柿本人麿の歌に、「壹師(いちし)の花」を歌ったものがあり、これが彼岸花だという。
道の辺の いちしの花の いちしろ(灼然=著)く 人みな知りぬ わが恋ふ妻は
柿本人麿
路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀妻
「壹師花」は、万葉でこの歌にだけ登場する、謎の花。
「灼然=灼(や)けるが然(ごと)く」、その花は咲くと。
「いちし」の音は、「いちしろく」につらなっていく。
「いちしろく」とは、今でいう「著しい」。
「しろく」は「知る」と通じ、すぐに知れわたる=目立つこと。
「いち」はたぶん、「すごく」「ひどく」と強調をしめす。
平安では、「いと」と言う。痛い、いとおしい、と縁。
つまり、著しいの古語「いち・しろく」は、ひどく・目立つ、ということ。
いちし→いちしろく→人知る
と、言葉の音をたどって、この歌は連想を深める。
「いちしろく」という語は、万葉の歌ではよく使われ、忍ぶ恋が、人に知れわたることを憂う歌語。
では、「いちし(壹師)」とは、何か。
古事記・孝昭天皇の条り。孝昭帝の兄・天押帯日子命の系譜をかたって、
春日臣、大宅臣、栗田臣、小野臣、柿本臣、壱比韋臣、阿那臣。多紀臣、羽栗臣、知多臣、牟邪臣、都怒山臣、伊勢飯高君、壱師君、近淡海国造の祖
とあり、和邇や小野といった、日本列島の端々を開拓してわたる氏族の仲間うちに、「壱師君」がある。
そして、柿本氏もまた、壱師君とつらなる輩。人麿の妻は、壱師君であったか。
刈り取られた田のあぜ道に連なって咲く彼岸花。
「死人花」
「地獄花」
「幽霊花」
「狐花」
と呼ばれ、稲の死と交代してあらわれる。アダの花。
田の畔に咲くのは偶然ではなく、稲作の民が何らかの意図(毒草をもってもぐらを防ぐ、飢餓の備え、薬草)をもって、植えたのではないかといわれる。(ヒガンバナ - Wikipedia)
「いちしの花」は、「いとしの花」と音のつらなる。
すぐに枯れる「いとおしの花」は、あえなかったあの人とのおうせのつかの間を、ほの見せる、かもしれぬ。。
触れえなかった、あの口唇を。死のときに初めて拭いし、あの。
おいたわしや。
「愛しい」は、また「厭わしい」。

