「1Q84」ポスターを描いてみた

written by overQ

村上春樹「1Q84」BOOK3を読みました。
感想はうまく書けそうにないので、かわりにポスターを描いてみる。

デザイナーのあいだでちょっと流行している、ミニマリズム風の「1Q84」。
ふつう、こういうのは、村上春樹全作品のポスターを並べてみせるものなのですが、描こうと思ったら、意外と忘れてますね、過去作品。
BOOK3も、1と2をかなり忘却してて、本はもう手元にないし、やむを得ず、ネットであらすじを読み直したりしましたから。
まあ、じょじょに読み直して、おいおい完成したい、村上春樹ミニマリズムポスター集。

早く読むと、すぐに忘れる

村上作品を忘れてしまうのは、早く読めすぎるから…と思う、たぶん。
ゆっくりと何日もかけて読む長い小説は、「続き」を読み出すたび、それまで読んだところを反復して思い返すことになるので、実際には何十回も読むのと同じような効果がある。
反対に、早く読んでしまうと、一回きりの記憶で読むから、パソコンで言えば、メモリに読み込んで、終わると消えてしまうようなもの。ハードディスクに書き込んで、何度も読み返すことをしていない。

といっても、あんまり遅読だと、ハードディスクに書き込んだ記憶も、別なものに上書きされて消えてしまうのですが。
「失われた時を求めて」と「大菩薩峠」を一日交代で三十分ずつ読んでいって、五年後にあらすじを思い出そうとすると、およそけっして交わるはずのないこの二作品が、チャンポンになって思い返されるのではないかと思われます。
きっと、小説家っていうのは、そんなふうに脳内編集して、創作を行うんです。

冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる

そういえば、BOOK3の最後の方で、タマルが牛河にユングの話をする。
ユングが自分の手で石を積んで建てた、ボーリンゲンの塔のある家の話。
家の門石に彫られた言葉が、章の題名になっている。

「冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる」

ユング自伝下巻の口絵に、この扉言葉の写真が載っていて、

VOCATVS ATCVE NON
VOCATVS DEVS ADERIT

「呼ばれようと、呼ばれまいと、神は存在する(Called or not called, God is present.)」

つまり、タマルは(村上春樹ではなく…と思う)、「called(呼ばれる)」を「cold(冷たい)」だと勘違いしている(あるいはそのふりをしている)。
…隅々まで、謎めいております。

Bollingen Tower – Wikipedia, the free encyclopedia
YouTube – Carl Gustav Jung – Bollingen…たいへん貴重な「塔」の映像。ユングが本物の魔法使いだったことがわかる。


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