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14
Jul
2009

今日は京都に帰ったよ

   
  
祇園祭2011

今日は久しぶりに京都。
「来た」というより、「帰った」という感じ。

やっぱり京都のほうが落ち着きます。
自分がどこにいるかわかるってのが、大きい。
脳内GPSが細部から広域にわたって形成されていること。
それが、その場所にいてリラックスできる大きな要因のようです。
姫路では、水槽を移された金魚のように、どこか不安がある。

知ってる町だと、道行く人々まで「いい人」に見えてくるから不思議(笑)
道だけじゃなく、お店もトイレも何がどこにあるか、よおくわかってるもんなあ。
迷わないし、食事も買い物も時間つぶしも、なんでも思いのまま。
やっぱり、京都がいいなあ。帰りたいなあ。

今週の京都は、祇園祭。
「ルーブル展」も大規模の開催中なんで、かなりの人出になりそう。
二泊三日くらいの日程でこないと、ぞんぶんに回りきれないでしょうね。

それにしても、今日は、すさまじく暑かった。
しかし、ここにいなくてはならない、という気持ちが強く、暑さを感じさせなかった。
なんとしてでも、戻らねば。俊寛僧都のように思うのでした(~_~;)

 
4
May
2009

うしろの京都 – 京都魔所めぐり #04 「土蜘蛛」

   
  

「土蜘蛛」

千本ゑんま堂大狂言「土蜘蛛」

今年も、ゑんま堂の大狂言を見てきました。これで三年連続。
上の写真は、「土蜘蛛」。
頼光四天王の二人、渡辺綱と平井保昌に追い詰められた土蜘蛛が、糸を放ったところ。
京の念佛狂言 えんま堂狂言保存会のページ

土蜘蛛のあらすじ。
病に臥せる源頼光のもとに、妖しい僧が現れる。
頼光が名刀・膝切丸で斬りつけたところ、怪僧は糸を放って逃げ去る。
家来の綱・保昌が、その糸をたどっていくと、古い塚に行き当たる。
怪僧の正体は土蜘蛛で、綱と保昌がこれを討ちとり、首を落とす…という物語。
土蜘蛛 – Wikipedia

土蜘蛛

 
1
Sep
2008

瓜生石の謎

   
  

瓜生石、キュウリ、牛頭天王


大きな地図で見る

瓜生石(うりゅういし)。
知恩院前の道路のど真ん中に、ご鎮座まします神の石。

知恩院より古い由来を持つ。
貞観2年(860年)6月14日の深夜のこと。
この石に一夜にして瓜(キュウリ)が生り、
牛頭天王が宿った、というもの。
その後、牛頭天王の新霊は今の粟田神社に移られた。

「牛頭天王」の文字が表面に浮かんだとか、異説もあるけれど、
これは桃太郎やかぐや姫・瓜子姫と同様、
「うつほ」に神が宿りつくことなので、
実のうちに宿ったとみるのが正統。*1

八坂神社の紋はキュウリの輪切り

素盞嗚尊こと牛頭天王を祀る八坂神社の紋は、
輪切りにしたキュウリの断面をかたどったもの。
粟田神社では、神輿を瓜生石の上に置いて、神を宿らせる行事が、
明治まではおこなわれていたそうです。
ちょうど、少将井の井桁の上に神輿を置いて、
神を宿らせるのと、ペアになってる感じです。


¶ Footnotes:
  1. 一夜にして実がなるのも、
    「一夜で子を孕む」タイプの神話のパターン。
    ペンタメロンのペルオントと同系。 []
 
30
Aug
2008

祇園祭の星の王子さま

   
  

王子さまの魅力に感染…したい?

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いづれの王子さまから始まったのだったか
…ハンカチ王子とか、「王子さま」ブーム。
テレビ映えのする美形男子には、
この呼び名を与える風習がしばらくつづいてます。

しかしながら、日本で伝統的に「王子」と呼ばれるものは、
じつは全然ちがうものでした。
いわゆる「疫病神」
…比喩ではなく、文字通り、
伝染病を運んでくる目に見えない鬼の魂魄。
それを「王子」と呼んで、お祭することが多かった。
コレラとか、鳥インフルエンザとか、O157とか、
プリオンとか、メタミドホスとか、
そういうのが、ほんとの王子さまです(-_-;)

日本各地に、「王子」の名を持つ地名が名残りをとどめる。
東京の八王子、神戸の王子動物園。
京都だと、岡崎の王子町、
下京の悪王子・元悪王子、左京の若王子、北区に福王子など。*1

みなさんのお近くにも、きっと「王子様」がおられるはず。
疫病がはやると、お祭りをして、荒神をしずめた、その痕跡。
「若宮」とか「今宮」と呼ばれることも。
「将軍」っていうのも、じつはこの系統だし、
ほんとに全国津々浦々、たくさんいらっしゃる王子さま。

八坂の悪王子神社2


¶ Footnotes:
  1. 若王子は少し系統がちがって、
    熊野権現・十二所権現の流れにあって、
    仏教と習合しながら、整備され、
    天照大神、その子ニニギ尊をお奉りします。
    でも、大元の由来は、同じかもしれない。
    八幡さんも、じつは母子神として、根っこがつながる。
    御霊として祀られるのも、八柱。
    また福王子は、桓武帝の孫で、宇多天皇の母・班子皇后を祀り、
    平安時代でも母子神としての王子信仰が生きていた。
    天皇が天王であった平安京のはじめ。
    斑子女王の「斑」は、班女に通じること。 []