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26
Dec
2009

お菊さんの故郷

   
  

群馬のお菊さん

柳田国男は、ふつうの研究者が何年もかけて取り組むような主題を、あっさり数行でやっつけてしまうことがしょっちゅうあって、「先生、勘弁してけろー」な気持ちにさせられるのですが、皿屋敷についてなら、こんなことを書いています。

小さい例でいうと番町の皿屋敷、あれは私などのくにでは播州皿屋敷といい、現に井戸もありお菊虫もいる。口拍子が似ているから作者があって、番町の方へ捲き上げられたものと皆考えている。ところが同じ言い伝えは土佐の幡多郡にもあり、また長州にもある。…そうすると関東方は頗る歩が悪いように思われるが、何ぞ知らんや上州妙義山麓の小幡一族には、ちゃんと足利時代からの同種口碑があって、信州松平藩の小幡家をはじめ、この一門の移住先では多くその怨霊を祀っていた。主人または主婦が惨虐で、召使の美女が怨みを含んで死んだという点は皆同じで、おまけにその幽霊の名は必ずお菊であった。

柳田国男「伝説」

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9
May
2009

うしろの京都 – 京都魔所めぐり #05 「井戸の女」

   
  

いさら井のおさらい

いさら井の銘

うしろの京都 京都魔所めぐり太秦・広隆寺の西に「潦井(いさらい、伊佐良井・伊佐羅井)」と呼ばれる井戸があって、これがイスラエルのなまったものだという説あり。
ちょっとトンデモ…ではあるものの、太秦や秦氏、聖徳太子のまわりは、なんとなくユダヤ・キリスト教的な尻尾がちょろちょろはみ出ていて、つかんでみたくなります。
トンデモ説は、それが史実として正しいかどうかよりも、あやしい気分を喚起するのが、旨味。
嘘と真の区別のつかぬサカイに立ち止まることは、何かの扉を開く鍵…なのかもしれません。
「太秦」めぐる超古代史

しかし、じつは「いさら井」や「さら(し)井」は、井戸の名称として、わりとよくあるもの。「小井(いさらい)」という苗字もあるようですね(IMEの変換候補で出てくる)。*1
Yahooの辞書を引いてみると、

いさら 【〈細小〉・▼些】
[接頭]水に関係あることを表す名詞に付いて、小さい、細い、少ない、という意を表す。「―波」「―水」

「いさら」とは、水がさらさらとか細く流れるさま…とりわけ、音に関心がある言葉つき。
いさら井、いさら波、いさら水、いさら川…と、さらさら流れる。*2

思ってみるのは井戸を掘るとき。
水脈を見つけるため、地面に耳をつけて、伏流水のか細い音を聞き分ける…耳を地につけ、胎動を聞く、昔の人の真剣めいた顔つき。
あるいは、井戸底に耳を澄ませ、さらさらと呟く音のうちに、神の「声」を聞き取る、すまし顔の巫。


¶ Footnotes:
  1. 常陸国風土記・那賀郡「泉、坂の中に出づ。多く流れていと清し。これを曝井といふ。泉によりて居める村落の婦女、夏月会集ひて、布をあらひ曝し乾せり。」 []
  2. たぶん、「いさり火」という、魚介類を夜な夜な呼び寄せる、妖しい炎のゆらめきもまた、縁語ではないでしょうか。いや、イスラエルがなまっていさり火になったのかもしれませんが。 []
 
17
Apr
2009

鵺塚と牛頭天王

   
  

鵺=秦河勝

国芳の鵺図前の記事「魔所めぐり #02」で取り上げた、鵺神社。

能の「鵺」で、ヌエの屍骸がうつほ舟で流されること。
そして、その作者・世阿弥は、「風姿花伝」において、うつほ舟で流されるのが、能の始祖・秦河勝としていること。

さらに、鵺神社のある場所は、平安京以前から祀られていたという「園神・韓神」の社のあった場所だということ。
そして、平安京以前、河勝の邸があったという伝承があること。

これらをつないで、「秦河勝=鵺」という仮説を立ててみました。
そして、思い切った推論として、鵺の正体である園神韓神とは、蘇民将来の神「婆梨采女・牛頭天王・王子」の聖家族ではないか、とも。

こっそりお知らせしておけば、千年以上にわたって封印されていた京都の謎が、今ここに解かれつつあります。内緒です。

(梅原猛さんは、能の「鵺」が世阿弥の最高傑作であるといい、ほとんど「鵺=河勝」一歩手前の見解を述べておられます。→第6回 哲学者 梅原猛氏 : 日本文化の源流を求めて : 大学新時代 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

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11
Apr
2009

うしろの京都 – 京都魔所めぐり #02 「鵺神社」

   
  

うしろの京都 京都魔所めぐり魔所めぐりの二回目は鵺神社。

夜に鳥と書いて、鵺(ぬえ)。
夜闇にまぎれて、ひょーひょーとトラツグミに似た声で鳴くものあり。
平安末、清涼殿のあたりで、しきりとこの声が聞こえ、ために天皇は病に。
怪異をしずめんと、弓の名手・源頼政が山鳥の尾で作った尖り矢で、夜闇を射る。
射たれた怪物が落ちた場所が、ここ鵺神社あたり。

平家物語や能に出てくる鵺の伝説。

今はNHK京都放送局の南、二条城の北。
公園が整備され、鵺を射た矢を洗ったという池も再現されています。
休日になると家族連れでにぎわい、NHKの催し物もときどきあります。
写真のように、ぬいぐるみも出没して、全然、「魔所」らしくないですが。
まあ、「ぬいぐるみ」と「ぬえ」…音は似ているw
中に何が入っているか…「うさじい」の背中のジッパーの隙間から、何かおどろおどろしいものがはみ出ている…とか(⌒_⌒;)

うしろの鵺神社

 
7
Apr
2009

うしろの京都 – 京都魔所めぐり #01 「合槌稲荷」

   
  

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コンドル。
それはアンデスの空を舞う巨鳥のことではないのです。
サクラが咲きだしてからというもの、京都は混んどるんです。めちゃくちゃ混んどるんです。
もうね、全然クルマ動かんよ。

それというのも、みんな、同じところへ行こうとするからだ!

「京都観光客分散化計画」

それを発動したい。*1
本当に京都を見たかったら、テレビには映らない京の路地裏へと、迷いこむこと。

あなたのうしろに本当の京都があります。

というわけで、京都魔所めぐり。
あまり知られていない、京のうしろの神々への、いざないです。
誰も行かない片隅にこそ、ご利益(=祟り)のある神様がおられるもの。
実際、どの神様もたいへんパワフルです
…ただ神様は絶対値しかご存知ない。
んで、パワーの向きがプラスかマイナスかは保証いたしかねます(;・∀・)
ま、人生、そういうもんです…禍転じて福。また逆もしかり。ウロボロスの輪。


¶ Footnotes:
  1. 日本人はもともとみんなで同じような行動をする傾向がありますが、ここ数年はマーケティング手法が洗練されたせいか、ものすごいことになってきてます。ベタなものに瞬間的総動員的に反応しまくる。
    とはいえ、メディアに現れたものだけが、この世に存在する価値のすべて…ではないのだ。
    「もうかること」が至上命題となったいまや、売れることと物の質には、なんの相関関係もないんです。 []