずにはいられませんでした。
三十郎の移り変わり、菊千代に助けられた赤子が最後に赤ひげという流れがとても面白かったです!
★kyokyomさん。
三船敏郎は、別格の俳優。
仲代達矢のような「ふつうの名優」が、熟慮と熟練の工夫を、十数カ所くらい凝らしてやる演技を、
三船なら、ふたつか三つくらいの動作でやってのける。
織田裕二バージョンを見てよくわかりましたが、誰も三船のように演じることはできないんです。
やっぱり黒澤が演出しないと、脚本が同じでも、「ふつうの日本映画」になってしまうという事実に、愕然としました。
演技の指導の仕方が、大きく違っており、日本映画はまったくクロサワを伝承していない。。
逆にいえば、三船の力を本当に使いこなせたのは、黒澤だけだった。
三船と黒澤がいっしょに仕事をしたのは、本数は多いけれど、時間的には十数年。
その間、三船が演じたのは、年齢も性格もまったく異なるキャラクター。
こんなに演じ分けていながら、どれもこれも明らかに「ミフネ」である…この統一感は、異様な事件です。
年始のドラマ特番は、「相棒」のスペシャルが楽しみです。
「相棒」の脚本は、ほんとに毎回毎回素晴らしく、私は非常に尊敬しています。
寺脇康文がいなくなって、田畑智子が交代にやって来るらしいので、どんな展開になるのか。待ち遠しいです☆