さて、たら本です。
44回は、GREENFIELDSの美結さん主催、お題は、「種子を蒔くもの、花と緑の物語」。
地球規模での環境変化が言われて久しいのですが、事態はどんどん進行しているようです。ごく身近なレベルまで、さまざまな形で影響が現れているこの頃。
環境問題は、「地球規模」であると同時に、路傍の草花のような小さな命のいとなみの話でもある。
巨視的な問題と微視的な問題がおたがいにかかわっていること。これがエコロジーの基本だそうです。
たとえば「雀の毛槍」などは、私らが描いてもてあそんだのは、もっと茎が長々として花の総が大きく、絵にある行列のお供の槍とよく似ていた。母子草もこちらのは、餅に入れるほどにもふっくりと伸びず、小さなうちにももう花が咲いてしまうのは風土のためであろう。すみればかりは関東の野のほうが種類も多く、色もずっとあざやかなように思われるが、蒲公英もまだ紫雲英も、花がやや少なくかつ色が寂しい。ただその埋め合わせに野木瓜とか山吹とか、故郷で覚えていないさまざまの花が、この野の春色を豊かにしているのである。昭和三年のはじめての春は楽しかった。もしも幸いにこの家に十年、何事もなくて住みつづけることができたら、草の話を小さな一巻に集めて、子供や古い老人に読んでもらおう…。
柳田國男「野草雑記・野鳥雑記」
昭和三年、民俗学という新しい学問の確立と発展を目指して、ばりばり仕事をしていた柳田。仕事場として、新居を喜多見(今の世田谷区成城)に得た。
ところが激務の一方で、上のように、庭や近所の路傍の雑草に目をやっては、事細かに思いをはせる。
少年の頃、故郷の播磨に見た草木の印象を呼び起こしながら、目前の小さな命の微細な表情を嬉々として描写しています。
いつも柳田國男で不思議なのは、こうした、誰も目を向けない小さな端っこへと心をさまよわせながら、一方でメインストリームの巨大な業績を打ち立てるという、二重性。いや、それとこれがつながっていること。
民俗学に専念する前、官僚として高い役職にあったそろそろ四十郎の柳田は、休日にはダイダラボッチの足跡をもとめて、東京郊外をさみしくさまよい歩いたりしています。
それはどういう心の動きなんだろう。
文字に書かれたり、遺物や伝承などの大きな痕跡を残したものよりも、跡形もなく消えてしまった名もなき小さき末梢的なもののほうが、ずっと多い、という真実。証拠が残ってないから、証明はできない。
ここが柳田の出発点。
ほとんどの人間は、たしかにこの世に生きていたにもかかわらず、ほとんど何の痕跡も残すことなく、歴史の向こうへ消えていく。
柳田がいつも思っていたのは、そうしたあり方であり、それが少年・柳田の、「日本一小さい家」での生だったのでしょう。
さて、今回のお題でとりあげたいのは、ダーウィンの「ミミズと土」。
ダーウィン最晩年の研究で、ミミズの話です。
花と緑を支えるのは土。そして、その腐葉土はミミズの糞便が正体。
偉大なダーウィンには、もちろん植物の素晴らしい研究もあるのですが、入手しやすくて読みやすいこと、すべての命はつながっていることから、このミミズ本を取り上げてみます。
ミミズは、最初にほとんどの人々が考えるよりも、世界の歴史において、より重要な役割を果たしている。
チャールズ・ダーウィン
ミミズの微細な生命活動が、地球環境に絶大な影響を与えていることを論じたもの。
ダーウィンの多くの論文同様、現在の生物学の水準でも、十分に先端といえる、きわめて綿密で独創的な研究。
微細なものが、時間をかけて積み重なり、巨大なものを動かす。
これがダーウィンの考え方の基本。まさにエコロジーの元祖。
ダーウィンの初期の研究は、珊瑚礁がどうやって出来るかというものでした。
ラグーンとかバリアリーフとか、南の海の、珊瑚礁が輪っかになって島を取り囲んでいる地形。
サンゴ虫という非常に微細な生命が、長い年月をかけて、巨大地形を生み出す。
島の沈降と、珊瑚の形成によって、あのリングの地形が生じることを、ダーウィンが論じ、これが実際に起きている現象であると証明されたのは、はるかのち。皮肉にもビキニの核実験跡を掘削調査した時のこと。
