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旅する神さま

  

「あの人に会いたい」という番組。
NHKの膨大な映像資料から、今は亡き著名人のインタビューを選り抜いたもの。
NHKアーカイブス NHK映像ファイル あの人に会いたい

晩年の柳田国男の映像もあり、その中で柳田翁は、自分の「最初の手柄」について、うれしそうにかたります。

農務省の官吏だった頃(と思う)、柳田は九州の山村を訪れ、ひとつ民話を聞いた。
猟師が山の中で、お産に苦しむ神さまに出会う、という話。
ひとりの猟師は、山中でお産の穢れに手を染めることは禁じられている、と断る。
もうひとりは、それはたいへんでしょうと、神さまのお産を助けた。
拒んだ猟師は呪われ、助けた猟師はその後、大いに繁栄したと。

柳田はすぐあとに、東北(だったかしら)でこれと同じ話を見つける。
思わぬ遠方に、似た話の朋輩が分布する不思議。
その発見が自分の民俗学の「最初の手柄」だと。

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この話は、蘇民将来の伝説と同じタイプ。
蘇民将来は、祇園祭の伝承。
また少し前、「セクハラポスター」で話題になった岩手の蘇民祭もそうだし、初夏や小正月に全国で見られる「茅の輪」をくぐる風習、ちまきを食べる習慣も、この伝説に基づく。

祇園祭・黒主山のちまき

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22
Jun
2008

たら本第44回 種子を蒔くもの、花と緑の物語

  

たら本44回バナーさて、たら本です。
44回は、GREENFIELDSの美結さん主催、お題は、「種子を蒔くもの、花と緑の物語」。

个个个个个 more trees 个个个个个

地球規模での環境変化が言われて久しいのですが、事態はどんどん進行しているようです。ごく身近なレベルまで、さまざまな形で影響が現れているこの頃。
環境問題は、「地球規模」であると同時に、路傍の草花のような小さな命のいとなみの話でもある。
巨視的な問題と微視的な問題がおたがいにかかわっていること。これがエコロジーの基本だそうです。

たとえば「雀の毛槍」などは、私らが描いてもてあそんだのは、もっと茎が長々として花の総が大きく、絵にある行列のお供の槍とよく似ていた。母子草もこちらのは、餅に入れるほどにもふっくりと伸びず、小さなうちにももう花が咲いてしまうのは風土のためであろう。すみればかりは関東の野のほうが種類も多く、色もずっとあざやかなように思われるが、蒲公英もまだ紫雲英も、花がやや少なくかつ色が寂しい。ただその埋め合わせに野木瓜とか山吹とか、故郷で覚えていないさまざまの花が、この野の春色を豊かにしているのである。昭和三年のはじめての春は楽しかった。もしも幸いにこの家に十年、何事もなくて住みつづけることができたら、草の話を小さな一巻に集めて、子供や古い老人に読んでもらおう…。
柳田國男「野草雑記・野鳥雑記

昭和三年、民俗学という新しい学問の確立と発展を目指して、ばりばり仕事をしていた柳田。仕事場として、新居を喜多見(今の世田谷区成城)に得た。
ところが激務の一方で、上のように、庭や近所の路傍の雑草に目をやっては、事細かに思いをはせる。
少年の頃、故郷の播磨に見た草木の印象を呼び起こしながら、目前の小さな命の微細な表情を嬉々として描写しています。

いつも柳田國男で不思議なのは、こうした、誰も目を向けない小さな端っこへと心をさまよわせながら、一方でメインストリームの巨大な業績を打ち立てるという、二重性。いや、それとこれがつながっていること。
民俗学に専念する前、官僚として高い役職にあったそろそろ四十郎の柳田は、休日にはダイダラボッチの足跡をもとめて、東京郊外をさみしくさまよい歩いたりしています。
それはどういう心の動きなんだろう。

文字に書かれたり、遺物や伝承などの大きな痕跡を残したものよりも、跡形もなく消えてしまった名もなき小さき末梢的なもののほうが、ずっと多い、という真実。証拠が残ってないから、証明はできない。
ここが柳田の出発点。
ほとんどの人間は、たしかにこの世に生きていたにもかかわらず、ほとんど何の痕跡も残すことなく、歴史の向こうへ消えていく。
柳田がいつも思っていたのは、そうしたあり方であり、それが少年・柳田の、「日本一小さい家」での生だったのでしょう。

