前の記事で、皿屋敷のお菊さんが、じつは群馬出身であることを書きました。
播州か番町か、本家争いもあるお菊さん。
ですが、もともとは、群馬の甘楽郡あたりを支配していた小幡一族の氏神さま。
近世の始まりの頃、いくさに負け領地をうばわれた小幡氏。
江戸時代には徳川の家臣となってあちこちの藩で仕官し、その先々で「お菊さん」を池や井戸でまつったため、これが日本中に四十ヶ所以上あるという皿屋敷伝説のもととなりました。
…この説って、定説になっててもおかしくないんですが、意外と知られてなくて、私もついこないだ見つけたんですけどね☆
また、小幡氏の元いた地域は、伝説のたいへん濃ゆいところ。
十字架伝説を持つ石碑、不可思議な羊大夫の伝説、水神としての蛇を祀る風習も広く見られる…。
「お菊伝説」も、本当はもっと大きい、この地域にいきづいていた神話の一部分、バリエーション。
…とりあえず、これでお菊さんの出身地はわかったのです。
ただ、小幡一族の伝承では、「皿」が出てこない。
皿と井戸の関係。
「さら井」という名称の井戸は、じつはよくあるもので、これと水の女神との関連…という線は、以前にも書いたこと。
◇お菊井戸の源泉 | AZ::Blog
今回はもう少し別な方向から、この件を追ってみたいのです。
キーワードは、水-蛇-皿。
とはいえ、かなり支離滅裂な話になるのですが。
「蛇穴」と書いて、サラギと読む。
そんな難読地名が、奈良の御所市にあり。
古文書をみると、「さらけ」というのがさらに古い読み方らしい。
◇歴史地名ジャーナル:ジャパンナレッジ – 「蛇穴村」
「蛇穴=サラギ」について、柳田国男は、次のような驚くべき推理をおこないます。
関東地方で蛇がトグロを巻くというのを、北陸や佐渡の島では皿になるといっている。サラもサラキも多分は一つの語であろうから、まだ一隅にはそういう語が残っているのである。私などの在所では蛇コシキ、或いは蛇がコシキ(甑)をかくというが、現在は近畿地方もそう謂っていることと思う。甑も皿もまたトグロ・ツグラも皆同じで、今では土器の製法が既に変り、ただ藁製のツグラだけにしか残っていないが、以前は埴土の紐をぐるぐると輪に重ねて行って、すべての円い器物を造っていた。それがいつの頃まで続いたかは考古学が答えてくれるだろう。とにかくに蛇のトグロをサラギといい始めた時代までは、まだそういう製法があったので、もっと細かいことを言えばそれから後、両者の共通を忘れて蛇の方だけを知っているようになってから、いと無造作に蛇穴の字をサラギに宛てたものと見られる。
柳田国男「和州地名談」
- 柳田国男全集〈8〉民間伝承論・郷土生活の研究法・地名の研究・山の神とヲコゼ
- 著者: 柳田 国男
- 出版: 筑摩書房
- 価格: ¥ 8,610(古: ¥ 6,500)
- 発売日: 1998-12
- ASIN: 4480750681
蛇がトグロを巻くのを、「皿になる」という。
そして、「蛇穴」と書いてサラキと読むのは、皿の製法と関係がある。
ひも状にした粘土を、蛇がトグロを巻くようにグルグル重ねて、円形の皿や壺など、浅い器を作る。
サラケは、とりわけ酒を作る(醸む)のに用いられたらしくて、神に捧げる器。
ここで三輪山のことも思い合わせておくことができるはず。
三輪山は、蛇が祭神。山の姿は、トグロのさまだともいいます。
さらに、ミワとは、神に捧げる「器」のことで、輪というからには、円形をした皿状の土器か。
ついでにヤマタノオロチのこともどうしても連想するし、それに吉野裕子「蛇」にある鏡餅の奥義が気にかかる。
お正月の鏡餅は、「鏡」というよりは、じつは蛇のトグロを巻く姿を模したもの。
カガミの「カガ」は、蛇の異名のひとつである…という説。
あるいは、円い鏡の製法もまた、トグロ方式であるのかないのか。
- 蛇 (講談社学術文庫)
- 著者: 吉野 裕子
- 出版: 講談社
- 価格: ¥ 1,103(古: ¥ 615)
- 発売日: 1999-05-10
- ASIN: 4061593781
ちなみに柳田は、「大仏=おさらぎ」という、これまた難読名についても、こんなことを書いています。
『太平記』などにも出てくる鎌倉の武士、大仏某をオサラギというのは異例なようだが、これはサラキとよく似た土器の一種に、ホトキまたはホトケというものがあるので説明がつく。仏ももとはホトケまたはサラキに対する新しいあて字であったのを、後には逆推して大仏を、オサラギとよんでもよいように思っただけで、それもこれもサラキという古来の物品が、だんだんに名を知られなくなった結果と見られる。
仏教という外来の神が入ってくるとき、従来からの信仰に翻訳・接合されていく。
かつて神に捧げる円い土器が、信仰の中心的シンボルだったということ。
皿の呪性は、陰陽師にも受け継がれていたようで、芦屋道満は藤原道長を呪詛するべく、地中に皿を埋めるが、安倍晴明に術を見破られ、播磨に追放になる。
長岡京の水路からは、何らかの呪術に用いられたとおぼしき、「顔」のある皿がたくさん出土しています。
さて。播州皿屋敷の姫路城から、北へ10キロばかり。
香寺町。
柳田の故郷・福崎町辻川の手前。
ここに、蛇穴神社あり。
サラギではなく、ジャケツと読むものの、そばに「皿井」「皿池」という地名が残っていて、気になるところ。
「土師」という地域でもあって、土器を作るものであった気配がのこる。
…じつのところ、この話はここから先、どう展開していいのか、わかりません(笑)
思っているのは、道成寺の安珍清姫のこと。
女の妄執は大蛇となり、鐘の中に隠れた男を追って、グルグルと巻きつく。
これはどうも鐘の製法と関係があるのではないか、鐘の円い形も鋳型を蛇グルグル法で作製するのではないか…というようなことが、頭の中でグルグルとウロボロス。
道成寺縁起と似た話は、橋姫と金輪。
橋姫もまた、女の妄執であり、水神であり、蛇。
金輪も、妄執、井戸の女神、そして鍛冶師の作業(オプス)と関係する神秘主義=錬金術。
ひょっとすると、カッパの皿も、このあたりからスピンアウトしてくるのではないだろうか。
…しかし、これをお菊さんの皿まで結びつけるには、まだ遠い道のりがありそうです(⌒_⌒;)
ともあれ。皿が神よりであること。
さらに思っているのは、欠け皿…というもの。
皿の枚数が欠けるのではなくて、部分が欠けた皿…これが何かかもしれない。
紅皿欠皿姉妹の、シンデレラ(また木花咲耶姫・磐長姫、月と太陽)っぽい昔話もある。
…と書いてきて、あまりにこちたく真実を追うよりか、このくらいの謎めいた気持ちにたゆたうのが、意外と楽しいことに気づきます。
謎を解くというより、新たな謎を勝手に捏造しているのかも。。



人面土器