天才ダーウィン。
そして、ダーウィンといえば、進化論。
これも、微細な個体の変化が、長い長い時間をかけて、種の隔たりを生み出す、というもの。
「種の起源」は細かいところまですごく丁寧に、しかも大胆に考え抜かれていて、まさに「ミミズ的」天才の偉業。微細な知性の躍動が巨大な成果を生む。
ひとつひとつのことがらは難しいわけではないけど、あまりに事細かすぎて、学者でない読者には煩雑でもあり、まあ全部を全部読む必要もないんですが(笑)、この周到さ、考え抜かれていることは、驚き。
もともとダーウィンは、生物の分類方法に、新発想をもたらそうとしていたそうです。
世界をかけめぐるようになった近代ヨーロッパ。地球上のありとあらゆる珍奇な生物の情報が蓄積される。
これを分類しようとするわけですが、まあふつうはまず、特徴的な形や機能で類似するものを「仲間」とみなす。
だけど、これだと、例えばシャチとサメは、同じ仲間になってしまう。コウモリと鳥なんかもそう。
ちがう方法がある。
クジラの骨をよく調べると、まるで「特徴的」でもなく、「機能」もしていないけれど、後ろ足がある。
これはかつて「足」があった証拠で、泳ぐのには役に立たないので、だんだん目立たなくなってしまったものだ、と。
ヘビにも「足の痕跡」があるし、ヒトには尻尾の痕跡がある。
コウモリの翼は、よく見ると指になっている。
このように、またしても、誰もが目を向けない、微細で脇役の「痕跡」に目をむける。
むしろそれが重要なんだという逆転の発想で、さまざまな生物の形をトポロジカルにつないでいく。*1
隅っこにあって、誰の注目も浴びず、何の役にも立ってない、ほとんど存在していないほどの小さな営み。
ところが、それらが、長い長い時間をかけて積み重なり、地球全体や宇宙といった、いちばん大きな動きに決定的影響を与えている。
このアイデアが結局、正論だった。
真ん中にあって、みんなの目を引き、価値そのものであって、決定的な役割を果たしているように見えるものが、じつはそれほどでもない、という考え。ゲーテなんかとは対極にある。
人間の作った大神殿の遺跡が、ミミズの作用によって、だんだん地中深く埋もれて、見えなくなってしまう。
…奇妙に寓意的にひびく、ダーウィンの最後の研究、「ミミズと土」。
「種の起源」は読むのが煩瑣ですが、この本は小さくて、いっけんどうでもよいようなことが発見的に、うれしそうに描写されていてます。ちょっと小説みたいな印象を残す。この人は明らかにミミズが好き。
いろいろなものを食べる動物は、味覚を持っていると推測していいだろうし、このことは、ミミズについても確実にあてはまる。ミミズはキャベツの葉を非常に好んで食べる。ミミズはまたキャベツの品種も識別できるようである。しかしながら、このことは多分、キャベツの膚ざわりのちがいによるものだろう。
ダーウィン「ミミズと土」(p35)
「キャベツの膚ざわり」って…ミミズの食生活に感情移入しとる。。
个个个个个个个个个个 more trees 个个个个个个个个个个
ダーウィンの著作は、今、新しい日本語訳が進行しています。( ダーウィン著作集〈別巻1〉現代によみがえるダーウィン)
翻訳に当たってる研究者は、ダーウィンの新しさ、その研究の多くが、今でも現役で通用することに驚いている。何度も「乗り越えられ」「ダーウィンは死んだ」はずなのにw
「ミミズと土」では、「ミミズの知性」ということをしきりと解くダーウィン。
なぜ性が存在するのか、道徳や利他性はどのように獲得されてきたのか、感情の表現は生物にとって何を意味しているのか…といった、生物学から出発しながらも、はるかな地平をもつ、いくつもの先駆的研究が、ダーウィンにはあるそうです。どれも、現在の研究者にとっても、非常に刺激的らしい。
大きいことの原因を、小さなみすぼらしいものに見出していく方法が、そこでも採られているはず。
環境問題は「正義」という価値と結びつきやすく、権力やマネーとからんで今後多くの「大きな」問題をはらむことになるでしょうが、そんなとき、いつもダーウィンの発想に戻って、ミミズの様子を観察してみることが、突破口になるにちがいありません。