个个个个个个 more trees 个个个个个个

さて、今回のお題でとりあげたいのは、ダーウィンの「ミミズと土」。
ダーウィン最晩年の研究で、ミミズの話です。

ミミズと土 (平凡社ライブラリー)


チャールズ ダーウィン
¥ 1,223 / 平凡社
( 1994-06 )
通常24時間以内に発送

ダーウィンのミミズの研究 (たくさんのふしぎ傑作集)


新妻 昭夫
¥ 1,365 / 福音館書店
( 2000-06 )
通常24時間以内に発送

花と緑を支えるのは土。そして、その腐葉土はミミズの糞便が正体。
偉大なダーウィンには、もちろん植物の素晴らしい研究もあるのですが、入手しやすくて読みやすいこと、すべての命はつながっていることから、このミミズ本を取り上げてみます。

ミミズは、最初にほとんどの人々が考えるよりも、世界の歴史において、より重要な役割を果たしている。
チャールズ・ダーウィン

ミミズの微細な生命活動が、地球環境に絶大な影響を与えていることを論じたもの。
ダーウィンの多くの論文同様、現在の生物学の水準でも、十分に先端といえる、きわめて綿密で独創的な研究。

微細なものが、時間をかけて積み重なり、巨大なものを動かす。
これがダーウィンの考え方の基本。まさにエコロジーの元祖。

ダーウィンの初期の研究は、珊瑚礁がどうやって出来るかというものでした。
ラグーンとかバリアリーフとか、南の海の、珊瑚礁が輪っかになって島を取り囲んでいる地形。
サンゴ虫という非常に微細な生命が、長い年月をかけて、巨大地形を生み出す。
島の沈降と、珊瑚の形成によって、あのリングの地形が生じることを、ダーウィンが論じ、これが実際に起きている現象であると証明されたのは、はるかのち。皮肉にもビキニの核実験跡を掘削調査した時のこと。
天才ダーウィン。

个个个个个个个个 more trees 个个个个个个个个

そして、ダーウィンといえば、進化論。
これも、微細な個体の変化が、長い長い時間をかけて、種の隔たりを生み出す、というもの。
「種の起源」は細かいところまですごく丁寧に、しかも大胆に考え抜かれていて、まさに「ミミズ的」天才の偉業。微細な知性の躍動が巨大な成果を生む。
ひとつひとつのことがらは難しいわけではないけど、あまりに事細かすぎて、学者でない読者には煩雑でもあり、まあ全部を全部読む必要もないんですが(笑)、この周到さ、考え抜かれていることは、驚き。

ダーウィン―進化の海を旅する (「知の再発見」双書)


パトリック トール
¥ 1,470 / 創元社
( 2001-10 )
通常24時間以内に発送

もともとダーウィンは、生物の分類方法に、新発想をもたらそうとしていたそうです。
世界をかけめぐるようになった近代ヨーロッパ。地球上のありとあらゆる珍奇な生物の情報が蓄積される。
これを分類しようとするわけですが、まあふつうはまず、特徴的な形や機能で類似するものを「仲間」とみなす。
だけど、これだと、例えばシャチとサメは、同じ仲間になってしまう。コウモリと鳥なんかもそう。

ちがう方法がある。
クジラの骨をよく調べると、まるで「特徴的」でもなく、「機能」もしていないけれど、後ろ足がある。
これはかつて「足」があった証拠で、泳ぐのには役に立たないので、だんだん目立たなくなってしまったものだ、と。
ヘビにも「足の痕跡」があるし、ヒトには尻尾の痕跡がある。
コウモリの翼は、よく見ると指になっている。

このように、またしても、誰もが目を向けない、微細で脇役の「痕跡」に目をむける。
むしろそれが重要なんだという逆転の発想で、さまざまな生物の形をトポロジカルにつないでいく。*1