¶ Footnotes:
- 当時の主流の学者は、この世界を神が作ったという前提を何らかの形で承認していたせいもあり、暗黙のうちに、「世界の意味」を求めている。
何の役にも立ってない部分は、恐竜の骨とともに、大いなる謎だったそうです。
「進化」「変化」という発想をとるにしても、それらの痕跡はもとは「完璧な状態」にあり、理想の原生物していたか、未来に存在するのだと考えたがる。
ナチスで悪名高い「優生学」は、いつもダーウィンと結びつけられるのですが、実際にはダーウィンの進化論が示す「適者」は、「理想」や「優れている」という考えと関係がない。
むしろ、あまりにも「人間中心」的でなさすぎるので、ついていくのがたいへんなくらい。
アメリカでは、キリスト教的な観点から、進化論を学校で教えないという運動が、つよい政治力をもっていて、「科学的」なわれわれはそれを笑いがちですが、ダーウィンの発想を徹底するのは、けっこうパワーがいるのかもしれません。 [ ↵ ]
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June 23rd, 2008 at 9:11 AM
たら本参加ありがとうございます。
このお題からダーウィンにたどり着く発想が素晴らしい。
この間、人間の起源となる動物が発表されましたね。
生物名がすぐ出てこない。
ミミズは土壌を計る目安になり、沢山いれば柔らかな土になる。
高校の理科1で夢中で遺伝子の法則(メンデルス?)を勉強したことを思い出しました。
コメントにまとまりがなくてごめんなさい。
知りたかったことに近づいた気がする。
moretreesのリンクがステキ。
June 24th, 2008 at 8:22 AM
★美結さん。
主催者ごくろうさまです☆
人間の起源は、ナメクジ魚。人間の遺伝子の六割は、なめくじ魚と同じなんだそうです。ニンゲン、ほぼナメクジ魚。
ダーウィンは「遺伝子」という考えをまだ知らない時代の人なんです。
メンデルのほうがダーウィンよりちょっとだけ後。
順番が逆の方が普通な気がします。
ダーウィンは母の家系が、イギリス陶器の老舗ウェッジウッド。
当時の新興産業の大成金で、お金には困らなかったので、地道な研究に没頭できたようです。
相当調べ上げてからしか、論文を発表しないダーウィン。
美結さんがあげておられた、「種をまく人」は、まさにアメリカにおけるミミズ的な生き方。
そんな小さな名もなきものたちのいとなみが、アメリカという大国を作る。民主主義。
そんなことをすごく思いました☆
June 28th, 2008 at 4:39 PM
あ、喜多見! 懐かしい地名です。
子供の頃に住んでたところは喜多見が最寄り駅でした。
成城じゃなくて狛江の方ですが。
家のすぐ近くの坂を上がるとお屋敷街…
山の手という言葉を実感させられる場所でしたよ。(笑)
というのはともかく。
ミミズは、ありがたいことにうちの庭にもいるんですが
時々スコップで真っ二つにしてしまって
そんな時は思わずミミズに真面目に謝ってしまいます。
ミミズは、2つにちぎれた場合も2つの個体になるんでしたっけ?
となると、ちょっとぐらい分裂してもらってもいいかも、
なんて思ったりもするんですが…
やっぱりミミズにとっては痛いのでしょうか。(ひー)
植物って動物とは比べ物にならないほど変異しやすいような気がします。
3年ほど前に祖母の家に行きっぱなしで家をあけていた時
色んな植物が変わってしまったことがあるんですよ。
葉っぱや花の形とか、それほど目立たないんですけど
明らかに違うんですよね。
留守にしてた間も水遣りはしてもらってたし
そもそも私が家にいても水遣りぐらいしかしてないのにナゼ。
…もしや植物が拗ねていた?
いや、それだけ好かれてたら嬉しいんですけど(笑)
真相は謎のままです。
翌々年ぐらいにごく普通の形に戻っちゃいました。
めでたしめでたしです。(?)
June 28th, 2008 at 7:55 PM
★四季さん。
成城のあたりは、柳田が住み始めた頃から開発が進んだようですね。成城学園ができて。
もとは北多摩郡砧村喜多見で、武蔵野の原野だったんじゃないでしょうか。
柳田は嬉しそうに、動植物を観察していますが。
今回の記事はちょいと難しかったでしょうか。
実はいつもと同じ、「ミクロコスモス>マクロコスモス」の話を書いたつもりだったんですが。。
ミミズやサンゴ虫、路傍の雑草といったミクロなものが、地球環境というマクロなものを動かしうるという不思議。
ダーウィンはめちゃめちゃミミズが好きだったらしく、二十代の頃から部屋でミミズの観察をはじめ、結局死ぬ間際になって初めて論文を書いた人。
五十年もミミズを毎日見て、飽きなかったという謎の人生ですw
ふたつにちぎれたら、やっぱり痛いんじゃないですかね。
もだえてますもんね。
釣りでは餌として使い、針にさします(;・∀・)
針の曲がった形に沿うようにミミズを通していくのがポイント。
釣り用語ではミミズは「キジ」と呼ばれます。
刺すと体液が出て、それが黄色いので、「黄血」ってことらしいです。。
栽培植物は変異しやすい…というのが、ダーウィンの発見のひとつだそうです。
そういえば、「家」そのものも、家をあけてると、すぐにボロボロになっていきますよね。
カビとか微細な生物が原因なのかもしれない。
ニンゲン(生きている場合)には抗菌作用があるんじゃないでしょうか。
それともニンゲンについてる菌が、家を腐らせる菌を殺すのだろうか。水虫菌もそんなふうに役立ったりしてるんでしょうか。
味噌とか発酵食品は、きっと人の棲んでる家でしか、ちゃんとできないじゃないでしょうか。
やっぱり白癬菌=善玉説が…(・∀・)
July 2nd, 2008 at 9:10 PM
こんばんは天藍ですー^^
ミミズの話。正直最初拝見して、「え??」と思ったのですがなるほろです。土を作っているのは小さきもの、ミミズや微生物や下等植物なのですね!
それにしてもダーウィン、、本業がミミズのほうだったとはー。w
ミクロの生物学は興味が尽きません。
もしかすると人間にくっついているいろんな菌が周りの環境を宿主になじませようと活動してくれているのかもしれないです^^;
July 3rd, 2008 at 7:00 PM
★天藍さん。
ダーウィンは二十代の頃からかれこれ五十年近くもミミズを観察して飽きなかった人。
たぶん自分とミミズをどこか同一視していた。
小さなことからコツコツとですかね(それはちがうか
サンゴ虫が南の島の巨大な地形を作るように、ミミズの地道な活動が大地の風景を変えていく。
ダーウィンは一貫して、同じスタイルで物を考え抜くのが、素晴らしいです。
科学の歴史上で突出した大学者と思いました☆
July 7th, 2008 at 3:48 PM
こんにちは。
ミミズといえば、「ミミズのふしぎ」(皆越ようせい ポプラ社 2004)という、写真絵本もすごいです。
ミミズの嫌いなひとが見たら、卒倒必至の大迫力写真がつづきます。
それから「ガラパゴスがこわれる」(藤原幸一 ポプラ社 2007)という本によれば、ガラパゴスでも環境破壊は深刻みたいです。
ゴミの山にいるイグアナが痛ましい。
進化論はつじつまが合うのか合わないのか、よくわかんないところが魅力的です。
例外がありすぎるといったのはファーブルでしたっけ?
ダーウィンはすごくイギリス人だなあという気がします。
ミミズ的人生を送るのは大変ですもんねえ。
July 8th, 2008 at 8:22 AM
★タナカさん。
「ミミズのふしぎ」、すごそうですね。同じシリーズで、丸虫やハサミ虫もあるみたい。
児童書の棚に置かれている本は、「奇書」と呼べるようなすごい代物が多いです。
最近、「奇書をたずねて」というようなシリーズをやろうと思ってますが、児童書と辞書が奇書の宝庫です☆
ダーウィンは、植物の研究もあって、それは例えば、動物と植物がじつはそれほどちがってない、というもの。
長い時間のスケールを適用すれば(今ならコマ落としで撮影すれば)、植物も動いてるし、捕食活動をする。
ダーウィンは、「時間のスケーリングを変える」という方法で、極小の細部が極大の全体に影響するというコンセプトを徹底させていきます。
いつでも同じこの方法で一貫してるのが、すごいです(これって指摘した人はいるんだろうか…)。
彼の研究スタイル自体が、何十年というスパンを基準にした異様なもの。
速報性・話題性を重視するジャーナリズムとは相容れないものなんですが、進化論はジャーナリスティックな興味をかき立てて、大騒ぎとなりました。この逆説も感慨深いです。アインシュタインと核のように。
ダーウィンのファミリーは、大量生産工業社会とともに出現した新興階級で、きわめて自由な思想を持っていました。それにお金もw
ダーウィンは、このファミリーではちょっと変わり者…というか、引きこもりです。
ビーグル号から帰ったあとは、持ち帰った風土病のせいでか、メランコリーに悩まされた。
おじいさんになってからの写真が、憂愁に満ちているのは、この病のためらしい。
英国では神秘主義が何度も知識階級の間でブームになりますが、ダーウィンはまったくそっちにはいかない。
イギリスの中では異端といっていいと思います。だから、マルクスのようなロンドンの外国人にどこか似ています。ヒゲもw