隅っこにあって、誰の注目も浴びず、何の役にも立ってない、ほとんど存在していないほどの小さな営み。
ところが、それらが、長い長い時間をかけて積み重なり、地球全体や宇宙といった、いちばん大きな動きに決定的影響を与えている。
このアイデアが結局、正論だった。
真ん中にあって、みんなの目を引き、価値そのものであって、決定的な役割を果たしているように見えるものが、じつはそれほどでもない、という考え。ゲーテなんかとは対極にある。
人間の作った大神殿の遺跡が、ミミズの作用によって、だんだん地中深く埋もれて、見えなくなってしまう。
…奇妙に寓意的にひびく、ダーウィンの最後の研究、「ミミズと土」。

「種の起源」は読むのが煩瑣ですが、この本は小さくて、いっけんどうでもよいようなことが発見的に、うれしそうに描写されていてます。ちょっと小説みたいな印象を残す。この人は明らかにミミズが好き。

いろいろなものを食べる動物は、味覚を持っていると推測していいだろうし、このことは、ミミズについても確実にあてはまる。ミミズはキャベツの葉を非常に好んで食べる。ミミズはまたキャベツの品種も識別できるようである。しかしながら、このことは多分、キャベツの膚ざわりのちがいによるものだろう。
ダーウィン「ミミズと土」(p35)

「キャベツの膚ざわり」って…ミミズの食生活に感情移入しとる。。

个个个个个个个个个个 more trees 个个个个个个个个个个

ダーウィン著作集〈1〉人間の進化と性淘汰(1)


チャールズ・R. ダーウィン
¥ 3,990 / 文一総合出版
( 1999-09 )
通常3~5週間以内に発送

ダーウィンの著作は、今、新しい日本語訳が進行しています。( ダーウィン著作集〈別巻1〉現代によみがえるダーウィン
翻訳に当たってる研究者は、ダーウィンの新しさ、その研究の多くが、今でも現役で通用することに驚いている。何度も「乗り越えられ」「ダーウィンは死んだ」はずなのにw
「ミミズと土」では、「ミミズの知性」ということをしきりと解くダーウィン。
なぜ性が存在するのか、道徳や利他性はどのように獲得されてきたのか、感情の表現は生物にとって何を意味しているのか…といった、生物学から出発しながらも、はるかな地平をもつ、いくつもの先駆的研究が、ダーウィンにはあるそうです。どれも、現在の研究者にとっても、非常に刺激的らしい。
大きいことの原因を、小さなみすぼらしいものに見出していく方法が、そこでも採られているはず。

環境問題は「正義」という価値と結びつきやすく、権力やマネーとからんで今後多くの「大きな」問題をはらむことになるでしょうが、そんなとき、いつもダーウィンの発想に戻って、ミミズの様子を観察してみることが、突破口になるにちがいありません。


¶ Footnotes:
  1. 当時の主流の学者は、この世界を神が作ったという前提を何らかの形で承認していたせいもあり、暗黙のうちに、「世界の意味」を求めている。
    何の役にも立ってない部分は、恐竜の骨とともに、大いなる謎だったそうです。
    「進化」「変化」という発想をとるにしても、それらの痕跡はもとは「完璧な状態」にあり、理想の原生物していたか、未来に存在するのだと考えたがる。
    ナチスで悪名高い「優生学」は、いつもダーウィンと結びつけられるのですが、実際にはダーウィンの進化論が示す「適者」は、「理想」や「優れている」という考えと関係がない。
    むしろ、あまりにも「人間中心」的でなさすぎるので、ついていくのがたいへんなくらい。
    アメリカでは、キリスト教的な観点から、進化論を学校で教えないという運動が、つよい政治力をもっていて、「科学的」なわれわれはそれを笑いがちですが、ダーウィンの発想を徹底するのは、けっこうパワーがいるのかもしれません。 []
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19
Jun
2008

うつほ舟、あるいは恋する兄と妹(前篇)

  

うつぼ舟で流される恋人たち。それは世界的に広がる神話。マリア・イエスの聖母子が古事記で見つかり、アダム・イブの恋する兄妹が、宇治拾遺物語から夢野久作にまで流れ着く、という驚くばかりの根強き伝承。...